すれ違う足跡
ウェンポートの地を踏んだ瞬間、ロキシー・ミグルディアは足を止めた。
潮の匂いだけではない。
乾いた土。行き交う魔族たちの声。肌に馴染む、この大陸独特の空気。
(懐かしい……)
身体の方が先に思い出したらしい。
この町を訪れるのは、およそ十五年ぶりになる。
かつて人族の世界に憧れて故郷を飛び出した自分は、魔大陸を旅した末、この港から外の世界へ渡った。
そして人族の土地で暮らし始めると、戻りたいという気持ちは綺麗に薄れていった。ミリシオンで初めて人族の菓子を食べた時など、こんな美味しいものがあるならもう魔大陸へ戻らなくてもいい、と本気で思ったほどだ。
(我ながら単純ですね……)
それから長い年月が経った。
戻るつもりなどなかった場所に、今は自分から戻ってきている。
「ロキシー! 置いていきますわよ!」
前方から声が飛んできた。
「はぁ、今行きますよ」
ロキシーは感傷を切り上げ、歩き出した。
声を掛けてきたのはエリナリーゼ・ドラゴンロード。
豪奢な金髪の隙間から長い耳が覗き、すらりとした長身に均整の取れた身体。
遠目に見るたび、少しだけ腹が立つ。
同じ女なのに、どうしてこうも違うのだろう。
「せっかく故郷へ戻ってきたのでしょう? 昔の恋人ぐらい残っていませんの?」
「いません」
「あら、迷いませんのね」
「いませんから」
後方から、ガシャガシャと鎧の擦れる音がした。
「お、おお……大地じゃ……揺れん大地じゃ……」
タルハンド。
普段なら重い鎧などものともしない男だが、今は顔色が酷い。船旅はかなり堪えたらしい。
「大丈夫ですか、タルハンドさん」
「ほっとけ……しばらくすれば治る……」
「あら。海より地面の方がお似合いですわね」
「黙っとれ……」
「エリナリーゼさんも、弱ってる人をいちいち煽らないでください」
放っておけば、到着早々喧嘩を始めかねない。
この二人を止めるのも、すっかりロキシーの役目になっていた。
三人が出会ったのは、王竜王国の港町イーストポート。
エリナリーゼとタルハンドは、かつてパウロやゼニスと共に『黒狼の牙』で活動していた冒険者だ。
フィットア領の転移災害によって行方不明になったパウロの家族を探そうとしていた二人。
そして、ルーデウスを探していたロキシー。
目的は一致していた。
「まずは冒険者ギルドへ行きましょう。情報を集めます」
「ついでに素敵な殿方も見つかれば最高ですわね」
「探すものが違います」
「両方見つければいいではありませんの」
全然わかっていない。
ロキシーは顔をしかめ、その後を追った。
◇
魔大陸の冒険者ギルドは、中央大陸のものとは雰囲気が違う。
様々な種族が入り混じり、聞こえてくるのも魔神語が中心。
そうした光景に懐かしさを覚えていると、まだ若い冒険者が三人、こちらへ近づいてきた。
「あ、あの!」
「はい?」
「もしよかったら、俺たちと一緒に依頼を受けませんか!」
三人とも駆け出しらしい。
装備にも、まだ使い込まれた感じがない。
「すみません。もう仲間がいますので」
「そ、そうですか……」
三人は肩を落として去っていった。
「あら。到着早々お誘いですの?」
「パーティへの勧誘です」
「そこから始まる恋もありましてよ」
「ありません」
この手の誘いを受けるのは初めてではない。
しかも、なぜか若い少年三人組ばかり。
原因には心当たりがある。
かつてロキシーが魔大陸を旅した頃の話が、吟遊詩人によって歌にされているのだ。
小さな魔術師の少女と、三人の若い冒険者。
今ではかなり脚色され、少女はわずかな期間で魔大陸を踏破し、高ランク冒険者にまで成長したことになっている。
冗談ではない。
実際には何年も掛かったし、何度も死にかけた。
三人の背中を見ながら、昔の仲間が頭に浮かぶ。
ノコパラ。
ブレイズ。
そして、旅の途中で死んだ仲間。
もう二十年近く前のことだ。
(ノコパラとブレイズは、元気でしょうか……)
今も冒険者を続けているのか。
とっくに引退して、どこかで暮らしているのか。
少し気になった。
だが、郷愁に浸るために戻ってきたわけではない。
「情報を集めましょう」
ロキシーは気持ちを切り替えた。
◇
昼を少し回った頃。
ロキシーは市場を歩いていた。
今のところ、フィットア領から転移してきた者について、有力な情報は得られていない。
災害から、すでに一年ほどが経っている。
装備も食料もなしに突然飛ばされて、一年間生き延びられるほど魔大陸は優しくない。
嫌な想像が浮かぶ。
だが、まだ諦めるには早い。
「……?」
露店の前で、一人の男が立ち止まっていた。
まず目についたのは背の高さだった。
長い髪を後ろで束ねた、すらりとした男。顔立ちも端正で、黙って立っているだけでも目を引く。
そのうえ背中には、見たこともないほど長い剣を負っている。
(随分と目立つ人ですね……)
少なくとも、この辺りの生まれには見えない。
男が店主へ何か言った。
魔神語だ。
少し癖はあるが、意味は通じている。
店主が二種類の茶葉を示しながら、早口で問い返した。
「……さて」
男が僅かに首を傾げた。
今のは聞き取れなかったらしい。
店主がもう一度同じことを言う。
ロキシーは少し迷ってから、横から口を挟んだ。
「どちらの茶葉にするか聞いていますよ」
男がロキシーを見る。
「ほう」
二つを見比べた。
「では、香りの強い方を」
今度は話が通じた。
店主から包みを受け取ると、男がロキシーへ向き直る。
「助かった。礼を言う」
「いえ。この程度なら」
発音は多少独特だが、まだ聞き取りには慣れていないらしい。それでも、普通の会話なら十分に通じる程度には身についている。
「魔神語を勉強しているんですか?」
「ああ。旅の連れに教わっている」
「早口になると、まだ難しいですか?」
「うむ。どうにもまだ耳が追いつかぬ」
「それなら十分ですよ。普通に話す分には、ちゃんと通じています」
「そうか」
男が僅かに笑った。
「いい先生がいるんですね」
「師というほどではないが、面倒見のよい小僧でな」
「小僧?」
「年若い旅の連れだ」
「へえ……」
少し意外だった。
どう見ても剣士だ。それも、ロキシーには詳しいことまではわからないが、ただ立っているだけで妙な隙のなさを感じる。
そんな男が、自分よりずっと年下らしい仲間から言葉を習っている。
旅とは面白いものだ。
「それなら、もう少し教わればすぐ上達しますよ」
「ああ、そうしよう」
男は軽く頭を下げた。
「世話になった」
「お気をつけて」
それだけだった。
互いに名前を聞くこともない。
男は茶葉を持って去り、ロキシーもすぐに人探しへ意識を戻した。
◇
夕方。
三人は宿へ戻り、集めた情報を突き合わせていた。
「それで、最近この町で名前が売れているのが……『デッドエンド』ですか」
ロキシーは眉を寄せた。
幼い頃から、その名前には馴染みがある。
悪い子はデッドエンドに攫われる。
言うことを聞かないとデッドエンドが来る。
魔大陸では、子供を脅す時の定番と言っていい。
問題は、それが完全な作り話ではないことだ。
「そんな名前を自分から名乗るなんて、まともとは思えませんね」
「わたくしには、その恐ろしさがよくわかりませんけれど」
エリナリーゼが肩をすくめる。
「番犬という男は、長身で色白、禿頭で槍を持っているそうですわ。それで、なかなか見栄えもいいとか」
「またそこですか」
「人物の特徴は重要でしょう?」
「どうでもいい情報じゃ」
タルハンドが切り捨てた。
「わしが聞いたのは三人組じゃ。赤毛の『狂犬』、禿頭の『番犬』、それと小柄な『飼主』」
「名前は?」
「番犬がルイジェルド。飼主が……ルージェルドだったか。兄弟だという奴までおったぞ」
「兄弟……?」
すでに噂が怪しい。
狂犬は赤毛で剣を使う。
番犬は長身で槍。
飼主は小柄で、杖を持っているらしい。
「狂犬と飼主はろくな評判を聞かんな。番犬だけは、子供に優しく、悪事を見過ごせん奴だそうじゃ」
「随分と都合のいい評判ですね」
本当に悪党なら、自分たちで都合のいい噂を流している可能性もある。
少なくとも、ロキシーにはそう思えた。
ただし、話には妙な食い違いもあった。
「三人組なんですよね?」
「そう聞いたがな」
「わたくしは四人でいたという話も聞きましたわ」
「四人?」
「長い髪の剣士が、一緒に歩いていることがあるそうですの」
長い髪。
剣士。
昼間の男が頭に浮かんだ。
「剣は?」
「随分と長いものだったそうですわ。それと──」
エリナリーゼが楽しそうに笑う。
「なかなかの美男子だったとか」
「またそこですか」
「大事ですわよ?」
「大事じゃありません」
そう言い切ったものの。
(……まあ、確かに顔はよかったですけど)
長髪。
長い剣。
長身。
条件だけなら、昼間の男によく似ている。
「それでな」
タルハンドが続けた。
「そいつを『野犬』と呼んどる奴もおった」
「野犬?」
「三人と一緒にいる時もあれば、一人で歩いとるところも見られとる。誰に従っとるのかもわからん。それで『野犬』だそうじゃ」
「…………」
狂犬。
番犬。
野犬。
そして、飼主。
「なんなんですか、その犬だらけの集団は……」
「知らん」
「でも、覚えやすくていいではありませんの」
「そういう問題でしょうか」
ロキシーは溜息をついた。
昼間の男は普通に礼儀正しかった。
魔神語のことで少し困っていただけの旅の剣士。
デッドエンドを名乗るような連中とは、どうにも結びつかない。
それに、『野犬』という呼び名自体、まだ一部でそう呼ばれているだけらしい。
噂というのは当てにならないものだ。
「ともかく、関わらない方がいいでしょう」
「そうじゃな。人探しの途中で厄介事を抱え込んでも仕方あるまい」
「わたくしは少し興味がありますけれど」
「今はそれどころではありません」
ロキシーは話を本題へ戻した。
「フィットア領から来た人については?」
「ないな」
「こちらも収穫なしですわ」
ロキシーの表情が曇る。
探す相手は、ゼニス、リーリャ、アイシャ、そしてルーデウス。
「まあ、ゼニスならそう簡単には死にませんわ」
「そうじゃな」
二人がほとんど同時に答えた。
どちらもゼニスの元仲間だ。
冒険者時代を知らないロキシーにも、その言葉には説得力がある。
「ルーデウスも目立つはずです」
五歳の時点ですでに常識外れの魔術を使っていた弟子だ。
どこかの町まで辿り着いているなら、噂になっていない方がおかしい。
となると、より心配なのはリーリャとアイシャ。
「明日いっぱいまで、この町で情報を集めましょう。ウェンポートのギルドにも捜索依頼を出して、三日目には出発します」
「もう出ますの?」
「魔大陸は広いんです。一つの町だけに時間を使えません。その後も主要な町を回って、各地のギルドに同じように捜索を頼んだ方が効率的でしょう」
「相変わらずせっかちじゃな」
「効率的と言ってください」
必要なことを済ませたら、次へ移る。
ロキシーはそういう性格だ。
そして本人は、それを自分の長所だと思っていた。
◇
二日目。
ロキシーは、予定にはなかった場所へ向かっていた。
デッドエンド。
関わらない方がいい。
そう判断したはずだった。
「……少し見るだけです」
好奇心には勝てなかった。
目立つ集団なので、居場所は簡単にわかった。
海岸。
少し離れた岩陰から浜を覗く。
すぐに見つかった。
赤毛の少女と、禿頭の長身の男。
噂通りなら『狂犬』と『番犬』だ。
小柄な飼主はいない。
昨日の男──『野犬』かもしれない剣士も見当たらない。
警戒する相手が一人少ないことに、少しだけほっとした。
赤毛の少女が剣を振るった。
「……速い」
思わず声が漏れる。
まだ若い。
それなのに踏み込みに迷いがなく、一撃一撃も鋭い。
しかし男は、それを必要最小限の動きで捌いていた。
受け流す。
位置を変える。
時折、少女の姿勢を崩す。
ロキシーに剣術の細かな良し悪しはわからない。
それでも、二人が並の冒険者ではないことぐらいはわかる。
特に男。
これまで一緒に戦った前衛と比べても、相当に強い。
(噂ほど単純な悪党には見えませんね……)
少女を鍛えているようにも見える。
悪知恵だけで生き残ってきた者の動きではない。
(話ぐらい聞いてみても──)
そう思った瞬間。
男がこちらを向いた。
「っ……!」
目が合った。
距離はある。
しかもこちらは岩陰だ。
それでも、確実に見つかった。
敵意を向けられたわけではない。
槍を構えられたわけでもない。
なのに、狩る側の視界へ入ってしまったような寒気が背中を走った。
「……!」
ロキシーは身を引き、逃げるようにその場を離れた。
やはり、好奇心だけで近づく相手ではない。
◇
ルイジェルドは、最初から視線に気づいていた。
敵意はない。
だから放っておいた。
何か用があるのか。
ただ見ているだけなのか。
しばらくして一度だけ確かめる。
岩陰に、小柄な青髪の女がいた。
見た目だけなら少女にも見える。
だが、ミグルド族の成人女性だ。
知っている相手ではない。
目が合うと、女はすぐに顔を引っ込め、その場から離れていった。
(……怖がらせたか)
「隙あり!」
意識が逸れた、その一瞬。
エリスが飛び込んできた。
一合。
二合。
三合目。
エリスの剣が手元へ潜り込み、ルイジェルドの手の甲を打った。
剣が砂へ落ちる。
「やった!」
エリスの顔が輝いた。
「入ったわよね!? 今の入ったわよね!?」
「ああ」
「やったぁ!」
両手を上げて飛び跳ねる。
ルイジェルドは落とした剣を拾った。
最近のエリスは確実に伸びている。
将来は、いい剣士になるだろう。
しかし、まだ若い。
結果を一つ出しただけで増長させるつもりはなく、今日も簡単に一本を取らせる気はなかった。
今の一本は、自分が他所へ気を取られた影響が大きい。
とはいえ。
その一瞬を見逃さず、迷わず飛び込んできたのもエリス自身だ。
「もう一回!」
「……ああ」
ルイジェルドは、エリスに聞こえないよう小さく息を吐いた。
◇
ロキシーは宿へ向かって早足で歩いていた。
何度も後ろを確認する。
追ってきてはいない。
わかっている。
それでも、あの男と戦う可能性を考えると落ち着かなかった。
魔力結晶。
魔法陣を描いたスクロール。
距離を取って、先手を──。
「おっと」
「きゃっ!」
前を向いた時には、人がすぐ目の前にいた。
突然現れたわけではない。
自分が後ろばかり見ていて、前を見ていなかったのだ。
ぶつかる。
そう思った瞬間、相手がすっと半歩横へずれた。
ロキシーだけが勢い余って、二、三歩たたらを踏む。
「す、すみません!」
「私は何ともない。そちらは?」
「だ、大丈夫です」
聞き覚えのある声だった。
顔を上げる。
「……あ」
「おや。昨日の」
露店で会った男だった。
背中には、昨日と同じ長い剣。
そして今度は、夕べ聞いた噂が頭の隅をよぎる。
──野犬。
「昨日はどうも……」
「こちらこそ、世話になった」
ロキシーは反射的に後ろを見る。
誰も来ていない。
「後ろが気になるようだな」
「え?」
少し迷った。
「少し……怖い人に見つかってしまって」
「そうか」
男はそれ以上、理由を尋ねなかった。
「すみませんでした」
「気にするな」
それだけ言って、ロキシーの横を通り過ぎていく。
ロキシーも宿へ向かう。
一歩。
二歩。
三歩。
「…………」
ふと振り返った。
男は、自分とは逆方向へ歩いている。
その先は──。
つい先ほど、自分が逃げてきた海岸だ。
背中の長い剣。
長い髪。
夕べ聞いた、『野犬』と呼ばれることもある四人目の男。
「……まさか」
昨日は普通の旅人だと思った。
礼儀も普通だった。
魔神語を覚えている途中の剣士。
それなのに、その男は『番犬』と『狂犬』がいる海岸へ向かっている。
(本当に、デッドエンドの仲間……?)
どうにも噛み合わない。
噂で聞いた危険な集団と、実際に二度話した男の印象が一致しない。
それが逆に気味悪く感じられた。
「……やっぱり、関わらない方がよさそうですね」
ロキシーはそう結論づけ、今度こそ駆け足で宿へ向かった。
◇
「ああっ! もっとですわ!」
宿へ戻った途端、聞き覚えのある声が聞こえてきた。
「…………」
隣室。
エリナリーゼの部屋だ。
「まったく……」
何をしているかは、聞くまでもない。
情報収集へ出たはずなのだが。
とはいえ、ロキシーは少しだけ安心した。
一人でいるのは心細いと思っていたところだ。
エリナリーゼが隣にいるなら、自分は戦いの準備をして、終わるのを待てばいい。
部屋へ戻り、杖や魔力結晶を確認する。
一時間。
二時間。
三時間。
「……長すぎませんか?」
まだ終わらない。
デッドエンドも来ない。
こちらは人探しをするために魔大陸まで戻ってきたのだ。
それなのに隣では、やるべきことを放り出して好き放題。
次第に腹が立ってきた。
「いつまでやってるんですか!」
ロキシーは隣室へ飛び込んだ。
「あら? ロキシー。もう戻ってましたの?」
「情報収集は──」
言葉が止まる。
一人。
二人。
三人。
四人。
五人。
「…………」
男が五人いた。
「あら。あなたも混ざります?」
「あ、あ……」
理解が追いつかない。
「む、無理です!」
ロキシーは悲鳴を上げ、その場から逃げ出した。
自室へ飛び込み、杖を握る。
直後。
強烈な氷の魔術が炸裂した。
結果、宿の半分近くを壊す羽目になった。
◇
三日目。
三人はウェンポートを出た。
「全部、エリナリーゼさんが悪いんです」
「あら。どうしてですの?」
「どうしてじゃありません! 五人ですよ! 五人!」
「人数が問題ですの?」
「そういう問題でもありません!」
昨日の情報収集は中途半端。
ウェンポートのギルドで済ませるはずだった捜索依頼の手続きまで、頭から抜け落ちた。
宿の修理代もかなり取られた。
出だしから散々である。
「ロキシーも、いつかわかりますわよ」
「わかりたくありません」
「では、まず一人から──」
「絶対に嫌です」
即答した。
もっとも、ロキシーだって恋愛そのものに興味がないわけではない。
パウロとゼニスが仲睦まじく暮らしているのを見て、自分にもいつかあんな相手が欲しいと思ったことはある。
迷宮の奥で危機に陥ったところを、背の高い男らしい人族の青年に助けられる。
力を合わせて脱出するうちに、お互い惹かれ合う。
そんな夢を見て、実際に迷宮へ潜ったことさえあった。
結果は散々だった。
出会いどころではない。
迷宮はただ危険で、途中から意地になって一人で潜り続け、結局踏破してしまった。
若気の至りである。
「大体、今はそんなことにうつつを抜かしている場合ではありません」
「真面目ですわねぇ」
「当たり前です」
リーリャとアイシャを探す。
ゼニスを探す。
そしてルーデウス。
あの弟子なら、きっと目立つ。
どこかの町へ辿り着いていれば、何かしら噂になっているはずだ。
そう信じていた。
ロキシーは一度だけ、背後のウェンポートを振り返った。
赤毛の少女。
禿頭の槍使い。
そして、二度も顔を合わせた長い剣の男。
狂犬。
番犬。
飼主。
そして、野犬。
妙な一団だった。
だが、自分が探している者とは何の関係もない。
そう判断し、再び前を向く。
ロキシーはそのまま、魔大陸の奥へ歩き出した。
探している弟子へ繋がる足跡を、すぐそばまで辿っていたことにも気づかないまま。