師匠の秘密
夢を見た。
天使が空から舞い降りてくる夢だ。
純白の翼を広げ、眩い光を背負った天使が、ゆっくりと俺の前へ降り立つ。
これはいい夢に違いない。
そう思ったのだが、天使の局部にはなぜかモザイクが掛かっていた。
しかも、こちらを見ながら、でゅふふ、と嫌らしい笑い声を漏らしている。
天使じゃない。
あの自称神だ。
悪夢だと気づいたところで、目が覚めた。
「……夢か」
目の前には、岩と土ばかりの世界が広がっていた。
魔大陸。
人魔大戦によって引き裂かれた巨大陸の片割れ。
かつて、魔神ラプラスが魔族をまとめ上げた土地。
面積は中央大陸の半分ほどだが、植物はほとんど生えていない。
地面は赤茶け、いたるところに亀裂が走っている。巨大な階段のような高低差と、背丈を遥かに超える岩壁が折り重なり、天然の迷路を作り上げていた。
さらに魔力濃度が高く、中央大陸よりも強力な魔物が数多く生息している。
徒歩で横断するなら、中央大陸の三倍は掛かる。
そんな話を、ロキシーから教わった記憶がある。
遠い。
とてつもなく遠い。
長旅になることをエリスへどう説明したものか。
不安がらせないよう、少しずつ伝えるべきだろうか。
そう考えながら視線を向けると、エリスは荒涼とした大地をキラキラした目で眺めていた。
「エリス。ここは魔大陸なのですが……」
「魔大陸!」
エリスは両手を腰に当て、大きく胸を張った。
「冒険が始まるのね!」
喜ばれた。
余裕だな。
今すぐ現実を突きつけて、不安を煽る必要もないか。
少し離れた岩の上では、コジローが朝日に照らされた荒野を眺めていた。
背には、いつもの長刀。
あれだけの異変に巻き込まれた翌朝だというのに、普段と変わらない。
風が乾いているだの、朝日が美しいだのとでも考えていそうな横顔だった。
「行くぞ。ついてこい」
ルイジェルドの号令で、俺たちは移動を開始した。
◇
俺が寝ている間に、エリスはルイジェルドと随分打ち解けたらしい。
家での暮らし。
魔術の授業。
剣術の稽古。
ギレーヌの強さ。
そして、コジローとの訓練。
エリスは身振り手振りを交えながら、嬉しそうに話していた。
「それでね! コジローったら、わたしの剣を全部避けるのよ! 卑怯だと思わない?」
「避けられる剣を振る方にも問題がある」
「何よ! 避けないで受けなさいよ!」
「それでは稽古にならんであろう」
少し後ろを歩くコジローが、飄々と答える。
「次は絶対に当てるんだから!」
「それは楽しみよな」
ルイジェルドは言葉少なだったが、エリスの話へ一つ一つ相槌を打っていた。
昨夜の怯えようは、何だったのだろうか。
エリスはもう、あの恐ろしい容姿をほとんど気にしていないらしい。
会話の途中、たまに失礼なことを言ってヒヤリとさせられたが、ルイジェルドは怒らなかった。
何を言われても、落ち着いて受け流している。
誰だよ、スペルド族はすぐにキレるなんて噂を流したのは。
もっとも、昔はともかく、今のエリスは多少なら空気を読める。
その辺りは、エドナ先生と一緒にきっちり教えてきた。
いきなり相手の堪忍袋の緒を切るような真似はしないだろう。
そう願いたい。
ただ、知らない相手の堪忍袋が、どんな言葉に繋がっているのかは分からない。
くれぐれも慎重にしてほしい。
ついでに言うと、エリスの堪忍袋の緒も非常に切れやすいので、ルイジェルドにも慎重になってほしいと思う。
そんなことを考えていると、早速エリスが声を荒らげた。
「ルーデウスは、お前の兄なのか?」
「違うわよ!」
「だが、グレイラットというのは家名だろう?」
「そうだけど、違うのよ!」
「腹違いか、種違いか?」
「どっちも違うわよ!」
「人族のことはよく分からんが、家族は大切にしろ」
「だから違うって言ってるじゃない!」
「いいから、大切にしろ」
「う……」
ルイジェルドの声は強かった。
あのエリスが、たじろぐほどに。
「た、大切にするわよ……」
本当に兄妹ではないのだが。
それに、年齢だけで言えばエリスの方が姉だ。
隣を歩くコジローを見ると、わずかに口元を緩めていた。
訂正する気はないらしい。
俺にもない。
家族を大切にしろという部分には、異論はなかった。
魔大陸は、どこまで進んでも岩ばかりだった。
高低差が激しく、平らな場所はほとんどない。
地面は固く、表面には乾いた土が薄く積もっている。
栄養のない、砂漠一歩手前のような土地だ。
こんな場所へ閉じ込められたら、魔族だって戦争を起こしたくなるかもしれない。
植物もほとんど生えていない。
時折、サボテンのような形をした奇妙な岩が見えるだけだ。
「む。少し待っていろ。絶対に動くな」
十数分に一度。
ルイジェルドはそう言い残し、進行方向へ走っていく。
岩山を軽々と飛び越え、あっという間に姿が見えなくなる。
凄まじい身体能力だ。
ギレーヌも人間離れしていたが、敏捷性だけを数値にするなら、ルイジェルドが上回るかもしれない。
ルイジェルドは、五分もしないうちに戻ってくる。
「待たせたな。行こう」
詳しい説明はしない。
だが、三叉槍の穂先からは僅かな血の匂いがした。
恐らく、進行方向にいる魔物を倒しているのだ。
額にある赤い宝石。
あれは確か、周囲を探るレーダーのような役割を持っている。
ロキシー辞典に、そんなことが書かれていた。
敵を早期に発見し、こちらの存在へ気づかれる前に接近する。
そして、一瞬で仕留める。
コジローも、ルイジェルドが戻るたびに槍の穂先へ目を向けていた。
「見事なものよな」
何度目かにルイジェルドが戻った時、コジローがそう呟いた。
「何がだ」
「この岩場で、童らに敵の姿すら見せぬ。土地を知る者の戦いよ」
「俺の目があれば難しいことではない」
「力を持つことと、使いこなすことは別であろう」
ルイジェルドは返事をしなかった。
ただ、コジローを見る目から、僅かに警戒が薄れたように見えた。
「ねえ!」
エリスがルイジェルドへ詰め寄った。
「さっきから、何をしてるのよ!」
「先にいる魔物を倒している」
「どうして、見えないのにいるって分かるのよ!」
「俺には見える」
ルイジェルドはそう言って、髪をかき上げた。
額が露わになり、赤い宝石が見える。
エリスは一瞬だけ身を引いた。
しかし、よく見れば宝石そのものは美しい。
すぐに恐怖よりも好奇心が勝ったらしく、顔を近づけて観察し始めた。
「便利ね!」
「便利かもしれんが、こんなものはない方がいいと、何度も思った」
「じゃあ、わたしがもらってあげてもいいわよ! こう、ほじくり出して!」
「そうもいかんさ」
ルイジェルドが苦笑する。
エリスも冗談を言うようになったか。
冗談だよな?
「そういえば、魔大陸の魔物は強いと聞いていたんですが」
「この辺りはそうでもない。街道から外れているから、数は多いがな」
確かに、数は多い。
先ほどから十数分置きに、ルイジェルドが動いている。
アスラ王国なら、馬車で数時間移動しても、一度も魔物に遭遇しないことだって珍しくない。
騎士団や冒険者が定期的に駆除しているとはいえ、この遭遇率は異常だ。
「先ほどから一人で戦っていますけど、大丈夫なんですか?」
「問題ない。全て一撃だ」
「疲れたら言ってください。僕も援護ぐらいはできますし、治癒魔術も使えますから」
「子供が余計な気遣いをするな」
ルイジェルドは俺の頭へ手を置いた。
そして、少し戸惑うような手つきで撫でてくる。
この人、あれかな。
子供の頭を撫でるのが好きなのだろうか。
「お前は妹のそばにいて、守ってやればいい」
「だから! 誰が妹よ! わたしの方がお姉さんなんだからね!」
「む、そうだったのか。すまん」
ルイジェルドはむくれるエリスの頭も撫でようとした。
エリスは伸びてきた手を、パシンと払い落とした。
「子供扱いしないで!」
「……そうか」
哀れ、ルイジェルド。
後方では、コジローが空を見上げていた。
見なかったことにしているらしい。
◇
「着いたぞ」
歩き始めてから、三時間ほど経っただろうか。
高低差の激しい、曲がりくねった道を進んだため、かなり時間が掛かった。
それでも、直線距離なら一キロも離れていないらしい。
結構疲れた。
昨日もそうだったが、どうにも身体が重い。
転移の影響だろうか。
それとも、単純に俺の体力が足りないだけか。
ギレーヌの指導で、体力作りは欠かさなかったはずなのだが。
「村ね!」
エリスはまったく疲れていないらしく、興味津々で集落を眺めていた。
その体力が羨ましい。
コジローも呼吸一つ乱していない。
まあ、こちらは比べるだけ無駄だろう。
エリスは村と言ったが、規模としては集落という方が近い。
十数軒ほどの家を、粗末な柵が囲んでいる。
柵の内側には小さな畑があった。
何を育てているのかは分からないが、豊作には見えない。
近くに川もない。
こんな土地で作物を育てるのは、相当に難しいだろう。
「止まれ!」
入り口で声を掛けられた。
門の脇に、一人の少年が立っている。
見た目は中学生ぐらい。
髪は青い。
その色を見て、ロキシーを思い出した。
「ルイジェルド。なんだ、そいつらは!」
魔神語だ。
どうやら聞き取りは問題ないらしい。
「例の流星だ」
「怪しいな。そいつらを里へ入れることはできん!」
「なぜだ。どこが怪しい?」
ルイジェルドは険しい顔で、門番へ詰め寄った。
空気が一変する。
凄まじい殺気だった。
初対面の時に、あれを向けられていたら。
俺は人神の助言など忘れて、何も考えずに逃げていただろう。
「ど、どう見ても怪しいだろう!」
「彼らはアスラで起きた魔力災害に巻き込まれ、転移しただけだ」
「し、しかしな……」
「貴様、こんな子供を見捨てるつもりか……?」
ルイジェルドの拳が握られる。
俺は反射的に、その手を掴んだ。
「彼も仕事をしているだけです。抑えてください」
「何……?」
「彼のような門番と話していても埒が明きません。もっと偉い方を呼んできてもらった方がいいのでは?」
門番という言葉に、少年が眉を寄せる。
下っ端と言わなかっただけ、俺も成長したものだ。
「そうだな。ロイン。長を呼んでくれ」
これ以上ぐだぐだ言うな。
そんな眼光で睨みながら、ルイジェルドが告げる。
「ああ。俺もそうしようと思っていたところさ」
ロインと呼ばれた少年は、目を閉じた。
そのまま十秒ほど、沈黙が続く。
「…………」
何をしているんだ。
早く呼びに行けよ。
目なんて閉じて、寝ているんじゃないだろうな。
それとも、キスでも待っているのか?
「小僧」
隣で、コジローが小声で呼びかけてきた。
「何を話しておる?」
そうだった。
コジローもエリスも、魔神語が分からない。
「僕らが怪しいから、村へ入れられないそうです。今、村長を呼んでもらっています」
「左様か」
コジローは目を閉じた門番を見た。
「されど、あの者はどこへも向かっておらぬようだが」
「僕も、それが気になっていたところです」
「ルイジェルドさん、あれは……?」
「ミグルド族は、同じ種族同士なら、離れた相手とも会話ができる」
「あ、そういえば……」
ロキシーにもらった本に、そんなことが書いてあった。
ミグルド族は、近しい者同士で念話ができる。
そして、ロキシー自身はそれが使えないため、村を出たとも書いてあった。
不憫なロキシー。
というか、ここはミグルド族の集落なのか。
ロキシーの名前を出した方がいいのだろうか。
いや。
彼女とこの村がどんな関係なのかは分からない。
下手に口にして、藪蛇になる可能性もある。
「長が来るそうだ」
ロインが目を開けた。
「こちらから出向いてもよかったが?」
「里には入れられん!」
「そうか」
気まずい空気が流れる。
エリスが俺の袖を引っ張った。
「ねえ、どうなってるの?」
「僕らが怪しいから、村長さんが直接確かめるんだそうです」
「なによそれ。どこが怪しいのよ……」
エリスは眉をひそめ、自分の服装を見下ろした。
町の外へ出る予定だったため、剣術の訓練着姿だ。
多少軽装ではあるが、それほどおかしくはない。
少なくとも、俺の目にはルイジェルドと大差ない。
ドレス姿で空から降ってきたなら、かなり怪しかっただろうが。
「大丈夫なんでしょうね?」
「何がです?」
「何がって言われても困るけど……なんか、そういうのよ」
「大丈夫ですよ」
「そーぉ……?」
さすがのエリスも、入り口で揉めている状況には不安を感じているらしい。
俺が大丈夫だと言うと、ひとまずおとなしくなった。
コジローは口を挟まず、門の向こうを眺めている。
言葉は分からなくとも、敵意があるかどうかは俺より正確に判断しているだろう。
「長が来たようだ」
村の奥から、杖をついた男が歩いてきた。
見た目は、とっつぁん坊や。
その脇には、二人の少女を連れている。
いずれも、中学生ぐらいの姿だ。
皆、小さい。
もしかして、ミグルド族は成人しても中学生ぐらいの姿にしかならないのだろうか。
ロキシー辞典には書いていなかった気がする。
いや。
挿絵には、中学生ぐらいの人物が描かれていた。
ロキシーの自画像だと思って、ほっこりしていたのだが。
あれは、成人したミグルド族の姿だったのかもしれない。
「そちらの子たちかね……?」
「はい。片方は魔神語を話せるようです。なんとも怪しい」
「言葉ぐらい、勉強すれば誰だって話せるじゃろう?」
「あの歳の人族が、どうして魔神語なんて勉強するんですか!」
まったくだ。
思わず納得しそうになる言葉だったが、長はロインの肩を軽く叩いた。
「まあまあ。君はもう少し落ち着いて待っていなさい」
長が、ゆっくりとこちらへ歩いてくる。
俺は頭を下げた。
貴族向けの礼ではない。
日本式の、お辞儀だ。
「初めまして。ルーデウス・グレイラットです」
「おや、これは礼儀正しい。この集落の長を務めている、ロックスです」
俺はエリスへ目配せした。
エリスは、自分と同じ年頃に見える人物へ、どんな態度を取るべきか迷っているらしい。
腕を組んだり、解いたりと落ち着かない。
仁王立ちをするか、礼をするかで悩んでいるのだろうか。
「エリス。挨拶を」
「で、でも、言葉が分からないわよ?」
「授業で習った通りで構いません。僕が伝えます」
「うー……」
エリスは一度息を整え、礼儀作法の授業で習った通りに礼をした。
「お、お初にお目にかかります。エリス・ボレアス・グレイラットです」
ロックスはその姿を見て、相好を崩した。
「こちらのお嬢さんは、もしや挨拶をしてくださったのかな?」
「そうです。僕らの故郷での挨拶です」
「ほう。君のものとは違うようだが?」
「男と女で違うんですよ」
ロックスは、そうかそうかと頷いた。
そして俺の真似をして、エリスへ頭を下げる。
「この集落の長のロックスです」
エリスは突然頭を下げられ、慌てて俺を見た。
「ルーデウス、なんて言ったの?」
「この集落の長のロックスです、って」
「そ、そうなの。ふ、ふーん。ルーデウスの言う通り、ちゃんと通じたのね」
エリスは口の端を上げ、にまにまと笑った。
よし。
こちらはこれで問題ないだろう。
「それから、こちらはコジローです。僕たちと共に転移してきました」
俺が人間語で説明すると、コジローは意味を察したらしく、ロックスへ静かに頭を下げた。
ロックスも同じように礼を返す。
「随分と大きな剣を背負った御仁じゃな」
「剣の腕は確かです。悪い人ではありません」
「小僧。余計な一言が聞こえた気がするが」
「気のせいです」
魔神語は分からないくせに、こういう部分だけ妙に勘がいい。
「それで、集落へは入れていただけるのでしょうか?」
「ふむ」
ロックスは、俺の身体を無遠慮に眺め始めた。
上から下まで、舐め回すような視線だ。
やめろよな。
そんな熱い視線を向けられたら、脱ぎたくなってしまうじゃないか。
ロックスの視線が、俺の胸元で止まる。
「そのペンダントは、どこで手に入れなさった?」
「師匠にもらいました」
「師匠は、どこの誰かね?」
「名前はロキシーです」
俺は素直にロキシーの名を出した。
よく考えれば、尊敬する師匠の名前だ。
隠す必要などない。
「なんだって!」
声を上げたのは、ロインだった。
凄い勢いでこちらへ歩み寄り、俺の両肩を掴む。
「お、お前! い、今、ロキシーと言ったか!」
「はい。師匠です……」
視界の端で、ルイジェルドが拳を握る。
コジローの目も、僅かに細くなった。
俺は二人へ大丈夫だと示すように、片手を軽く上げた。
ロインの表情に怒りはない。
あるのは、焦りだけだ。
「ロ、ロキシーは今、どこにいるんだ!」
「さて。僕も、しばらく会っていないので……」
「教えてくれ! ロキシーは……ロキシーは、俺の娘なんだ!」
ごめん。
今、何と言った?
「すみません。少し聞き取れませんでした」
「ロキシーは、俺の娘なんだ! あいつはまだ生きているのか!」
パードゥン?
いや、聞こえてはいた。
ただ、この中学生ぐらいの見た目の男が、ロキシーの父親だと言うので、頭が理解を拒んだだけだ。
どう見ても、父親より弟に見える。
「頼む! 二十年以上前に村を出たきり、何の連絡もないんだ!」
どうやらロキシーは、家族へ何も告げずに村を出たらしい。
そんな話は聞いていない。
まったく。
うちの師匠は説明が足りない。
それに、二十年以上前?
あれ?
では、ロキシーは今、何歳なんだ?
「頼む。黙っていないで、何とか言ってくれ!」
おっと、失礼。
「ロキシーの今の居場所は……」
そこで、俺は両肩を掴まれたままだということに気づいた。
まるで脅されているみたいだ。
脅されて喋るというのは、何か違う。
まるで俺が、暴力に屈したみたいじゃないか。
暴力で俺を屈服させたいなら、せめてバットでパソコンを破壊し、空手でボコボコにした上で、聞くに堪えない罵詈雑言によって心を折ってくれないと。
ここは毅然とした態度を取ろう。
エリスも不安に思うかもしれない。
「その前に、僕の質問に答えてください。ロキシーは今、何歳なんですか?」
「年齢? いや、そんなことより……」
「大事なことなんです! それから、ミグルド族の寿命も教えてください!」
これは聞いておかなければならない。
「あ、ああ……。ロキシーは確か、今年で四十四歳だったはずだ。ミグルド族の寿命は二百歳ほどだな。病気で死ぬ者も少なくないが、老衰となればそれぐらいだ」
同い年だった。
ちょっと嬉しい。
「そうですか……。あ、ついでに手を離してください」
「あ、ああ。すまない」
ロインは、ようやく手を離した。
よし。
これで落ち着いて話ができる。
「ロキシーは、半年前まではシーローン王国にいたはずです。直接会ったわけではありませんが、手紙のやり取りをしていましたから」
「手紙……? あいつ、人間語の文字なんて書けたのか?」
「少なくとも、七年前には完璧でしたよ」
「そ、そうか……。では、無事なんだな?」
「急病や事故に遭ったりしていなければ、元気でしょう」
そう答えると、ロインはよろよろと膝をついた。
安堵した表情を浮かべ、目元へ涙を滲ませる。
「そうか……無事か……。無事なのか……。はは……よかった……」
よかったね、お義父さん。
……いや、まだ早いか。
けれど、その姿を見ていると、パウロを思い出した。
パウロも、俺が無事だと知れば泣いてくれるだろうか。
ブエナ村へ、早く手紙を送りたいものだ。
エリスは、何が起きているのか分からないらしく、俺の袖を引いた。
「ねえ、どうしたの?」
「ロキシーの父親だったんです。師匠が無事だと伝えたら、安心したみたいで」
「ロキシーの……?」
エリスは泣き崩れるロインを見た。
事情を知ると、何とも言えない顔になった。
コジローは黙ったまま、父親の姿を見つめている。
その目元は、ほんの僅かに和らいでいた。
「それで、集落へは入れていただけるのでしょうか?」
泣き崩れるロインを横目に、長のロックスへ話を戻す。
「無論だ。ロキシーの無事を知らせてくれた者を、どうして無下にできようか」
ロキシーからもらったペンダントは、抜群の効果を発揮した。
最初から見せておけばよかった。
いや。
会話の流れ次第では、俺がロキシーを殺し、ペンダントを奪ったと思われた可能性もある。
魔族は長生きだ。
見た目と年齢が一致しないことも多いのだろう。
俺が十歳児に見えていても、中身が四十歳を超えていると知られれば、妙な疑いを掛けられるかもしれない。
気をつけなければ。
せいぜい子供らしく振る舞うとしよう。
こうして俺たちは、ミグルド族の里へ迎え入れられた。