順調な滑り出し
翌朝。
冒険者ギルドへ向かうと、入り口の前で二人の男女が待っていた。
一人は、使い込まれた革鎧を身に着けたトカゲ顔の男。
もう一人は、蜂のような複眼を持つ女だ。
「あ、どうも。ランクアップは済ませておきました」
トカゲ顔の男が、妙にへりくだった声で話しかけてきた。
誰だ、こいつ。
一瞬そう思ったが、隣で怯えたようにルイジェルドを見ている女を見て、ようやく思い出した。
昨日のペット誘拐犯。
ジャリルとヴェスケルだ。
昨日は何の変哲もない布の服を着ていたが、今日は冒険者らしい装備を身に着けている。
服装一つで、随分と印象が変わるものだ。
「ああ、ジャリルさん。ご苦労様です」
「な、なんだ、その喋り方……」
「敬語です。何か問題でも?」
「いや、別に……」
ひと睨みしてやると、ジャリルは気まずそうに視線を逸らした。
「ヴェスケルさんも、今日からよろしくお願いします」
「は、はい……」
ヴェスケルの視線は、俺ではなくルイジェルドの槍に向いている。
ルイジェルドも、二人を信用していないことを隠そうとはせず、険しい目を向けていた。
コジローは言葉こそ理解できないものの、両者の空気は察しているらしい。
背負った長刀へ手を近づけることはなかったが、ジャリルたちの手元を静かに見ている。
「それでは、中へ入りましょうか」
「あ、ああ」
ジャリルは頷き、俺たちと並んでギルドへ入った。
◇
「よう!」
聞き慣れつつある声とともに、馬面が近づいてきた。
ノコパラである。
こいつは今日もギルドにいる。
冒険者なのだから、依頼を受けて町の外へ出たりしないのだろうか。
「……どうも」
「おっと。今日は『ピーハンター』と一緒なのか」
「よ、よう、ノコパラ。久しぶりだな」
ジャリルが引きつった笑みを浮かべる。
どうやら二人は以前からの知り合いらしい。
ピーハンターというのが、ジャリルたちのパーティー名だろう。
「聞いたぞ、ジャリル。Cランクへ上がったんだってな」
「あ、ああ」
「大丈夫なのか? Cランクになったら、今までみたいにペット捜しはできねえぞ」
「それは……」
ノコパラは言葉を止め、俺たちとジャリルを交互に見た。
それから、何かを理解したように鼻を鳴らす。
「なるほどな。昨日のペット捜し、ピーハンターに教えてもらったのか」
勝手に都合のいい誤解をしてくれた。
ここは乗っておこう。
「そうなんですよ。昨日、捜索中に知り合いましてね。僕たちに追跡のコツを教えてくれるというので、お願いしたんです」
「ハハッ! 臆病者のジャリルも、ついに弟子を取ったか!」
「誰が臆病者だ!」
「しかも、偽物のスペルド族まで連れてやがる!」
「偽物みたいに言うな!」
俺が声を荒らげると、周囲にいた冒険者たちから笑い声が上がった。
今や、俺たちがデッドエンドを名乗るたびに笑われる。
狙いどおりといえば、狙いどおりだ。
「そういや、ロウマンはどうした?」
ノコパラがジャリルの後ろを覗き込んだ。
「いつもお前らと一緒だっただろ」
「ロウマンは……死んだ」
「そうか。そりゃ災難だったな」
それだけだった。
昨日まで共に行動していた男の死を聞いても、ノコパラは特に驚かなかった。
この大陸では、冒険者が死ぬこと自体は珍しくないのだろう。
俺が引きずりすぎているのか。
いや、目の前で人が殺されたのだ。
簡単に忘れられる方がおかしいと思いたい。
「でもよ、ロウマンが死んだのに、なんでランクを上げたんだ? お前らの中じゃ、あいつが一番戦えただろ」
「そ、それは……」
ジャリルがこちらを見た。
ノコパラは再び、何かを察したように頷いた。
「ああ、もういい。分かった、分かった。弟子の前では、少しぐらい格好をつけたいよな」
「ち、違うが……まあ、それでいい」
ノコパラは笑いながらジャリルの背中を叩き、ギルドの奥へ戻っていった。
ジャリルは深く息を吐く。
「助かった……のか?」
「疑われなかったのですから、助かったんでしょう」
「あいつ、昔から何でも勝手に納得するんだ」
「便利な方ですね」
多少鬱陶しいが。
◇
「採取と収集は、どう違うんですか?」
「採取は植物が相手で、収集は魔物相手が多い」
「必ずそう決まっているわけではない?」
「まあ、ギルドによって多少違う」
俺はジャリルと依頼板の前に立ち、DランクからBランクまでの依頼を順番に確認していた。
周囲から見れば、先輩冒険者から仕事を教わる新人に見えるだろう。
実態は、脅迫によって成立した不正取引だが。
エリスとコジローは、少し離れた場所で待っている。
二人とも依頼書を読めないため、俺たちの話がまとまるのを待っている。
エリスは退屈そうに足を揺らし、コジローはギルドへ出入りする冒険者たちを眺めていた。
時折、彼の長刀を物珍しげに見て足を止める者もいる。
だが、本人が穏やかな顔で立っているためか、昨日のペルトコのように絡んでくる者はいなかった。
「あ、そうだ」
俺は依頼書から目を離し、ルイジェルドへ向き直った。
「ルイジェルドさん。申し訳ありませんが、しばらくは町に滞在して、金を貯めながらランクを上げようと思います」
「なぜ、俺に謝る」
「スペルド族の名誉を回復するという目的が、少し後回しになるからです」
ジャリルたちには、低ランクの依頼を行う際にデッドエンドの名を広めるよう言ってある。
だが、それだけで大きな効果が出るとは思っていない。
今はまず、旅を続けるための金と実績を手に入れる。
焦って目的を追い、途中で行き倒れては意味がない。
「なるほど、分かった」
ルイジェルドは短く答えた。
完全に納得しているようには見えない。
それでも、今度は俺の胸倉を掴むことはなかった。
「では、依頼を決めましょう」
俺はジャリルと相談し、いくつかの仕事を選んだ。
◇
町の外へ出ると、荒涼とした大地が広がっていた。
今回の狙いは、パクスコヨーテだ。
リカリスの周辺では、ほかにもアシッドウルフ、
パクスコヨーテからは毛皮。
アシッドウルフからは牙と尻尾。
もっとも、
群れを作り、比較的見つけやすいパクスコヨーテが、最も安定した獲物というわけだ。
「パクスコヨーテの毛皮を傷つけないように倒してください」
俺が人間語で説明すると、エリスが不満そうに剣を見た。
「斬ったら傷がつくじゃない」
「なるべく小さな傷でお願いします」
「面倒ね」
「売り物ですから」
「コジローは、どうするの?」
エリスに尋ねられたコジローは、背の長刀へ軽く触れた。
「さて。これは毛皮を取るための刃ではないのでな」
「斬れないの?」
「お嬢。斬れることと、売り物を残すことは別の話よ」
確かにコジローの長刀で胴を横断すれば、毛皮の価値も一緒に真っ二つになるだろう。
「それでは、コジローは逃げるものや、僕へ近づくものをお願いします」
「心得た」
役割が決まったところで、ルイジェルドが先頭に立った。
最初の群れは、町を出てからさほど時間を掛けずに発見できた。
十匹ほどのパクスコヨーテ。
俺の知るコヨーテよりも遥かに大きく、群れを作ってこちらを囲もうとしている。
ルイジェルドとエリスが前へ出た。
槍が一閃し、一匹が倒れる。
エリスも踏み込み、毛皮を大きく裂かないよう、首元を狙って剣を振るった。
群れの一部が俺へ向かってくる。
迎撃の魔術を放とうとした時、金属音が短く響いた。
気づけば、コジローの手に長刀がある。
俺へ飛びかかろうとした一匹が、勢いを失って地面へ転がった。
毛皮には、喉元へ細い傷が一つあるだけだった。
エリスの豪快な剣筋とは正反対の、恐ろしく繊細な一撃だ。
「随分と綺麗に倒しますね」
「剣を振るうたび獲物を二つにしていては、商いにならぬのであろう。ならば、斬るべきところを斬ればよい」
「……理解が早くて助かります」
簡単そうに言ってくれる。
動き回る獣の喉へ、あれほど細い傷だけを残す。一体どんな動体視力をしているのだろうか。
今さらではあるが、やはりこの男も規格外だ。
戦闘は、すぐに終わった。
問題はここからである。
倒したパクスコヨーテから、毛皮を剥ぎ取らなければならない。
ルイジェルドに手順を教えてもらいながら、俺は一匹目へナイフを入れた。
切り開く位置。
皮と肉の間へ刃を滑らせる角度。
商品価値を落とさず、できるだけ肉を残さない方法。
思っていた以上に神経を使う。
ふと隣を見ると、コジローもルイジェルドから予備の小刀を借り、別の一匹へ取り掛かっていた。
最初に手順を一度見ただけだというのに、その手に迷いはない。
皮と肉の境目へ刃先を入れ、余計な傷を付けることなく、静かに切り離していく。
「慣れているんですか?」
「いや。田畑を耕し、鍬も振るった身でな。手仕事には多少の覚えがある」
農民だった、ということだろうか。
背へ異様な長刀を負う今の姿からは、とても想像しにくい。
ルイジェルドほど素早くはない。
だが、一度手順を見ただけとは思えないほど、その手つきは確かだった。
「こちらは終わったぞ」
「もうですか?」
「お主が一匹に手こずっている間に、もう一匹は片づけられそうだが」
「余計な比較は結構です」
皮を破らないよう、俺は再び手元へ集中した。
剥ぎ取りを終えると、ルイジェルドは死体を一か所へ集めた。
「ルーデウス。風の魔術は使えるな」
「使えますけど」
「血の臭いを、周囲へ流せ」
一瞬、何を言っているのかと思ったが、すぐに意図へ気づいた。
なるほど。
血の臭いを餌にして、近くにいるパクスコヨーテを呼び寄せるのか。
「
「効率的ですね」
俺は風魔術を使い、血の臭いを四方へ流した。
しばらくすると、本当に新たな群れが現れた。
さらにその後ろから、もう一群。
ルイジェルドとエリスが迎え撃ち、俺が後方から援護する。
コジローは俺の近くへ残り、包囲を抜けたものだけを最小限の一撃で仕留めた。
倒した数が二十を超えた。
三十を超えた。
それでも、臭いに引き寄せられたパクスコヨーテは次々に現れる。
最初は喜んで毛皮を剥いでいた俺も、三十匹を過ぎた頃には腕が重くなっていた。
肩が痛い。
腰も痛い。
血の臭いで気分まで悪くなってきた。
ゲームなら、倒した瞬間に素材が道具袋へ入るのに。
現実とは、どうしてこうも不便なのだろう。
「ルーデウス、遅いわよ!」
エリスが遠くから叫ぶ。
「こっちは休まず働いていますよ!」
「じゃあ、交代しましょう!」
「ぜひお願いします!」
七十匹ほど処理したところで、エリスと役割を交代した。
正直、限界が近かったので助かった。
俺が魔術で攻撃し、エリスが毛皮を剥ぐ。
この方が、遥かに楽だ。
毛皮を損なわないように、威力を抑えた石弾で一匹ずつ頭を撃ち抜く。
魔術の調整は必要だが、血まみれの死体へ何度もナイフを入れるよりはいい。
自分には肉体労働より頭脳労働が向いている。
そう実感した頃、後ろからエリスの声が飛んできた。
「ルーデウス!」
「なんですか?」
「飽きたわ!」
「まだ三十匹ぐらいですよ!」
「もう十分でしょ!?」
どうやらエリスも、同じ作業を延々続けるのは苦手らしい。
コジローは倒した獲物を一か所へ運びながら、俺たちを見比べ、小さく笑った。
「戦場では勇ましい二人も、毛皮を前にすれば形無しよな」
「笑っていないで手伝ってください!」
「構わぬ。もっとも、次の群れが来れば、そちらへ戻るぞ」
「それまではお願いします!」
やがて群れの襲来が途切れ始めると、コジローは小刀を手に、近くの一匹へ膝をついた。
休みなく獣を相手にしていたはずなのに、その手つきに乱れはない。
戦いの合間を縫いながら、淡々と毛皮を剥いでいく。
エリスはそんなコジローを横目で見て、悔しそうに再び小刀を握り直した。
結局、その日は百匹を超えるパクスコヨーテを狩った。
この周辺にいた群れを、ほとんど狩り尽くしたのではないだろうか。
毛皮は一度では運び切れない。
何度か町と往復する必要がある。
「待て」
荷物をまとめようとすると、ルイジェルドが死体の山を指した。
「先に焼いて埋めろ」
「焼くんですか? 食べるために?」
「いや、パクスコヨーテの肉は不味い。焼いて埋めるだけでいい」
大量の死体をそのままにすると、ほかの魔物が食べて増える原因になる。
焼かずに深く埋めれば、今度はゾンビコヨーテとして蘇ることもあるらしい。
焼いてから埋める。
それが、この大陸における大量討伐後の作法だという。
毛皮を剥ぐ。
死体を埋める。
ゾンビコヨーテを発生させる。
ギルドに討伐依頼が出る。
もう一度倒して報酬を得る。
一瞬、素晴らしい循環が頭に浮かんだ。
「ルーデウス」
ルイジェルドが低い声で名前を呼んだ。
「まだ何も言ってませんよ」
「顔に出ている」
「わざと魔物を増やすのは禁止ですか?」
「当然だ」
そんな重要な規則は、ギルドの壁へ大きく書いておいてほしい。
「旅の途中では、毎回焼いていませんでしたよね?」
「数匹なら問題ない。これだけの数を放置すれば、周囲へ影響が出る」
疫病の原因にもなりかねない。
仕方なく、俺は死体の山を魔術で焼き、地面を掘って埋めた。
すべての毛皮を町へ運び終えた頃には、日が落ち始めていた。
「今日はたくさん稼いだわね!」
エリスだけは元気である。
「明日も同じぐらい狩るわよ!」
明日も、あの剥ぎ取り作業をやるのか。
ああ、できれば一日ぐらい休みたい。
だが、エリスの前で弱音を吐くわけにもいかない。
「ええ。頑張りましょう」
声が少し引きつった。
コジローが隣で、わずかに口元を緩めたような気がした。
◇
三日後。
デッドエンドは、早くもEランクへ上がった。
「お疲れさまです」
冒険者ギルドの片隅でジャリルと落ち合い、その日の稼ぎの一割を渡す。
「お、おう。ありがとう」
討伐や素材収集で得た報酬の一割。
決して多くはない。
これだけで二人が生活できるとは思えなかった。
「ほかに仕事をしているんですか?」
「ああ。俺は町で店をやってる」
「どんな店です?」
「ペット屋だ」
ペット屋。
ペットを売り、その客のペットを攫い、捜索依頼を受けて返す。
最悪の循環である。
「随分と商売熱心ですね」
「ま、待て。今はもう攫ってないぞ!」
「本当ですか? まあ、その調子でお願いしますよ」
「分かってるって」
話を聞くと、元々は町にいる野良の動物を捕らえ、調教して販売する仕事らしい。
ジャリルの属するルゴニア族は、獣を扱うことに長けているという。
ペット屋は、町にいる野良の動物を減らすことで、害獣駆除も兼ねた仕事らしい。
本来なら、町の役にも立つ仕事なのだろう。
「そんな真っ当な仕事をしているのに、どうして誘拐なんて始めたんですか?」
「最初は、迷ったペットを保護していただけだったんだ。けど、魔が差してな」
「味をしめたと」
「……まあ、そうだ」
魔が差した。
そして一度で終わらなかった。
よくある話なのかもしれない。
「店と冒険者の両立は大変でしょう」
「店は昼過ぎまでだ。それから依頼をやってる」
「僕たちの仕事も、きちんとこなしてくださいね」
「任せてくれ。俺たちだって冒険者の端くれだ。デッドエンドの名前も、言われたとおり広めてる」
本当だろうか。
後で確認する必要がありそうだ。
◇
金に多少の余裕ができたため、衣服と防具を買うことにした。
まずは行商人から、普段着を購入する。
エリスの買い物は早かった。
軽い。
丈夫。
動きやすい。
その三点だけを見て、飾り気のない服をさっさと選んでしまう。
「もう少し、女の子らしい服も一着ぐらいどうです?」
俺は店先にあった、ひらひらとした桃色の服を指した。
エリスは、露骨に嫌そうな顔をする。
「私に、あれを着ろっていうの?」
「似合うと思いますよ」
「なら、ルーデウスも男らしい服を買いなさいよ」
そう言って、毛皮で作られた袖なしの服を押しつけてきた。
山賊の新入りが着ていそうな代物である。
「これを僕が着るんですか?」
「私にあれを着せたいならね」
毛皮姿の俺と、桃色の服を着たエリス。
並んだ姿を想像した。
「今回はやめておきましょう」
「そうね」
交渉は不成立となった。
コジローは少し離れた場所で、替えの衣類を選んでいた。
選んでいるというより、俺を通じて店主に丈夫なものを出してもらい、その中から最も簡素なものを取っただけだ。
「随分と早いですね」
「旅衣に華美は要るまい」
「もう少し悩んでもいいんですよ」
「衣一枚に日を暮らすほど、着道楽でもないのでな」
本人が満足しているならいいだろう。
衣服を揃えた後、防具屋へ向かった。
俺は治癒魔術を使える。
多少の怪我なら、その場で治すことができる。
だから重い防具は必要ないとも思ったが、ルイジェルドは反対した。
「お前の治癒魔術では、致命傷までは治せないだろう」
「部位欠損も無理ですね」
「エリスは強くなっている。だが、実戦経験はまだ浅い。慣れや油断で、攻撃を受けることもある」
その言葉に、コジローも頷いた。
「一度通った刃を、後から無かったことにはできぬのでな」
二人の大人に言われては、反論できない。
「では、急所を守れるものを選びましょう」
防具屋の中には、革製の胸当て、腕や脚を守る装具、兜などが並んでいた。
エリスは試着した胸当てを叩き、こちらへ振り返る。
「これでいいわ」
「少し大きい方がよくありませんか?」
「どうしてよ」
「僕らは成長期です。ぴったりのものを買っても、すぐに合わなくなります」
「動きにくいのは嫌よ」
「店主さん。調整できるものはありますか?」
店主が革紐で幅を変えられる胸当てを持ってきた。
エリスは何度か体を動かし、剣を振る真似をした後、ようやく納得した。
腕、膝、脛。
怪我をしやすい場所を中心に、軽い防具を揃えていく。
最後は頭だ。
「これはどうです?」
俺が顔全体を覆う兜を持ち上げると、エリスは一目見て首を振った。
「格好悪い」
「顔も守れますよ」
「前が見えにくいじゃない」
「では、こちらは?」
「重い」
「これは?」
「臭い」
結局、鉄板を縫い込んだ鉢巻のような防具に落ち着いた。
頭全体を覆うものではないが、何もないよりはいい。
「どう?」
軽装を一通り身に着けたエリスが、その場で一回転した。
腰にはカトラス風の剣。
耳付きのフード。
胸と手足を守る革製の防具。
なるほど。
ようやく駆け出し冒険者らしく見えてきた。
「よく似合っていますよ。どこから見ても、立派な剣士です」
「そう?」
エリスは腰へ手を当て、満足そうに笑った。
「次はルーデウスよ!」
「僕は後ろから魔術を使うので、今のままでも……」
「駄目! 魔法使いなら、ローブを着なくちゃ!」
どうやらエリスの中では、剣士と魔法使いが組んで冒険するという理想像があるらしい。
夜には不安で眠れなくなることもあるくせに、昼間は実に逞しい。
「それで僕に合うローブはありますか?」
店主に尋ねると、棚の一角から何着か出してくれた。
「
赤、黄、青、緑、灰色。
それぞれ淡い色のローブだ。
「色によって効果が違うんですか?」
「織り込んである魔物の毛が違う。多少の耐性が付く」
「灰色は?」
「ただの布だ」
だから安いのか。
「ルーデウスなら青よ!」
「水に強くても、僕自身が水魔術を使う時にはあまり意味がないような……」
「青が似合うのよ」
機能より見た目らしい。
俺が迷っていると、店主が聞いてきた。
「坊主、どんな魔術使うんだ?」
「攻撃魔術を全種類使えますよ」
「へぇ。すげえな。若そうに見えるのに……じゃあ、ちょっと値は張るが」
そう言うと店主が奥から一着のローブを持ってきた。
濃い灰色。
「マッキーラットの皮だ。魔力耐性はねえが、丈夫だ」
触った感触は布に近いが、かなり丈夫そうだ。多少は刃も通りにくいかもしれない。
「鼠ですか」
「大きな鼠だ」
試着してみると、少し大きい。
だが今後の成長を考えれば、悪くないだろう。
可能な限り値切って購入した。
ついでに、ルイジェルドの額を隠すための鉢金と、俺の分も一つ買う。
コジローにも勧めてみたが、彼は首を横へ振った。
「私は今のままでよい」
「防具になりますよ」
「不要よ」
「それなら、仕方ありませんね」
本人が断ったのだから、仲間外れではない。
多分。
◇
俺たちが買い物をしている間、ルイジェルドにはヴェスケルの仕事を確認してもらっていた。
もっとも、本人には、
「そこまで疑うなら、最初から手を組まなければよかっただろう」
と言われた。
いや、まったくもってそのとおりだ。
だが、彼らと手を組んだことで、金銭的には余裕ができている。
今のところ、利益と危険は釣り合っていると思いたい。
その日のヴェスケルは、害虫駆除の依頼を受けていた。
彼女はズメバ族という種族で、唾液に虫を誘き寄せる性質と毒があるらしい。
彼女にとって、害虫駆除は得意分野というわけだ。
依頼主は、町に住む老婆。
口をへの字に曲げ、気に入らないことがあればすぐに追い出しそうな人物だったという。
だが、ヴェスケルは揉めることなく作業を終えた。
害虫を残らず駆除しただけでなく、家の隙間を糸のようなもので塞ぎ、再び侵入しにくいよう処置までしたらしい。
「ありがとうよ。前から困ってたんだ」
「また何かございましたら、デッドエンドのルイジェルドへお任せください」
「デッドエンドのルイジェルド? それがあんたの今のパーティーかい?」
「そのようなものです」
最後には、害虫を誘き寄せる餌まで渡して帰ったという。
俺が思っていた以上に、完璧な仕事だ。
「きちんと働いているみたいですね」
「……ああ」
夜。
宿へ戻る道を歩きながら、ルイジェルドから報告を聞いた。
エリスとコジローは、少し前を歩いている。
エリスは新しい防具が気に入ったらしく、何度も腕を動かして感触を確かめていた。
コジローはその横で、紐の締め方が緩い箇所を指摘している。
「ジャリルたちは、根っからの悪人というわけではないのかもしれません」
「そうだな。だが、悪事を働いた事実は消せん」
「でも、今は頑張っています。ルイジェルドさんと同じように」
「む……」
言い方は悪かったかもしれない。
だが、過去に悪事を働いた者が、以後も永久に悪人であり続けるというのなら、ルイジェルドの名誉回復など最初から不可能だ。
もっとも、まだ三日だ。
死にそうな目に遭った記憶が薄れれば、再び悪事へ戻る可能性もある。
「彼らが改心したとまでは思っていません。今はまだ死にたくないから従っているだけかもしれない」
「なら、信用していないのか?」
「当然でしょう」
俺は答えた。
「僕がこの町で信用しているのは、エリスとルイジェルドさん、それにコジローだけです」
「……そうか」
ルイジェルドが、俺の頭へ手を伸ばしかけた。
だが、その手は途中で止まり、そのまま下ろされた。
俺はルイジェルドを信用している。
しかし、ルイジェルドが俺を信用しているかは分からない。
あの一件で、少なからず失望させたのかもしれない。
まあ、今はそれでもいい。
俺の第一の目的は、エリスと一緒にアスラ王国に帰ることだ。
そのために、魔大陸を越えなければならない。
スペルド族の名誉を取り戻すことも大切だ。
だが、ルイジェルドから信用されること自体が目的ではない。
「帰りましょう」
「ああ」
魔照石の淡い光の下を、四人で宿へ向かう。
金は稼げている。
冒険者ランクも上がった。
ジャリルたちは、今のところ約束を守っている。
俺とエリスには防具が揃い、旅を続ける準備は少しずつだが進んでいる。
心配がないわけではない。
それでも表面だけを見れば、俺たちの冒険者生活は、順調な滑り出しを見せていた。