傭兵「黒鼠」は休業中 作:ハイパー・ボーン
国家魔術犯罪対策局の会議室で「黒鼠」の戦闘映像が流れていた。朱岬 杉菜、「緑青壁」のボディカメラが捉えたものだ。
「ふぅーむ。魔力放出をこのレベルで使える者が今までさほど有名ではなかったとは驚きだ」
白衣を着た少年がココアを飲みながらそうつぶやく。そして飴玉を口に放り込む。
「エエ、しかも魔道具が増幅機能がナイ魔道具。とんでもない魔力量か増幅倍率が非常に高い能力の二択ダ」
「後者一択だろ。魔力放出の効率の悪さはとんでもねぇぞ。俺でも本気で撃ったら十二発が限界だ。それに別の魔道具隠し持ってるかもしれねぇぞ」
「へ、傭兵は金欠との戦いダ。そんな魔道具は持ってナイ」
「あ?」
機械鎧の人物と上裸の青年が口をはさむ。そして顔を見合わせガンを飛ばし合う。杉菜がそれを尻目に口を扇子でふさぐ。
(会議中くらいまともな服を着てほしいものですが)
白衣姿の少年がパソコン操作して、結人のボディカメラに切り替える。
『天ヶ崎流奥義、春雷一せ────』
ばきん
『悪いね。もうかまってあげられん』
「ボクは剣術とかはよく分からないけど。これ何をやってるの?」
上裸の青年が目を見開く。機械鎧は腕を組んだ。機械鎧が立ち上がり、もう一度その映像を再生をする。
「……………いや、冗談だろ」
「ウム、曲芸にしてはやりすぎダ。攻撃を置いていル」
「いや、まさか……………そうとしか言えねぇな」
機械鎧の人物がパソコンにUSBを差す。そしていくつか操作をすると、剣の3D模型が映し出された。
「アー、「黒鼠」は抜刀の時に剣の最も弱い部分に攻撃が当たるように、攻撃をしタ。ココだ。劈開面といってそこから割れやすい面の所ヲ」
「ああ、天ヶ崎の奥義は俺でも後ろに避けるしかできねぇ。まあ当たっても痛いで済むがな。あの高速の抜刀を完全に見切ったってことだ。この鼠は」
上裸の青年がそう補足をした。その目はいつになく真剣だった。
「マア、そういう芸ならあり得るだろウ。何年も二人で練習を重ねれば可能ダ……………ダガ、ログを見た範囲だと天ヶ崎の剣術は初めて見たと言っていタ。ブラフの可能性も高いガ。「黒鼠」は一発で成功させタ」
そして、会議室に静寂が流れる。白衣の少年がプロジェクターを操作して刺し貫かれた「黒鼠」が映し出される。そして声を上げた。
「話は変わるんだけど。「黒鼠」は女の子だ。年は十四から十六くらいだ。骨盤の形と現場に落ちていた血から推定した」
会議室にざわめきが走り、杉菜が立ち上がる。「黒鼠」が結人より若いとは信じられなかったからだ。
「待ってください。「黒鼠」は確かに小柄でした、でもそんな若いとは」
「骨格成熟度、骨盤の形成状態、成長線、血液中のホルモン比率などから、どう考えても未成年だ。そして人体改造も受けている。致死率も難易度が高い、自己修復機能搭載手術を」
それぞれがその言葉を聞いて何かを考えだす。そして白衣の少年が続ける。
「つまり。「黒鼠」は十五歳くらいの人体改造を受けた少女で。圧倒的な武術の腕と魔力放出を実戦レベルで運用できるほどの魔力資質があるってことだ」
「それに人を殺す気がなイ」
「ああ、あの腕なら一人十二回は死んでる」
機械鎧の人と上裸の青年がそう補足をする。そして白衣の少年が指を立てた。
「さて、魔力資質は生まれつきのものとして。問題は誰が彼女を作ったかだ。はっきり言って今では分からない。こんな子を独立傭兵にしているなんて馬鹿のすること。ボクには馬鹿の考えは理解できない」
「別に考えなくてもいいんじゃねぇか。殺せたのに殺してない、いや殺さない甘ちゃんが何者だろうがどうでもいいだろ」
「ウム、協力はできると考えていイ。それに甘ちゃんではなイ、殺さないという固い意思をもった傭兵ダ」
機械鎧のその言葉に杉菜はうなずいた。
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「さて、どうするか」
俺は本当に久しぶりに長い休みが入ったので、温泉旅行に行くことにした。
昔ながらの温泉宿で難解な問いに足を止められている。目の前には二つの暖簾。男湯、女湯。どちらに入ればいいんだコレ。
「普通に考えれば男湯だ。……………でも肉体は女で。あれ、どうすればいいんだ?いや男湯入ればいいんだろうけど澄香が女湯に入れってでも俺は男で」
そんなことを考えていると希望の暖簾が視界の端に入る。混浴、これだ。
脱衣所に入ると誰もいなかった。風呂場を見ても誰もいなかった。やった独り占めできるじゃん。
体をタオルで洗う。湯の花の匂いが鼻をついた。こうしてゆっくりできるのも六年ぶりかな。親が死んで、花と二人で生きていくことになって。傭兵になった。
「ふぅ。意外と風情があるな。レトロっていうのか?」
人を殺さずに済むために血のにじむような努力をした。師匠に槍を教えてもらって、それ以外は独学で習得した。すこし澄香に手伝ってもらったような気もする。初めて腹に銃弾を喰らった時痛くて泣いたこともあったな。今じゃ只のノイズになったけど。
「男湯と女湯と上で繋がってるのか」
子供と父親だろうか、壁の向こうから男の人が話す声が聞こえる。俺以外にも風呂入っている人いたんだ。そういえば、家族で旅行はあんま行けてなかったな。花が魔力過剰生成体質だと分かるまでいろんな病院に連れまわしていたっけ、分かったときの父さんと母さんの様子変だったもんな。二人が泣いているのアレが最後か。いや、魔力過剰生成体質の抑制手術に耐え切れないほど体が弱ってたって知った時か。
「四人で旅行行ったのは俺が小学校一年の時だから八年前か、もうそろそろ人生の半分の時になるのか?」
母親らしき人が二人を叱りつけた。女湯は男湯を挟んでいるからかなり反響している。父親が謝った。俺とその家族以外誰もいないってのに。まあ、母親なんてそういうものか。
「そういえば、父さんと母さんってどんな顔してたっけ」
こう俺と花の顔は母さん似って言われてて、父さんの友達が、お前の遺伝子どっか行ったとかからかってたような?
……………ダメだ父さんの顔は思い出せない。母さんの昔の写真は覚えている。俺と花によく似ていたから。
「元気かなぁ。ゆっきーの息子」
俺のこと女だと思って告白してきた、父さんの友達の息子。あれは今でも鮮明に覚えている。顔にほくろが三つあった。目じり、鼻の横、右の頬。男だって言ったら挙動不審になってた。あー俺、女に間違われることよくあったな。保育園に新しく入ってきた人、二人いたけど間違えてたな。三人だったっけ?
そんな考え事をしていると老夫婦が入ってきた。見た感じここら辺に住んでる人っぽいな。
「おや、若い娘さん。ココは混浴ですよ。あなたあっち向いてなさい」
「心は男なんです」
「あら、今時のせんしてぶ?な人なんですね」
お婆さんがお爺さんの肩を叩いて、俺から視線を逸らさせた。お爺さんは「嫉妬か?」と冗談めかして笑っている。
そうだ、父さんはアイドルのファンで母さんによく小言言われてたな。アイドルのポスター買ってきて「もう張る場所ないっていったでしょ」って。
「俺はもうすぐ上がりますんで」
「ええ、そうしたほうがいいですよ。私たちみたいに夫婦で来る人がほとんどだけど、たまに危ない人もいますからね」
「そうですね」
風呂から上がり、体の表面から弱く魔力を噴射して水分を飛ばす。コレ、結構力加減が面倒だからあんまやりたくないけど。
「急いで服着るか」
短パンとシャツだけのラフな格好に着替える。別に飯食って寝るだけだしこれでいい。暖簾をくぐり、視界を回すと、ベンチに小学生くらいの男の子と父親が並んで座っていた。フルーツ牛乳とコーヒー牛乳を交換して飲んでいる。
父さんは牛乳じゃなくてビール飲んでたな。髭に泡付けて、それを花が触って、母さんが怒ってた。うわ~懐かしいな。
「ママが来るの遅そうだしもう一本かおうよ」
「お腹痛くなるぞ。パパと半分こしよう」
「え~。大丈夫だもん。給食で三本飲んでも平気だったよ」
小僧、俺は六本が最大だ。ふっ、まだまだ青いな。次の授業体育で吐きそうになった。ドッチボールやって、俺と女子対男子で俺が勝った。俺一人だけ運動量がおかしかったような……………
「お高いヨーグルトドリンク買っていいのか………止める母さんもいないし」
うーん。スーパーのヨーグルトの味がする。牛乳買えばよかったな。まあいい、夕飯は七時からだしそれまで散歩でもして腹を空かすか。
……………そうだ、温泉饅頭も買うか?いや、刺身盛り合わせ頼んでいるし。夕飯食ってから行こう。閉店時間がギリだったら持ち帰る。たしか部屋に電子レンジあったはずだし。
「おお、煙がライトアップされてる。昼見た時は風情あったけど、これはこれでありだな」
もう日が暮れていた。まあ秋と冬の中間らへんだもんね。湯畑からの煙が色とりどりの光を受けて光っている。近隣の人から苦情は来そうだけど綺麗だ。へぇ八時には消えるんだ。その対策もしてるのは当然か。
「温泉饅頭は買えるのか?八時までか。あれっ、サイズこんなんだってけ?俺が大きくなったからか。これなら大丈夫そうだな。……………十個入りはいらんか。すみませんー温泉饅頭一つください」
「あいよー。一個百五十円ね」
百五十円を店員さんに渡して、饅頭を貰う。一口かじると、仄かな黒糖の風味がする皮と、ほんの少し塩を利かせた餡子の甘さが口いっぱいに広がる。
「黒糖味って独特の味だよな」
なんとなしに周囲を見渡すと店仕舞いをしていた。店先に置いてあった椅子を中に入れている。開いているのは居酒屋くらいか。酒が飲めれば食後に入っていたのかな。あと、五年くらいか。
そうそう、父さんが俺と飲みに行きたいとか言ってた。叶わぬ夢だったけど。
「そろそろ、夕食の時間か。戻ろう」
温泉宿の食堂に行くと、さっきの家族連れと、男が二人いた。あと裏の方に従業員の人が三人。男二人は取引先の人がカツラを付けていた話で盛り上がっている。出張で来ているのか。仲居らしい女性が近寄ってくる。
「あ、黒原様ですね。夕食今出しますね」
「ありがとうございます」
次々と食事が運ばれてきた。何かの胡麻和え。ナスときゅうりの浅漬け。湯気を立てる白米。わかめと豆腐の味噌汁。こぶし大の唐揚げが三つ。レタスのサラダ。頼んだ刺身の盛り合わせ。良いじゃないか。
まずは味噌汁を一口飲む。
「少し薄い気もするが旨い……………」
食卓に置いてあったドレッシングをサラダに掛ける。このレタス新鮮だな。仄かな苦みが食欲をそそる。
「漬物ってどうにも好きになれんな」
漬物を一口に詰め込んで、お茶で流し込む。クソっ、ナス噛んじゃった。唐揚げの油で中和する。食堂を見渡すと炊飯器が置いてあった。お代わりできるのか。なら米の配分考えなくていいか。
白米と肉の相性はいい。米が進む。胡麻和えを少しつまむ。なんだこれ、食ったことないやつだけど旨いな。炊飯器から白米をよそう。そろそろメインに行くか。
「まずはイカから行こう」
醤油が、コリコリした触感と甘さによく合う。これはアジか?いやサバかな。旨いしいいや。こっちは鯛か。久しぶりに食べたけど結構イケるな。おっ牡蠣もある。レモン絞るか。うん、俺は好きじゃないな。
マグロにいこう。よくスーパーで買うけど、皿に盛られているからか?なんか違う気がする。
「ごちそうさまでした」
結構食ったな。お盆をおばちゃんに渡して食堂を出る。少しきしむ廊下を歩き、今日宿泊する部屋に入る。
結構、古い部屋だけど清掃はしっかりしてあるな。洗面所はトイレのとこか。歯を磨いてから寝よう。テレビあるじゃん。ニュースでも見るか。一昨日、「不壊」が誰なのか分からなかったから。花に聞いたら有名な人でニュースによく映ってるって怒られたし。
『続いてのニュースです。広域指定暴力団、点差光津組の若頭、海東静平左衛門容疑者(80)が、公然わいせつの疑いで逮捕されました。』
「八十にもなって若頭なんだ」
『警察によりますと、海東容疑者は昨夜、都内の路上で公然わいせつ行為に及んだ疑いが持たれています。組長の海東静氏(111)は取材に対し、「まさかそんなことで捕まるとは思わなかった。昔から精力旺盛なやつではあった」とコメントしています』
ニュースを聞きながら布団を広げていると。急に画面が切り替わった。
『緊急速報が入りました。たった今の情報によりますと、
「こいつ俺が倒した奴じゃん。死刑になったんだ」
こいつの事はよく覚えてる。何か倒した後キレてたから。なんだっけ、「殺す価値すら感じないのか」とか言ってたな。俺が人を殺さない人だと知ったら安心するやつがほとんど。でも怒った奴はほとんどいないから記憶に残ってた。
「志戸山は、こっから三十キロくらいか。気になるし見に行ってみるか」
カバンから傭兵セットを取り出す。念のため持ってきてよかった。武器は短刀しか持ってきてないけど。まあ、戦いになることなんてないか。別に野次馬するだけだし。