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『アアアアアアアアアアアアアアアアアッッ!!』
「くっっ!?」
頭から突っ込んでくる『お菓子の魔女』を、大きく回避する。
蛇のような長軀によって削り取られた床のケーキやクリームの塊が破片となって飛び散り、荒ぶる波を起こして、それをもろに被ってしまう。
頭からクリーム塗れになる俺は、それでも視界の奥で蠢く魔女から目が外せない。
「今までの魔女とは強さの桁が違い過ぎる……!」
隻腕に大量出血、さらにいくつか内臓が破裂し、加速に耐えられなかった足の筋肉は断裂している。
回復魔法による治療が追いつかず、直立すら難しい。
そんな自身の損傷具合を鑑みても、目の前の魔女は強敵だった。
迎撃するべく、片手で刀を頭上に構える。
迫り来る魔女に最速の一撃を加えるために、神経を集中させていると、魔女は咆哮を上げ、一気に宙へ飛びあがった。
「なっ——!」
高さ十メートル以上の頭上で大蛇がアーチを描く。
宙を泳ぐ長軀。魔女のものといえどその圧倒的な光景に目が奪われ、走馬灯のごとく時の流れさえ緩慢になり——しかし、脳裏では本能が凄まじい警告が鳴り響いていた。
ゆっくりと、脅威の質量を持つ巨軀が重力に引かれ、大口を空けて落ちてくる。
「避けて、千子くん!」
鹿目先輩の必死の叫び声に背中を突き飛ばされながら、全力の回避を行う。
「──ッッ!! めちゃくちゃしやがる……⁉︎」
結界全体を轟然と震わして、『お菓子の魔女』は俺が一秒前まで立っていた地面を木っ端微塵に粉砕した。
衝撃に吹き飛ばされ、転がる反動を利用して素早く立ち上がり、何とか体勢を立て直す。
「いい加減に……しやがれッ‼︎」
一閃。
魔女に肉薄し、妖刀で魔女の首を斬り落とす。
同時に自分の首からも鮮血が飛び散るが、回復魔法で急速に修復する。
頭を失って活動を続けられる生物はいない。
勝った──そう俺達が信じ込もうとした、その直後。
白い顔が、首の断面から発生した。
「⁉︎」
首から新しい身体が生えてきた——その現実に一瞬、呆けた。
戦慄と絶望に抱き竦められる鹿目先輩達の視線の先で、目玉が、ぎょろぎょろと蠢いた。
(そうか——こいつの能力は……!)
一度目は、巴先輩の砲撃の時。
この魔女は胴体に風穴を開けられたにも関わらず、生きていた。
この魔女は脱皮をするようにして怪我を修復できるのだ。
ならば——どうやって倒す?
その問いに、ある方法を思いつく。
「…………仕方ない、やるしかないか」
背後から巨大な口腔を覗かせ突き進む魔女。
それに向かって『走り出す』。
次の瞬間、魔女の口に呑み込まれた。
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千子村正が喰われた。
結界で繰り広げられていた壮絶な戦闘は、それで幕を閉じた。
「あ……ああ……ああああああああああ……!」
「うそ……でしょ……ねぇ……?」
魔女の結界に残されたまどかとさやかは、目の前の光景に、膝から崩れ落ちた。
村正は魔女の口の中に消え、突き飛ばされたマミは目を覚さない。
つまり、ここに戦力はいない。
「二人とも——すぐに契約を」
いつになく焦ったような口調で契約を迫るキュゥべえ。
しかし、目の前で起きた惨劇の後では、戦う気力など根本からへし折られていた。
「願いごとを決めるんだ、早く!」
「——その必要はないわ」
キュゥべえの声が結界に響いた、その時——少女の声が、まどか達の耳に届く。
「ほむらちゃん……?」
「巴マミは——生きてるわね。千子村正はどうしたの?」
自身を拘束していたリボンが消えた時、彼女は『最悪』のパターンを想像したが、ケーキの壁に埋もれ、腰を抜かして、呆然としているマミを見て、『最悪』の状況は回避したことを悟る。
ならば、千子村正は間に合ったのだろう、と結論付けるが、肝心の姿が見えないことを訝しんだ。
「あいつは……」
さやかが大粒の涙を流しながら、魔女を指差す。
それだけで事情を察したほむらは、一言「わかった」とだけ呟くと盾を構える。
「あいつは私が排除するわ」
しかし、そこではじめて違和感を覚えた。
魔女の様子がおかしい。
白い顔を青くし、苦しそうな表情でのたうち回っている。
そして、魔女の長軀の側面から『刀』が生えた。
「ま……まさか、あり得ない!」
ほむらは無表情から一転、動揺しきっていた。
まどかとさやかは、そんな彼女の姿を見て、何やら尋常ではない事態が起きているのだと感じ取った。
肉を断つおぞましい音を奏でながら徐々に下へ、下へ、下へ、表皮を縦断した。 刃で引かれた縦一線の傷。
直後、内側から現れた手がその傷口を摑み、左右へ思い切り、引き裂く。
「うおぉおおおおおおおッッ‼︎」
魔女の腹を突き破って少年が現れる。
村正の全身は溶けていた。肌を始め、装備も溶解し、その腹から上を露出させている。
呑み込まれた魔女の胃袋の中で、強烈な毒の酸が村正を焼き溶かしたのだ。
外気に触れ、全身を埋めつくす。
無事なのは『二振り』の武器のみ。
「——腹の中で、やっと回収できた」
それは、右腕とともに失った、妖刀の一振りである血啜を魔女に振り下ろして、肉を裂いた。
刀身に付着した魔女の血が赤黒く脈動する。
妖刀が歓喜している。
吸い上げた呪いを魔力へと変換し、肉体を無理やり癒し、動かす。
「おぉおおおおおおおおおおッッ!」
二振りの妖刀を狂ったように魔女に振り下ろす。
斬る、反動で斬られる、魔法で癒す、魔女の血を魔力に変換して、また斬る。
「勝負しようぜ——どっちが先にミンチになるか!」
村正の攻撃はさらに激しさを増していく。
再生するのなら、それを上回る速度で破壊する——それが少年の選んだ最適解だった。
村正の意識は、極度のトランス状態に陥っていた。
思考はもはや「斬る」「癒す」の二つに絞られ、己が人間であることすら忘れたかのように、我が身も刻まれながら、ひたすら刃を振るう。
狂ったように魔女を切り刻む少年に、ほむらの背が震える。
(イカれてる……!)
恐怖ではなく、理解不能なものを見た者の反応だった。
まさか、こんな方法で魔女の再生能力を突破するとは思わなかったのだ。
(この男なら、ひょっとしたら……)
あの災厄の魔女に届くのかもしれないと、ほんの少し——けれど希望の灯がほむらの胸に宿ったのがわかった。
どれほどの時が経ったのか——
ついに力尽きた魔女はぐったりと倒れ、少年の刀の振り下ろしとともに爆散、その身をグリーフシードに変えた。
カラン、と音を立てたのは半ばから折れた禍々しい刀。
どうやら魔女を撃破し、その役目を終えたようだ。
何はともあれ――巴マミも千子村正も欠けることなく、戦闘が終わった。
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魔女の結界が崩れ、徐々に現実の空気に変わる。
戦いの熱は消え、代わりに重い沈黙がその場を支配する。
「巴……先輩は……?」
流石に無茶し過ぎたのか、体の中がぐちゃぐちゃで、水分が飛んだのか視力が戻らない。
視界はまだ霞んでいる。なら、頼れるのは他の感覚だけだ。
ふらふらと歩き、立ち止まる。
「千子君……」
「巴……先輩……? 巴先輩!」
「――え? きゃあ!」
気配を感じ、その声を聞いた時――俺はもう、駄目だった。
身体から制御を失ったかのように、巴先輩に思い切り抱きついた。
「ち、ちょっと! 村正君⁉︎」
戸惑う巴先輩の声を聞く。
体温を感じ、心臓の鼓動が伝わって、俺の瞳が熱を帯びる。
「あり……がとう……!」
言葉が止めどなく出てくる。
どうしようもなく、涙が溢れてしょうがない。
きっと、この後俺はとても怒られるだろう。
でも、今はこの人が離れてしまわないように抱きしめる。
「ありがとう……助かってくれて……ありがとう……!」
温かかった。
生きている人間の体温だった。
それだけで十分だった。
ああ、多分。
俺はずっと、これを確かめたかったのだと思う。
巴先輩は戸惑いながら、俺の背中に手を回して、背中を摩ってくれた。
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しばらくして、魔女の結界が完全に崩れていった。
脅威が去ったというのに、重苦しい空気がその場を支配していた。
回復してきた視力で、辺りを見る。
鹿目先輩はへたり込んでいて、美樹は怒りの表情で何かを言おうとして、でも言葉にならないのか歯痒そうだ。
今日の俺のやったことは認められていい行動ではない。
承認や称賛ではなく、糾弾されるべきであり、弾劾されるべきだ。
結局――どこまで行っても、千子村正にはこんな事しかできない。
自らを傷付け、怪物を殺す。
何だか、まるで――俺自身が『刀』になったようだった。
「千子君……」
名を呼んだ声は重々しい。
「……まずは助けてくれてありがとう。でも、言ったわよね? 無茶しないでって」
「ごめんなさい……俺、巴先輩がやられそうになったのを見て、ブチギレてしまって……反省してます」
それから俺が落ち着くまで数分を要し、頭を地面に擦らんばかりに頭を下げ、巴先輩達に詫びる。
これで無茶は三回目――そろそろ愛想を尽かされそうだ。
病院で再び正座で叱られている俺は、そんな言い訳のような事を口にしたが、言葉に詰まる。
いや、ほんと……ご心配おかけしました。
「でも……巴先輩が無事でよかった」
「あなたのおかげでみんな生きてるわ。あなたの力がなければこの結果はなかった」
そこで言葉を切る。
その間は、準備のためのものだったのだろう。
巴先輩のためではなく、俺のための
「でもね、素直に褒める気にはなれない」
すっと巴先輩の手が俺の頰に伸びる。
目を逸らすことを許さず、優しく添えられた。
「村正君……助けてくれたことは嬉しいけれど、誰かを助けるために、自分を蔑ろにしていい理由にはならないわ」
出来の悪い生徒を叱るように言う巴先輩の大きな瞳には、大粒の涙が浮かんでいる。
巴先輩の涙を見た瞬間、胸の奥が冷えた。
怒られることより、失望されることより、その涙の方がずっと怖かった。
俺は誰かを助けたつもりだった。
けれど、そのために誰かを泣かせている。
それがどうしようもなく情けなくて、俺は何も言い返せなかった。
「……別に。傷つくってほどのことでも……」
「……たとえ、村正君が怪我に慣れているのだとしてもよ。君が傷つくことを、痛ましく思う人間がいることを忘れないで」
肩をとんと叩かれる。
「お説教はこのくらいで終わりにしましょう」
「はい……」
差し伸べられた手を取り、立ち上がる。
流石に……今日は疲れたな。
今日だけで魔女四体……ブラック企業も真っ青だぜ。
「千子村正」
「あ、暁美……お前さんにも礼を言わせてもらう。忠告されなきゃ間に合わなかった。ありがとう」
「別に……礼を言われる筋合いはないわ」
いつからいたのかわからないが、暁美のおかげで助かった部分もあるので、礼を言う。
すると、暁美は髪をかきあげながら言う。
暁美は、俺を見る目をほんの僅かだけ変えていた。
警戒は消えていない。敵意も、疑念も、まだそこにある。
けれど、完全な無関心ではなくなった。
それは信頼には程遠く、仲間意識などとは到底呼べない。
それでも、凍りついた湖面に小さなひびが入ったような、そんな変化だった。
「私からは謝罪を。ごめんなさい暁美さん。あなたの忠告をちゃんと聞いておくべきだった」
「……過ぎたことよ。まどかさえ無事なら他はどうでもいいの」
顔を逸らして無愛想に言う暁美を指指して、美樹と顔を見合わせる。
「あ、暁美のヤツ照れてるぜ。あれがツンデレってやつか」
「あの転校生……どんだけキャラを盛るんだ? 萌えか、そこが萌えなのか!」
「うるさいのよ。そこの馬鹿二人」
俺と美樹の二人に冷たい眼差しを送る暁美。
すると……美樹は何かを思い出したかのような顔をする。
「そういえば村正……一つだけ訊かせて貰っていい?」
「あん? 何だよ……改まって」
「これだけはどうしても知っておきたくてさ……」
急に真剣な顔付きになって、美樹は言う。
「答える答えないの判断は後でするとして、取り敢えず言ってみてくれ……訊きたいことって何だ?」
「それはね」
「それは……」
一呼吸置いて、じっくり間を空ける。
そのただならぬ気配に、俺は思わず息を呑む。
そして、美樹は言う。
「マミさんのおっぱいの感触はいかがでしたか?」
魔女の大口から巴先輩を突き飛ばした際——魂に刻んだ柔らかな感触が蘇ってくる。
周りを見渡して見る。
すると、鹿目先輩は顔を紅潮させて、美樹はニヤニヤとこちらの言葉を待っており、暁美に関しては、養豚場の豚を見るかのようだ。
そして、被害者である巴先輩は、顔を真っ赤にして胸を隠しており。
俺は——黙って、土下座した。