「さて、今から語るのは『魔法少女』のクソッタレな秘密についてだ」
コーヒーを一口だけ喉に流し込み、カップをテーブルに置いて、目の前の鹿目先輩達に告げる。
ここは先程の廃工場ではなく喫茶店だ。
より具体的に言うなら、以前佐倉と訪れ、ぶん殴られた喫茶店だ。
あの後、廃工場から美樹を抱えてあの場から離脱し、彼女が目を覚ましたのと同時に、軽く事情を説明しながらこの喫茶店へ場所を移す。
徳川や志筑先輩達を含む魔女に操られた人々への対応は警察達に任せることにした。
店内に入り、とりあえず俺と暁美は同じコーヒーを、鹿目先輩達はソフトドリンクをそれぞれ注文し、それらを受け取ると、適当な席に座る。
念のため声が漏れないように周囲に結界を張って、準備は完了だ。
……心の準備を除いて、だが。
「さて、覚悟はいいか?」
鹿目先輩と美樹の方に視線を向ける。
鹿目先輩はこれから俺が言わんとしていることが想像できたのか、表情を引き締めた。
さっきまで気絶していた美樹だけは雰囲気にについて来れていないのか狼狽えているが、とりあえず聞いていてもらえばそれでいい。
「んー、普通に話しても面白くないな。クイズ形式にしようか」
「クイズぅ? あんた何言い出すのよ」
「そうだな。正解者には景品としてここの会計を持ってやる。どうだ、やる気出たか?」
「千子くん……」
訝しげな表情をする美樹と、悲しそうな表情の鹿目先輩。
そういや、フライングで答えを教えちまったんだった。
正直言って、ふざけながらじゃないと声が震えそうになる。
「一応言っておくが、これから話すのは嘘でも冗談でもない。覚悟してくれ」
「な、何よ……三人とも何でそんな顔してんのよ?」
きっと通夜でももっと明るい空気だろうと思うほど沈みきった喫茶店の一席。
俺達の空気が変わったことを察した美樹が動揺する。
俺は板状の結界を作り、黒板代わりにする。
「第一問。ある時、魔女を狩っていた魔法少女が魔女に返り討ちに遭って死んでしまった。だが魔法少女の体に外傷はない。さて、どうしてだと思う?」
「え、ええ……毒とか……?」
「……やめなさい、村正」
「断る。もう誤魔化していい段階じゃねぇんだよ」
こいつにとっては看過できない話題だろう。
いきなり意味もなく弱点をさらすようなものだからな。
暁美に黙っててもらえるようアイコンタクトを送ると、暁美はしぶしぶながら引き下がってくれた。
「……ソウルジェム?」
「正解だ鹿目先輩。その魔法少女の傍らには砕けたソウルジェムが落ちていた。魔法少女にとってソウルジェムってのは命そのもの——つまり本体なんだよ」
「ソウルジェムが魔法少女の本体……! そんな馬鹿な事があるわけ……!」
音を立てて椅子から立ち上がる。
完璧に冷静さを欠いている。そして、その顔は怒りを隠そうともしていなかった。
「う、嘘だよね……千子くん」
鹿目先輩は悲痛に表情を歪め、今にも泣き出しそうだ。
自分自身のことではないのにも関わらず、ここまで悲しめるのはやはり彼女の優しさゆえだろう。
あるいはキュゥべえに騙されかけていたことにも少なからずショックを受けているのかもしれない。
だが、二人へ嘘を吐くわけにはいかない。心苦しいがはっきりと二人に言った。
「嘘じゃねぇよ。俺があんだけボロボロになっても大丈夫だった理由だよ」
「証拠は……証拠はあるの!」
信じられない、というより信じたくはないと言ったように美樹が俺に詰め寄ってくる。
仕方ない、ならば実演といこう。
俺はソウルジェムを暁美に差し出す。
「証拠を見せようか。暁美頼んだ」
「あなた……正気なの?」
狂人を見るような目で俺を見る暁美だが、本気も本気だ。
時には命を懸けなければ信頼を勝ち得ないことだってあるんだ。
俺は暁美の手に自身のソウルジェムを握らせる。
「これはあなたの魂なのよ? 私に生殺与奪を握らせると言うの?」
「ああ、少なくともお前は意味もなく俺の命を奪う真似はしねぇ……そこは信用できる」
鹿目先輩と俺の命のどちらかを天秤にかける状況なら迷いなく鹿目先輩を取るだろうが、そういう状況でないのなら、みすみす『戦力』を失う愚は犯さないと信用している。
「暁美」
正面に座っている彼女の手を優しく包み込むように両手で握った。
「あ……」
「頼む」
彼女の目を見て頼み込む。
彼女に辛い役目を押し付けてしまうことになるが、それでも証明するにはこの方法しかない。
「わかった。やってやるわよ」
ようやく折れた暁美はため息を吐く。
鹿目先輩達は詐欺師が目の前に現れたようなドン引きした目で俺を見てくる。
「さて、実演を始めるぞ。じゃあ頼んだ」
「どうなっても知らないわよ」
暁美が俺のソウルジェムを持って喫茶店から出る。
そしてしばらくして、俺の意識は暗闇に落ちた。
―――――――――――――――――――――――
「千子くん……?」
糸が切れた人形のように動かなくなった村正に声をかけるが返事はない。ただのしかばねのようだ。
体を揺すって見るが反応はなく、鼓動を感じなかった。
「千子くんっ!」
まどかは半狂乱になりながら村正の体を起こし、胸に耳を当てるが何も聞こえない。
呼吸も心臓の鼓動も脈も、全てなくなっていた。
まどかの瞳からは止めどなく涙が溢れ、小さな体で力いっぱい村正の死体を抱きしめる。
青ざめたさやかも、現実を受け入れられないのか、顔面蒼白だった。
「嘘でしょ……ねぇ、本当に死……!」
「ええ、今の千子村正はただの抜け殻。死体なのよ」
「転校生っ……! あんた、何でそんなに落ち着いてるのよ!」
いつの間にか帰ってきたほむらが村正に近づき、彼のソウルジェムを手に握らせる。
すると、村正は何事もなかったかのように復活して、大きな欠伸を漏らす。
「おはようさん……で、信じてくれたかい……って、うぉっ!」
「生きてる……よかった、生きてる……!」
「……ごめんなさい。驚かせましたね」
村正は自身の胸の中で泣きじゃくるまどかを安心させるため、彼女の頭を優しく撫でようとしてやめた。
血に塗れた自分の手で触れてしまうと彼女が汚れてしまいそうだと、そう思うと触れられなかった。
そして、村正はもう一度結界で黒板を作り出し、説明を再開した。
「さて、続きだ」
「あんた……この惨状を前にしてまだやるの?」
「ああ、というよりやらせてくれ。決意が鈍らないうちに」
村正は大きく息を吐き、顔をあげる。
いつになく真剣な眼差しにさやかは息を呑む。
「第二問。ある時、魔法少女が魔女との戦いから命からがら逃げ延びたがソウルジェムは真っ黒、グリーフシードはありません。さて、この人はどうなった? はい、美樹さん」
「名指し⁉︎ え、えーっと……ソウルジェムが命なら死んじゃった……とか?」
「……不正解だ。いや、死ぬって答えの方が、まだ救いがあったのかもしれねぇ」
村正が珍しく遠回しな言い方をすることにさやかは胸騒ぎがしていた。
基本的に生意気な後輩だが、親しくなった誰かを傷つける時は酷く辛そうな顔をする。
そして今まさに、今にも吐き出しそうな顔をしながら、残酷に告げる。
「倒れた魔法少女の真っ黒なソウルジェムはグリーフシードに変化して——魔女を生んだ」
「う……嘘だ!」
「嘘でも冗談でもねぇ。これが真実だ」
パニックになるさやかに村正は毅然とした態度で答える。
「じゃあ、マミさんも……村正も……転校生も……いつか魔女になるってこと?」
「そうだ」
さやかの叫びに村正は小細工なし、十の言葉ではなく、一の意志を示すことを選んだ。
でなければ、どうして『魔法少女』の秘密を信じさせることができるだろうか。
包み隠さず、偽りのない意志を宿す村正の双眸を、さやかは見据え、崩れ落ちた。
顔色は蒼白どころか土気色になり、傍から見ても大丈夫そうではなかった。
まどかはショックのあまり、おぼつかない足取りだったため、村正はほむらに家まで送っていくように依頼する。
その時、ほむらが村正に小さな声で話しかける。
「だから言うべきではなかったのよ」
「辛いからと言って先延ばしにしても、いずれ知ることになる。その時になって白状するのは不誠実ってもんだ」
「それは……あくまで貴方の持論でしょう」
「かもな。すまなかったな、こんなことに付き合わせちまって」
村正はほむらに背を向けたまま手を振ると、そのまま帰路についた。
その後ろ姿をまどかは見えなくなるまで見送っていた。
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錯綜する路地を進む。
俺は真っ直ぐ家には帰らなかった。
出鱈目に歩き、人がいない場所を求めて街をさまよう。
しばらく歩いて誰もいない曲がり角を折れた途端——俺はその場で蹲った。
俗に言う『カエル座り』である。
「やっちまった……」
首をがっくりと折りながら、悄然とした呟きを屈み込んだアスファルトに転がす。
冷静になった自分が、つい先程の自分を苛烈に責め立てる。
魔法少女の体の秘密や魔女の秘密を教えるにしてもやり方ってもんがあったんじゃなかろうか。
魔女との戦闘の酔いが醒めた俺は既に素面だった。
俺は自分の言動に後悔しているわけではない。というか今更である。
鹿目先輩のアレはキツい。よくわからないがとてもキツい。
魔法少女体験コースでも、病院の魔女戦でもやらかしたが、今回の騒動は決定的かもしれない。
さしもの俺にも自己嫌悪の渦が発生する。
同じ過ちを繰り返す自分こそ救えない愚か者なのではないかと。
こればっかりは自業自得であり、責めるべきは己のみだ。
「仕方ねぇ……気分転換しよう」
いつまでも沈んでいる訳にもいかないので、暗くなった街を重い足取りで歩く。
徳川あたりが今の俺を見れば目を疑う程に盛大に落ち込む中、「くそったれ……」と全身でため息を吐く。
アスファルトにめり込みそうなほど失意に沈んでいた時、眩い光が視界に入る。
「ゲーセンか……」
ゲームセンターから漏れ出した光が俺を照らす。
そういえば徳川とかなりの頻度で通っていたゲームセンターも随分と久しぶりに感じた。
——気分転換にはもってこいかもな……。
俺は他にやるべきことはあるだろうに、自然とゲームセンターの扉に足を進めていた。
店内に入ると、リズムゲームの音楽が波のように押し寄せ、筐体や、ランプが光を撒き散らし、空気に混ざるコインゲームの金属臭が、どこか懐かしかった。
ダンスゲームは……徳川の奴が俺と張り合って最高難易度にしたせいで怪我したっけ。
パンチングマシーンは……今の俺が殴ったら壊れちまいそうだ。
クレーンゲームは別に得意じゃねぇし……コインゲームは面白さがイマイチ分からない。
入店したものの、どれから遊ぼうか悩んでいると。
「アンタ、何してんのさ? ぼーっとしちゃってさ」
「ん、ああ……佐倉か。びっくりしたな」
背中を指で突かれ、振り返ると佐倉が訝しむような視線を寄越していた。
たしかにゲームセンターで何もせずに突っ立っていれば不審がられても不思議じゃないか。
「ひっでーツラしてんな。何かあったのかい?」
「ああ、まぁな……友達と喧嘩ってわけじゃねぇが……気まずくなっちまってよ」
「ふーん。ま、話してみなよ」
佐倉はそっけない態度だったが、隣で話を聞いてくれた。
不良っぽい見た目や言動のわりに面倒見が良いのか、親身になってくれるのだ。
以前も道中でぶっ倒れていた俺を介抱してくれていたのだから、きっと面倒見がいい奴なのだろう。
「なぁ佐倉……」
「杏子だ、キョーコ。あんたにいつまでも苗字呼びされるのは、なんかむず痒い」
「杏子は……魔女に、何か生きる理由があったとしたら……俺達と変わらない希望を抱いていたとしたら、お前さんならどうする?」
彼女は知っているのだろうか。
そしていつか彼女にも伝えなければならないのだろうか。
魔女は殺す——どんな理由があっても揺るがない決定事項。
元が魔法少女だと知った今でも、俺はこれまで通り魔女を殺すだろうし、これからもそれは変わらない。
爺さんを殺された時から風化することのない憎悪のままに、迷いながらでも魔女を屠るだろう。
しかし、誰もがそうあるわけじゃない。
魔女の正体を——正確には己の願いの末路を知ってしまえば壊れてしまう者もいるだろう。
脳裏には強く、清らかで、正しく——そして繊細な心の持ち主である俺の先生の顔が浮かぶ。
真実を知った巴先輩は、壊れてしまわないか?
それでも伝えなければならないと思うと、気が重くなる。
「そりゃ……殺すんじゃねーの? どんな理由があれ化け物なんだし、グリーフシードは欲しいしね」
「……そうか、まあ、そうだな」
「アンタは違うのかよ? まさか魔女まで助けたいとか言うんじゃねーだろうな? お助け大将さん」
「そんなこた言わねえよ。魔女は殺す。こいつは揺るがねぇよ」
入り口で声をかけられた時よりも訝しげに俺を見る杏子に、はっきりと答える。
どうする? 真実を伝えるべきか?
すると、俯いた俺の視界に杏子が映り込む。
「アンタ……大丈夫かよ。ほんとに何があったんだよ」
「……とっても辛いことさ」
「それ、魔女に生きる理由がー、って奴と関係あんの?」
「——っ! ああ、ちょっとな……杏子も聞けば辛い想いをすると思う。今まで通り生きていけなくなるかもしれない。だからこれ以上聞きたいなら覚悟してくれ」
自覚しよう、俺は恐れている。
真実を知って親しい誰かが傷付くことを恐れてしまっている。
鹿目先輩達ならまだ良かった……いや、良くはないが。
それでも彼女達はまだ『魔法少女』ではないからだ。
この真実を知って『選択』する余地がある。
しかし、杏子や巴先輩はそうではない。
魔法少女の運命を変える方法が存在しない限り、待っているのは決定された破滅のみだ。
だから、こんなにも揺れている。
そんな俺の心境を薄々察したのか、杏子は軽口を叩くでもなく、茶化すでもなく真顔だった。
「何だよそれ。脅しか?」
「忠告だ。俺は今日、それを魔法少女の関係者二人に話した」
「……それで?」
問い返す声は低い。
普段のような棘はあったが、それ以上に——警戒していた。
「一人は泣いた。もう一人は、顔面蒼白で呆然としてた」
「…………」
杏子の赤い瞳が細められる。
俺は視線を逸らし、ゲーセンの喧騒へ目を向けた。
派手な電子音。客の浮かれた笑い声。メダルの落ちる音。
そんな平和な音が、今はやけに遠く聞こえる。
「すまねぇ……今はやめとく」
「はぁ⁉︎ そこまで言っといてそりゃねーだろ⁉︎」
「はっはっはっ! 全部話すなんて約束してねぇぜ?」
「気になるだろーが、言え!」
「断る……や、やめろ! チョークスリーパーはやめろ! ぎ、ギブ……!」
俺が話しを切り上げると、杏子は不満そうに詰め寄ってきて、俺の背後に回り、首に腕を回してくる。
体格差もあって傍から見ればおんぶにも、戯れあっているだけにも見えるだろう。
実際、視界の端の店員はすごく微笑ましそうに見ているが、こっちはたまったもんじゃない。
杏子はあの食生活のせいか、正直体重は軽い。
しかし、それを全くハンデとしない魔法少女としての
みるみる気が遠くてなってきて、このままだと落ちる……!
この現状を打破する起死回生の一手を打つべく、気になっていたが言わなかったことを口にする。
「き、杏子……!」
「どーした? はくじょーする気になったかよ?」
「胸……当たってる」
「〜〜〜! この、へんたい‼︎」
「ぐはぁっ⁉︎」
顔を真っ赤に染めた杏子の拳がブレた瞬間、ドゴォッッ‼︎ と、頭からヤバい音がなり、俺の意識は闇に沈む。
彼女が放った強烈なパンチを喰らってよろけて……どころではなく吹っ飛ぶ。
ゲームセンターの壁に激突して、俺の意識はそこで途切れた。