「さて、そろそろかな」
午後。
見滝原のとある公園の噴水に三十分前から布陣していた。
やっぱり早く来過ぎたか……? いやいやっ、待たせるよりマシだ。
「──村正君!」
そして、鈴を鳴らすような声が公園に響いた。
時が来たことを悟り、振り返ると——一瞬、息が止まった。
駆け寄ってくるのは、俺が今まで見たことのない巴先輩だった。
淡いクリーム色の七分袖パーカーに、くすんだベージュのロングスカートを合わせている。
パーカーは裾をスカートに入れ、腰には焦げ茶色の細いベルト。足元は黒に近いブラウンのパンプスで、全体を柔らかなアースカラーでまとめていた。
化粧なんかしているわけではないようだが、いつもより上品で、大人びて見える。
そして、いつもの髪型ではなく、金髪を片側でゆるく三つ編みにし、幅広のカチューシャで前髪をまとめていて、どきっとした。
制服姿か魔法少女の姿しか知らなかったせいか、妙に目のやり場に困る。
まるで別人ってほどじゃない。
間違いなく巴先輩なのに、知ってる人の知らない一面を見せられたような気分だった。
「来るの、早かったのね。待ち合わせの時間より、私も早く来たつもりなのに」
「俺もついさっき来たばっかりですよ」
嘘である。しっかり三十分前から待機していた。
巴先輩は少し急いで来たのか、頰をうっすらと朱に染めていた。
そんな巴先輩に、俺は勇気を振り絞って手を差し出した。
「巴先輩、行きましょう」
差し出された手に、巴先輩の動きがぴたりと止まる。
俺は今、ちゃんと笑えているだろうか。
緊張で表情が酷いことになってやしないだろうか。
金色の瞳が、俺の顔と手の間で視線を往復させた後……ややあって、おずおずと巴先輩は、自分の手を、俺のものに重ねた。
傷やマメだらけで固くなっている自分の手が申し訳なくなるほど柔らかい手の感触に暴れ出しそうになる心臓を必死に抑え込みながら、ゆっくりと歩き出す。
周囲の目が奇異の視線から微笑ましいものを見る目に変わった気がするが、そんなの錯覚に決まってる。
「あ」
肝心なことを伝えていなかったことを思い出して、俺は足を止める。
急に足を止めた俺に驚いたような表情をしている巴先輩に振り返り、告げておく。
「今の巴先輩、とても綺麗ですよ」
誤魔化すように笑いながら、思ったことをはっきりと言葉に変えた。
きっと、帰ってから今の発言を思い出して死にたくなるだろう。
本当——なんでこんなことになったのか、それは数時間前に遡る。
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数時間前——廃墟のビルの上。
魔法少女の真実を打ち明け、紆余曲折あって巴先輩が絶望を乗り越えた後のこと。
目を腫らした巴先輩が恥ずかしそうに後ろを向くと、光に包まれると、腫れが引いていた。
おそらく回復魔法でも使ったのだろう。
どうやら乙女心的に泣き腫らした顔は人に見せたくないものらしい。
そして——落ち着きを取り戻した巴先輩によって、雷が落ちた。
「千子君? 秘密を打ち明けるにしても、もっとやり方ってものがあったんじゃない?」
「……ごもっともです」
おそらく紐なしバンジーのことを言っているのだろうということは理解できた。
微笑を浮かべていた巴先輩から、超極寒のオーラが立ち昇っていたのである。
十中八九——怒られると悟っていた。
言うまでもなく、自分の命を軽々しく賭ける行為など巴先輩にとって
しかも、この廃墟に住み着いていた『薔薇園の魔女』でワンアウト、病院にいた『お菓子の魔女』でツーアウト、今回でスリーアウトである。
つまり、それが何を意味するか。
答えは簡単——!
「覚悟はいい?」
「ちょっ……! なんでもするので、それだけは……!」
まずい。このままではティロ・フィナられる。
それだけは何としても避けたい俺は、慌てて捲し立てる。
「……ふぅん? なんでも……?」
顎に指を添えて考え込む巴先輩。
まずったか……? 何をさせられるんだろうか。
「じゃあ——」
考え事が纏まったのだろう巴先輩がこちらを見て、口を開く。
内心、怯えながら覚悟を決めた俺は、
「今日、この後は暇かしら?」
「え……はい、予定はありません」
「そう……なら、千子君の時間を貰える?」
少々、拍子抜けしてしまった。
お仕置きされるよりはマシだし、そもそも『なんでも』と言ったのは俺の方だ。
なら、答えなんて一つしかない。
「はい、喜んで」
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その後——準備のため巴先輩と別れ、あの噴水の前に至る。
巴先輩曰く、友達ができた時にお洒落して待ち合わせするという
さっきまでとは違う意味で涙が出そうだ。
魔女退治に明け暮れ、そんな中学生らしいこともできなかったのだと。
ならば、俺に課せられた
普通の中学生の友人として、彼女に『平穏な日常』を提供することだ。
「今日は巴先輩が見てみたいところ、気になった場所に行ってみませんか?」
この見滝原には、様々な娯楽施設が揃っている。
たった半日で全て回ることは不可能に近い。
魔法少女の身体能力なら或いは可能なのかもしれないが、そんなことに魔力を浪費する愚か者はいない。
グリーフシードはリサイクル可能とはいえ、節約するに越したことはないのだ。
よって、俺が口にした提案は妥当なものだったと感じたのだが、とうの巴先輩は唇を尖らせてそっぽを向いてしまった。
「巴先輩?」
「私は『巴先輩』なんて名前じゃありません」
「……………………マミ、さん」
「さん?」
「…………………………………………マミ」
「ふふっ、よろしい」
どうやら満足したらしくにっこりと目を細めているが、こちらはそれどころではない。
尊敬している、それも異性を呼び捨てにしろというのは、男子中学生には意外とハードルが高い。
しかし、友達なら名前で呼び合うくらい普通のことなのか?
恥ずかしくなった俺は、それを誤魔化すように歩調を早める。
「〜〜〜っ! さ、行きましょう! マミ!」
「ええ、そうしましょう」
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駅前から中央のショッピングモールへの通りを歩く。
このあたりは飲食店や娯楽施設、商業施設が立ち並び、休日ともなれば多くの人が行き交う場所だ。
平日も夕方頃には学生たちがよく立ち寄り、少し前に鹿目先輩達がCDを購入するため訪れていた場所でもある。
このまま進んでいけば映画館や書店、ゲームセンターといった施設が集中する俺の行き慣れたエリアに行き着く。
しかし、歩き慣れた道でも、女の子と一緒となるとどうにも勝手が違う。
並んで歩くのが自然なのだろうがどうにも足が急いでしまって、手を繋いでいなければマミを置いていきそうになる。
ゆっくり息を吐いて気持ちを落ち着かせると、普段の歩調よりも緩やかに、を心がけてマミの隣を歩いていた。
すれ違う人を避けながら進んでいると、マミが俺の顔を上目遣いで見上げてくる。
「村正君は、普段どんなところに行くの?」
「工房」
「村正君?」
「はい、すみません……」
半眼で軽く俺を睨んできたマミの静かな圧に押されて、咳払いする。
休日によく行く場所かつ、工房以外なら、書店だったり図書館だったりするのだが、今だって緊張気味なのにマミと静かなとこへ行くとすごく落ち着かなそう。
ならば、他に遊ぶといって一般的なのはなんだろうかと頭を捻る。
徳川の野郎に連れ回された経験を活かす時だ。
「カラオケとかゲーセンとかボウリングとか卓球とか……あとは映画、とか……?」
とりあえず、近場の施設達を挙げていく。
今言ったものの中からどれか気に入ったものはあるか? と視線で問いかけると、マミは真面目な面持ちで口を開く。
「その中なら、私は——」
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「村正君! こっちにしましょう!」
映画館。
パンフレットを持ったマミが目を輝かせて、『百万回目の告白』という映画を指差していた。
まだ公開されて間もない話題の映画であり、テレビでも特集されていたため、タイトルだけは知っている程度のものだが、おそらく恋愛映画だろう。
封切りされたばかりの新作はしばらく経って評判が良かったら観る派の俺は少し警戒してしまう。
以前、徳川と観に行った『美少女と魔獣』はかなり難解な内容だった。
たしか、女神になった親友を地上に引き摺り下ろすために魔獣と手を組んで悪魔になってしまう美少女の話だったはずだ。
ちらり、とマミを見る。
すると、興奮したように爛々と目を輝かせていて、
「わかりました。ならそれを観ましょう」
「それじゃ行きましょう……なるほど、こういうのもあるのね……」
受付に向かったマミが小さな声で呟き、そして——
「すみません、【百万回目の告白】のチケット、カップル割で二枚ください」
「ほわぁっ⁉︎」
不意打ち気味な爆弾発言に奇声を上げる。
マミの方を見ると平然としており、特に自身の発言を気にした様子はない。
まぁ……一人暮らしのマミのことだ。
二人組ってだけでお得になるならカップル割で買ったにすぎないのだろう。
そう……深い意味なんてない、はずだ。
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「ふざけんな! なんであのタイトルでホラーなんだよ!」
「でも冷静に考えると、オバケじゃなきゃ百万回も告白なんてできないわよね」
俺の叫びにマミが冷静な感想を呟く。
入場前に感じていた気まずさとか、緊張とか、諸々吹き飛んでしまった。
ちなみに俺達、魔法少女達は日頃から魔女と戦っているせいか、今更ホラー映画ごときで悲鳴をあげることなく終わってしまった。
まずい、一発目からなんとも微妙な雰囲気になってしまった。
「さあ、次に行きましょう。まだまだ始まったばかりですよ」
視線を上映予告のデジタルサイネージから外すと、ボウリング場の看板があり、その下にはダーツやらビリヤードやらがどうこうといった文字も躍っていた。
気を取り直してマミの手を取り、ボウリング場へ向かおうと足を進めた。
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「なんと言うか……その、参りました」
「村正君?」
数時間後——俺は気付けば跪いてマミを崇めており、彼女が困惑していた。
ボウリングにしろ、ダーツやビリヤードにしろ、徳川と遊んだ事がある分、こちらに一日の長があると思っていた。
しかし、マミはボウリングをさせればストライクを連発。
ダーツなら機械の如し正確さでハイスコアを連発し、ビリヤードは計算し尽くされた弾道でノーミスで全ての球を入れる始末だった。
しかも、この腕前で今日が初めてだと宣うのだから脱帽する他ない。
彼女が今まで培ってきた魔女退治の技術が、そのまま競技に転用されており、妖刀による雑な戦闘しかこなしてない俺は手も足も出なかった。
「……やっぱりマミはすごいですね」
「大袈裟よ。今日は運が良かっただけ」
「一芸は道に通ずる。マミが魔女退治のため積み重ねてきた努力の結果です。もっと胸を張ってください」
じゃなきゃ、経験値的には上のはずなのに、フルボッコにされた俺が惨めだ。
しかし、こちらの内心を知らないマミは嬉しそうに目を細めると、視線を逸らす。
俺もそちらを見やると、ゲームセンターの端に『ある機械』が視界に入った。
生憎と利用したことはないのだが、俺の記憶が正しければ、撮った写真に落書きしたりすると噂の機械だった。
「……ねぇ、村正君」
「まぁ、友達なら普通なんじゃないですかね。あの機械で写真撮るくらい」
「そうよね、普通よね? 友達なんだから」
何故か気恥ずかしくなった俺達は、悪い事をしているわけでもないのに、言い訳のような事を口にしながらコソコソとその機械の中に入っていく。
「えっと……こうでいいのかしら?」
「おそらく。俺も利用した事がないので……」
機械に指示されるまま、なんとかパネルを操作して、撮影ブースに移動する。
眩いフラッシュが複数回した後、撮った写真を見て、お互いの顔に落書きしていき、写真を印刷する。
「——ぶっ、なんだコレ……なんて顔してやがる……!」
印刷し終わった写真を見て、苦笑する。
たぬきの耳を生やしたマミと、狼を思わせる耳を生やした俺が写っていた。
実物よりも美化された俺の顔は、はっきり言って違和感が酷い。
ふと、先程からずっと静かなマミの方を見ると、
「…………」
なにか大切な宝物を見るかのように、優しく顔を綻ばせていた。
そんな嬉しそうな顔をされてしまっては、なにも言えなくなってしまう。
腕の時計を確認すると、現在の時刻は十八時。
「——マミ」
笑みを引っ込めた俺はマミに声をかけ、視線を絡めた。
喧騒が響いていく。ゲーム機の電子音、忙しなく動き回る客の足音。時折聞こえる歓喜と絶叫。
黙って見つめ合っていた俺は、ややあってマミに手を差し出して、
「最後にちょっと付き合ってください」
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先程の施設から路地裏をしばらく伝った先。
いくつもの道を曲がり、何段もの階段をのぼっていくと、段々と緑が多くなっていき、そこに街灯に照らされた椅子の置かれた広場があった。
崖の上にある広場は見晴らしが良く、満月の明かりに照らされた静穏な見滝原の街の景色が広がる。
「最近、魔女退治している時に見つけたお気に入りの場所でして、マミにも知ってほしいなって」
「えぇ……とってもいい場所」
これ以上高過ぎても低過ぎても駄目だ。
この街にいる人々の息遣いが感じられ、見滝原の街を遠くまで見通せる……そんな場所だ。
「ここにいると、顔を上げて歩いていく人の顔とか、大通りを元気よく駆けていく子供達とか、ガラの悪い男達の喧嘩や、誰かの笑い声を……よく、感じるんです」
「…………どうしたの? 今の村正君はちょっと変よ?」
「知って欲しかったんです。マミが守ってきたものを」
俺達が普通の中学生として暮らしている間、マミは独りで魔女の手から人々を守り続けていた。
戦って、傷付いて、それでも頑張って……街を守ってくれた。
「マミが守ってきたものは素晴らしいものだと誇って欲しかった。だから、今まで頑張ってくれたマミにも楽しんで欲しかったんだ」
「——っ」
俺の言葉にマミは愕然とする。
正義の魔法少女という強迫観念に突き動かされていたマミが見落としていたもの。
両親を失い、何も残っていないと、孤独を嘆いていた彼女が気付かなかったもの。
それらが全て、この広場からは一望できる。
「みんなの代わりに、俺が言います」
言葉が見つからないマミを見つめながら、俺は精一杯笑いかけた。
「俺達のために戦ってくれて、ありがとう」
その言葉を聞いて。
マミの瞳から一筋の滴がこぼれた。
「ほら、みんな笑っていられる。あなたの『今まで』は、決して間違ってなんかない」
もう一度、街の景色に視線を飛ばす。
平和な街並みから、風に乗ってある家庭の笑い声が聞こえてきた。
耳を澄ませば確かに街の賑わいが伝わってくる。
マミの瞳から涙が再びこぼれ落ちる。
そして、
「村正君」
「はい」
「ありがとう」
「こちらこそ」