Magia Chronicle   作:ケルヌンノス錦田

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11話です。
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決着【ズタボロ】

 

『アアアアアアアアアアアアアアアアアッッ!!』

「くっっ!?」

 

 頭から突っ込んでくる『お菓子の魔女』を、大きく回避する。

 蛇のような長軀によって削り取られた床のケーキやクリームの塊が破片となって飛び散り、荒ぶる波を起こして、それをもろに被ってしまう。

 頭からクリーム塗れになる俺は、それでも視界の奥で蠢く魔女から目が外せない。

 

「今までの魔女とは強さの桁が違い過ぎる……!」

 

 隻腕に大量出血、さらにいくつか内臓が破裂し、加速に耐えられなかった足の筋肉は断裂している。

 回復魔法による治療が追いつかず、直立すら難しい。

 そんな自身の損傷具合を鑑みても、目の前の魔女は強敵だった。

 迎撃するべく、片手で刀を頭上に構える。

 迫り来る魔女に最速の一撃を加えるために、神経を集中させていると、魔女は咆哮を上げ、一気に宙へ飛びあがった。

 

「なっ——!」

 

 高さ十メートル以上の頭上で大蛇がアーチを描く。

 宙を泳ぐ長軀。魔女のものといえどその圧倒的な光景に目が奪われ、走馬灯のごとく時の流れさえ緩慢になり——しかし、脳裏では本能が凄まじい警告が鳴り響いていた。

 ゆっくりと、脅威の質量を持つ巨軀が重力に引かれ、大口を空けて落ちてくる。

 

「避けて、千子くん!」

 

 鹿目先輩の必死の叫び声に背中を突き飛ばされながら、全力の回避を行う。

 

「──ッッ!! めちゃくちゃしやがる……⁉︎」

 

 結界全体を轟然と震わして、『お菓子の魔女』は俺が一秒前まで立っていた地面を木っ端微塵に粉砕した。

 衝撃に吹き飛ばされ、転がる反動を利用して素早く立ち上がり、何とか体勢を立て直す。

 

「いい加減に……しやがれッ‼︎」

 

 一閃。

 魔女に肉薄し、妖刀で魔女の首を斬り落とす。

 同時に自分の首からも鮮血が飛び散るが、回復魔法で急速に修復する。

 頭を失って活動を続けられる生物はいない。

 勝った──そう俺達が信じ込もうとした、その直後。

 白い顔が、首の断面から発生した。

 

「⁉︎」

 

 首から新しい身体が生えてきた——その現実に一瞬、呆けた。

 戦慄と絶望に抱き竦められる鹿目先輩達の視線の先で、目玉が、ぎょろぎょろと蠢いた。

 

(そうか——こいつの能力は……!)

 

 一度目は、巴先輩の砲撃の時。

 この魔女は胴体に風穴を開けられたにも関わらず、生きていた。

 この魔女は脱皮をするようにして怪我を修復できるのだ。

 ならば——どうやって倒す?

 その問いに、ある方法を思いつく。

 

「…………仕方ない、やるしかないか」

 

 背後から巨大な口腔を覗かせ突き進む魔女。

 それに向かって『走り出す』。

 次の瞬間、魔女の口に呑み込まれた。

 

 ————————————————————————

 

 千子村正が喰われた。

 結界で繰り広げられていた壮絶な戦闘は、それで幕を閉じた。

 

「あ……ああ……ああああああああああ……!」

「うそ……でしょ……ねぇ……?」

 

 魔女の結界に残されたまどかとさやかは、目の前の光景に、膝から崩れ落ちた。

 村正は魔女の口の中に消え、突き飛ばされたマミは目を覚さない。

 つまり、ここに戦力はいない。

 

「二人とも——すぐに契約を」

 

 いつになく焦ったような口調で契約を迫るキュゥべえ。

 しかし、目の前で起きた惨劇の後では、戦う気力など根本からへし折られていた。

 

「願いごとを決めるんだ、早く!」

「——その必要はないわ」

 

 キュゥべえの声が結界に響いた、その時——少女の声が、まどか達の耳に届く。

 

「ほむらちゃん……?」

「巴マミは——生きてるわね。千子村正はどうしたの?」

 

 自身を拘束していたリボンが消えた時、彼女は『最悪』のパターンを想像したが、ケーキの壁に埋もれ、腰を抜かして、呆然としているマミを見て、『最悪』の状況は回避したことを悟る。

 ならば、千子村正は間に合ったのだろう、と結論付けるが、肝心の姿が見えないことを訝しんだ。

 

「あいつは……」

 

 さやかが大粒の涙を流しながら、魔女を指差す。

 それだけで事情を察したほむらは、一言「わかった」とだけ呟くと盾を構える。

 

「あいつは私が排除するわ」

 

 しかし、そこではじめて違和感を覚えた。

 魔女の様子がおかしい。

 白い顔を青くし、苦しそうな表情でのたうち回っている。

 そして、魔女の長軀の側面から『刀』が生えた。

 

「ま……まさか、あり得ない!」

 

 ほむらは無表情から一転、動揺しきっていた。

 まどかとさやかは、そんな彼女の姿を見て、何やら尋常ではない事態が起きているのだと感じ取った。

 肉を断つおぞましい音を奏でながら徐々に下へ、下へ、下へ、表皮を縦断した。 刃で引かれた縦一線の傷。

 直後、内側から現れた手がその傷口を摑み、左右へ思い切り、引き裂く。

 

「うおぉおおおおおおおッッ‼︎」

 

 魔女の腹を突き破って少年が現れる。

 村正の全身は溶けていた。肌を始め、装備も溶解し、その腹から上を露出させている。

 呑み込まれた魔女の胃袋の中で、強烈な毒の酸が村正を焼き溶かしたのだ。

 外気に触れ、全身を埋めつくす。

 無事なのは『二振り』の武器のみ。

 

「——腹の中で、やっと回収できた」

 

 それは、右腕とともに失った、妖刀の一振りである血啜を魔女に振り下ろして、肉を裂いた。

 刀身に付着した魔女の血が赤黒く脈動する。

 妖刀が歓喜している。

 吸い上げた呪いを魔力へと変換し、肉体を無理やり癒し、動かす。

 

「おぉおおおおおおおおおおッッ!」

 

 二振りの妖刀を狂ったように魔女に振り下ろす。

 斬る、反動で斬られる、魔法で癒す、魔女の血を魔力に変換して、また斬る。

 

「勝負しようぜ——どっちが先にミンチになるか!」

 

 村正の攻撃はさらに激しさを増していく。

 再生するのなら、それを上回る速度で破壊する——それが少年の選んだ最適解だった。

 村正の意識は、極度のトランス状態に陥っていた。

 思考はもはや「斬る」「癒す」の二つに絞られ、己が人間であることすら忘れたかのように、我が身も刻まれながら、ひたすら刃を振るう。

 狂ったように魔女を切り刻む少年に、ほむらの背が震える。

 

(イカれてる……!)

 

 恐怖ではなく、理解不能なものを見た者の反応だった。

 まさか、こんな方法で魔女の再生能力を突破するとは思わなかったのだ。

 

(この男なら、ひょっとしたら……)

 

 あの災厄の魔女に届くのかもしれないと、ほんの少し——けれど希望の灯がほむらの胸に宿ったのがわかった。

 

 どれほどの時が経ったのか——

 ついに力尽きた魔女はぐったりと倒れ、少年の刀の振り下ろしとともに爆散、その身をグリーフシードに変えた。

 カラン、と音を立てたのは半ばから折れた禍々しい刀。

 どうやら魔女を撃破し、その役目を終えたようだ。

 何はともあれ――巴マミも千子村正も欠けることなく、戦闘が終わった。

 

 ―――――――――――――――――――――

 

 魔女の結界が崩れ、徐々に現実の空気に変わる。

 戦いの熱は消え、代わりに重い沈黙がその場を支配する。

 

「巴……先輩は……?」

 

 流石に無茶し過ぎたのか、体の中がぐちゃぐちゃで、水分が飛んだのか視力が戻らない。

 視界はまだ霞んでいる。なら、頼れるのは他の感覚だけだ。

 ふらふらと歩き、立ち止まる。

 

「千子君……」

「巴……先輩……? 巴先輩!」

「――え? きゃあ!」

 

 気配を感じ、その声を聞いた時――俺はもう、駄目だった。

 身体から制御を失ったかのように、巴先輩に思い切り抱きついた。

 

「ち、ちょっと! 村正君⁉︎」

 

 戸惑う巴先輩の声を聞く。

 体温を感じ、心臓の鼓動が伝わって、俺の瞳が熱を帯びる。

 

「あり……がとう……!」

 

 言葉が止めどなく出てくる。

 どうしようもなく、涙が溢れてしょうがない。

 きっと、この後俺はとても怒られるだろう。

 でも、今はこの人が離れてしまわないように抱きしめる。

 

「ありがとう……助かってくれて……ありがとう……!」

 

 温かかった。

 生きている人間の体温だった。

 それだけで十分だった。

 ああ、多分。

 俺はずっと、これを確かめたかったのだと思う。

 巴先輩は戸惑いながら、俺の背中に手を回して、背中を摩ってくれた。

 

 ——————————————————————

 

 しばらくして、魔女の結界が完全に崩れていった。

 脅威が去ったというのに、重苦しい空気がその場を支配していた。

 回復してきた視力で、辺りを見る。

 鹿目先輩はへたり込んでいて、美樹は怒りの表情で何かを言おうとして、でも言葉にならないのか歯痒そうだ。

 今日の俺のやったことは認められていい行動ではない。

 承認や称賛ではなく、糾弾されるべきであり、弾劾されるべきだ。

 

 結局――どこまで行っても、千子村正にはこんな事しかできない。

 

 自らを傷付け、怪物を殺す。

 何だか、まるで――俺自身が『刀』になったようだった。

 

「千子君……」

 

 名を呼んだ声は重々しい。

 

「……まずは助けてくれてありがとう。でも、言ったわよね? 無茶しないでって」

「ごめんなさい……俺、巴先輩がやられそうになったのを見て、ブチギレてしまって……反省してます」

 

 それから俺が落ち着くまで数分を要し、頭を地面に擦らんばかりに頭を下げ、巴先輩達に詫びる。

 これで無茶は三回目――そろそろ愛想を尽かされそうだ。

 病院で再び正座で叱られている俺は、そんな言い訳のような事を口にしたが、言葉に詰まる。

 いや、ほんと……ご心配おかけしました。

 

「でも……巴先輩が無事でよかった」

「あなたのおかげでみんな生きてるわ。あなたの力がなければこの結果はなかった」

 

 そこで言葉を切る。

 その間は、準備のためのものだったのだろう。

 巴先輩のためではなく、俺のための

 

「でもね、素直に褒める気にはなれない」

 

 すっと巴先輩の手が俺の頰に伸びる。

 目を逸らすことを許さず、優しく添えられた。

 

「村正君……助けてくれたことは嬉しいけれど、誰かを助けるために、自分を蔑ろにしていい理由にはならないわ」

 

 出来の悪い生徒を叱るように言う巴先輩の大きな瞳には、大粒の涙が浮かんでいる。

 巴先輩の涙を見た瞬間、胸の奥が冷えた。

 怒られることより、失望されることより、その涙の方がずっと怖かった。

 俺は誰かを助けたつもりだった。

 けれど、そのために誰かを泣かせている。

 それがどうしようもなく情けなくて、俺は何も言い返せなかった。

 

「……別に。傷つくってほどのことでも……」

「……たとえ、村正君が怪我に慣れているのだとしてもよ。君が傷つくことを、痛ましく思う人間がいることを忘れないで」

 

 肩をとんと叩かれる。

 

「お説教はこのくらいで終わりにしましょう」

「はい……」

 

 差し伸べられた手を取り、立ち上がる。

 流石に……今日は疲れたな。

 今日だけで魔女四体……ブラック企業も真っ青だぜ。

 

「千子村正」

「あ、暁美……お前さんにも礼を言わせてもらう。忠告されなきゃ間に合わなかった。ありがとう」

「別に……礼を言われる筋合いはないわ」

 

 いつからいたのかわからないが、暁美のおかげで助かった部分もあるので、礼を言う。

 すると、暁美は髪をかきあげながら言う。

 暁美は、俺を見る目をほんの僅かだけ変えていた。

 警戒は消えていない。敵意も、疑念も、まだそこにある。

 けれど、完全な無関心ではなくなった。

 それは信頼には程遠く、仲間意識などとは到底呼べない。

 それでも、凍りついた湖面に小さなひびが入ったような、そんな変化だった。

 

「私からは謝罪を。ごめんなさい暁美さん。あなたの忠告をちゃんと聞いておくべきだった」

「……過ぎたことよ。まどかさえ無事なら他はどうでもいいの」

 

 顔を逸らして無愛想に言う暁美を指指して、美樹と顔を見合わせる。

 

「あ、暁美のヤツ照れてるぜ。あれがツンデレってやつか」

「あの転校生……どんだけキャラを盛るんだ? 萌えか、そこが萌えなのか!」

「うるさいのよ。そこの馬鹿二人」

 

 俺と美樹の二人に冷たい眼差しを送る暁美。

 すると……美樹は何かを思い出したかのような顔をする。

 

「そういえば村正……一つだけ訊かせて貰っていい?」

「あん? 何だよ……改まって」

「これだけはどうしても知っておきたくてさ……」

 

 急に真剣な顔付きになって、美樹は言う。

 

「答える答えないの判断は後でするとして、取り敢えず言ってみてくれ……訊きたいことって何だ?」 

「それはね」

「それは……」

 

 一呼吸置いて、じっくり間を空ける。

 そのただならぬ気配に、俺は思わず息を呑む。

 そして、美樹は言う。

 

「マミさんのおっぱいの感触はいかがでしたか?」

 

 魔女の大口から巴先輩を突き飛ばした際——魂に刻んだ柔らかな感触が蘇ってくる。

 周りを見渡して見る。

 すると、鹿目先輩は顔を紅潮させて、美樹はニヤニヤとこちらの言葉を待っており、暁美に関しては、養豚場の豚を見るかのようだ。

 そして、被害者である巴先輩は、顔を真っ赤にして胸を隠しており。

 

 俺は——黙って、土下座した。

 

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