傭兵「黒鼠」は休業中 作:ハイパー・ボーン
マンホールから出るとそこは公園のベンチの下であった。どうも、独立傭兵の「黒鼠」です。国家魔術犯罪対策局のスモークマンとやらに攻撃されて、半そで半ズボンになりました。
「マジふざけんなよ……………まあ、向こうも仕事か」
短剣を見ると刀身の先が少し欠けていた。あの蒸気に巻き込まれたのか。槍と直剣と短剣を公園の水道で洗う。武器は丁寧にしないとね。すると酒屋の兄ちゃんがワンボックスに乗って、やってきた。
「「黒鼠」さん、次の仕事です。すぐ行きますよ」
「わかった」
おっと、めまいか、俺にしては珍しいな。すこしふらつきながら、ワンボックスに乗り込むと、結構あった酒が無くなっていた。ワンボックスって中広いな。おっ着替えもある。
「カーテンそこにあるんで」
「……………そうか」
シャ
服を脱いで、新しい服に着替える。澄香が作ったんだよなこれ。あいつ多芸だよな。なんだっけ、防寒、防熱、防弾、防刃、防塵に電波遮断。ナノ繊維が自動修復なんとやら。
「次の仕事は襲撃です。タブレットがあると思うんでそれ見てください」
「わかった」
えーと、この厳ついお爺さんの護衛を倒せばいいのか。場所は路地。そこに入ったとき事故が起きるから、襲撃する。なんかこういう仕事すっごい久しぶりだな。三年くらいかな。
キィィ ガシャン
黒塗りの高級車に追突するシルバーの車。高級車から柄の良くない男が三人ほど降りてきた。俺はそれを近くのマンションから見ていた。いくか。
「てめえ、どこに目ついてるんだよ」
「はあ」
瞬時に三連撃を打ち込まれ、のたうち回る護衛たちを見下ろす。移動の方が時間かかったな。あとはこのお爺さんか。
「き、貴様、「黒鼠」だな。今回の件は水に流すかわりに」
ボゴッ
腹を殴って気絶させる。酒の飲みすぎかな?肝臓が変な感触をしていた。すると、どこからか同じ格好をした男たちが現れた。その男たちは護衛たちとお爺さんを担いで、車に運び込んだ
「お疲れ様です」
「こちらこそ」
回収班の人と挨拶を交わし、酒屋のワンボックスに乗り込む。こんな簡単な仕事で金を貰うのは何か悪い気がする。
「今日はこれで終わりです。お疲れさまでした」
「わかった」
椅子に倒れこむ。これが毎日か?結構きつい気がするな。
「行先はどこにします?」
「
窓の外を見ると、高校生だろうか、学生服をきた男女たちが談笑をしながら帰路に着いていた。
俺も父さんたちが死んでいなければあんなことできたのだろうか。
「いや、ただの妄想か」
どうせ成れぬものに思いを馳せるなんて俺らしくないな。
────
────────
「もごっ。もごごっ」
ほぼ全裸の爺さんを見下ろしながら、ラム酒のロックを呑む。氷が融け、グラスの底とぶつかる。
それでも気分はなかなか晴れない。一番信用している「黒鼠」にこいつの捕獲をやらせたのは気が引けたけど、あいつ位しかできないだろうし。
「あー、この「伝書鶏」に嫉妬するのは分かるんだけどさ、流石にやり過ぎだよ。「緑青壁」が居たことなんで黙っていた。もし「黒鼠」が彼女のこと殺していたら、表と裏の均衡が崩れるんだけど」
別に、正義に目覚めたとかじゃない。俺が今やっているのはただの腹いせ。答えなんて聞いてないし、聞くつもりもない。そして、こいつの前で自制が利かなくなる、自覚はしているが俺の悪い癖だ。
「おまえがアルツハイマーにかかってるのは知っている。それを診察した医者を医院ごと焼いたこともです。自分が耄碌したことを認めて隠居してればもう少しマシな終わりにはなってたな」
他人の弱みにさんざん付け込んできたからこそ、認められるワケなんてないでしょうに。踏みつけ、見下し、何もかもを奪ってきたコイツが。
「自分が奪っていないと損している気分がする。他者が何かを持っていること自体が屈辱に感じる。潔白に生きてきて人が積み上げたモノがどうにも目障りでしょうがない。他者への称賛が自分を貶めてるように聞こえる。どうです当たってるでしょう。あなたの事はずーっと調べてきました」
そうです。ただの八つ当たりなんです。親父、あんたは関係ないんです。これはあの時、何もできなかった私への八つ当たりです。ただ見ることしかできなかった私への。
「自分が全て持っていることが当然であり、持っていないのは自分への侮辱である。これはあなたが殺した精神科医の分析です。これを聞いたときその精神科医に喝采をあげました」
違う、これは仕事だ。落ち着け私。自分の顔をはたく。少し現実に戻った気がする。
俺は「伝書鶏」だ、俺は仲介人だ。正体不明の知らせを伝える鶏、それが俺だ。
「あー、まあ確かにお前は優れていたよ。俺が裏社会に入ったとき、お前だと知らなくて尊敬もした。どんな企みも見抜いて。誰も気にも留めないような僅かな隙まで拾い上げていた」
「もごごっ────殺してやる、お前もあの薄汚い傭兵も」
こいつの顔を蹴り上げる。足が痛い、やっぱ暴力は向いてないな俺。
「耄碌する前のお前なら、こんなことにはなってない。前のお前はどんなことにも我慢ができた。屈辱を、嫉妬を腹の底で押し殺して、屈服させようと誓いを立てていた。そんなこともできなくなっているんだよ。ハニートラップにも引っかかって、なんとかこれまでの功績で生き延びることができただけだ」
そして、机に置いてあるパソコンから通知音が鳴った。メールが届いている。俺はそれを読み上げる。
「お前の組織だと思っている所から連絡が来たぞ。元会計部長殿へ、五十三年の勤務後苦労であった。これからは安心してお眠りください」
部屋から出て、待機していた処分屋に合図を送る。五人くらいの防護服をきた人が部屋に入っていった。
「清掃もお願いね」
「はい、漂白剤もつかってもいいでしょうか」
「おー、大丈夫だと思うよ」
歩きながらメールボックスを見る。うわ、百件くらい増えてる。かー、まったく人気者は忙しいね。となるとバーはできないか。
「あー、バーテンダー君。バー今日閉店にしといて」
『はい』
親父、お母さん、由奈、あなた達に誇れる人ではないけど、生きてるぞ俺は。
────────
────────
「火身医院着きましたよ」
「う……………あい、そうか」
少し寝ていたらしい。窓の外は白く霞んでいた。火身医院がうっすら見える。
「……霧か」
これは、師匠だ。そうつぶやくと、霧が濃くなってきた。酒屋の兄ちゃんが慌てふためく。もし敵ならもう手遅れだよ。
「何かの攻撃ですか。くそ、追っ手は来ないこと確認してたのに」
「大丈夫、敵じゃない。あと、火身 澄香に帰るのが遅れると伝えろ」
車の中にも霧が入ってくる。相変わらず無口な人だ。俺は槍を手に取ると、霧がさらに濃くなり、光さえ届かなくなった。
足を前に出すと、かさりと落ち葉の感触が伝わってくる。そして、霧に覆われた石畳の場所に俺はいた。今日はここか。
ヒョォォォォ
風が吹き、霧が一部に集まり始める。そして人の形を成した。霧に色が付き始める。鼠の仮面、フード付きのコート、そして錆に覆われた槍を持つ男の色へ。そして俺の方へ歩き、十メートルの位置で止まった。
「師匠、何の用。いつもはヒマな時しか来ないじゃん」
「……………」
師匠は何も言わず、俺に槍を向ける。まずい────
ポフ
クッソ、油断した、いつもの初撃喰らった。槍の先にあった右の肺がやられる。いつもは避けられるのに、鈍っているのか俺?
師匠が槍の石突を石畳に触れさせる。これは避けられないな。
コツ ごぎゃ
足首外された。あー外されると自己修復できないこと知ってるのか。痛いからやりたくないけど、魔力を暴走させて足首を吹き飛ばす。
「……………」
槍の穂先で空気の面を逸らし、風を師匠にぶつける。師匠はコートを揺らめかせ、風をこっちに返してきた。そりゃあ同じことできるか。
ゴロゴロと石畳に転がる俺の目の前に槍が付きつけられる。
「負けました」
「……………ふ」
師匠が俺の頭を撫でる。乾いた砂が擦れる音と、朝の霧の匂いがする。この人何時動いたんだ。いつもの事だけど、まったく見えなかった。
右肺の修復も終わったし、次行くか。立ち上がり槍を構える。
「……………」
師匠も間合い取ってるし。始めよう。全身の力を抜く、地面に引っ張られる力を前に進む力に変える。槍と槍がぶつかる、手首を固定することを忘れない。
「……………む」
案の定、手首外そうとしてきた。有効打しかしてこないから動きは読める。でも腕の筋が痛い。魔力を槍に流し、放出する。
ボッ ボッ
くるりとコートを翻し、魔力を受け流した師匠に追撃の魔力放出を打ち込む。防御に回らせなきゃ死ぬ。
「……………お」
コートが大きく膨らみ、師匠の姿が見えなくなると、視界の端から掌底が迫る。魔力放出を上向きにして地面に転がることで、どうにか逃れた。そしてそのまま魔力放出を枝分かれさせ、檻の様に変形させ師匠を囲む。
「……………む」
魔力放出の檻を狭めるが師匠の色が消え、肉体は霧と化す。これは前に見せた手だし、避けられて当然。こうしたら師匠はとりあえず後ろにいる。体をねじり、槍を回す。
「おりゃああ」
「……………ふ」
槍の穂先を掴んだ師匠は頷いた。そして、霧が濃くなってきた。今日はこれで終わりか。最近鈍ってたし、全力でやれる相手は師匠しかいない。……今日は新しい動きも見れた。相変わらず手加減してたけど、あんなに強くなってどこに行こうとしているんだろう。
霧が薄くなり、俺の部屋が視界に入っていく。師匠、室内では靴は脱ぐものなんですよ。靴を脱いで、玄関に放り投げる。ベットに倒れこむ、ホントは風呂入ってからにしないとだめだけど。今日はハードだったな。暴力団の制圧に、お爺さんの護衛の制圧。そして師匠との稽古。
「咲ちゃん、靴はそろえる」
「はーい」
澄香、こういう時だけまともだよな。よっこいせっと。動かなきゃな。部屋からでると澄香がこっちを見てきた。そして、いつになく真剣な様子で近づいてくる。
「咲ちゃ~ん。今日もいいお尻してるね触るよ……………咲ちゃん、自動修復何回使った?」
「二回、いや三回」
スチームマンに右胸郭吹っ飛ばされて、一回。師匠に右肺壊されて、一回。二回だ。……………あっ、足首を自分で吹っ飛ばして、一回。三回か。
「それにしては疲労が大きいな。部位は?」
「右胸郭。右肺。両足首より先」
「ダメだよ、部位修復は肉体の負担が大きいんだから。本当は二週間くらいかけて修復するものなんだよ。……………体温熱いな」
澄香が俺を担ぐ、性犯罪者のマッドサイエンティストのくせにこういう時だけ真面目になるよなこいつ。……………なんというのか、そう医者になる。
「明日の仕事は楽なのにして。これは主治医としての命令。「伝書鶏」くんにも伝えとく」
「……………わかった」
澄香に担がれたまま、俺の着ていた服が流動して自動的に脱げる。続いて澄香の服も同じように流動し、自立して洗濯機へ入っていった。こんな機能もあるのか。そして風呂に澄香が何滴か液体を垂らし、俺を入れる。
「本当は医院のカプセル使いたいけど。それは今、花ちゃんが使ってるから浴槽で我慢する。……………血圧は正常、反射は少し遅いかな。体温は41.2。今から道具持ってくるけど、眠らないでね」
「わかった」
澄香が浴室から出て、自分の部屋に向かう。別に体調は悪くないんだけどな。天井を見ると、黒カビがどんどん小さくなっていく。いや、これ浸かって大丈夫な奴?カビ殺し使っても取れなかったんだぞあの黒カビ。
防水バックをもった澄香が戻ってきた。その手にはコップがある。
「咲ちゃん。これ飲んで」
「やだ」
「お医者さんのことは」
「ぜったい」
これ飲みたくないんだよ。三日位味覚が変になるから。渡されたコップの中を見る。……………いやだなぁ。あと十秒したら飲もう。十、九、八。
「点滴でもいいよ、自己修復で弾き出さないように骨にアンカーつける必要あるけど」
「うっぐ、ぷは……………まずい」
「いったん自己修復機能停止させるね。体内の微小な傷にも反応しちゃうから」
バチン バチン バチン バチン バチン バチン
澄香がホチキスみたいな道具で俺の体の六か所に金属片を埋め込む。なんだか寒くなってきた、これをやると、いつもそうだ。
「自己修復機能刻印誰かに触らせた?一時停止状態になってたけど」
「……………多分、師匠。暇なときしか来ないのに今日急に来た」
「私以外に扱えるような代物じゃないんだけどな、刻印は……………わかった。そのお師匠さんに会ったら感謝しときなよ、それされてなかったら結構きつい処理しなきゃいけなかった……………ナノメートル単位の作業をどうやって……………」
ああ、師匠助けてくれたんだ。そういえば、なんだっけ、眠くなってきた。風邪ひいたのはいつぶりだっけ、花が生まれてからはかかってなかったような、そうだクリスマス……………
「おやすみ、咲ちゃん」