怪物と英雄の狭間で 作:伝説の一般元ブロリスト
カッと見開かれた相澤の両目が、爛々とした赤に染まる。
乱雑な黒髪が重力を無視して逆立ち、首元に巻かれた白い捕縛布が、獲物を狙う大蛇のようにふわりと浮き上がった。
その瞬間――体内を巡っていた爆発的なエネルギーの奔流に急ブレーキがかかり、エネルギーを使った行動はできなくなる。
しかし足裏がアスファルトを捉える重みも、全身を脈打つ強烈な血潮も、岩山のような筋密度も、何一つとして減衰してはいない。
相澤は赤い双眸を一度たりとも瞬かせることなく、ブロリーを見続けている。
USJで対峙した脳無と同じ。この少年の凶悪な強靭さは、個性という上乗せの力ではなく、生まれ持った肉体の絶対値そのものなのだ。
だが、相澤の表情に絶望の色は微塵もなかった。
「―‼︎」
音を置き去りにして放たれた捕縛布が、大気を切り裂いた。
炭素繊維に特殊合金の鋼線を編み込んだ特製の布は、まるで相澤の神経が通っているかのように複雑な軌道を描き、ブロリーの巨躯めがけて四方から襲いかかる。
「(ヘビや…タコみたいだ…)…!!」
ブロリーは目だけではなく気配や相澤の視線を感じながら彼の攻撃を避け続ける。まるで生き物のように動く布に対し、初めてなのでブロリーは流石に苦労をする。
「ルゥゥ!!」
「そう出ると思っていた‼︎」
「!――ぬぅ"ぁ"ぁ"ぁ"!!!」
「ぐっ!(ダメか…!フィジカルに差がありすぎる‼︎)」
ブロリーは相澤の動きを止めようと、足を全力で振り下ろしその場を揺らそうとした、そこを狙い相澤が布を飛ばしその足を掴んでそうさせないようにし転ばせようとするが、ブロリーは止まらずそのまま踏み込む。
「―そこっ‼︎」
「!」
相澤はそれによって布に引っ張られブロリーの頭上へと移動する、そこで相澤は布を操り、ブロリーの首に布を綺麗に巻きつけた。
空中で身を翻した相澤は、全質量と遠心力のすべてを捕縛布へ預け、ブロリーの太い頸部を一気に締め上げた。
頸動脈を圧迫し、瞬時に脳への血流を遮断して意識を奪う――対人制圧における必殺の絞め技。
炭素繊維が極限の張力で悲鳴を上げる。
だが――ブロリーは、微動だにしていなかった。
苦悶に表情を歪めることもない。息が詰まる様子すら皆無。
首を絞められているというのに、ブロリーの頑強極まる筋肉と骨格はピクリとも揺るがず、まるで大木に細い糸が巻きついたかのように、ブロリーは涼しげな顔のまま、静かに頭上の相澤を見上げていた。
「…………」
痛痒すら感じていない。
相澤の全体重がかかっていようと、その首は傾ぐことすらなく、呼吸の乱れ一つ生じていないのだ。
(―――分かってはいた、分かってはいたが……ほんとに……ほんとにすごいやつだよ…ブロリー)
乾ききった眼球が、血を流すかのように焼けるように痛む。
頭のどこか冷徹な部分が、淡々と事実を告げていた。
個性を消してすらこの絶対値。搦め手も罠も破られ、残されたのは生身の体術のみ。勝てる確率など、計算するまでもなくゼロに等しい。
だが――相澤の瞳から、光は一片たりとも消えていなかった。
眉一つ動かさず、苦悶の表情すら見せず、相澤は血走った赤い両目で真正面からブロリーを射抜き続けていた。
(勝てねぇからって、ハイそうですかと膝をついて終われるかよ)
自分はプロヒーローだ。
そして何より――この規格外の怪物を預かり、導く責任を背負った、A組の担任なのだ。
(ブロリー。お前がどれだけ規格外だろうと、世界には理不尽な悪意が幾重にも立ちはだかる。……その時、勝てないからと諦めるヒーローに、お前を育てられるか。……大人が、プロが、背中も見せずに退いてたまるかよ……!!)
布を握る両手に、さらに血が滲むほどの万力を込める。
絶対に手を緩めない。絶対に目を逸らさない。
その鬼気迫る相澤の横顔、一切の妥協を許さないプロの覚悟が――インカム越しに、そして瓦礫の隙間から、倒れ伏していた教師陣の胸を強く貫いた。
『……ハッ、相変わらず無茶しやがるぜ、イレイザー……!ゲホッゴホッ…!……ああ畜生、これ腰やったな…!』
瓦礫を跳ね除け、破れたレザージャケットを払ったプレゼント・マイクが、ふらつく足で立ち上がった。首のスピーカーは壊れている。だが、その口元には獰猛な笑みが戻っていた。
『ああ……生徒の前で、無様に転がったままじゃ……示しがつかんよな』
折れた銃を投げ捨てたスナイプが、懐から予備の拳銃を引き抜く。
瓦礫の中から13号が這い出し、エクトプラズムが最後の一滴の気力を絞り出して分身の煙を立ち上らせる。
泥まみれのミッドナイトが鞭を握り直し、パワーローダーが小型ドリルを唸らせ、頭部から血を滲ませたセメントスが再び地面へと手を伸ばした。
誰一人として、心折れてなどいなかった。
ブロリーの規格外の力に圧倒され、一度は地に伏しながらも――担任である相澤の頑なな戦いぶりに、プロとしての矜持を激しく揺り動かされていた。
『総員、最後の抵抗だ! イレイザーに続け!!』
根津校長の鋭い檄がインカムを震わせた瞬間、満身創痍のプロヒーローたちが、一斉にブロリーを取り囲むようにして立ち上がった。
勝つためではない。
この少年に、プロヒーローという存在の『折れない意志』のすべてを叩き込むために――教師陣最後の、総力戦の幕が上がろうとしていた。
四方から押し寄せる、満身創痍のプロヒーローたちの気迫。
骨がきしみ、息が切れ、満身創痍であるはずの大人たちが、眼光だけを極限まで研ぎ澄ませて少年に向かって駆けてくる。
(すごい……)
首元に巻かれた布越しに、ブロリーは相澤の荒い息遣いと、その奥にある途方もない熱量を感じ取っていた。
一度は自分の力に弾き飛ばされ、恐怖してもおかしくないはずなのに。
誰一人として、怯えていない。
誰一人として、目を逸らしていない。
これが、父――オールマイトが愛し、背負ってきた『ヒーロー』という存在の強さなのだと、ブロリーの胸が熱く震えた。
「――仕掛けるぞッッ!!」
スナイプが残った予備銃から牽制弾を連続で放ち、ブロリーの足元のアスファルトを穿つ。
弾丸を合図に、エクトプラズムが絞り出したわずか二体の分身がブロリーの両腕にすがりつき、セメントスが震える指先で地面に触れ、ブロリーの足首を固定する最後の泥土を隆起させ、13号が低出力の引力でブロリーの軸を崩しにかかる。
さらに、スピーカーを失ったマイクが、喉を千切れんばかりに開いて生身の絶叫を叩きつけてきた。
「頼むぜミッドナイトォォォォォッ!!」
「ええ――ごめんねブロリー君!ちょっぴり恥ずかしいけど……許してね!!相澤君も、耐えてね!」
「頼みます…!ミッドナイト!」
「行くぞミッドナイト!!」
サポートアイテムに乗ったパワーローダーが、ミッドナイトをのせて発進。そしてブロリーへと手が届く距離に来た瞬間、ミッドナイトは飛び降り衣服を破き、ブロリーの体へと抱きついた。
超至近距離+より多くの煙、ブロリーはミッドナイトの個性を浴びせられ、もう一度ブロリーは意識が飛ばされそうになる。相澤は拘束を止めずに、そのまま地面へと着地しさらに力を込める。
甘く、重苦しい芳香が、ブロリーの鼻腔と皮膚を容赦なく侵食していく。
超至近距離から直接浴びせられたミッドナイトの『眠り香』。いくら規格外の肺活量と肉体を誇ろうと、肌からすら浸透するプロの必殺の搦め手は、確実に少年の脳を泥のような睡魔へと引きずり込もうとしていた。
「が……ッ、あ……」
視界が急速に狭まる。
膝がガクリと折れかけ、頭が鉛のように重くなる。
さらに首元には相澤の捕縛布が喰い込み、地面に着地した相澤が血走った赤い眼光を一切逸らさず、全体重をかけて締め上げ続けている。
吸い込まないために息をし続けないのにも、限界はいつかくる。
動けない。息ができない。意識が保てない。
極限の三重苦――まさに絶対のチェックメイト状態。
(眠っちゃ、駄目だ……っ! ここで倒れたら……みんなと、合宿に行けない……!!)
薄れゆく意識の奥底で、緑谷や爆豪、クラスメイトたちの顔が過る。
そして何より――満身創痍になりながらも、決して目を逸らさず、命懸けで自分を導こうとしてくれている目の前の先生たちの姿が、ブロリーの魂を激しく揺さぶった。
(先生たちに……応えなきゃ……!!)
ブロリーは歯を食いしばり、残された肺の空気をすべて使い果たす覚悟で、全身の筋肉を一気に硬直させた。
ミッドナイトと地面に着地していた相澤を胸まで抱き寄せると、そのまま彼は回転をし始める――その回転はやがて突風となり、小さな竜巻を生み出していた。
回転の速度が、コンマ数秒で臨界点を超える。
ブロリーの巨躯を中心として巻き起こった暴風は、瞬く間に市街地の一角を丸ごと飲み込むほどの巨大な竜巻へと膨れ上がった。
抱きかかえられた相澤とミッドナイトの身体には、強烈な遠心力すら伝わっていない。ブロリーの太い腕と胸板が、二人を包み込む絶対のシェルターとなってあらゆる衝撃を遮断していたのだ。
その完璧な保護とは対照的に、外側へと叩きつけられる風圧はまさに天災そのものだった。
充満していたピンク色の催眠香が、スナイプの煙幕が、地面のアスファルトの破片ごと、天を衝く暴風の渦によって一瞬で彼方へと巻き上げられ、吹き散らされていく。
迫り来ていたエクトプラズムの分身たちは突風に触れた瞬間に白い霧となって弾け飛び、セメントスや13号もその猛烈な気流に耐えきれず、腕で顔を庇いながら、その回転に飲まれていく。
「な……ッ!? この、回転は……!?」
「や、やべぇ!!抗えねぇぇ!!」
「お、おおおわわわわわ!!!?」
強風に煽られながら、相澤が目を見張る。
かつて見たことのある、見間違うはずもない――あの男の技。
自らの肉体を軸として超高速回転し、生み出された暴風と遠心力で周囲の敵をまとめて薙ぎ払う、絶対の制圧打撃。相澤とミッドナイトの意外のヒーロー達は竜巻に巻き込まれて空中へと飛ばされる。
「―――オォ"ォ"ォ"ォ"ォ"ォ"ォ"ォ"!!!!!!」
咆哮とともに回転がピタリと停止した瞬間、溜め込まれた圧縮空気が全方位へと炸裂した。
衝撃波の輪が広がり、残っていた睡眠香のすべてを完全に霧散させる。
モニター室でその光景を見つめていたオールマイトが、息を呑んで立ち上がった。
「……オクラホマ、スマッシュ……!」
父親――オールマイトの技の再現。オールマイトは喜びながらも、ブロリーの成長にとても驚いていた。
「……ふぅっ」
白煙の晴れた中心で、ブロリーは静かに息を吐いた。そして、抱きかかえていた相澤とミッドナイトを、足元のアスファルトへそっと優しく下ろす。
二人の身体には、かすり傷一つすらついていなかった。
「先生、ごめんなさい。苦しくなかったですか」
「…ブロリー、俺達は敵だぞ」
「――あっ、あっ!えっと…!」
「このまま俺は争う―――だが、お前のこの拘束からは抜け出せないだろうな……ミッドナイト先生」
「あ、あはは…ごめんなさい………腰抜けちゃったわ」
「…………それ、じゃあ―失礼します」
ブロリーは相澤とミッドナイトを拘束したまま手首へ、カチリと捕縛用手錠を嵌め込んだ。最後まで相澤は全力で争ったが、だめだった。
『イレイザー・ヘッド、ミッドナイト、行動不能!』
アナウンスが響く中、ブロリーはそのまま風のように駆け出し、空中へと飛ばされた残る教師陣を助けながら、地上へと戻る。
「失礼します」
『スナイプ、行動不能!』
『パワーローダー、行動不能!』
『13号、行動不能!』
『プレゼント・マイク、行動不能!』
『エクトプラズム、戦闘不能!!』
ブロリーが手錠を嵌めていき、連続して鳴り響くアナウンスが、静まり返った演習場に木霊する。
満身創痍のプロヒーロー8名を、怪我人ゼロのまま完全制圧。
『見事だ! 実に見事だよ、八木蕗利くん!!』
その時――メインストリートの奥から、けたたましいエンジンの爆音とともに、拡声器を通した甲高い声が響き渡った。
ゴゴゴゴゴゴゴッ!!
瓦礫をキャタピラで踏み砕きながら突進してきたのは、ビル解体用の超巨大重機ショベルカー。それを操作しているのは、我らが校長―根津校長。
『私が君のために用意した、十を超えるプラン……! 包囲、吸引、轟音、睡眠、抹消、挟撃……あらゆる事態を想定したその方程式の全てを、君は破壊ではなく、驚異的な適応力と、誰一人として傷つけない優しい自制心で瓦解させてみせた! あっぱれだ!!』
そのつぶらな瞳の奥底には、教育者としての冷徹で獰猛な光が宿っていた。
『だがね! 現場で起きる最悪の事故やヴィランの暴走は、いつだって計算の外側から理不尽に突っ込んでくるものさ! 悪意ある大質量が、逃げ遅れた人々ごとすべてを薙ぎ倒そうとした時――君はその優しさを保ったまま、全てを守り切れるかい!?』
校長が遠隔コントローラーを押し込んだ瞬間、巨大重機が全開のフルスロットルで加速した。
何十トンもの鉄塊が、倒れ伏している相澤や教師陣の方向をも巻き込みかねない勢いで、制御を失った暴走特急のようにブロリーめがけて猛突進してくる。
瓦礫を噛み砕くキャタピラの咆哮が鼓膜を震わせ、何十トンもの質量がブロリーの網膜を覆い尽くそうとした――まさにその刹那。
――ドンッ!!
大気が爆ぜる音を残し、ブロリーの巨躯がかき消えた。
目にも留まらぬ超加速。
突進する重機の正面に回り込んだブロリーは、屋根の上にいた根津校長へと手を伸ばした。乱暴に掴むのではない。まるで壊れやすい小鳥を救い上げるように、優しく、それでいて電光石火の速さでその小さな白い身体を自らの掌の中へと回収する。
そして――校長を胸元へ引き寄せると同時、空いたもう片方の掌を、突進の運動エネルギーごと鉄塊の先端へと真っ直ぐに突き出した。
破片を飛ばせば、背後の先生たちに刺さる。
だからこそ――衝撃を、すべて『内側』へと叩き込む。
「止まれッッ!!」
耳を劈く圧壊音。
ブロリーの掌から放たれた局所的な衝撃波が、ショベルの先端からエンジンブロック、キャタピラ、油圧シリンダーに至るまでを一瞬にして駆け抜けた。
何十トンもの鉄塊は、爆発すら許されず、その場でペシャンコに圧縮されたスクラップと化して、完全に沈黙した。
破片の一粒すら、周囲の誰にも届くことはなかった。
巻き上がったわずかな粉塵が、風に流れていく。
静寂が戻ったメインストリートで、ブロリーはふぅと息を吐き出していた。
その巨大な左手の中には――すっぽりと、根津校長が収まっていた。
傷つけないように指先を丸め、しかし絶対に逃げ出せないよう、まるで小さなぬいぐるみを大事そうに持つような絶妙な力加減で、きゅっと握られたままの状態で。
「……おや」
太い指の隙間から顔だけを覗かせた根津校長が、つぶらな瞳を瞬かせた。重機は一瞬で鉄屑になり、自分は一切の衝撃もなく回収され、今こうして巨大な掌の中で完全にホールドされている。
「あ、危ない…ですよ……校長先生」
ブロリーは握ったままの手を胸元に固定し、空いた右手をポケットへ突っ込んで、最後の手錠を取り出した。
そして、手の中に収まっている校長の小さな前足へ、カチリと手錠を嵌め込む。
それでも万が一の反撃や逃亡を警戒しているのか、ブロリーは手を放さず、大事そうに校長を握りしめたまま、困ったように眉を下げていた。
「……捕まえ、ました」
一拍の静寂の後――。
演習場全体、そしてモニター室のスピーカーを揺るがす、けたたましいサイレンが鳴り響いた。
『――教員チーム、全員行動不能! 受験者・八木蕗利、合格!!!!』
アナウンスが響き渡った瞬間、モニター室で息を呑んでいたA組の全員から、割れんばかりの大歓声が爆発した。
「ハハッ……あっぱれだね!」
ブロリーの手の中で握られたまま、身動きの取れない根津校長が、機嫌よく小さく笑い声を上げた。
「私の計算をすべて覆し、人を救い、破壊を制し、最後まで誰も傷つけない……。これ以上ない、満点の手順だよ八木……いや、ヒーローブロリー――ただごめんね!流石に君に握られていると、ちょっと怖いんだよね!!昔を思い出しちゃって!!」
「あぁわあ…!ご、ごめん、なさい」
慌ててパッと手を開き、ペコペコと頭を下げる巨漢。
それまで怪物のような気迫を放っていた少年が、一瞬でいつもの気弱で心優しいクラスメイトへと戻ったその姿に、倒れ伏していた相澤たちプロヒーローからも、安心と、賞賛の混じった笑みがこぼれ出していた。
教師陣強化イベントハイリマーーース!!