無職転生~異聞 月下の剣士   作:彼岸花さつき

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第十六月 初仕事終了

初仕事終了 

 

 さて。

 

 残った二人から、話を聞かなければならない。

 

 蜂のような顔をした女は、床へ縫い付けられたまま、必死に身を捩っている。

 

 口を塞がれているせいで声にはならないが、複眼の奥に浮かぶ恐怖は、俺にも分かった。

 

 一方、トカゲ顔の男は比較的おとなしい。

 

 怯えていないわけではない。

 

 ただ、俺たちの顔や立ち位置を観察し、この場から生きて帰る方法を探しているように見える。 

 

 先ほど殺された男よりは、頭が回りそうだ。

 

「二人を別々にしましょう」

 

 人間語で告げると、エリスが首を傾げた。

 

「どうして?」

 

「同じことを聞いて、答えが一致するか確かめるんです」

 

「なるほどね」

 

 エリスは分かっているのかいないのか、力強く頷いた。

 

「エリスとコジローは、こちらの女性を見張っていてください」

 

「任せなさい!」

 

「心得た」

 

 コジローは床に座らされた女へ一度だけ目を向けると、部屋の出口付近へ立った。

 

 魔神語を理解できない彼には、尋問の内容までは分からない。

 

 それでも、女が逃走や抵抗を試みたなら、すぐに止められる位置だ。

 

「ルイジェルドさん。男を運ぶのを手伝ってください」

 

「ああ」

 

 俺たちは拘束した男を持ち上げ、廊下の奥へ移動した。

 

 動物たちの鳴き声が遠くなり、隣室へ声が届きにくい場所で男を床へ下ろす。

 

 噛みつかれないように顔から少し離れた位置へしゃがみ、猿轡を外した。

 

「いくつか質問します。正直に答えてください」

 

「答える! なんでも答えるから、殺さないでくれ!」

 

 思っていたよりも素直だ。

 

 さっきまで冷静そうに見えたのは、単に恐怖で動けなかっただけかもしれない。

 

「きちんと話してくれるなら、殺しません」

 

 安心させるために微笑んだ。

 

 男は、なぜかさらに顔を引きつらせた。

 

 失礼な。

 

「まず、あの部屋にいた動物たちは、どうしたんですか?」

 

「ひ、拾ってきたんだ」

 

「なるほど」

 

 俺は笑顔のまま頷く。

 

「この町では、首輪を付けた動物が何十匹も道端へ落ちているんですね」

 

「いや、それは……」

 

「どこで拾ったんです?」

 

「その辺りで……」

 

 視線が落ち着きなく左右へ動いている。

 

 嘘をつくなら、もう少しまともなものを考えてほしい。

 

「僕が子供だからといって、馬鹿にしていませんか?」

 

「そ、そんなつもりは……」

 

 やはり、この姿では凄んでも迫力が出ない。

 

 なら、別の方法を使おう。

 

 俺は男の顔の前へ指を出し、軽く鳴らした。

 

 小さな破裂音。

 

 男の鼻先で火花が弾けた。

 

「熱っ!」

 

 男が身を仰け反らせる。

 

 拘束されているため、逃げることはできない。

 

「次は、もう少し大きくします」

 

「わ、分かった! 話す、全部話す!」

 

「最初からそうしてください」

 

 俺は指を下ろした。

 

「それで、何をしていたんです?」

 

「ペットを……攫ってきてた」

 

「ほう。それで、攫った後は?」

 

「飼い主が、冒険者ギルドに捜索依頼を出すまで待つんだ。それから俺たちが依頼を受けて、見つけたふりをして返してた」

 

「依頼が出なかった場合は?」

 

「しばらくしたら、普通に放してるよ……」

 

「売らなかったんですか?」

 

「ハッ! んなことしたら、足がつくだろうが」

 

 恐怖を忘れたのか、男は呆れたような声を出した。

 

 その瞬間、ルイジェルドが槍の石突きで床を打った。

 

 鈍い音が廊下に響く。

 

 男は肩を跳ねさせ、再び顔を青ざめさせた。

 

 脅すつもりだったかは分からないが、実に効果的だった。

 

「随分と回りくどい商売ですね」

 

「危ない橋は渡りたくなかったんだ」

 

 ペットを盗み、捜索依頼を受け、偶然発見したように装う。

 

 飼い主が裕福なら、ギルドの報酬とは別に礼金をもらえる可能性もある。

 

 効率は悪そうだが、一度仕組みを作れば、危険な魔物と戦わずに稼げるのだろう。

 

「あなたたちは、冒険者なんですか?」

 

「あ、ああ」

 

「ランクは?」

 

「Dだ」

 

 俺たちより上ではないか。

 

「もうすぐCに上がれる」

 

「なら、なぜEランクのペット捜索ばかりを?」

 

「Cに上がったら、Eランクの仕事を受けられなくなる。それに俺たちは戦いが得意じゃない。危険な仕事を受けるより、このままの方が安定して稼げるんだ」

 

 なるほど。

 

 冒険者全員が、上を目指しているわけではないらしい。

 

 自分たちに合った仕事を続けるため、あえて昇格しない者もいる。

 

 こいつらの場合、その仕事自体が詐欺だが。

 

「死んだ男も、最初から仲間だったんですか?」

 

「違う」

 

 男は首を振った。

 

「俺たちが二人でやっているところを見つかって、黙っていてほしければ仲間に入れろって脅されたんだ。あいつは用心棒を名乗って、分け前を多く取って……」

 

 途中から声に怒りが混じった。

 

 仲間の死を悲しんでいる様子はない。

 

 少なくとも、固い絆で結ばれた三人組ではなかったようだ。

 

 それは俺たちにとって都合がいい。

 

「あなたの名前は?」

 

「ジャリルだ」

 

「女性の方は?」

 

「ヴェスケル」

 

 ジャリルとヴェスケル。

 

 二人はペット捜索を専門とするDランク冒険者。

 

 戦闘は不得手だが、町中で動物を捕獲し、隠しておくだけの知恵と技術はある。

 

 そして、俺たちは戦闘能力なら十分にあるが、ランクが低いため討伐依頼を受けられない。

 

 俺たちに必要なのは、金。

 

 そして、冒険者としての実績。

 

 彼らに必要なのは、危険な仕事をせずに得られる安定した収入。

 

 頭の中で、二つの問題が一本の線につながった。

 

「ジャリルさん」

 

「な、なんだ?」

 

「僕たちと手を組みませんか?」

 

「……は?」

 

 背後で、ルイジェルドが息を呑んだ。

 

「何を言っている!」

 

「少しだけ待ってください。悪いようにはしませんから」

 

「こいつらは悪党だぞ!」

 

「分かっています」

 

 ここで話を止めれば、せっかく思いついた策が形にならない。

 

 まずはジャリルへ説明する。

 

「あなたたちはCランクへ上がって、討伐依頼を受けてください」

 

「む、無理だ! 俺たちに討伐なんて──」

 

「実際に討伐するのは、僕たちです」

 

 ジャリルが口を閉じる。

 

「代わりに、僕たちが受けた低ランクの依頼を、あなたたちが行うんです」

 

「仕事を……交換するのか?」

 

「そうです」

 

 俺たちはEランクの仕事を受け、ジャリルたちがそれを実行する。

 

 ジャリルたちは高ランクの討伐依頼を受け、俺たちが魔物を倒す。

 

 報告は、それぞれ依頼を受けた側が行う。

 

 最後に報酬を交換し、討伐依頼の金額からいくらかを彼らへ渡す。

 

 俺たちは安全な依頼の実績を積みながら、討伐で金を稼げる。

 

 彼らも、苦手な魔物と戦わずに、高ランク依頼の分け前を得られる。

 

 そしてもう一つ。

 

「低ランクの仕事をする時は、デッドエンドの名を使ってください」

 

「デッドエンドの……?」

 

「丁寧に仕事をして、困っている人を助けるんです。その上で、デッドエンドに助けられたと依頼主へ広めてもらう」

 

「なんでそんなことをするんだ?」

 

「知らない方がいいこともあります」

 

 俺はそう言って、ジャリルの肩へ手を置いた。

 

 ジャリルはルイジェルドを見た。

 

 青く染められた髪。

 

 額を覆う布。

 

 そして、血の残る槍。

 

 理由を問い続ける気は失せたらしい。

 

「分かった。言われたとおりにする」

 

「僕たちを裏切った場合は──」

 

 俺はルイジェルドを振り返った。

 

「地の果てまで追いかけられると思ってください」

 

 ルイジェルドは何も言わなかった。

 

 だが、ジャリルには十分伝わったらしい。

 

 何度も激しく頷いている。

 

「明日の朝、冒険者ギルドへ来てください」

 

「あ、ああ」

 

「来なければ、こちらから探しに行きます」

 

「必ず行く!」

 

 交渉成立。

 

 次にヴェスケルからも別に話を聞いた。

 

 内容は、ほとんど一致していた。

 

 先ほど殺された男に脅されていたことも、ヴェスケルは認めた。

 

 むしろ、死んだことに安堵しているようにすら見えた。

 

 人が一人死んだことを、「運がよかった」で片づけるのは自分でもどうかと思うが。

 

 だが、少なくとも今すぐ二人が復讐してくる可能性は低そうだ。

 

 俺は二人の拘束を解いた。

 

「では、明日」

 

「あ、ああ……」

 

 ジャリルとヴェスケルは、ルイジェルドから目を離さないまま、何度も頷いた。

 

 ◇

 

 ミーちゃんの檻を開けた。

 

 ほかの動物たちについては、飼い主の分かるものは返し、残りも捕まえた場所の近くで放すよう、ジャリルたちに命じておいた。

 

 その作業まで見届けている時間はない。

 

 今は、依頼の達成が先だ。

 

 俺たちはミーちゃんを連れ、地下から外へ出た。

 

 黒豹のような巨体だが、檻から出してやると暴れることはなかった。

 

 ルイジェルドの近くを歩き、時折その手へ頭を擦りつけている。

 

「さすが、子供と動物には好かれますね」

 

 俺が言うと、ルイジェルドは答えなかった。

 

 顔が険しい。

 

 地下を出てから、ずっと黙っている。

 

 俺は一度息を吸い、エリスとコジローにも分かるよう、人間語で説明した。

 

「先ほどの二人と、仕事を交換することにしました」

 

「仕事を交換?」

 

 エリスが聞き返す。

 

「僕たちが受けられない討伐依頼を、あの二人に受けてもらいます。実際に戦うのは僕たちです。その代わり、僕たちが受けた町中の仕事は、あの二人にやってもらいます」

 

「それなら、私も魔物と戦えるのね!」

 

「ええ。それに金も稼げて、僕たちのランクも上がります」

 

「いいじゃない!」

 

 エリスはすぐに賛成した。

 

 だが、ルイジェルドの足が止まる。

 

「よくない」

 

 低い声だった。

 

「え?」

 

「なぜ悪党と手を組む」

 

「なぜって、今説明したとおりです。僕たちにも、あの二人にも利益があります」

 

「利益の話ではない!」

 

 ルイジェルドが俺の胸倉を掴んだ。

 

 体が持ち上がり、足が地面から離れる。

 

「ルイジェルドさん……!」

 

「あいつらは悪党だ。悪党は必ず裏切る」

 

「ですが、僕たちは金を稼がなければ──」

 

「ならば正しく稼げばいい。魔物を狩り、少しずつ依頼をこなせばよい」

 

 正論だ。

 

 時間を掛ければ、今の方法でも旅費は稼げる。

 

 平原へ出て魔物を倒せば、素材も売れる。

 

 地道に実績を積めば、いつかはCランクへ上がれるだろう。

 

 危ない橋を渡る必要などない。

 

 俺は焦りすぎているのかもしれない。

 

 一石二鳥、いや、三鳥を狙い、目の前に落ちてきた都合のいい駒へ飛びついただけではないのか。

 

 ジャリルたちは、本当に裏切らないのか。

 

 ルイジェルドを恐れている間は従うだろう。

 

 だが、その恐怖が恨みに変わったら? 

 

 考え始めると、急に策の穴ばかりが見えてくる。

 

「やっぱり、今から戻って──」

 

「ルイジェルド!」

 

 エリスの怒声が響いた。

 

 同時に、ルイジェルドの体が揺れる。

 

 エリスが、その尻へ思い切り蹴りを入れたのだ。

 

「ルーデウスを放しなさい!」

 

 もう一発。

 

 さらにもう一発。

 

 コジローも一歩踏み出していた。

 

 だが、二人の間へ入るより先に、エリスがルイジェルドへ食ってかかっていた。

 

「何が気に入らないのよ!」

 

「悪党と組むのは好かん」

 

「好きじゃないだけで、ルーデウスにこんなことするの!?」

 

「こいつらは、子供を蹴るような者たちだ」

 

「蹴るぐらい、私だってするわよ!」

 

「……だが、悪は悪だ」

 

「あんただって昔は悪いことしたんじゃないの!?」

 

 ルイジェルドが言葉を失った。

 

 それを自信満々に言うのはどうなのだろうか。

 

 だが、今は口を挟める状況ではない。

 

「ルーデウスは、私とあんたのために考えてるのよ!」

 

 エリスはルイジェルドを睨みつけた。

 

「お金を稼ぐのも、家に帰るのも、あんたの悪い噂をなくすのも、全部ルーデウスが考えてるの! なのに、ちょっと嫌だからって文句を言わないで!」

 

「しかし──」

 

「ルーデウスは凄いんだから! 任せておけば全部うまくいくんだから! だから黙って従いなさいよ!」

 

 根拠のない、絶大な信頼。

 

 今の俺には重い。

 

 さっきまで自分でも迷っていたなんて、とても言えない。

 

「それでも嫌なら、帰りなさいよ!」

 

 エリスの大声が、狭い路地へ響いた。

 

「ルーデウスがいれば、私たちだけでもやっていけるんだから!」

 

 ルイジェルドが目を見開いた。

 

 その手から力が抜け、俺の足が地面へ戻る。

 

「……分かった」

 

 しばらくの沈黙の後、ルイジェルドは俺から手を離した。

 

「すまなかった」

 

「い、いえ……」

 

 ルイジェルドは納得していない。

 

 俺も、この策が本当に正しいのか分からない。

 

 だが、こうなってしまった以上、簡単には撤回できない。

 

「コジローは、どう思いますか?」

 

 俺が尋ねると、コジローは一度、俺たちが出てきた地下への階段を見た。

 

「ルイジェルド殿の懸念も、もっともであろう」

 

「では、やめた方がいいと?」

 

「さてな。私はあの者らの言葉を解さぬ。是非を定めるだけの事情を知らぬのでな」

 

 群青の髪の下で、細い目がわずかに鋭くなる。

 

「ただ、あの二人を懐へ入れるというなら、その手元から目を離さぬことだ」

 

 コジローは一拍置き、付け加えた。

 

「敵よりも、味方を装う者の刃の方が近いのでな」

 

 短い忠告だった。

 

 反対も賛成もしない。

 

 決めたのなら、それに伴う危険も引き受けろということだろう。

 

「分かっています」

 

 そう答えたものの、胸の内に残る不安は消えなかった。

 

 ◇

 

 メイセルの家へ戻ると、扉が開くより早く、ミーちゃんが前へ駆け出した。

 

「ミー!」

 

 少女は黒い巨体へ飛びついた。

 

 ミーちゃんも抵抗せず、大きな舌でメイセルの頬を舐める。

 

 これが猫と飼い主の再会だと言われても、にわかには信じがたい光景である。

 

 だが、少女の涙を見れば、どれほど大切な存在だったのかは分かった。

 

「ありがとう! 本当に、ありがとう!」

 

 メイセルは何度も頭を下げた。

 

 それから小さな金属製の札を取り出し、ルイジェルドへ差し出す。

 

「はい、これ!」

 

 ルイジェルドは大きな指で札を摘まんだ。

 

「これはなんだ?」

 

「依頼を終わらせたっていう札だよ。冒険者なのに知らないの?」

 

 メイセルが呆れた顔をする。

 

 ルイジェルドは返答に困り、俺を見る。

 

「僕も詳しくは知りません」

 

「何も書いてないところへ指を置いて、『完了』って言うの。そうしたら、字が変わるんだよ。それをギルドへ持っていけば、お金をもらえるの」

 

 なるほど。

 

 依頼主が、仕事の完了を認めた証明書らしい。

 

 俺は札を覗き込んだ。

 

 すでに、完了を示す文字が浮かんでいる。

 

「もう完了になっていますけど?」

 

「ルイジェルドなら、絶対にミーを連れて帰ってくれると思ったから。先にやったの!」

 

 依頼を受けた時点で、すでに完了扱いにしていたらしい。

 

 なんとも無防備な信頼である。

 

 ルイジェルドは目を見開いた後、少女の頭へ手を載せた。

 

「俺を信じてくれたのか」

 

「うん!」

 

「……ありがとう」

 

「悪魔さんにも、いい人がいるんだね!」

 

 ルイジェルドの顔が、一瞬だけ固まった。

 

 いい人と認められても、悪魔という前提までは覆らない。

 

 四百年にわたる悪評は、子供一人を助けただけで消えるものではないのだ。

 

 けれど、ゼロではない。

 

 今、この少女は、ルイジェルドという名前を知った。

 

 恐ろしい悪魔ではなく、ミーちゃんを連れ帰ってくれた男として覚えてくれる。

 

「お嬢さん」

 

 俺は少女へ向かって微笑んだ。

 

「デッドエンドのルイジェルドを、覚えていてくださいね」

 

「うん! またミーがいなくなったらお願いする!」

 

 もう攫われることがないように祈っておこう。

 

 ◇

 

 冒険者ギルドへ戻る頃には、外は夕暮れに染まっていた。

 

 初仕事に丸一日。

 

 これを毎日続けて、報酬が屑鉄銭一枚。

 

 普通にやっていたら、遠からず宿代すら払えなくなる。

 

 ギルドへ入ると、すぐに聞き覚えのある声が飛んできた。

 

「おいおい、デッドエンド様がお帰りだぞ!」

 

 ノコパラだ。

 

 今日も相変わらずギルドにいる。

 

 本当に仕事をしているのだろうか。

 

「どうだった? 迷子のペットちゃんは見つかったのか?」

 

「ええ、おかげさまで」

 

 俺は完了の文字が浮かんだ札を見せた。

 

 ノコパラの目が丸くなる。

 

「本当に見つけたのか。あの依頼、町が広すぎて面倒なんだぞ」

 

「うちの兄貴に掛かれば、この程度は朝飯前ですよ」

 

「その兄貴、本当に使えるんだな」

 

「偽物みたいに言うな! 本物のデッドエンドだっつってんだろ!」

 

 最後に声を荒らげると、周囲から笑いが起こった。

 

 芝居も忘れてはいない。

 

 俺は受付へ向かい、完了札と四人分の冒険者カードを差し出した。

 

 手続きが終わるまで待っている間、ノコパラがルイジェルドへ近づいていく。

 

「どうやって見つけたんだ?」

 

「狩りと同じだ。足跡と縄張りの変化を追った」

 

「へえ。あんたの部族は、狩りが得意なのか?」

 

「スペルド族だ」

 

「はいはい。胸の飾りを見れば分かるって」

 

 ノコパラは、ルイジェルドの胸に下がるミグルド族のペンダントを指さした。

 

 本物だとは、まるで信じていない。

 

「俺はノコパラ。Cランクだ」

 

「ルイジェルド。Fランクだ」

 

「それは知ってる! 分からないことがあったら、先輩の俺に聞けよ」

 

「ああ。その時は頼む」

 

 ルイジェルドとノコパラが、普通に会話をしている。

 

 コジローは言葉の内容こそ分からないものの、二人の様子を眺め、わずかに目元を緩めていた。

 

 ルイジェルドが、町の者と言葉を交わしている。

 

 ただそれだけの光景が、今は妙に嬉しかった。

 

「ねえ、あんた」

 

 別の場所では、女戦士がエリスへ話しかけていた。

 

「その剣、どこで手に入れたの?」

 

「…………」

 

 エリスは魔神語を理解できず、無言で相手を見返している。

 

 女戦士は無視されたと思ったらしく、表情を険しくした。

 

「ちょっと、何か言いなさいよ」

 

「すみません」

 

 俺は慌てて間へ入った。

 

「彼女は魔神語を話せないんです」

 

「なんだ、そうなのか」

 

 女戦士は興味を失ったように肩をすくめ、その場を離れていった。

 

 言葉が通じないというのは、思っていた以上に危険だ。

 

 こちらに悪意がなくても、無視や侮辱と受け取られる。

 

 早いうちに、エリスとコジローへ最低限の魔神語を教えた方がいいかもしれない。

 

「デッドエンドの方」

 

 受付から呼ばれた。

 

 返されたカードと一緒に、安っぽい硬貨が一枚置かれている。

 

 俺たちの初報酬。

 

 屑鉄銭一枚だ。

 

「ちゃんともらえたか?」

 

 ノコパラが覗き込んでくる。

 

「ええ。僕たちが冒険者として初めて稼いだ金です」

 

「安いなあ」

 

「小さな女の子が、大切な家族を探すために出したお金ですよ」

 

「金額が安いのは変わらねえだろ?」

 

「金額だけを見ればね」

 

 俺は硬貨を指先で持ち上げた。

 

 少女が小遣いを差し出し、帰らないペットを探してほしいと願った。

 

 ルイジェルドは、その願いに応えた。

 

 そうして得た一枚だ。

 

 軽いはずがない。

 

「あんたには、この価値は分かりませんよ。あっちへ行ってください」

 

「なんだよ、冷てえな。まあ、頑張れよ!」

 

 ノコパラは笑いながら離れていった。

 

 俺は硬貨を袋へしまう。

 

 依頼は無事に達成した。

 

 メイセルは喜び、ルイジェルドは一人の少女から信頼を得た。

 

 冒険者としての実績も積めた。

 

 表面だけ見れば、文句のない初仕事だ。

 

 だが同時に、一人が死んだ。

 

 そして俺は、二人の悪党と危うい契約を結んだ。

 

 ヒトガミの言ったとおり、不安は少し軽くなったのかもしれない。

 

 その代わり、新しい不安がいくつも増えた気がする。

 

 それでも、前へ進むしかない。

 

 こうして俺たちの初仕事は、ひとまず終了した。

 

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