無職転生~異聞 月下の剣士   作:彼岸花さつき

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第二十七月 路地裏の陛下

路地裏の陛下

 

 串焼きを両手いっぱいに抱え、俺は路地裏を歩いていた。

 

 露店で食べ物を買い、一人で路地裏を歩けと言われた。

 それだけだ。指定はなかったので、持ち運びやすい串焼きを選んだ。

 

 難しく考えるな。素直に従え。今回はそれでいく。

 

 これはロールプレイングだ。起きることをただ受け入れる。無心、無心。

 

 あいつは、俺が難しく考えるのを喜ぶ。だったら、素直に従えば奴はつまらないはずだ。

 

 ──そう考えながら数分。ふと気づいた。

 

 あれ。これも、あいつの思う壺じゃないか。

 

「素直に従う」という選択そのものが、また誘導されているだけかもしれない。

 

 ……くそ、腹立たしい。手のひらの上で転がされている。

 

 最初の頃の警戒心を思い出せ。あいつは信用しちゃいけない相手だ。

 

 いいだろう。今回だけは、様子を見て従ってやる。だが、次はない。

 

 ◇

 

 今日は各自別行動、ということにしてある。

 

 エリスを一人にはできないので、護衛はルイジェルドに任せてある。俺は一人で動く、とコジローにも伝えてある。

 

 今頃、二人で砂浜でも見ているかもしれない。

 

 ……エリスとルイジェルドが、二人きりで、海。

 

 いや、深く考えることじゃない。子守だ、ただの子守。

 

 わかっている。わかっているんだが。

 

 ルイジェルドは強いし、頼りになるし、エリスも懐いている。最近の俺なんて、飼主呼ばわりだっていうのに。

 

 ……何を張り合っているんだ、俺は。

 

 馬鹿らしい。頭を振って、余計な想像を追い払う。今は目の前のことだ。

 

 ◇

 

 路地裏は静かだった。

 

 少し歩くと、声が聞こえた。

 

「なあ、こっちに来な。ついて来れば、腹いっぱい食わせてやるからよ」

 

 覗き込むと、人相の悪い男が、座り込んだ少女の手を引いていた。

 

 わかりやすい構図だ。

 

 俺は迷わず杖を構え、手加減した岩弾を男の背中へ撃ち込んだ。

 

「いっでぇ!」

 

 振り向いたところに、もう一発。

 

「がっ……!」

 

 男はよろめき、崩れ落ちた。死んではいない。この程度の手加減は、この一年でずいぶん上達した。

 

「大丈夫かい、お嬢さん?」

 

 少女に手を差し伸べる。

 

 少女は、わなわなと震えていた。

 

「な……なんということを……! あの男は、あの男はな……!」

 

「ん? 知り合いだった?」

 

「腹を空かせた妾に、め、めしを恵んでくれようとしておったのじゃ……!」

 

 ……あ。

 

 そういえば、「ついて来れば食わせてやる」と言っていた。

 

 やっちまった。

 

 少女の腹から、ぐう、と情けない音が鳴った。

 

「と、とりあえずこれを」

 

 俺は持っていた串焼きを何本かまとめて差し出した。少女はひったくるようにそれを受け取り、あっという間に食べきってしまう。

 

「うまい! 久方ぶりの飯は格別じゃ! 一年ぶりかのう!」

 

 一年。

 

 いや、さすがにそれはないだろう。

 

「これで、また一年は腹を空かせずに済むな!」

 

「たった数本の串焼きで一年って……相当な省エネ体質ですね」

 

 突っ込まずにはいられなかった。

 

 ◇

 

 元気になった少女は、ぴょんと飛び上がって、俺の顔をまじまじと覗き込んだ。

 

 紫と緑、左右で色の違う目をしていた。

 

 その右目が、くるりと動いた。

 

 次の瞬間、色が青へと変わる。

 

「お?」

 

「な、なんですか」

 

「うっわ! なんじゃおぬし、すげぇ気持ち悪いのう! なんじゃこれ!」

 

 少女は目を細め、俺の顔を右から左から覗き込み始めた。

 

 なんだ。

 

 顔に何かついているのか?

 

「おぬし、双子だったりせんか?」

 

「……はい?」

 

「腹の中におった時は二人で、生まれた時には片方しかおらんかった、とか」

 

「いや……そんな話は聞いたことないですけど」

 

「ふぅむ?」

 

 少女は納得していないらしい。

 

 角度を変えながら、何度も俺の顔を覗き込んでいる。

 

 なんだよ。

 

 そこまで気持ち悪がられると、さすがに傷つくぞ。

 

「でも、おぬしの魔力量……ラプラスより上じゃぞ!」

 

 今度は面白そうに、からからと笑う。

 

 ラプラス。

 

 もちろん知っている。ルイジェルドから何度も聞いた、あの魔神だ。だからといって、目の前の変な子供に突然「お前の魔力量はラプラスより上」と言われても、いまいち実感が湧かない。

 

「へえ、それはすごい」

 

 とだけ返しておく。

 

「名を名乗れ」

 

「ルーデウス・グレイラットです」

 

「うむ。妾はキシリカ・キシリス! 人呼んで、魔・界・大・帝!」

 

 腰に手を当て、堂々と胸を張る。

 

 魔界大帝。

 

 聞いたことがある名だ。人魔大戦で名を馳せたが、結局は負けて終わった、不死身とも言われる魔族の帝──だったはずだ。だとすれば、目の前のこの子が本物である可能性も、ゼロではない。

 

 ……いや、さすがにないな。

 

 本物の魔界大帝が、こんな路地裏で腹を空かせて行き倒れているとは、さすがに思えない。

 

 魔大陸の子供は、よく歴史上の偉人ごっこをする。この子もその一人で、一緒に遊んでくれる相手がいなくて、一人でここにいたんだろう。

 

 そう考えるのが自然だ。

 

 一人ぼっちは寂しいよな。付き合ってやるか。

 

「これは、これは。ご無礼を」

 

 俺は大仰に膝をつき、臣下の礼を取った。

 

「おお、ええのう! そういう反応を待っておったのじゃ!」

 

 少女は満足げに頷いた。

 

 ◇

 

「貴様は妾の恩人じゃ。褒美を一つ、望むがよい」

 

「では、巨万の富を」

 

「馬鹿者! 見ての通りスカンピンじゃ!」

 

「じゃあ、世界の半分を」

 

「世界の半分じゃと? しかし、妾も世界を獲ったことはないのじゃ」

 

 どうやら、これも何かの持ちネタらしい。

 

「じゃあ、何なら貰えるんです?」

 

「魔界大帝たるもの、下賜するものといえば、魔眼に決まっておろう」

 

「魔眼、ですか」

 

「うむ。魔力眼、識別眼、透視眼、千里眼、予見眼、吸魔眼……。まあ、このあたりじゃな」

 

 少女は一つずつ、簡単に説明してくれた。

 

 魔力を見る眼。物の詳細がわかる眼。壁の向こうを見通す眼。遠くを見る眼。数瞬先の未来が見える眼。魔力を吸う眼。

 

「魔眼は、慣れるまでは扱いにくいものでな。制御できぬ間は眼帯で覆っておくしかないのう。両目とも覆えば、当然、何も見えん。それに、おぬしのような子供が、いきなり二つも持てば、正気を保てるかどうかも怪しいものよ」

 

 一つに絞る理由にも、妙に説得力があった。

 

 どれも、ごっこ遊びにしては妙に詳しい。

 

 真面目に考えるまでもない。どうせ遊びだ。それでも、少しだけ本気で選んでみることにした。

 

 近接戦闘では、エリスにもルイジェルドにも、コジローにも敵わない。この世界の連中は速すぎる。一瞬先が見えれば、それだけで大きな武器になる。

 

「予見眼で」

 

「ほう、予見眼か。透視眼ではなくてよいのか?」

 

「見えるだけじゃ、何もできませんから」

 

「ふぅん。まあいい」

 

 ◇

 

「ほれ、顔を寄せい」

 

「はい」

 

「ずぶり、じゃ」

 

 少女の指が、前触れなく俺の右目に突き刺さった。

 

「ぐああああああっ!!」

 

 激痛が走る。とっさに逃げようとするが、髪を掴まれて動けない。意外なほど、力が強い。

 

「動くでない、男の子じゃろうが」

 

 少女は眼窩をぐりぐりと弄り、しばらくして、指を引き抜いた。

 

 ──確実に失明した。

 

 そう思った。

 

「な、何しやがる! 遊びでも、やっていいことと悪いことがあるだろ!」

 

「妾は魔界大帝じゃぞ。遊びで魔眼を与えるものか」

 

「は……?」

 

 恐る恐る瞬きをする。

 

 見える。

 

 いや、見えるどころか、視界が二重に揺れていた。

 

「魔力の込め方次第で、見え方は抑えられよう。慣れるまでは苦労するじゃろうが、まあ精々励め」

 

「そ、それより、あんた一体何を……」

 

 問いかけるが、答えは返ってこない。

 

「では、行くとしよう。バーディガーディを探さねばならん」

 

 バーディガーディ。

 

 聞き覚えのある名だ。確か、リカリス周辺にいるという魔王の名前だったはずだ。

 

 少女は屋根の上へと、軽々と飛び上がった。

 

「世話になったな、ルーデウスよ。また困ったことがあれば、妾を頼るがよい」

 

 高笑いが遠ざかっていく。

 

 俺はしばらく、その場に立ち尽くしていた。

 

 ……本物、だったのか?

 

 こうして俺は、予見眼を手に入れた……!

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