「……つまり、鹿目先輩を救うために何度も同じ時間を繰り返している、と」
「理解が早くて助かるわ」
一ヶ月後、例の災厄『ワルプルギスの夜』がやってくる。
そして暁美は敗北、鹿目先輩が最強の魔法少女となり、相討ちになったり、或いはワルプルギスの夜を超える魔女になって世界を滅ぼしてしまうという。
その度に時間を巻き戻して、その途中で魔女の真実に気付いたという。
なるほど……合点がいった。
やはり仮定はほぼ正解だったのか。
違ったのは予知夢ではなく時間遡行。
そして、新しく分かったのは、ワルプルギスの夜が来るまでの猶予は『一ヶ月』ってことだ。
「おいおい! 一ヶ月ってあんまり時間ねぇじゃねぇか!」
「そうよ。尤も、あれと戦うならどれだけあっても時間は足りないと思うけれどね」
「マジかよ……やることが山積みじゃねぇか。まずは武器の量産だろ。それから……」
指折りで数えるが、一ヶ月でやるには時間が足りない。
武器の量産はマスト。
数打ちゃ当たるじゃないが、ワルプルギスの夜に有効な妖刀ができれば御の字だ。
どんな呪いが付与されるか、まだよく分からないんだよな……。
血啜を失った今、早急に新しい刀がいる。
戦力を募ることも並行してやらなくちゃいけない。
暁美と俺、巴先輩は確定として、佐倉にも声をかけるしかないか?
断られればそれまでだが……アテもないしなぁ。
グリーフシードの収集も必要だろう。
リサイクルできるとはいえ、ワルプルギスの夜との戦闘中じゃそれも叶わねぇ。
後は、住民の避難だが……これは大人に任せよう。
一介の中学生である俺たちの出る幕はない。
「それで……ワルプルギスの夜は倒せそうか?」
「そうね……正直言って厳しいと言わざるを得ないわ」
ワルプルギスの夜の脅威。
その魔女と実際に戦った暁美自身の実体験をもとに聞いた。
最初の世界、まだ暁美が魔法少女ではなかった時期、鹿目先輩と巴先輩が挑み返り討ちに遭った。
次の世界、その二人に加えて魔法少女となった暁美も参戦するも敗北。
三度目の世界、真実を知った巴先輩が仲間を撃ち殺し、それを止めるために鹿目先輩が巴先輩を手にかけ、ワルプルギスの夜と戦う魔法少女は鹿目先輩と暁美の二人だけになってしまい、奮闘の末に敗北。
四度目の世界では、誰にも頼らないと決めた暁美は一人で戦い、そして敗北。
五度目も六度目も……数えるのを諦める程、世界を繰り返し、今に至る。
淡々と話される過ぎ去った未来は怖気が走る程に具体的で、それがとても悲しいことに思えた。
みんなが忘れてしまった事を、たった一人だけ憶えているということなのだ。
時間を遡って他の人間から消えた記憶も、事実も、想いさえも。
軽い気持ちで繰り返した訳じゃないだろう。うまくいかないから切り捨てたことなどないのだろう。
全部本気で挑んだのだ。
大切な友達が死んでいくのを見続けて、大切な人と最初から繰り返して……それは、どれほど苦しいものなのか、俺にはわからない。
「うーん、まぁ、悲観していてもしょうがない! 全力で挑むしかない! でも、未来の俺はあまり役に立ってないみたいだしな……」
「あなたに会ったのは今回が初めてよ」
「そうか……うん? 時間を繰り返してるんじゃなかったのか?」
時間を繰り返しているはずなのに俺とは面識がない。
ひょっとして俺は、本来魔法少女じゃなかったのか?
爺さんと一緒に死んだ……とか?
「ええ、そもそも千子村正なんて人間は見滝原にいなかったわ」
「……おいおい。そりゃどういうこった。ビデオテープみたく時間を巻き戻してるんなら、同じ事が起きるんじゃねぇのかよ」
「私の体験した過去はそう言ったズレはいくつかあるわ。例えば、まどかが私と出会う前から魔法少女だったこともあるけど、今回はまだ魔法少女になっていない事とか……ああ、それから。あなたとは違う意味で忌々しい魔法少女もいたわね」
後半になるにつれ不機嫌になる暁美だが、俺の頭は疑問点が溢れていた。
所詮タイムスリップ作品の知識しかないが、登場人物や事件など配置が変わる事なんてあるのか。
時間を巻き戻しているのなら、暁美を以外は過去と同じことしか起きないとばかり思っていたが、そうじゃないのか?
例えるならアクション映画を巻き戻し再生して鑑賞した時に、さっきまでいなかった知らないキャラが乱入して、勝手にミステリーしてるようなもんじゃないだろうか。
「だから俺のことを疑っていた、と。合点がいったよ」
「以前の世界にいたイレギュラーによって滅茶苦茶にされたことがあったから、簡単には信用はできなかったのよ……」
まあ、何となく心情は理解できる。
一度イレギュラーな存在のせいで失敗したことがあると、疑わざるを得なくなるだろう。
そもそも責める気はない。俺も暁美がキュゥべえとグルなんじゃないかと疑ってた訳だし、お互い様だ。
巴先輩を助けたことで、とりあえず暁美の信頼を得たという事でいいのか?
「なるほど――そういうことだったんだね」
「――は? キュゥべえ……?」
突然声がして振り返るとそこには
仲間の死骸に近づくと、死骸を食べ始め、そのあまりにもグロテスクな光景に言葉を失った。
完食したキュゥべえが、「きゅっぷい」と人間でいうげっぷのような声をあげたところで、俺はようやく言葉を紡いだ。
「お前、さっき殺したはずなんだがな。一体どうなってやがる?」
「村正。ああいった威嚇行為はやめて欲しい。代わりはいくらでもいるけど、勿体無いじゃないか」
「お前さん……本当に生き物なのか?」
俺を見て非難するキュゥべえだが、その目には憎しみなどはなく、本当に俺を見ただけだ。
仮にも同族がぶっ殺されてんのに、まるで友人のイタズラを嗜めるかのような口調で言うキュゥべえに悍ましいものを感じた。
「それより、君の存在で僕の中の難問に決着がついた。今なら鹿目まどかがあれほどの魔力を秘めているのか、納得のいく仮説が立てられる」
――ほう?
聞き捨てならないことを聞いた。
鹿目先輩の素質は桁違いだと言っていたが、暁美が関係しているのか?
話の流れから、おそらく時間遡行が関係しているみたいだが。
「魔法少女の潜在力はね、背負い込んだ因果で決まってくる。ごく平凡な人生を歩んだ彼女に何故一国の女王や救世主さえ凌駕する膨大な因果の糸が集中したのか………ねえ、ほむら、ひょっとしてまどかは君がやり直すたびに強力な魔法少女になったんじゃないのかい?」
「……!」
暁美は心当たりがあるのか、僅かに肩が跳ねる。
それを見たキュゥべえは――やっぱりね、とその態度に確信を得たようだった。
「原因は君にあったんだよ。正確には君の魔法の副作用というべきかな」
「どういうことよ………」
「君が時間を巻き戻した理由は一つ。鹿目まどかの安否だ。同じ理由と目的で、何度も繰り返すうちに君は幾つもの平行世界を螺旋状に束ねてしまったんだろう。鹿目まどかを中心に……その結果、本来絡まるはずのなかった平行世界の因果もこの時間軸のまどかに絡まったとしたら、彼女の途方もない魔力係数に納得がいく」
「平行世界って事は……あれか? 暁美は過去に戻ってるワケじゃないのか?」
ペラペラと語り出したキュゥべえの話を聞いて、自分なりの疑問をぶつける。
「そういう事だね。別の世界からの因果が絡まり、魔力が増えてる以上、ここは君の体験した過去ではなく、まだその未来が来ていない別の世界ってことなんだ」
「じゃあ……暁美が最初に会って、契約するきっかけになったであろう鹿目先輩と、今の鹿目先輩は別人ってことになんのか?」
「そういうことになるね。まあ肉体的にも精神的にも彼女は間違いなく『鹿目まどか』なんだから大した差はないと思うよ?」
何やら難解な話だが、暁美が繰り返した時間。
その時間軸の因果が、巡り巡ってあらゆる出来事の元凶として今の鹿目先輩に絡まった……つまり、世界規模の物語の主人公になったんだ。
しかし、それは名誉なことでも何でもなく、鹿目先輩を苦しめる原因でしかないワケで。
「お手柄だよほむら」
助ける筈が苦しめてた——そんな暁美の心を理解しないキュゥべえは、相変わらず人好きしそうな笑顔で、暁美の心に刃を突き刺した。
「君がまどかを最強の魔女に育ててくれたんだ!」
暁美の顔から、血の気が引いていくのが分かった。
いつも冷たく整っていた表情が、今だけはひどく幼く見えた。
怒りも、警戒も、虚勢も剥がれ落ちて、そこに残ったのはただの怯えた女の子だった。
助けたかった。守りたかった。それだけだったはずなのに、その願いが、よりにもよって守りたい相手を縛る鎖になっていた。
そう突きつけられて立っていられるほど強い人間なんて、きっとどこにもいない。
絶望のあまり崩れ落ちる暁美を見た。
今までの冷静さや強さは霧散し、何か取り返しのつかないことをしてしまった少女のようだった。
暁美の手の甲にあるソウルジェムに目を向ける。
黒ずんでいく『それ』を認めた瞬間、木箱の中に保管しているグリーフシードを一掴みして暁美のソウルジェムに押し付ける。
すると、キュゥべえが首を傾げ、俺を見る。
「暁美ほむらの正体も、鹿目まどかの破格の素質の原因もわかった。後は君だ、千子村正」
「俺?」
「君だけは未だに正体が見えてこない。ほむらの積み重ねによって因果が絡んだまどかとは違って、君にはこれといった原因が見当たらないんだ」
「俺が何者かなんざどうでもいいんだよ。俺は俺なんだからよ」
グリーフシードを指で弾き、キュゥべえの顔面を消し飛ばす。
特に理由はないが、いい加減あの面が不愉快になってきたからだ。
「……まどかがインキュベーターに狙われる原因を作った? いや、そもそも助けたかったあのまどかは………なら、私は……一体?」
ぶつぶつと壊れたように呟く暁美。
浄化したばかりだというのに、再び黒ずんでいくソウルジェム。これでは埒が開かない。
ふと、居間の奥の襖の隙間から爺さんの遺影が見えた。
爺さんの声が聞こえた気がした。
都合のいい幻聴でも、勝手な思い込みでもいい。
それでも、俺には確かに聞こえた。
——人を助けろ。
その言葉は、呪いみたいに重くて、祈りみたいに温かかった。
逃げるな、と背中を押す声だった。
かつて爺さんが遺していった願い。
今の俺を形作る指針となった言葉。
もし——爺さんがいたら。
あの育ての親がここにいたら、俺になんと言っただろう。
泣いている女の子がいると知って、こうして立ち尽くしている俺を見て、あの人は何と言うだろう?
その場で、心の奥底へ自問する。
今、助けたい人がいる。
これから、失いたくない友達もできるかもしれないんだ。
俺はどうすればいいと思う?
目の前で泣いてる女の子に……手を伸ばしてもいいと思う?
心の奥に眠っている記憶に呼びかけて、問いかけて。
そして、心の奥に浮かび上がるあの人は。
記憶の中の爺さんは──唇を吊り上げた。
──行け。
憎たらしいくらいの笑顔で、そう告げてきた。
瞳に火が灯る。右手があらん限りに握り締められた。
『女一人も救えず、何が男か』
多分、あの人ならそう言うだろう。
あの人なら、絶対に今の俺の背中を蹴り飛ばすだろう。
──そうだ。
なら、決まっている。
ここで手を伸ばさないなら、俺は千子村正じゃない。
仲間も、憧憬も、未来も、決して諦めはしない。どれだけ敵が強くてもあがき続けてみせる。
だから──
「暁美――お前が鹿目先輩を救いたいって想いは、もう折れちまったのか?」
身を屈め、暁美に問いかける。
俯いた暁美の表情は俺からは見えないが、それでも声は届いていると信じる。
「俺は巴先輩達とワルプルギスの夜を倒して、この町を守ると決めた」
災厄のような魔女、伝説の魔女、最強の魔女。
ワルプルギスの夜とやらを現す異名として以上のものがあるが、何にせよ強そうなワードしか羅列していないあたり、その強さは俺の想像を超えているだろう。
それでも、生まれ育ったこの町を、ここに生きる人々を、運命に巻き込まれた優しい先輩達を助けたい想いは譲れない。
俺は暁美の前に屈み込み、誓いを口にした。
「たとえお前が諦めても……俺はワルプルギスの夜を斬る」
「千子……村正……」
「失った人は戻らない――でも、その想いを誰かが守り続ける限り、その想いが消えることはない」
爺さんは死んだ――しかし、彼が遺してくれた技や想い、言葉の数々は今も俺の中で生き続けている。
だから俺はこの想いを守るために、どれだけの血を流そうが、涙を流し尽くそうが、この身の程知らずな誓いを貫く。
「……でも、これ以上繰り返したら、まどかの因果が……」
消えてしまいそうな声で暁美が呟く。
これは重症だ。戦意の炎が消えかかっている。
こんな時はきっと、優しい言葉をかけてやればいいんだと思う。
優しい言葉とともに、彼女を肯定してやるべきなのだろう。
そうすれば、きっと彼女の信頼を得ることができるだろう。
しかし、実際に口を飛び出したのは、それらの慰撫の言葉ではなかった。
「なんだ——まさか、自信がないのか?」
「——!」
心底生意気な、挑発だった。
今後の連携のためを思うなら、ここで暁美を慰撫するべきだった。
そうすればきっと、彼女は俺に心を許してくれる気がした。
だが、結局それはできなかった。
できなかったのは、徳川の言葉を借りるなら——『解釈違い』というヤツだろう。
暁美ほむらの友人に、千子村正は似合わない。
故に、俺は——全力で彼女の『地雷』を踏み抜いた。
「こんな新参者の男に、鹿目先輩を守る役目を取られちまってもいいのか?」
「――ふざけないで」
今まで黙っていた暁美がはっきりと怒りの声を上げる。
虚ろだった眼差しに瞋恚の炎を燃やして、ゆっくりと立ち上がり、俺の胸倉を掴む。
「まどかは……私が守る……! その願いは誰にも渡さない!」
彼女の名を冠する通り、その怒りは焔のように燃え上がり、心の中の絶望を追い出した。
それを見て、思わず口角が上がる。
なんだ、こんなに怒れるんじゃないか。
「俺の最終的な目的はワルプルギスの夜の撃破だ。俺に力を貸してくれ。俺にはお前さんが必要なんだ」
「……いいでしょう。確かに私とあなたの利害は一致する。それまでは付き合ってあげるわ」
暁美は現状の損得を考え、俺の提案を呑んだ。
そして俺もまた、そんな暁美の打算を見通した上での『折衷案』だ。
彼女の魔法少女の力を一度見てしまえば、手放してしまうのはあまりにも惜しい。
それこそ災厄に挑むには不可欠な存在だ。
「それは心強い。お前さんほどの魔法少女がいれば、怖い物なんてねぇさ。頼りにしてるぜ?」
「……ま、まぁ、確かに。あなたの言う通り、私はそれなりに場数を踏んでいるわ。ワルプルギスの夜以外の敵なら遅れは取らないでしょう。あなたの安全は保証してあげる」
差し出した手を、暁美が見つめる。
ほんの数秒。けれど、その沈黙は一ヶ月どころか、いくつもの世界を跨いだように長かった。
やがて、彼女の指が俺の手に触れる。
冷たい手だった。それでも、確かに力があった。
誰にも頼らないと決めた少女が、初めてこちら側へ一歩踏み出した瞬間だった。
俺が差し出した右手を暁美が取り、俺たちは協力関係を結んだ。
読了ありがとうございました。