Magia Chronicle   作:ケルヌンノス錦田

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 オリ主モノです。
 苦手な人は注意してください。
 


白い獣【キュゥべえ】

 

 

「僕はキュゥべえ! 突然だけど、僕と契約して魔法少女になってよ」

「断る」

 

 白い獣との会話は、それで始まった。

 間髪入れずに返した言葉に、キュゥべえと名乗った猫か兎か説明に困る白い生き物は、ぱちりと瞬かせる。

 即答で断られるとは思っていなかったのだろう。

 こっちからすれば、初対面の相手にいきなり「魔法少女になれ」などと言われて頷く奴の方がどうかしている。

 

「うーん。即答されたのは初めてだ。一体、何が不満なんだい?」

「不満っつーかよ……キュゥべえって言ったか? まず、てめぇは何者なんだ」

 

 そもそも動物が喋っていること。魔法少女とは何なのか。聞きたいことは山ほどある。

 だが、まず問うべきはそこだった。

 

「僕は、君の願いを何でも一つだけ叶える。その代わりに、魔法少女になってもらう。そういう契約を結ぶための存在さ」

「聞きてぇのはそういうことじゃねぇんだが……しかし、何でも願いを叶えるたぁ、夢があるじゃねぇか」

「そうだろう? だから君には、ぜひ僕と契約して魔法少女になってほしいんだ」

「断る」

 

 二度目の即答に、キュゥべえはまた小首を傾げた。

 表情に変化はない。けれど、少なくとも困惑しているようには見えた。

 

「……君には素晴らしい素質がある。どうしてかは僕にも分からないけど、これほどの才能に出会ったのは久しぶりだ。僕としては、ぜひ契約したいんだよ」

「そうかい。けどな、契約を取り付けようってんなら、もっと仕事は丁寧にやんな」

 

 じろりと白い獣を睨む。

 

「——俺が女に見えんのかってんだ」

 

―――――――――――――――――――――――

 

 

 見滝原市のとある山の上に位置する広大な純和風の屋敷の一部屋。

 増改築を繰り返したらしいその建物は、実質一人暮らしの俺には不釣り合いなほど広大な敷地を有する。

 そんな屋敷の一室で湯呑みを前足で器用に支えながら茶を啜る白い獣と対面する俺は、訝しげな目でキュゥべえの説明を聞いていた。

 普段ならアポも取らずに勝手に家に入って来た挙句、契約を取り付けようなんて奴は、水ぶっかけて背中に蹴りを入れて追い返すんだが……相手が相手だ。

 一応、話は聞くことにした。

 

「魔女、ねぇ……物の怪の類か?」

 

 キュゥべえの説明を自分なりに解釈するとこうだ。

 祈りから生まれるのが魔法少女というなら、対して呪いから生まれる存在が魔女ってことらしい。

 魔女に目をつけられた人間は『魔女の口づけ』を受け、自殺や事故へと追い込まれるそうだ。

 そして魔法少女は、願いの代償としてその魔女と戦う。

 魔女。結界。口づけ。

 胡乱な単語ばかりだが目の前で喋る獣がいる以上、一笑に付す気にもなれなかった。

 

「そりゃ、見習いとはいえ鍛冶師なんてやってんだから刀振り回すのは性に合ってるがよ……鍛冶師だぞ? 戦場に送ってどうしやがる?」

「心配には及ばないよ。君には素晴らしい素質がある。願いにもよるけど、間違いなく君は強力な魔法少女になれるよ! 少女でもないのに素質がある人間は初めてだけど、長年魔法少女と契約してきた僕が保証してあげる」

「それ以前に契約する気なんざねぇけどな……おい、何で小首を傾げてんだ、ぶっ飛ばすぞ」

 

 心底理解できないといった仕草のキュゥべえだが、理解できないのはこっちなんだと心の中で毒ついた。

 こいつとは話が噛み合わない。

 言葉は問題なく通じる。勿論意味も分かる。

 なのにまるで会話が成立しない。

 まるで外国人との会話って次元じゃない。もしも宇宙人と喋る機会があればこんな感じなのかもしれない。

 ……いや、目の前のこいつは、宇宙人なんかよりも不思議な喋る白い謎の小動物なんだが。

 

「いいか、魔法『少女』なんだろ? だったらお前さんが声をかけるべきなのは男の俺じゃねぇ筈だ。漁師に刀売ってどうすんだって話だ……わかるよな?」

「もちろん。魔法を効果的に扱えるのは、感情の振れ幅が最も大きくなる第二次成長期を目前とした少女達だからね」

「だったら男の俺はお呼びじゃねぇだろ。そら、入り口を間違えたんなら出口はあっちだ」

「何度も言っているけど、君には素質があるんだよ。そもそも、僕の姿は魔法少女の素質がある人にしか見えないにも関わらず、僕とこうして普通に会話ができていること自体が君に素質が備わっている証拠なのさ」

 

 話が通じないのは相変わらずだが、本気で俺を勧誘していることは理解できる。

 俺が拒否し続けても勧誘をやめないのは、それだけ必死ってことだろう。

 

「君は極め付けのイレギュラーだ。僕達も認識を改める必要がある。魔法少女は女の子だけの専売特許じゃなかったみたいだ」

「庭石みたいな一石を投じやがった」

 

 思わず大きなため息を吐く俺に赤い瞳を向け続けるキュゥべえ。

 胡散臭い勧誘ではあるが、俺と契約したいってのは本当なんだろう。

 

「おかしいなぁ。普通の子なら二つ返事なのに。君には何か願い事はないのかい?」

「……せっかくだ、茶請け代わりの話をしようか。俺の願いってのとはちと違うが、俺の一族には当家の復興って悲願がある。そのために『ある目標』を掲げてる」

「何だい、それは?」

「初代の技に到達することだ。」

 

 当家は室町の頃に初代が鍛冶で財を成した家だ。

 多くの武士がこぞって刀を求め、家は栄えた。

 

 ──だが時代は変わった。

 

 廃刀令を境に刀の需要は大きく落ち込み、戦後にはさらに衰退した。

 その上、機械化の波も加わり、刀鍛冶の仕事は年々減っていった。

 このご時世、刀を求める客なんて酔狂な金待ちか危ない筋の連中くらいだ。

 今では刀鍛冶ではなく、小物や金細工で食い繋いでいるが、こちらも芳しくない。

 特にこの見滝原は近年、急速に発展したもので、工場にも最新の機械が導入されている。

 同じ小物なら職人が作るより、機械で大量生産したほうが、速いしコストも低い。

 そんな経緯で当家は徐々に衰退していった。

 そこで一族の連中は、最初に財を成した初代の技に到達し、家の復興を目指した。

 記録に残っている初代の技は数百年経った今でも再現できた者はいないらしく、機械には真似できない至高の領域なんだとか。

 個人的にはそんな大層なもんかね、とか、もっと他にやることがあるだろう、とか子供ながらに思っているが、俺の一族は本気でそれを目指しているそうだ。

 

「だったら話は簡単だ。僕と契約すればその望みは叶えられる。君はその力を備えているんだよ」

「これはただの半人前の意見に過ぎないが、自分の手で鉄を打って、自分で積み上げるから意味があるんだろうが」

 

 湯呑みの底が卓袱台を小さく鳴らした。

 俺は自分の掌を見る。

 槌を打って厚くなった皮膚や無数の切り傷。

 潰れては固まり、また裂けた血豆の跡。

 とても綺麗な手とは呼べないが、そんな自分の手が嫌いじゃなかった。

 

「努力に価値を感じるのは君の感情だろう? 結果として一族を救えないなら、それは自己満足ではないのかい?」

「かもな。だが近道で届く頂なら、誰も血豆なんざ作らねぇよ」

 

 鍛冶というのは、結局のところ積層だ。

 鉄を熱し、打ち、折り返し、また打つ。

 一回の槌で何かが劇的に変わるわけじゃなく、何百回と積み重ねた果てにしか、一本の刀は生まれない。

 楽をして得た力が全て悪いとは言わないが、その力は俺自身を鍛えてはくれない。

 人間というのは不便なもんで、楽をしたいと口では言いながら、案外、自分で苦労したことしか誇れなかったりする。

 その中でも鍛冶師とはとりわけ面倒な生き物だと思う。

 そして多分、俺もその例外じゃない。

 だから俺は、願わない。

 辿り着くまでの道程ごと、俺の人生であり目標だからだ。

 

「理解できないな。結果が同じなら、過程を省いた方が効率的じゃないか」

「そう思ってるうちは、俺との契約は取れねぇよ。やべ、そろそろ学校行かなきゃな」

 

 時刻は午前六時半。

 障子越しの朝日が畳の目を白く照らしていた。山の上にある我が家は無駄に朝が早い。

 見滝原の街並みも、まだ完全には目を覚ましていない時間帯だ。

 俺は鞄を引っ掴み、部屋を後にする。

 振り返るとキュゥべえの姿はなく、契約を諦めて帰ったのだろう。

 勝手に現れて、勝手に消えたことに言いたいことはあるが、もう過ぎたことだ。

 二度と会うことはないだろうが、一応、あの不思議な生き物のことは覚えておくか。

 

 ―――――――――――――――――――――――

 

 ……そう、思ってたんだがな。

 

「……嘘だろ。てめぇ学校にまで付き纏うつもりかよ」

 

 俺の肩に乗っているキュゥべえにげんなりとした視線を向ける。

 まさか、鞄の中に潜んでやがったとはな……。

 

「その熱意は嫌いじゃねぇがな。商談ってのは引き際が大事だ。あんまりしつこいと嫌われるぜ」

「僕としてはそうも言ってられないんだ。魔女の脅威は日常に潜んでいるからね。君を失うことは重大な損失なんだ」

「何度言われようが契約する気はねぇぞ? 俺に構ってないで他にお前さんを必要としている奴の元に行ってやんな」

「君程の素質を持つ子は今のところ見つからない。だからこそ、君には是非契約して欲しいんだ」

 

 相変わらず話の通じないキュゥべえに思わずため息を吐く。

 頑固者は嫌いじゃねぇけど、話を聞かない奴は苦手だ。

 肩から払い落としてやろうかと、本気で悩んでいると、校門が見えて来た。

 

「もうすぐ学校に着いちまうぞ。俺に付き纏うのは結構だけどよ、見つかったら保健所に送られちまっても助けてやんねぇぞ?」

「大丈夫さ。僕は素質のある子にしか見えないからね。それから……」

 

 急に黙り込んだキュゥべえを不審に思っていると、頭の中に声が響く。

 

『学校の中ではテレパシーを使おう。これなら問題無く会話できるよ』

『マジかよ。お前さん、こんなこと出来んのか』

『これも魔法の一部さ。今は僕が仲介しているけど、魔法少女になれば自在に扱えるよ』

『へぇ、便利なもんだな。けど、何度も言うが俺は契約する気はねぇぞ。叶えて欲しい願いなんざ持ち合わせてないんでな』

『全く理解不能だ。一生辿り着けないかもしれない境地に辿り着く方法があるのに、それを拒み続けるなんてどうかしてるよ』

 

 俺の肩の上で心底呆れたようにキュゥべえが肩を竦める。

 よし、払い落とそうと心に決めた時――背後から鈴を転がしたような声だった。

 

「──キュゥべえ?」

 

 振り返った先で、朝日に透けた金髪が風に揺れる。

 美人だった。

 いや、美人なんて言葉じゃ足りない。

 制服の上からでも分かる凛とした立ち姿は、どこか現実離れして見えた。

 まるで舞台の上から抜け出してきたみたいに、その少女だけが周囲から浮いていた。

 

「キュゥべえ……? そこで何をしてるの?」

「やあ、マミ。僕はこの少年に魔法少女になって欲しいってお願いしてるんだ」

「お願いっつーか、完全に押し売りだがな。お嬢さん、飼い主なら躾けといてくれ」

 

 キュゥべえの首根っこを掴み上げ、マミと呼ばれた少女に引き渡すと、キュゥべえは彼女の腕の中で大人しくなり、彼女もまた、大切そうにキュゥべえを抱えている。

 キュゥべえと親しそうなところを見るに、このお嬢さんは魔法少女なのかねぇ。

 

「あなた……キュゥべえが見えてるの?」

「ん? まぁな。理由は聞いてくれんなよ。俺もキュゥべえもわかんねぇんだから」

「あぁ、こんなことは初めてだよ。彼の素質はマミに勝らずとも劣らない。彼はきっと強力な魔法少女になるだろうね」

「だからならねぇって言ってんだろ。何だお前、営業成績でも掛かってんのか」

「僕達に営業成績なんて概念は存在しないよ」

 

 なら純粋に迷惑なだけじゃねぇか!

 一切諦めることをしないキュゥべえを半目で睨みつけていると、マミと呼ばれたお嬢さんが何か考えるように顎に指を添える。

 そして、考えがまとまったように顔を上げると、俺を見つめて口を開く。

 

「私は巴マミ。三年生よ」

「先輩だったのか……こほん、失礼しました。じゃあ改めまして」

 

 お嬢さん――改め巴先輩に向き直り、背筋を伸ばす。

 よく見たらかなり大人びた方だった……具体的にどこがとは言わないが。

 これ以上の無礼を重ねないように気を使いながら、名を名乗る。

 

「一年──千子村正(せんごむらまさ)っていいます」

 

 

 




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