路地裏の陛下
串焼きを両手いっぱいに抱え、俺は路地裏を歩いていた。
露店で食べ物を買い、一人で路地裏を歩けと言われた。
それだけだ。指定はなかったので、持ち運びやすい串焼きを選んだ。
難しく考えるな。素直に従え。今回はそれでいく。
これはロールプレイングだ。起きることをただ受け入れる。無心、無心。
あいつは、俺が難しく考えるのを喜ぶ。だったら、素直に従えば奴はつまらないはずだ。
──そう考えながら数分。ふと気づいた。
あれ。これも、あいつの思う壺じゃないか。
「素直に従う」という選択そのものが、また誘導されているだけかもしれない。
……くそ、腹立たしい。手のひらの上で転がされている。
最初の頃の警戒心を思い出せ。あいつは信用しちゃいけない相手だ。
いいだろう。今回だけは、様子を見て従ってやる。だが、次はない。
◇
今日は各自別行動、ということにしてある。
エリスを一人にはできないので、護衛はルイジェルドに任せてある。俺は一人で動く、とコジローにも伝えてある。
今頃、二人で砂浜でも見ているかもしれない。
……エリスとルイジェルドが、二人きりで、海。
いや、深く考えることじゃない。子守だ、ただの子守。
わかっている。わかっているんだが。
ルイジェルドは強いし、頼りになるし、エリスも懐いている。最近の俺なんて、飼主呼ばわりだっていうのに。
……何を張り合っているんだ、俺は。
馬鹿らしい。頭を振って、余計な想像を追い払う。今は目の前のことだ。
◇
路地裏は静かだった。
少し歩くと、声が聞こえた。
「なあ、こっちに来な。ついて来れば、腹いっぱい食わせてやるからよ」
覗き込むと、人相の悪い男が、座り込んだ少女の手を引いていた。
わかりやすい構図だ。
俺は迷わず杖を構え、手加減した岩弾を男の背中へ撃ち込んだ。
「いっでぇ!」
振り向いたところに、もう一発。
「がっ……!」
男はよろめき、崩れ落ちた。死んではいない。この程度の手加減は、この一年でずいぶん上達した。
「大丈夫かい、お嬢さん?」
少女に手を差し伸べる。
少女は、わなわなと震えていた。
「な……なんということを……! あの男は、あの男はな……!」
「ん? 知り合いだった?」
「腹を空かせた妾に、め、めしを恵んでくれようとしておったのじゃ……!」
……あ。
そういえば、「ついて来れば食わせてやる」と言っていた。
やっちまった。
少女の腹から、ぐう、と情けない音が鳴った。
「と、とりあえずこれを」
俺は持っていた串焼きを何本かまとめて差し出した。少女はひったくるようにそれを受け取り、あっという間に食べきってしまう。
「うまい! 久方ぶりの飯は格別じゃ! 一年ぶりかのう!」
一年。
いや、さすがにそれはないだろう。
「これで、また一年は腹を空かせずに済むな!」
「たった数本の串焼きで一年って……相当な省エネ体質ですね」
突っ込まずにはいられなかった。
◇
元気になった少女は、ぴょんと飛び上がって、俺の顔をまじまじと覗き込んだ。
紫と緑、左右で色の違う目をしていた。
その右目が、くるりと動いた。
次の瞬間、色が青へと変わる。
「お?」
「な、なんですか」
「うっわ! なんじゃおぬし、すげぇ気持ち悪いのう! なんじゃこれ!」
少女は目を細め、俺の顔を右から左から覗き込み始めた。
なんだ。
顔に何かついているのか?
「おぬし、双子だったりせんか?」
「……はい?」
「腹の中におった時は二人で、生まれた時には片方しかおらんかった、とか」
「いや……そんな話は聞いたことないですけど」
「ふぅむ?」
少女は納得していないらしい。
角度を変えながら、何度も俺の顔を覗き込んでいる。
なんだよ。
そこまで気持ち悪がられると、さすがに傷つくぞ。
「でも、おぬしの魔力量……ラプラスより上じゃぞ!」
今度は面白そうに、からからと笑う。
ラプラス。
もちろん知っている。ルイジェルドから何度も聞いた、あの魔神だ。だからといって、目の前の変な子供に突然「お前の魔力量はラプラスより上」と言われても、いまいち実感が湧かない。
「へえ、それはすごい」
とだけ返しておく。
「名を名乗れ」
「ルーデウス・グレイラットです」
「うむ。妾はキシリカ・キシリス! 人呼んで、魔・界・大・帝!」
腰に手を当て、堂々と胸を張る。
魔界大帝。
聞いたことがある名だ。人魔大戦で名を馳せたが、結局は負けて終わった、不死身とも言われる魔族の帝──だったはずだ。だとすれば、目の前のこの子が本物である可能性も、ゼロではない。
……いや、さすがにないな。
本物の魔界大帝が、こんな路地裏で腹を空かせて行き倒れているとは、さすがに思えない。
魔大陸の子供は、よく歴史上の偉人ごっこをする。この子もその一人で、一緒に遊んでくれる相手がいなくて、一人でここにいたんだろう。
そう考えるのが自然だ。
一人ぼっちは寂しいよな。付き合ってやるか。
「これは、これは。ご無礼を」
俺は大仰に膝をつき、臣下の礼を取った。
「おお、ええのう! そういう反応を待っておったのじゃ!」
少女は満足げに頷いた。
◇
「貴様は妾の恩人じゃ。褒美を一つ、望むがよい」
「では、巨万の富を」
「馬鹿者! 見ての通りスカンピンじゃ!」
「じゃあ、世界の半分を」
「世界の半分じゃと? しかし、妾も世界を獲ったことはないのじゃ」
どうやら、これも何かの持ちネタらしい。
「じゃあ、何なら貰えるんです?」
「魔界大帝たるもの、下賜するものといえば、魔眼に決まっておろう」
「魔眼、ですか」
「うむ。魔力眼、識別眼、透視眼、千里眼、予見眼、吸魔眼……。まあ、このあたりじゃな」
少女は一つずつ、簡単に説明してくれた。
魔力を見る眼。物の詳細がわかる眼。壁の向こうを見通す眼。遠くを見る眼。数瞬先の未来が見える眼。魔力を吸う眼。
「魔眼は、慣れるまでは扱いにくいものでな。制御できぬ間は眼帯で覆っておくしかないのう。両目とも覆えば、当然、何も見えん。それに、おぬしのような子供が、いきなり二つも持てば、正気を保てるかどうかも怪しいものよ」
一つに絞る理由にも、妙に説得力があった。
どれも、ごっこ遊びにしては妙に詳しい。
真面目に考えるまでもない。どうせ遊びだ。それでも、少しだけ本気で選んでみることにした。
近接戦闘では、エリスにもルイジェルドにも、コジローにも敵わない。この世界の連中は速すぎる。一瞬先が見えれば、それだけで大きな武器になる。
「予見眼で」
「ほう、予見眼か。透視眼ではなくてよいのか?」
「見えるだけじゃ、何もできませんから」
「ふぅん。まあいい」
◇
「ほれ、顔を寄せい」
「はい」
「ずぶり、じゃ」
少女の指が、前触れなく俺の右目に突き刺さった。
「ぐああああああっ!!」
激痛が走る。とっさに逃げようとするが、髪を掴まれて動けない。意外なほど、力が強い。
「動くでない、男の子じゃろうが」
少女は眼窩をぐりぐりと弄り、しばらくして、指を引き抜いた。
──確実に失明した。
そう思った。
「な、何しやがる! 遊びでも、やっていいことと悪いことがあるだろ!」
「妾は魔界大帝じゃぞ。遊びで魔眼を与えるものか」
「は……?」
恐る恐る瞬きをする。
見える。
いや、見えるどころか、視界が二重に揺れていた。
「魔力の込め方次第で、見え方は抑えられよう。慣れるまでは苦労するじゃろうが、まあ精々励め」
「そ、それより、あんた一体何を……」
問いかけるが、答えは返ってこない。
「では、行くとしよう。バーディガーディを探さねばならん」
バーディガーディ。
聞き覚えのある名だ。確か、リカリス周辺にいるという魔王の名前だったはずだ。
少女は屋根の上へと、軽々と飛び上がった。
「世話になったな、ルーデウスよ。また困ったことがあれば、妾を頼るがよい」
高笑いが遠ざかっていく。
俺はしばらく、その場に立ち尽くしていた。
……本物、だったのか?
こうして俺は、予見眼を手に入れた……!