夫に書類の上で「病死」させられた奥様は、故人の身軽さで生き直します ~縁談も無心も呼び出しも、あいにく死んでおりますので~ 作:kuratn
お医者に包む弔慰、というものを、私は聞いたことがない。
弔慰は遺族に包むものである。医者に包むなら診療の礼で、それは「診た」場合の話である。モーザー先生とやらが亡き夫人を診たという話は、当の夫人が聞いたことがない。つまりあの一行は、診てもいない医者への、診療の礼ではない金貨十枚――。
私の死の、お値段である。
妙な心地だった。四年、誰にも値打ちを聞かれなかった女の死に、初めて値がついたのである。それが金貨十枚。帳場の女の給金にして、およそ一年半ぶん。安いと思うか高いと思うかを、その晩、湯呑みが冷めるまで考えて、やめた。値切る立場でも、吊り上げる立場でもないのである。何しろ、売った覚えがない。
「診断書の、お代でしょうね」
夜の台所の見立ては、そこで一致した。死亡診断書には、医師の署名が要る。署名には、値段があったのである。十枚。人ひとりを紙の上で殺すお代として、高いのか安いのか、私には判じかねる。
裏を取るのは、脚である。
よその帳面を突き合わせる
まずは
「ああ、先生ねえ。春先に、めずらしく大きな払いがあってさ。溜まってた薬種代を、耳を揃えてどんと。……あの時期、実入りのいい仕事でもあったのかね」
春先。ひとつ。
次は馬車宿の帳場である。領地の別邸へ往診したのなら、駅馬車なり貸し馬車なりに乗ったはずである。帳場の女は顎に指を当てて、首をひねった。
「モーザー先生? 春のあの頃は、領地行きの便にゃ乗ってないよ。ええと……ああ、思い出した。競馬だ。あの週は先生、毎日競馬場さ。ずいぶんお勝ちになったって、御者の間で評判だったもの」
「まあ。お達者ですこと」
診断書の日付の日、書いた当人は王都の競馬場にいた。診たはずの別邸は、駅馬車で丸一日の領地である。ふたつ。
春先の大きな払いが、例の金貨十枚かどうかは、まだ分からない。競馬の勝ち金かもしれず、別の実入りかもしれず、金の線はここからでは繋がらない。繋がったのは、所在である。診たはずの日に、診たはずの場所にいなかった――この裏だけは、確かに取れた。取れた裏をどう使うかは、まだ先の話である。急いて医者の戸を叩けば、口より先に足が逃げる。使いどきまで、胸の帳面に畳んでおく。
人がひとり死んだことになった日に、その死に顔を看取ったはずの医者が、馬券を握って歓声を上げていたのである。裏が取れるのは本来気持ちのいい仕事だろうに、これは、取れるほどに薄ら寒い。歓声の分だけ、あの署名は軽かったのだ。軽い紙一枚で、女がひとり、書類の上から消えたのである。
それにしても、と帰り道に思う。聞き込みというものは、故人に向いている。
誰も、わたくしを覚えないのである。帳場の女も御用聞きも、明日には私の顔を忘れる。名を聞かれても「花市の帳場の者ですの」で済んで、それ以上は誰も踏み込まない。四年、誰にも覚えられずに暮らした身の上が、まさかこんな形で芸になるとは。
夕方、落ち合って報告を聞いた彼が、生真面目に言った。
「聞き込みが、お上手だ」
「故人の聞き込みは、はかどりますのよ。誰もわたくしを覚えませんの」
「……それは」
彼は何か言いかけて、例の一拍をおいて、言い直した。
「わたしは、覚えておりますので。……初日の串焼きの、焦げ具合まで」
「あら。それは、それは」
それきり、二人とも黙って歩いた。秋の夕日は落ちるのが早くて、並んで歩く影が石畳の上に長い。長い影はどちらのものとも分かちがたく、途中でひとつに繋がって見える。言葉にする気は、まだ、お互いにないのである。
◇
同じ頃、伯爵邸の家令部屋で、ヴィンフリートは触れの発送名簿を手にしていた。あの春、別邸を消し忘れた名簿である。竈の火を前に、一度、二度、手が伸びて――止まる。焼いたところで、教会の会葬記録に写しが残る。名簿だけ消えれば、かえって消した者を指す。家令は名簿を抽斗の奥へ戻し、鍵を二度確かめた。近ごろ、井戸の音が、滑車に油を差しても鳴る気がしてならない。
――数日ののち、公証人事務所へ届け物をした帰りである。
事務所の扉の前に、見覚えのある背中があった。外套の肩の落ち方、杖の突き方。四年前の食卓で、スープの冷める間じゅう聞いた声が、扉の中へ届けとばかりに高い。
「――だからだな、わしは亡き姪の育ての親として、遺言とやらをこの目で拝見する権利が」
叔父である。