傭兵「黒鼠」は休業中 作:ハイパー・ボーン
「それで今日の内容は。キメラの討伐だと聞いているのだが」
「はい。キメラの数は八体。場所は地下暗渠。破壊はなるべく行わないようにしてください」
「わかった」
車の中には黒いスーツに黒いネクタイをしたサラリーマン風の男が運転席に座っている。後部座席にはネズミを模した仮面に少し色あせた灰色のフード付きコートを被った人がいた。仮面に変声器でもついているのだろうか、性別は分からない。
「今日の依頼は複数人が推奨されていますが、……………大丈夫でしょうか」
「生憎、仲間などいなくてね。それにこのなりだ。心配するのは分かるがこれでもかなりできる方でね」
男のネクタイが結んであるところから切れて足に落ちた。ぱさり。そんな小さな音が車内に響く。仮面の人物の伸ばした右腕には短剣が握られている。
車が一瞬制御を失ったように蛇行したが、すぐに制御をとり戻した。
「申し訳ありません。そんなつもりでは」
「別に。慣れている。背が低いと思っただろう。まあ一五五センチしかないしな。傭兵にしては小さい」
男の額に汗が滲んだ。心の中で、初めての送迎の仕事にこんな存在を選んだ上司に罵詈雑言を浴びせる。目的の暗渠まであと十五分。
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「到着しました。終わり次第連絡をお願いします」
「わかった」
あー、ネクタイ切るのはやりすぎたか?送迎の人ビビってるし。まあ、次に会うことはないだろうし、会っても送迎役にはならんだろう。車から出て、中に置いてあった槍を取り出す。持ち運びに不便なんだよなコレ。
「ふー、やるか」
送迎役の人から貰った鍵で扉を開ける。地下暗渠って想像の五倍は広い。キメラはどこだ、多分下だ。
フィィィィイィィィィ
足先から魔力を噴射してゆっくりと下に降りる。だって階段で降りるのめんどいし、誰も見てないし。暗渠の柱を見る。キメラのナワバリの証明である爪痕がついていた。
「キメラ本当に八体?」
スマホを見る。実験所から逃げだしたのが八体。繁殖してるなこれ。だってキメラの子供の死体が目の前にあるし。見たところ餓死だな。逃げだしたはいいもの、餌にありつけなかったってとこか。
「まあいいや。全部片づけよう。人が襲われてるんだし」
荒らされたホームレスの住処に背を向けて歩き出す。どうやら向こうにいるみたいだ。
地面が掘り返され地下水が溜まっている所にキメラの団子があった。寒さをしのぐために地下水を使ってるのか。でも俺が手を下さなくても凍死するな。一体以外。
「GRrrrrr」
「おっと」
団子の中からひときわデカいのが出てきた。こいつか群れの長。やせ細って飢えている。かわいそうだけど死んでもらう。
「GRrrrrrrr」
一生懸命に爪を牙をこちらに振るうキメラ。その連撃を避けて、すかして、槍で弾く。せめて苦痛がないように仕留めるか。
「GR」
とすん ベチャ
槍の穂先を魔力で延長して首を刎ねる。さて、あとは団子になっているのを片付けよう。そして俺はキメラの団子に足を進める。
弱弱しい反撃を上から叩き潰す。逃げようとするキメラを二つに割る。子の前に立とうとするキメラを、子共々吹き飛ばす。気分が重い、一瞬で楽にすると言っても苦しいだろうに。
「Grrrr」
「これはどうしようか」
凍死寸前の子供のキメラが団子の真ん中にいた。まだ目も開いていない。放っておくか、どうせ凍死する。わざわざ手を下さなくてもいい。
「運が良かったら生きるだろ」
ポケットから干し芋を取り出してキメラの前に置いた。依頼者はキメラが逃げたことをバレたくないだけでキメラなんてどうでもいい。見つからなかったことにする。八体討伐してるし。繁殖してるなんて情報はなかった。だからこれでいい。
ボッ
魔力放出で一気に移動する。これ速いんだけど街中じゃ使えない。ベストの中からスマホを取り出す。連絡しよう。そして画面を見る。
「圏外だ」
地下だし、つながらないか。数十秒飛んだあと、入った扉が見えた。
鍵を掛けて、スマホを見るとつながった。
「送迎の用意を」
それを言うと電話は切れた。相変わらず不愛想だな。まあ俺みたいな傭兵がしくじったら間違い電話ということにするためだけど。まあ傭兵なんて使い捨ての道具だし。
「うわ、くっさ」
仮面を外すと暗渠の匂いが体中からした。帰りに銭湯寄りたかったけど無理か。仮面をつける、警察とか来ないよね。職質されるだろうし。
「そもそも銃刀法違反か」
そして俺は槍を回した。まあバレても気絶させればいいや。
数十分後、送迎役の人が来た。行きとは人が変わっていた。送迎役から預けてあったトランクを手渡される。
「行きとは違うやつだな」
「彼は処分されました。あなたの後の送迎で職務規定違反が見つかったためです」
「そうか」
新入りの死亡率は高いしね。しょうがないか。
槍にカバーをつける、武器類を車の中に入れて、後ろを見る。この地下にキメラがいたことはない、そうなるだろう。
「俺は別ルートで行く。武器は「
「はい」
車が角を曲がり、見えなくなってから俺は歩き出した。今日は精神的に疲れた。
どこかの高校の制服に着替えた俺はあるビルの倉庫に入る。ここであってるよな。
「よぉ「黒鼠」。キメラ討伐おつかれさん」
「「伝書鶏」また居場所を変えたな」
「生き残るためには住処を変える。俺みたいな弱者には鉄則だぞ」
こいつは俺の仕事の仲介者だ。こいつの趣味で中はバーの様に改造されている。丸椅子に座っている「伝書鶏」を見る。鶏冠のような髪型、顎髭が肉垂のようになっている。 女好きで酒好き、おまけにギャンブル中毒の阿呆だが仕事はそこそこできるので重宝はしているが。
「キメラ繁殖していたぞ」
「マジで。良かった「黒鼠」、行かせて。俺の他の手札じゃ死んでたな。今回の件はマジで逆らえないところからの仕事だったし。だから、この件の仲介料はナシにしておく。今後とも仲良くしてね」
「そうか」
まあ、強い傭兵なんて引き抜かれるのが常だ。俺みたいなのが仲介者を使うことはほとんどない。俺に媚びを売る、生きるために。
バーテンダーの服を着た男が「伝書鶏」にオレンジジュースを差し出す。「伝書鶏」が中身を自分のグラスに少し入れ、飲み干してから俺に渡した。
「うっく。報酬はいつものとこに」
「あいあい。依頼は今日二件あるけどやる?」
「やらん」
「あいあい」
俺は倉庫から出る。上を見上げると曇天の空模様。今朝のニュースじゃ雨は降らないらしい。帰るか。
帰宅ラッシュの電車から降りて、しばらく歩く。そして我が家の前に着いた。我が家というか病院なんだけどさ。お客さん来てるっぽいし裏口から入るか。
お客さんの声を聴きつつ、二階の住宅部分に入る。とりあえず風呂入ろう。
「……………ぷはぁ。お風呂は熱いのに限る」
俺はそんなことを言いながら手を伸ばす。傷一つない手だ。傭兵仕事を無傷で終わらせられるようになったのは最近の話。昔は指の一つ二つは無くなってたな。あの女の改造に感謝だな。
そんなことを考えていたらあの女が脱衣所にいた。嫌な予感がする。
「咲ちゃ~ん。一緒にお風呂入りましょ」
「ダメだ」
ガッ
「いっ」
入ろうとしたあの女に桶を投げつける。やはり尊敬はできないな。まっとうな人間なら表で有名になっていたろうに。
「うぅ、ひどい。花ちゃんになぐさめてもらおうかな~……………えっ、ぐほっ」
魔力放出を腹に打ち込む。花に何やらせようとしてんだよ。断らないと思うけど。
風呂から上がり、タオルで体を拭く。そして、脱衣所で気絶していたあの女をたたき起こす。抱き着いてくるな鬱陶しい。
「もう、咲ちゃんはツンデレなんだから」
「さっさと風呂入れ」
「髪、ドライヤーかけないと駄~目。せっかくいい髪質してるんだよ」
「わかった」
ドライヤーか面倒なんだよな。短く切っても次の日には伸びてるし。かといって毎日切るのと比べたらドライヤーの方が楽か………
ごぉぉぉぉぉ
「うし」
プラグを引き抜いて、ドライヤーをカゴの中にしまう。雑多に物が置いてある廊下を通り自室に入る。窓の外を見ると既に日が沈んでいた。そうだ花に連絡しなきゃ。
prrrprrr
『お兄。十五分の遅刻です』
「まあちょっとな。体調は良さそうだな」
『はい。澄香先生も学校にはそろそろ行けそうだって』
「そうか。良かったな」
画面に映る花の血色は良い。去年までは青白かったもんな。……………働いた甲斐がある。
『ちゃんと約束は守ってますよね?』
「人は殺さない。体は売らない。一般人として暮らす。ちゃんと守ってるよ」
『今日学校で何してました?』
「いつも通り、退屈な授業だよ。傭兵は空いた時間にやってる」
まあ、学校なんて十歳から行ってないんだけどさ。金稼ぐためには一日フルで使わないと無理だし。花に嘘をつくのは心苦しいけど、この子にまともな人生を送らせるためだ、我慢。
「俺はこれから課題をやらなきゃいけないから切るぞ」
『また来週。今度は時間通りに掛けてくださいね』
「わかってる」
花が通話を切り、画面が暗くなる。十秒くらいたってからパソコンを操作して銀行の口座を見る。花の治療費完済まで今のペースだとあと一年くらいだな。傭兵は止めれそうにないけど。他の生き方なんて知らん。傭兵稼業なんて足抜けなんて出来ないだろうし。それに。
「明日も仕事だ。寝よう」
ベットに倒れこむ。目を閉じるとすぐに意識を落とす。
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ビルの倉庫を改造してバーのようにした仕事場で俺は椅子から立ち上がったり座ったりしていた。差し出されたグラスをひったくり飲み干す。
カランッ
中は麦茶だ、これからワンミスで死が見える仕事の前に酒なんて飲んでられない。俺は「伝書鶏」、伝説の仲介者だ。やるぞ。パソコンにハッキング防止の機械を繋ぐ。そして、指定されたアドレスを打ち込む。
「あー聞こえているか「伝書鶏」だ。今回はよ」
『さて「黒鼠」はどう答えた。もちろん許諾したな』
頭が痛い。ヒトの話を遮る奴が上に行けると思わないが、突っ込むと暗殺者がわんさか送られてくる。いや、俺みたいな木っ端なんて礼儀を払う必要も感じていないのか。
「拒否した。誰かの下になりたくないんだと」
『ちゃんと条件は提示したよな。年に十二億だぞ。それに最新式の魔道具も支給する、住所だって最高級のモノを用意しているんだぞ』
「伝えたさ。鼠にそんな豪華な巣はいらんらしい」
うひゃー。滅茶苦茶怒鳴ってる。それに「黒鼠」の年棒が十二億程度で足りるわけないだろ。俺はあいつに年にその十倍払ってるぞ。火身澄香に妹さんの治療費としてほとんど渡してるけど。
「あー。一応言っておくが、俺も「黒鼠」が初めて使った仲介者で、今も使ってもらっているだけだからな。俺から命令なんてできん」
『お前は仲介者だろう。今すぐ命令しろ』
「話を聞いて欲しいんですけど。あいつなんて引く手あまただ。俺がそんなことをすれば、明日には素敵な死体になって「黒鼠」は別の仲介者と組む」
おっ、バーテンダー君から連絡が来た。へぇ、こいつ後がなくて一発逆転を狙って「黒鼠」を引き抜こうとしてんだ。ハニトラ引っかかって情報漏らしたけどこれまでの功績で何とか首の皮一枚で止まったのか。
「それにあいつの決まり事知ってるんですか?人殺さないんですよ。それを押し通せるくらい強いですけど」
『それは噂だろう。薄汚い傭兵が人を殺さず生きていけるわけがない』
「できるんですよ。話聞いてくださいよ。それだけ強いってことです」
あっ、切れた。どひゃー怒らせちゃったかな?あんなんでも裏社会の重役だ。俺らみたいなのは毎日処理する一枚の書類のリストの一行だもんな。それが逆らったことなんて初めてだろうし。
「年いって衰えもあるか。たしか八十だっけ。ボケも来るかぁ」
この倉庫にきてまだ一週間もたってないけど引っ越しするか。ここスーパーも近くて、治安も良い。場所代も安い、いい場所だったのに。
「バーテンダー君。引っ越しの準備するよ」
「交渉失敗したんですか。せっかく棚飾り終わったところですのに」
「うん。相手が悪いんだけどさ。偉いからね俺が悪いことになる」
引っ越し先は……………そうだあそこにしよう。まさか治安維持組織の隣に引っ越すとは思ってないでしょ。