性懲りもなく流血描写がございます。
「千子! 貴様一体何を隠してる⁉︎」
「……藪から棒になんだってんだ? 何も隠してねぇよ」
「嘘だッッ‼︎」
放課後、俺は校門付近にて徳川に問い詰められていた。
鼻先が付触れそうなほど接近する徳川の顔面を掴み遠ざける。
「声がでけぇ、あと顔が近いんだよ。鬱陶しいな」
「では、最近付き合いが悪いのは何だ⁉︎ 貴様に我以外の友達などいないはずだ!」
「ぶっ飛ばすぞ」
実際に友達はいないが、自分で言うのはよくても人に言われると腹が立つことってあると思う。
すると、徳川はぎらりとした眼光を放ちながら俺を睨みつける。
「もしや……マミ嬢か?」
「………………………………ナンノコトカナ?」
「やっぱりか! この馬鹿金槌が!」
こいつ、意外と鋭い!
学校では特に変わった様子など見せなかったはずだ。
確かに昼休みとか巴先輩と昼食を食べるようになったため、徳川と一緒に食わなくなったり、魔女退治のため放課後のゲーセンとかに付き合えなくなったが、たったそれだけで怪しまれるもんなのか?
「貴様! マミ嬢とデートするつもりだな? 羨ま……けしからん! 男の友情など、恋愛の前では紙屑だと言うのか⁉︎ というか我を差し置いてお前がリア充とか嫌すぎるわ!」
「……違ぇよ馬鹿が。あと、巴先輩とはそんなじゃないから。巴先輩に失礼だから」
何だ……ただの阿呆か。心配して損した。
俺が巴先輩とデートだって? あり得ないだろ。
それはもう、校庭の砂利が宝石店に並ぶくらいあり得ない。
比較対象にされた宝石店にも失礼だし、何なら砂利にも失礼だ。
少なくとも俺が考えていい話じゃない。
「じゃあ、何だ! マミ嬢でないなら貴様に我以上の用事などないだろう?」
「それはだな……」
「あ、千子くんだ」
声のした方を見ると、鹿目先輩がトコトコ歩いて来た。
後ろには美樹がいるが、どこか浮かれた表情だ。
その手には紙袋が握られており、おそらく上条先輩のお見舞いに行くのだろう。
「千子……その方は……?」
「鹿目先輩と美樹先輩。最近、お世話になってる先輩方だよ」
「こんにちは。千子くんのお友達?」
なんか既視感があるなぁ……。
怒られそうだけど小柄な鹿目先輩と少々小太り……恰幅のいい徳川が並ぶと何故か犯罪臭がするんだよな。
そういえば徳川が静かだ。どうしたんだろ。
「千子の奴に……女友達? こいつだけは、同類だと……」
「徳川?」
「はは、そうだ……これは、悪質なドッキリ……こいつがリア充なワケ……」
失礼なことを言いながら、ふらふらとした足取りでどこかへと消えた徳川。
なんだったんだよ、あの野郎。
「個性的なお友達だね」
「インパクトが強いのは認めますが、あれを個性的で済ませるあたりさすがです」
にこにこと笑う鹿目先輩だが、俺や徳川みたいな体格の良い異性って怖くないのだろうか?
鹿目先輩は百五十センチあるかどうかも怪しいくらい小柄だ。
なのに俺や徳川を見ても怯えた様子がない。
普通なら少しくらい警戒するだろう。
中学生男子二人。片方は無駄にでかく、もう片方は傷だらけ。
客観的に見れば不審者の完成形である。いや、完成しちゃうのかよ。
「そうだ、今からお見舞いに行くんだけど、千子くんもどうかな?」
「遠慮します。美樹の邪魔になるでしょう?」
「そっか……じゃあ、また明日ね」
「はい、気をつけてくださいね……さて、と」
今日も今日とて魔女退治である。
中学生の放課後としてはだいぶ間違っている気がするが、今さら修正が効く段階でもなかった。
――――――――――――――――――――――
「トドメ――オラァッ!」
蹴撃で魔女の首を刎ねて、敵がグリーフシードに変わったのを見て、変身を解く。
いつも通りの、何度も繰り返した作業。
しかし、それにしても……。
「多すぎんだろ……厄日か?」
今日だけで魔女二体に使い魔八体をあの世に送った。
ソウルジェムを見ると半分ほど濁っており、ちょうどグリーフシードが落ちているので使用する。
久しぶりに使ったが、やはり俺は魔力を結界や回復以外にはあまり使わないのか、あまり濁らない。
巴先輩に弟子入りした頃が、もう遠い出来事に感じられるが、まだ一ヶ月くらいなんだな。
グリーフシードを使用し、ソウルジェムを浄化する。
このグリーフシードはもう使えないな……魔女が孵化する前に回収してもらおう。
しかし……これが魔女の卵ってことはあいつら卵生なのか?
そもそも日頃無造作に屠っている魔女とは何か。
こんな化け物が自然発生したとは思えないが……一体どこから来たのか。
「キュゥべえー! 回収頼んだ!」
俺は空に向かってキュゥべえを呼ぶ。
あいつは呼べばすぐにどこからか現れる。
たまに呼んでなくても現れるのだが……どこで待機してるんだろう?
「来ないな……まずい、このままじゃ孵化する」
どんどん黒い霧を立ち上らせるグリーフシードを片手に、キュゥべえを呼び続けるが、一向に現れない。
どうでもいい時には現れるのに、この状況で現れないのはどうなんだ。
「おーい、キュゥべえ! そろそろまずいんだが! かたかた震え出したぞ! 大丈夫なのか?」
何度呼んでも、一向に現れる気配のないキュゥべえ。
そしてついに――!
「アァーーーッ!」
限界突破したグリーフシードから魔女が孵る。
本日三度目の魔女退治だクソが!
――――――――――――――――――――――――
「……ふぅ、流石に手の内が知れた相手だと大したことなかったな」
魔女を倒し、目の前にはグリーフシードが転がっている。
攻撃パターンや強さなどに変化はなかったため、一方的に殴って終わった。
だが……収穫あり、だ。
「グリーフシードは孵化させればリサイクルが可能なのか」
倒した魔女のグリーフシードを拾い上げる。
手の内の知れた魔女なら比較的安全に倒せる上に、グリーフシードを使い回せる……これは、大発見ではなかろうか。
なんで誰もやらなかったんだろ?
「それはさておき……キュゥべえの野郎が来なかったのが気になるな。別にあいつが心配とかじゃないが」
むしろ、あんまり会いたくない。
リサイクル可能だと分かった今、本当に呼ぶ理由がなくなった。
「──! 魔女の気配! これは、病院の方からか……!」
そして、今日は美樹達がお見舞いに行っていたことを思い出す。
胸を焼く焦燥のままに変身すると、そのまま駆け出して、地面を蹴りつけた。
空中に躍り出ると、間もなく、重力に引かれ見滝原市の街並みへ落ちていく。
「——見つけた」
視界に見滝原市立病院——そこに潜む魔女を捉える。
重力に逆らうべく、空中に結界を作りだすと、その障壁を蹴り砕きながら、空を駆け抜ける。
ビルより高く、雲より低く。
弾丸のように宙を移動し、数秒で病院に降り立つと——
「あった――魔女の結界……と、何してんの? 蓑虫?」
「……よりによって、あなたに見つかるとは……」
魔女の結界の入り口付近で蓑虫のように吊るされている暁美を見て、ドン引きしていると、アケミノムシも心底嫌そうな顔で俺を見る。
「このリボン……巴先輩だな。もしかして喧嘩でも売って返り討ちに遭ったのか?」
「……よければこのリボンを斬ってくれないかしら。あなたを殴りに行くから」
「お前さんに踏んで欲しいって言ってる奴はいたぞ。よければ呼んで来ようか?」
「結構よ……待ちなさい、今なんて言ったの?」
結界の内部からは胸焼けしそうな程の甘い匂いがする。
多分、『お菓子の魔女』とかそんなところか。
杏子でも呼んでくればよかったかな……そういえばあの人、あれからちゃんと食べてるのかな? また主食がお菓子に戻ってないよな。
「さて……巴先輩は先に進んだのか?」
「ええ、進んでしまったわ」
「しまった……? 何かまずいことでもあるのか?」
「まずいなんてものじゃない。巴マミは今日、命を落とすわ」
「……笑えない冗談だな。あの人が負ける訳ないだろ」
自分でも驚くくらい低い声が出た。
そんな俺をせせら笑うように、暁美は言う。
「残念ながら手遅れ。ここの魔女は今までの魔女とは訳が違うの」
「……そうか、ありがとう。このリボンを見る限り、生きてるんだろ?――なら!」
血啜を召喚し魔力を込める。
血液操作の用途は攻撃だけじゃない。
自身の体内の血液を操作することで、体温・脈拍・血中成分を活性化させ、身体能力を爆発的に向上させるドーピング技。
常人ならば心臓が破裂しかねない血圧の強化、魔法少女ならではの超耐久力により暴発を抑える。
「——ハァッッ‼︎」
魔女の結界の内部を驀進する。
超速。更に上げる。走れば走るほど加速する。
暴走する車両がごとく、障害物を破壊しながらひた走る。
動体視力が追いつかず、壁を破り、破片が突き刺さる。
無理な加速で筋肉も断裂するが、魔法で癒して無理矢理加速する。
途中で進路上に立ち塞がった使い魔達を轢き殺しながら、まっすぐに結界の最奥を目指す。
「——見え……たッ!」
限界を超えた加速で自壊した体を癒しながら、結界の最奥の扉を蹴り飛ばす。
「ティロ・フィナーーーーーレっ!!!」
鼓膜を揺るがす爆音。
それに負けないぐらい大きな声で巴先輩は絶叫した。
魔女の部屋で、まず視界に入ったのは、必殺技を放った巴先輩と巨大なドーナツに隠れている鹿目先輩達。
魔法のリボンで完全に動きを封じた相手に、巨大な大砲の一発が命中。
巴先輩の必勝パターン。これで勝負ありだ。
――なら、暁美の表情の理由は何だ?
暁美は未来を知っている可能性が高い。
そんな彼女が諦めたように言った理由は――?
緩みかけていた緊張の糸を再度張り巡らせ、神経を尖らせる。
強化された視力が、次第に晴れていく黒煙の切れ目から、魔女の姿を捉えることができた。
腹部には風穴が開き、必殺の一撃が確かに命中したことが確認できる。
それに、リボンによって拘束されたままだ。
この状態ならば反撃の心配もいらないはずだ。
――はずだった。
ぬいぐるみの口から、『影』が這い出てくる。
吐き出されるようにぐんぐんと伸びていく黒い影。
大蛇のように長く、太い胴体に、道化師のような白い顔。
カラフルな目と、大きな口。
巴先輩の頭を目掛け急降下する、大きな口。
血啜の力を最大限に発揮し、解き放たれた弾丸の如きスピードで駆ける。
急な加速に身体が耐えきれず、足は千切れ、内臓がいくつか破裂する。
たったそれだけの代償を支払って、巴先輩に向かって身体を捻りながら、限界まで右手を伸ばし、ほんの僅かでも距離を稼ぐ。
「――ッッ‼︎ っうぉおおおおおおおッッ‼︎」
間に合え。
それ以外の言葉が、頭の中から消えていた。
痛みも、恐怖も、後先も、全部まとめて置き去りにする。
今ここで届かなければ、俺はまた失う。
爺さんの時みたいに。
手を伸ばしたのに、何も掴めなかったあの日みたいに。
だから、伸ばせ。
千切れてもいい。壊れてもいい。
今度こそ、届かせろ。
こんな時だというのに、巴先輩の言葉が蘇る。
――あら、その隙は千子君がカバーしてくれるんでしょ?
「そりゃ……もちろん!」
そして――俺の掌が巴先輩に届いた!
やけに柔らかい感触を感じると同時に巴先輩を突き飛ばす。
……どこに触れたかは、後で全力で謝ろう。
「きゃあああああああああああああぁぁぁ!!」
巴先輩が、悲鳴をあげて吹っ飛んでいく。
加減も出来ず、勢いよく突き飛ばしてしまったが――巨大なケーキがクッションとなり巴先輩を受け止めてくれた。
――しかし、まいったな…………。
肩口から噴水のように血が飛び散っていた。
喉の先まで出掛った、叫びたくなる衝動を無理矢理押し留め、荒くなる呼吸を整える。
巴先輩を突き飛ばした腕が食いちぎられ——啜ごと右腕を失った。
「千子くん!」
鹿目先輩の悲痛な声が響く。
「あんた大丈夫なの⁉︎」
ソウルジェムが本体じゃなかったら、たぶん何度か死んでいる。
もっとも、その感想を抱ける時点で死んでいないのだから、人間案外どうにかなるものだ。
どうにもなっていない気もする……無茶し過ぎたのか、頭はぼやーっとしているし、身体が燃えるように熱い。
体が今にも燃え上がりそうだ。
反動であちこちがだるくて一歩踏み出すだけで倒れそうだ。
眼球から水分が飛んでいるのか、魔女の姿もまともに見えやしない。
次に倒れたら、もう二度と目を開けないかもしれねぇな。
――まぁ、つまり何だ。
「心配すんな――ベストコンディションだ」
祖父と同じ名の刀を抜く。
――力を貸してくれ、爺さん。
巴先輩の砲弾で倒せないなら、峰打ちなんて言ってられない。
俺の持ち得る最強の手札を切る。
ある記憶が蘇る。
そう、初めて魔女と出会った日の記憶だ。
あの日、俺は――大切な家族を奪われた。
その記憶は今も瞼の裏に焼きついて離れない。
そして――今は。
喰い千切られた腕の傷口に触れる。
「……巴先輩はすごいな。こんな戦いをずっと一人で頑張ってきたんだ」
巴先輩が傷つく。
その事実だけで、頭のどこかが静かに切れた。
怒りというより、もっと質の悪いドス黒い何かだ。
一度失ったものは戻らない。
そんな当たり前のことを、俺は嫌というほど知っている。
だから。今回だけは、間違えたくなかった。
「そうだ……俺の先生はすごい人なんだ」
俺に道を示してくれた――もう一人の憧憬。
化け物と戦う魔法少女の宿命。
――それを背負わされた優しい先輩。
誰にも頼れず、孤独に戦い続けた女の子。
怖かっただろう。泣きたいこともあっただろう。それでも人々を助け続けた魔法少女。
その苦しみは俺には分からない。
わかるはずがない。わかった気になるのは傲慢だ。
「……それを、オマエは……オマエは──」
憧れは憎悪になって。敵意は殺意になって。
俺の喉は、魔女への呪いを吐き出す。
もはや理由なんてどうでもよかった。
ただ、彼女の命を脅かした目の前の化け物の存在が許せなかった。
「——ズタズタにしてやる」
矜持や倫理、人間性さえも——全てを燃やすような赤黒い炎が俺の心を燃やす。
魔女の瞳に反射して映るその目には――迷いなどどこにもなかった。
次回、村正がボロボロにされます。