信用の理由
ミグルド族の里へ入ってみて、最初に思ったことがある。
よく、こんな場所で暮らせるな。
もちろん悪い意味だけではない。
十数軒の住居は、地面を浅く掘った上へ巨大な亀の甲羅をかぶせたような形をしていた。木材らしい木材がほとんどない土地なのだから、手に入るものを使うしかないのだろう。
畑もある。
あるにはあるのだが、葉は萎びているし、土は乾いている。
俺なら水不足を疑うところだが、住民たちは普通に世話をしているので、あれが正常なのかもしれない。
端には、牙の生えた花まで植わっていた。
俺たちが近づくと、ガチガチと歯を鳴らす。
害獣除けだったはずだ。
害獣以外も除けそうだけど。
里の中央では、青い髪の女性たちが一つの火を囲んでいた。
鍋らしきものから湯気が上がっている。
家ごとではなく、まとめて食事を作るのだろう。
逆に、大人の男はほとんど見当たらない。
ロキシーからもらった本によれば、この里では男が狩りへ出ることが多いらしい。
「この辺りで、一番よく獲れるのは何です?」
「大王陸亀《グレートトータス》だ」
「いきなり大物ですね」
俺が近くの家を指す。
「もしかして、あの甲羅も?」
「ああ。肉は食料になり、甲羅は住居に使える。筋も丈夫だ」
「なるほど……全部使うんですね」
最大の甲羅は、端から端まで二十メートル近くありそうだ。
生前に知っていた亀とは、規模が違いすぎる。
あれが歩いて向かってくる光景を想像すると、少し怖い。
隣では、コジローが甲羅の家を静かに見上げていた。
「珍しいですか?」
「さて。形は珍しかろうが、理には適っている」
コジローは、甲羅の表面へ残る古い傷を眺めた。
「一つの命を余さず用いる。狩る者としては、正しき作法であろうよ」
この男は、剣以外のことについても時折、妙に真面目なことを言う。
ルイジェルドとロックスは、里で最も大きな甲羅の家へ入っていった。
どうやら長の住居らしい。
権力者が一番大きな建物に住む。
そこはアスラ王国と同じだった。
俺たちも後へ続く。
◇
「お邪魔します」
「お、お招きいただき、ありがとうございます……」
俺に続き、エリスもぎこちなく挨拶する。
コジローは入り口で長刀を背から外し、壁際へ置いてから中へ入った。
「おお……」
外から見た印象より、内部は広い。
床には厚い毛皮が敷かれ、甲羅の内側には色鮮やかな織物が掛けられていた。
中央では小さな火が燃えている。
家具らしい家具はほとんどなく、壁際には槍や弓、解体に使うらしい刃物が並べられていた。
狩りをして生きる者たちの家だ。
「さて」
ロックスが火の近くへ腰を下ろした。
「改めて、おぬしらの話を聞かせてもらおうかの」
ルイジェルドが向かいへ座り、俺もその隣へ腰を下ろす。
コジローは長刀を置いた壁際に座った。
エリスだけが、どうしたものかと立ち尽くしている。
「椅子はないの?」
「なさそうですね」
「お客でも?」
「村長さんも床ですからね」
「……なら仕方ないわね」
地面へ座ることが嫌なのではない。
礼儀作法の授業で習った振る舞いと、目の前の状況が一致しないため、困っているのだろう。
しばらく迷った末、エリスは俺の隣へ座った。
帰った後、妙な癖がついたとエドナ先生に怒られないといいが。
俺はロックスへ、俺たちの事情を順に話した。
俺の名前と年齢。
アスラ王国のフィットア領で、家庭教師をしていたこと。
エリスが俺の生徒であり、ボレアス・グレイラット家の令嬢であること。
コジローはグレイラット家と縁のある旅人で、俺たちと一緒に転移へ巻き込まれたこと。
突然現れた白い光に呑み込まれ、気づけば魔大陸へ飛ばされていたこと。
そして、故郷へ帰りたいということ。
ヒトガミの話は伏せた。
あいつが魔族の間でどう扱われているのか分からない。
余計な情報を出して、邪神の信徒だとでも誤解されたら面倒だ。
「事情は、そんなところです」
「ふむ」
ロックスが考え込む。
見た目だけなら、難しい宿題を出された少年だ。
その時、こつんと肩に何かが当たった。
「エリス?」
「……眠くないわよ」
「その台詞、今にも寝そうな顔で言わないでください」
「寝ないわよ……」
言いながら、また頭が落ちる。
昨日の夜も、俺が眠った後まで起きていたのだろう。
転移直後に見せた元気は、興奮で無理に持たせていただけらしい。
「少し休んでていいですよ。大事なところは後で話しますから」
「横になりたいけど……枕がないわ」
「では、ここをどうぞ」
自分の腿を軽く叩いた。
エリスが止まった。
「…………」
「嫌なら毛皮で」
「嫌とは言ってないでしょ」
結局、俺の膝へ頭を載せた。
手を胸元で握ったまま、少しだけ居心地悪そうにしていたが、数秒もしないうちに呼吸が穏やかになる。
眠るの早いな。
赤い髪を指先で撫でると、くすぐったそうに眉を動かした。
むふふ。
こうして静かに寝ていると、本当にただの十歳の女の子なんだよな。
起きたら暴れるけど。
視線を感じる。
顔を上げると、ロックスが、妙に温かい目でこちらを見ていた。
「何です?」
「いや。仲がよいと思っての」
「教師と生徒としてです」
念のため言っておく。
壁際のコジローへ目を向けた。
こっちも口元が少し緩んでいる。
「何ですか」
「何も」
大人二人から生暖かい目で見られた。
居心地が悪い。
「それで」
俺は咳払いした。
「帰る方法なんですが」
◇
「町をいくつか回りながら、帰る方法と旅費を探すつもりです」
「三人でか?」
ロックスが尋ねる。
「基本的には。僕は魔神語を話せますし、魔術も使えます。コジローさんもいますから」
だがコジローは旅には慣れているが、魔大陸を知らず、魔神語も話せない。
エリスに商売や交渉を任せるのは論外。
となれば、稼ぐのは俺の役目になる。
「三人ではない」
ルイジェルドが口を挟んだ。
「俺も行く」
俺は彼を見る。
「俺が道を案内する。子供を二人だけで帰すつもりはない」
ありがたい申し出だ。
だが、ヒトガミの助言どおりに動くことへの抵抗は残っている。
コジローがいる以上、絶対にこの男へ頼らなければならないわけでもない。
ここで別れる方が、後々の危険を減らせるかもしれない。
どう断るべきかと考えていると、ロックスが先に口を開いた。
「待て、ルイジェルド」
ロックスが困ったような顔をした。
「町まで同行したところで、おぬしは門を通れまい」
俺は瞬いた。
「通れない?」
「見れば分かるじゃろう」
緑の髪に、額の赤い眼。それに顔の傷。
知識がなかった俺でも、初対面では怖かった。
スペルド族を昔話で知っている人間なら、もっと酷い反応になるのだろう。
「俺は外で待つ」
ルイジェルドは当然のように答えた。
「その間、子供らに何かあれば?」
「戻ってこなければ、探しに行く」
「町へか?」
「ああ」
ロックスが頭を抱えた。
「門で止められるぞ」
「止める者がいればどかす」
「そうやって話を大きくするから困ると言っておるんじゃ」
「中で二人が危険に遭っているなら、門の都合など知るか」
声が低くなる。
「必要なら、邪魔をする者は全員殺してでも連れ戻す」
冗談ではない。
本当にやりそうだ。
エリスを乗せた俺の膝が、少し固くなる。
コジローもルイジェルドを見たが、口は挟まなかった。
「子供が絡むと、おぬしは昔から極端じゃのう」
ロックスが呆れたように息を吐く。
「この里へ来た時もそうじゃった。魔物に襲われた子供を助けたから、わしらもおぬしを受け入れた」
「……あれから五年か」
「そういう所は変わらんの」
こちらの味方をしてくれているのは分かるが、その仕草はどうにも腹立たしい。
見た目が若いため、ませた少年が年上の失敗を嘲笑っているようにしか見えないのだ。
「だがな、ルイジェルド」
ロックスは真顔へ戻った。
「子供を助けるたび周りを敵に回しておっては、目指しているものから遠ざかるばかりではないか?」
「……」
目指しているもの。
この男が旅を続けている理由か。
「何をしようとしているんです?」
俺が尋ねると、ロックスがルイジェルドを見た。
本人の代わりに答えてよいものか、確認しているらしい。
ルイジェルドは止めなかった。
「スペルド族を見ただけで怯えられる今の有様を、どうにかしたいそうじゃ」
「…………」
無理だ。
一瞬、そう思った。
何百年も積み重なった偏見を、一人の行動だけで覆すことなどできるのだろうか。
ましてやスペルド族への恐怖は、魔族にも人族にも深く染みついている。
エリスが姿を見ただけで泣き叫んだほどだ。
ロキシーの本にも、スペルド族は危険な存在として書かれていた。
前世でクラスのイジメ一つどうにもできなかった俺には、途方もない話に聞こえる。
「でも」
口に出してから、少し迷った。
「怖がられる理由が、まったくの作り話ってわけでもないんですよね?」
ルイジェルドの目が動いた。
「戦争の時、敵も味方も関係なく襲ったと──」
「違う!」
「え?」
次の瞬間。
身体が浮いた。
「スペルド族は、初めから悪魔だったわけではない!」
気づけば、ルイジェルドに胸元を掴まれている。
膝の上のエリスを落とさないよう、とっさに片手で頭を支えた。
近い。
額の赤い眼が、目の前にある。
「あれはラプラスが──」
衣擦れの音。
見る。
コジローの手が、壁際の長刀へ伸びていた。
表情は変わっていない。
でも、さっきまでとは空気が違う。
「待ってください」
俺は片手を上げた。
コジローの手が止まる。
ルイジェルドも俺を見ていた。
「怒らせたなら謝ります。でも」
喉が少し詰まる。
「知らないから聞いたんです」
胸元を掴む手を見る。
「何があったのか、教えてください」
数秒して、ようやく手が離れた。
俺はゆっくり座り直す。
エリスは──寝ている。
凄いな。
これで起きないのか。
ルイジェルドは、自分の手を見つめていた。
そして、ぽつりと言った。
「俺は、息子を殺した」
「…………」
何を言われたのか、すぐには理解できなかった。
「自分の?」
「ああ」
火が弾けた。
ルイジェルドは俯いた。
「親も殺した。妻も。姉妹も」
顔を上げる。
「だから、スペルド族が恐れられるようになった理由を、お前が聞きたいというなら」
傍らの三叉槍を握る。
「そこから話す」
◇
魔神ラプラス。
多くの魔族を従え、人族との大戦を起こした男。
スペルド族は、戦争の早い時期からラプラスに従っていた。
額の眼で周囲を探り、素早く敵の懐へ入り込む。
奇襲や夜襲を得意とする戦士たちだったという。
当時、その名は今のような嫌悪だけで語られてはいなかった。
強者として恐れられ、同時に認められていた。
「戦士団長だったんですか?」
「ああ」
「……それ、何年前の話です?」
「五百を越えてからは、歳を数えていない」
「あ、そうですか……」
スケールが違う。
俺の前世と今世を足しても、十分の一にも届かない。
戦争の途中、ラプラスはスペルド族の戦士団へ新しい武器を持ってきた。
黒い三叉槍。
形こそ彼らの槍に似ていたが、見るからに禍々しいものだったという。
「嫌がった人はいなかったんですか?」
「いた」
ルイジェルドの視線が、自分の三叉槍へ落ちた。
「俺たちにとって槍は、使い潰して替えるような武器ではない。戦士となってから死ぬまで、自分と共にあるものだ」
コジローの目が僅かに動いた。
背後の長刀へではなく、ルイジェルドの槍へ。
「それでも俺は、持ち替えろと命じた」
「ラプラスへの忠誠を示すために?」
「そうだ」
戦士たちは、それまで使っていた槍を残し、黒い槍を手にした。
その力は圧倒的だった。
身体は軽くなり、力は増し、感覚も鋭くなった。
今まで苦戦していた敵を簡単に倒せる。
魔術を受けても、以前ほど脅威には感じなかったという。
「最初は、認められたのだと思った」
ルイジェルドは言った。
「俺たちへの褒美だと」
だが、戦士団は少しずつ変わっていった。
どこからが異常だったのか、本人にも分からない。
戦いを重ねるほど、人を殺すことへのためらいが消えた。
そのうち、誰を敵と呼ぶかさえ意味を失っていった。
「悪魔だと恐れられることを、俺たちは喜んでいた」
ルイジェルドの声には、怒りよりも嫌悪が滲んでいた。
過去の自分自身へ向けた嫌悪だ。
兵士も。
武器を持たぬ者も。
老人も、女も、子供も。
目の前にいれば襲った。
黒い槍を持ったスペルド族は、世界中から恐れられた。
だが、無敵ではなかった。
人族と魔族の両方を敵へ回し、戦士団の数は少しずつ減っていった。
仲間が死んでも悲しまない。
むしろ、戦って死ねたことを羨ましいとさえ思っていたらしい。
そんな時、ルイジェルドの故郷が襲われているという知らせが届いた。
彼らを誘い出すための罠だった。
しかし、当時の彼らにそれを疑う頭は残っていなかった。
戦士団は故郷へ戻った。
そして。
守るべきだった集落へ、自分たちで槍を向けた。
ルイジェルドの語りが、そこで途切れた。
囲炉裏の中で、薪が崩れる。
「父も、母も、俺が殺した」
炎を見つめたまま、絞り出すように言う。
「妻も。姉妹も」
言葉の間が、少しずつ長くなった。
「最後に……息子を殺した」
膝の上で眠るエリスの呼吸だけが、妙に大きく聞こえる。
息子は、いずれ戦士となるために鍛えられていた。
だが、父親であり戦士団長であるルイジェルドには敵わない。
刺し貫かれながらも、息子は最後の力で黒い槍を折った。
「折れた途端、それまで当然だと思っていたものが全部消えた」
ルイジェルドは口元を押さえた。
「正気に戻った俺の口には、息子の指が残っていた」
俺は何も言えなかった。
気の利いた慰めなど、出てくるはずもない。
「その場で死ぬことも考えた」
ルイジェルドは続けた。
「だが、その前に決着をつける相手がいた」
「ラプラスですか」
「ああ」
周囲には、すでに討伐軍が迫っていた。
かつて二百人近くいた戦士団は、十人ほどしか残っていなかった。
生き残った十人も、まともな身体ではなかった。
腕を失った者。視界を奪われた者。額の宝石まで砕かれた者もいた。
それでも彼らは、黒い槍を握ったまま戦おうとしていた。
まだ夢から醒めていなかったからだ。
ルイジェルドは、残った黒い槍を壊して回った。
抵抗された。
殴られた。
斬られた。
それでも一本ずつ折った。
我に返った戦士たちは、自分たちが何をしたのかを知った。
泣く者もいた。
動けなくなる者もいた。
ただ家族の亡骸を見つめ続ける者もいた。
だが、もう一度黒い槍を持たせろと言った者はいなかった。
「俺を責めた者もいなかった」
それが救いだったのかは分からない。
むしろ、責められた方が楽だったのではないかとすら思う。
「皆、ラプラスを討つと言った」
残った者たちは、それぞれ包囲を破ろうとした。
その後、仲間がどうなったかをルイジェルドは知らない。
黒い槍を失い、それまで使っていた自分の槍も手元にない。
生き残れた者が何人いたのか。
恐らく、ほとんどいない。
ルイジェルド自身も瀕死の傷を負った。
数日間、意識を失い、生と死の境を彷徨った。
それでも、生き残った。
目を覚ました時、そばにあったのは息子の三叉槍だった。
「これだ」
ルイジェルドが、傍らの槍へ手を置く。
今まで何度も目にした武器。
だが、話を聞いた後では、まったく違うものに見えた。
コジローも槍を見つめている。
「息子は、最後に黒い槍を折った」
ルイジェルドの手が柄を強く握った。
「俺が生き残れたのも、こいつがあったからだ」
「息子殿は」
コジローが初めて口を開いた。
長い話の間、一度も割り込まなかった。
ルイジェルドが顔を上げる。
「果たして最後に、そなたを斬ろうとしたのであろうか?」
「……どういう意味だ」
「その一撃が砕いたのは、そなたではない」
コジローの視線が、三叉槍へ向かう。
「そなたを縛っていた槍であろう」
ルイジェルドは動かなかった。
「父を殺すのみなら、黒き槍を砕く必要はない」
「…………」
「ならば、息子殿が最後まで取り戻そうとしたものは、父の命ではなく」
僅かに目を細める。
「父そのものだったのやもしれぬな」
コジローは三叉槍を見つめたまま続けた。
「人の一念とは、時に鬼神をも動かすものよ。そなたが今もここにいることこそ、その証であろう」
ルイジェルドの指が、槍の柄を握った。
強く。
そして、ゆっくり緩んだ。
「……そうかもしれんな」
小さな声だった。
それ以上、コジローは何も言わなかった。
◇
その後、ルイジェルドは身を隠しながらラプラスを追った。
数年後。
魔神殺しの三英雄とラプラスが戦う場へ割って入り、息子の槍で一撃を加えた。
復讐は果たされた。
だが、ラプラスが倒れても、スペルド族への恐怖は消えなかった。
残された集落は追われ、仲間たちは各地へ散った。
ルイジェルドは彼らを逃がすため、再び多くの魔族と戦った。
名を戻したいと願いながら、生き残った同族を守るためには、また敵を作らなければならなかった。
「もう三百年近く、同族の姿を見ていない」
ルイジェルドは火を見つめた。
「どこかで生きているのか。それとも、俺以外に残っていないのか。それすら分からない」
炎が小さく揺れる。
「始めたのはラプラスだ」
一度、言葉を切る。
「だが、黒い槍を使えと仲間に命じたのは俺だった」
誰も口を挟まない。
「だから、生きている限りはやめん。スペルド族という名が、今とは違う意味で呼ばれるようになるまで」
話は、そこで終わった。
◇
しばらく、何を言えばいいのか分からなかった。
ルイジェルドは、話を上手く聞かせようとはしていなかった。
自分に都合の悪い部分も削らない。
騙された。
けれど、仲間へ黒い槍を持たせたのは自分だ。
家族を殺したのも自分だ。
その責任から逃げる言葉を、一度も使わなかった。
「……何と言えばいいのか分かりません」
それが正直なところだった。
もし本当なら、スペルド族が生まれつき残虐な種族だったという話は大きく違ってくる。
ラプラスがなぜそんな槍を与えたのかは分からない。
戦争のために利用しただけなのか。
もっと別の狙いがあったのか。
どちらにせよ、忠誠を向けていた者たちを壊したことに変わりはない。
俺はルイジェルドを見る。
「一つ、お願いがあります」
「なんだ」
「僕たちが帰るのを手伝ってください」
ルイジェルドの目が僅かに開く。
「その代わりと言ってはなんですが、僕もあなたの目的に力を貸します」
「……いいのか?」
「何をすれば評判が変わるかなんて、まだ分かりません」
そんな余裕があるのか、と頭の片隅では思っている。
自分たちだけでも無事に帰れる保証はない。
それでも。
「でも、人族の僕たちと一緒に行動すること自体、何かのきっかけにはなるでしょう」
もちろん、情だけで決めたわけではない。
昨日から見ているだけでも、ルイジェルドがこの旅でどれほど頼りになるかは分かる。魔大陸の道を知り、危険にも俺たちより早く気づける。
町へ入りにくいのは問題だが、その時は俺たちが動けばいい。コジローもいるし、俺は魔神語を使える。できないことまで一人でやる必要はない。
「あなたが僕たちを助けてくれるなら、僕も見て見ぬふりはしません」
「……本気で言っているのか」
「はい」
ルイジェルドは、しばらく俺の顔を見ていた。
俺だって、これだけで全てを知ったつもりはない。
話の全部が真実かどうか確かめる方法もない。
でも。
少なくとも昨日から見てきたルイジェルドは、言葉と行動がまるで違う男ではなかった。
「ロックスさん」
長が何か言おうとしたので、先に口を開く。
「成功するかは分かりません。でも、やってみます」
何の根拠もない。
けれど、最初から無理だと決めつけていては、何も変わらない。
「コジローは、どう思いますか?」
「さて」
コジローはルイジェルドを見た。
「この地を知る者が共に歩いてくれるという。旅人として断る理由はあるまい」
それから、息子の三叉槍へ視線を移す。
「それに、背負うものがありながら歩みを止めぬ男は嫌いではない」
ルイジェルドが、正面からコジローを見る。
「俺を信用するのか」
「言葉だけで人の真偽まで見抜けるほど、私は器用ではないが」
コジローは淡く笑った。
「されど、昨日から見た働きを疑うほど無粋でもない」
二人の間に、それ以上の言葉はなかった。
だが、昨夜とは違う。
互いの強さだけではなく、その人となりを認め始めたように見えた。
「ルイジェルドさん」
俺は片手を差し出した。
「故郷まで、力を貸してください」
ルイジェルドは差し出された手を見つめる。
しばらくして、大きな手で握り返した。
「ああ」
「二人とも、必ず帰す」
こうして、俺たちは共に旅をすることになった。
ルイジェルドは町へ入りにくい。
俺たちは魔大陸を知らない。
なら、それぞれが苦手な場所をもう片方が埋めればいい。
少なくとも、三人だけで手探りの旅を始めるよりはずっといい。
帰還の可能性は上がったはずだ。
ただ、一つだけ。
この出会いも。
ルイジェルドと同行するという決断も。
元を辿れば、あの白い自称神が示した方向へ進んでいる。
そこだけは、どうしても気になった。
俺は自分で選んだつもりだ。
では。
その「自分で選んだ」というところまで、あいつの予想の内なのだろうか。
考えても答えは出ない。
今はただ、胸の奥に残った違和感だけを覚えておくことにした。