ようこそTS美少女闘技者の教室へ   作:ぷぷぷ

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一つの視線

 

 巨大なドームの中央、爆発的な興奮が渦巻く闘技場の中心で、二人の闘技者が対峙していた。

 

 片や、刻まれた皺と限界まで研ぎ澄まされた肉体が、気の遠くなるような壮絶な修練を物語る──正に『武』そのものを体現した中年男。片や、血煙の舞う場には不釣り合いなほど鮮烈で、凛とした華を思わせる若い女。

 

 あまりにも対極的な二人が描く沈黙の円のなかで、熱気を孕んだ風が静かに吹き抜ける。

 

「……世間知らずの小娘かと思えば、この黒木に傷を負わせるとはな。まさか己の武を食らうことになるとは思わなかった。この黒木、未だ青いわ」

 

 重厚な声とともに、男──黒木玄斎は深く息を吐き出した。固く結ばれた彼の道着からは、僅かに赤い血が滲み出ている。

 

 天那によって寸前で受け流された『魔槍』が、あろうことか黒木自身の皮膚を鋭く切り裂いた痕だ。己の未熟を噛み締めるような眼光が、眼前の少女を射抜く。

 

「冗談よせよオッサン。どこが青いんだ。熟成しまくってんだろ」

 

 対する睡蓮天那(すいれんあまな)は、肩をすくめながらニッと口角を上げた。不敵な笑みを浮かべてはいるものの、その全身の神経は極限まで研ぎ澄まされている。目の前の肉体の塊から発せられる圧迫感は、ひと時も気を抜くことを許さない。

 

「流水の如き動きで攻撃を受け流し、巨岩をも粉砕する一撃を放つ。──『流水岩砕拳』とは、よく言ったものだ」

 

 黒木が静かに間合いを詰め、構えを直す。その足取りには一切の隙がない。

 

 流水岩砕拳。それこそが、天那が幼少の刻よりその身に叩き込んできた拳法であった。かつて理不尽なまでの強さを持つとある老人の手によって、死線と隣り合わせの中で無理矢理鍛え上げられた地獄の記憶。

 

 天那は腰を深く落とし、流れる水を手にすくうかのような独特の構えを取った。どこにも力みがなく、それでいて一切の隙がないその佇まいは、まさにあらゆる攻撃を受け流す流水そのものだった。

 

 闘技場を揺らす大歓声すら天那の意識から遠のき、互いの荒い呼吸音と、静寂の中に響く空気の震えだけが色濃く残る。

 

「その年で、よくぞそこまで『武』を鍛え上げた。この黒木が、お前を天才と認めてやろう」

 

 黒木が踏み出す足音が、地響きのように重く響く。

 

「ありがとよオッサン。そんじゃ、そのまま大人しく負けを認めてくれよっ!」

 

 地を蹴る鋭い足音とともに、天那の身体が弾け飛ぶ。二つの影が交錯した。

 

 ──この死闘に決着が下りるまで、僅か一分前の出来事であった。

 

 

 

 と、そんな血生臭い経験を、表社会の人間に明かせるはずもない。天那は伊吹の投げてくる「いったい何者なのか」という探るような問いをのらりくらりと躱しながら、軽妙に言葉を交わしていた。

 

 お互いにどこか波長が合う感覚があり、他愛のない話題は途切れることがなかった。その時──ガラッと音を立てて教室の前扉が静かに滑り開いた。

 

 一歩踏み込んできたのは、整えられた黒髪に、細フレームの眼鏡を光らせたスーツ姿の男。その身から立ち上る厳格さに、ざわついていた教室の空気が緊張を帯びる。生徒たちは一瞬で、彼が教師であると悟った。

 

 先ほどまでの賑やかさが嘘のように、教室内には徐々に静寂が広がり始めていく。スーツの男は足音を響かせて教壇の中央に立つと、眼鏡の奥の鋭い眼差しで、品定めするように教室全体をじっと見渡す。

 

「皆さん、初めまして。Cクラスの担任を務めることになりました、坂上数馬です。教科は数学を担当します。この学校では年度ごとのクラス替えが存在しません。そのため、今ここにいる皆さんとは長い時間を共に過ごすことになるでしょう。どうぞ、よろしくお願いします」

 

 事務的な挨拶を終えると、坂上は手元の分厚い資料の束へ淡々と手を伸ばした。そして、資料を配布しながら話を始める。

 

「──ご家族と連絡が取れないのは、当然、寂しさを伴うと思います。しかし、それもこの学校における全寮制での学びの一環です。違反した場合は相応の処罰が下されるため、くれぐれもご注意ください」

 

 黒板を背に、抑揚のない淡々とした声で校則や今後のスケジュールが説明されていく。入学前に資料へ一通り目を通していた天那は、頬杖をつきながら退屈そうにその声を聞き流していた。

 

「では次に、これから三年間、皆さんの身分証となる学生証カードを配布します」

 

 無機質なカードが手渡され、数分後、全員の手元に行き渡ったタイミングを見計らって、坂上は再び口を開いた。

 

「この学生証カードは、クレジットカードのような機能を備えています。本校の敷地内にある全ての施設──売店、食堂、自販機に至るまで、このカード1枚で決済が可能です。当然ながら、利用するたびにポイントは減っていきますので、使い過ぎにはご注意を……。では、皆さん。端末にインストールされている高育専用アプリを起動し、現在のポイント残高を確認してみてください」

 

 促されるまま、天那はデスクの上に置かれた端末を取り、アプリを立ち上げる。青白く光る液晶画面に表示されたのは──『100,000』という数字だった。

 

「本校のシステムにおいて、1ポイントは1円の価値を持ちます。つまり、皆さんには入学と同時に10万円分の資金が支給されたということです。そしてポイントは、毎月1日に自動で振り込まれます」

 

 その言葉が発せられた瞬間、それまで静まり返っていた教室の空気が爆発したように熱を帯びた。

 

「マジかよ! 十万!?」

「やっば……何でも買えるじゃん!」

 

 興奮に顔をほころばせ、互いの画面を見せ合って歓声をあげる生徒たち。その喧騒のなかで、天那は冷めきった瞳で液晶の光を見つめていた。

 

「(……毎月たったの十万円かよ。そりゃあ普通の学生からすりゃ大金だろうけどなー)」

 

 高円寺コンツェルンの代表闘技者である彼女の金銭感覚はすでに崩壊しており、十万円という金額で喜ぶことはなかった。むしろ少ないと感じたほどである。

 

 周囲の歓喜とは完全に隔離された思考を巡らせていると、坂上の声が波立つ教室の熱気をすっと切り裂いた。

 

「……ただし、注意してください」

 

 静かながらも芯のある声が教壇から響き、一気に浮き足立っていた生徒たちの口が噤まれる。坂上は両手を教壇につき、教室内を一通り見渡すと、淡々と言葉を続けた。

 

「このポイントはこの学校において『なんでも』購入することができる、皆さんにとって極めて重要な資産です。そのためポイントは、計画的に、そして自らの判断で適切に使用することが求められます」

 

 一度言葉を切った坂上は眼鏡のブリッジをすっと押し上げると、口元にわずかな笑みを浮かべた。

 

「──この学校は、『実力』をすべてとする教育機関です。支給された10万ポイントはこの学校に入学を果たしたあなた方への対価に他なりません。これからの三年間、各々がその実力を存分に証明してみせてください」

 

 言葉の端々に隠された意味を匂わせながら、坂上は手にしていた資料をトントンと教壇の上で揃えた。それと同時に、どこか異様な威圧感を伴った説明が終わりを迎える。

 

「……さて、質問のある方は?」

 

 教壇の上にたたずむ坂上の鋭い視線がじっと注がれ、教室には再び静寂が満ちていった。その張り詰めた空気を切り裂くように、ひとつの手がだらりと上がった。

 

「はーい。質問ありまーす」

「あなたは……睡蓮天那(すいれんあまな)さんですね。質問とは何ですか?」

 

 天那はわざとらしく一拍置くと、髪をガシガシと掻きむしりながら、いかにも困り果てたといった表情を浮かべてみせた。

 

「この学校、監視カメラ多すぎないかー? 至る所から視線を感じて落ち着かないんだよ。ほら、この教室にだって何個もあるだろ?」

 

 その言葉に、生徒たちの間でざわめきが伝染していく。天那の視線を追うように、何人かが天井の隅を見上げた。

 

「監視カメラ……?」

「うわっ、ほんとだ。あそこにあるじゃん」

「おい、あっちの角にもあるぞ」

 

 一瞬だけ驚きに目を見開いた坂上だったが、すぐにどこか嬉しそうな笑みを口元に浮かべた。

 

「安全上の対策ですから、仕方ありません。我慢してください」

「えー、それにしても多すぎないかー?」

「天那さん、教師には敬語を使うように。それに、監視カメラはあればあるだけ好ましいものですからね」

「はいはい。我慢しろってことね」

 

 のらりくらりと手を振る天那を眼鏡の奥で見つめたあと、坂上は再び教室全体へ視線を戻した。

 

「さて、他に質問がある人はいますか?」

 

 静まり返る教室を見渡し、坂上は満足そうに頷く。

 

「これ以上の質問はないようですね。入学式は一時間後に行われます。それまでの時間は自由にお過ごしください。自己紹介をするもよし、校内を探検するもよし。……それでは、失礼します」

 

 それだけ言い残すと、坂上は背を向け、静かに扉の向こうへと姿を消した。教員の圧迫感から解放された瞬間、張り詰めていた糸が切れたように教室内が一気に沸き立つ。

 

「10万円とかヤバくね!?」

「ねぇねぇ、放課後何買いに行く?」

「マジでこの学校来てよかったー!」

 

 興奮に包まれるクラスの喧騒の中、伊吹が天那の方へわずかに体を寄せて静かに話しかけてきた。

 

「よくあの位置の監視カメラに気づいたな」

「まーな。昔から視線には敏感なんだよ。こんな体だしな」

 

 天那としては軽い冗談のつもりだったが、言葉を受けた伊吹の表情がピクリと引きつる。

 

「あー……それなら納得だな。うん、納得だ」

 

 伊吹はどこか気まずそうに視線を泳がせ、首の後ろをポリポリと掻きながら大きく頷いた。天那の圧倒的な厚みを誇る胸部装甲にふと目をやり、なぜか心の中でそっと敗北感を噛み締める。

 

 そんな伊吹の挙動を横目であしらいつつも、天那の意識は別のところにあった。肌を刺すような、たった一つの視線。静かな警戒と冷徹な分析が込められた、鋭いまなざし。

 

 視線の糸を辿るように天那がゆっくりと目を向けると、ざわめく人混みの向こう、紫がかった黒髪を揺らす一人の男と視線がぶつかった。

 

 

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