ところで文字数ってどれくらいがベストなんでしょう?
あの後──拍子抜けするほど何事もなく授業が終わった。
キュゥべえによって授業を妨害されるものだと構えていたのだが、あれから姿すら見せていない。
チャイムが鳴り、昼休みへと突入する。
席を立ち、弁当の包みを掴んで教室を出ようとしたところで、俺は面倒くさい相手に捕まった。
「ハーッハッハッ! 千子」
「気味の悪い高笑いと一緒に俺の名前を呼ぶんじゃねぇ……」
目の前に立っていたのは、横にも縦にもでかい男だった。
隣のクラスの徳川。
見滝原広しといえど、こんな芝居がかった高笑いを廊下に響かせる奴は、こいつくらいしかいない。
「こんなところで会うとは奇遇だな!実は……」
「わざわざ人の教室に来といて奇遇な訳あるか。来てもらったとこ悪いんだけどよ。ちょっと今忙しいんだ」
俺は徳川の巨体をひょいっと脇に逸れ、廊下に出ると、何故か固まっている徳川を軽やかにスルーした。
だが、その肩を徳川が優しく掴んだ。
妙に優しい力加減なのが、かえって腹立たしい。
「……悲しい嘘をつくな。お前に我以上の予定などあるわけがないだろう?」
「嘘じゃねぇわ。つーか、てめぇに言われたくねぇんだよ」
「ふっ、わかるぞ、千子。つい見栄を張って嘘をついてしまったんだよな。しかし嘘はその嘘を守るために次の嘘を呼ぶ。まさしく負の連鎖だ!」
徳川がどこか芝居じみたセリフを口にしていた。
親指を立てて、びしっと決め顔なのが余計に癇に障る。
「あのな、今日は本当に用事が……」
怒りで顔が引きつっているのを如実に感じながら徳川の野郎を説き伏せてやろうとした。
そのときだった。
「千子君?」
綺麗なソプラノの声が聞こえてきて、振り返ると巴先輩がいた。
「丁度よかった、一緒に行きましょう?」
「は、はい……」
左手には俺と同じように弁当の包みを持っており、昼食はこれからなのだろう。
「せ、千子……そ、その御仁は……」
徳川は驚愕の表情で俺と巴先輩を交互に見つめる。次第に、その顔つきは変化していき、どこかで見覚えのある表情になった。歌舞伎か?
すると、徳川が目を見開いて見得を切った。
「き、貴様っ! この裏切者が!?」
「裏切るってどういうこったよ……」
「黙れっ! イカレ金槌! ぼっちだからと憐れんでやっていれば調子に乗りおって……」
「イカレ金槌って言うな」
ぼっちは本当のことなので否定できなかった。
どうも俺は周りから怖がられてるみたいで友人と呼べる人間は少ない。
火傷だらけ刀傷だらけで人付き合いも悪いんじゃ、さもありなん。
徳川は鬼の形相のまま、ぐるぐると唸りながら俺を睨む。
「絶対に許さんぞ……」
「千子君の、お友達?」
「いや、どうなんでしょう……」
「ふんっ。貴様のような軟派な輩が我の
徳川は完全に拗ねてしまっていた。うわぁ、面倒くせぇ……。
だが、気持ちもわからんでもない。
シンパシー感じていた奴が実は全然違う価値観の持ち主だったりしたとき、ちょっとだけ寂しさを感じるのは共感できる。
こんな時、どういう言葉をかけるべきなのか俺にはわからない。
「巴先輩、行きましょう」
このままでは埒が開かないし、何より無関係の先輩をこれ以上待たせるのは悪い気がしたので話を切り上げようとしたが、巴先輩は動かなかった。
「徳川くん、だったかしら?」
話しかけられた徳川は若干挙動不審になりながらも、こくっと頷く。
「千子君のお友達なら、私ともお友達になれる、かな。そうだと嬉しいんだけど。私も友達はあまり多くないから」
そう言ってはにかむように巴先輩は微笑んだ。
漫画やアニメなら間違いなく後光が差していることだろう。
「フッ、くっ、クゥーックックックッ。如何にも我と千子は親友。そこまで言われては仕方があるまい。貴公の、そ、そのお、オトモダチ? になってやろう。なんなら恋人でも──」
「うん、それはちょっと……お友達ってことで」
「ふむ、そうか。………おい、千子。ひょっとしてこれ我のこと好きなんじゃないか? モテ期? モテ期というやつか?」
徳川が急速に俺にすり寄ってきて、小声で耳打ちしてくる。
美少女と仲良くなれるとわかった瞬間、高速手の平返しをする徳川に現金な野郎だと呆れてしまう。
これ以上巴先輩を待たせる訳にはいかないので強引に話を打ち切ることにした。
「行きましょう。じゃあな徳川」
俺、というより巴先輩の後ろ姿を見送る徳川の顔は緩みきっており、とても満足そうだった。
美人な先輩と友達になれて舞い上がってしまうのは男の性なのかね。
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「愉快なお友達ね」
「あれを愉快で片付けるには、ちと、アクが強すぎませんかね」
くすくすと笑う巴先輩に少し座りが悪くなる。
あいつも悪い奴じゃない。悪い奴じゃないんだが、良くも悪くもキャラが濃い。
俺と巴先輩は屋上で弁当の包みを広げ、昼食をとっていた。
俺の弁当は若干茶色多めだが、巴先輩は色とりどりのおしゃれな弁当だ。
しかし……弁当箱小さいな。あれで足りるんだろうか。
「さて、千子くん。キュゥべえにはどこまで聞いたの?」
「願いを一つ叶えてもらう代わりに、人に悪さをする魔女を倒す使命を背負うってことくらいです」
「そう。……それで、契約するつもりはあるのかしら」
「ありません」
迷う理由はなかった。
もう何度目になるか分からないが、これだけはハッキリとさせておく。
「叶えたい目標はあります。けど、それには自分の力で辿り着きたいんで」
「だったら、その願いを叶えるために必要なものを願うのも手だよ」
声と同時に、どこからともなくキュゥべえが現れた。
こいつ、本当に神出鬼没だ。
「うわっ、また来やがったか」
キュゥべえは当然のように巴先輩の膝に乗り、赤い瞳で俺を見つめてくる。
「自分の力で叶えたい夢があるんだろう? だったら、その夢に近づくための環境だったり、道具だったりを願う子もいた」
「……なるほどな、そういうのもありか……うちの鍛冶場もだいぶ古くなって来やがったしなぁ」
「ダメよ、キュゥべえ。この子にはちゃんと夢があるんだから。魔女と戦わなくて済むならそれに越したことはないの」
契約を迫るキュゥべえを叱るように嗜める。
しかし、そう言った巴先輩の笑みは、ほんの少しだけ薄かった。
「……契約の意志はありません」
俺は改めて言った。
「魔女退治が命懸けだっていうなら、軽率に契約するなんてのは巴先輩にも失礼ですから」
けれど、と続ける。
「でも、本当にどうしようもなくなったら、その時は、ため息の一つでも吐きながら、腹を括りますかね」
俺の言葉が意外だったのか、巴先輩は少し目を丸くして俺の方を見る。
いや、まあ……そんな事にならないほうがいいんだけどな。
「ダメよ。よく考えないと」
「契約せずに済むなら、それが一番です。けど……何というか嫌な予感がするんです」
運命だの何だのを信じているわけじゃない。
だが、キュゥべえに目を付けられた時から、俺の日常のどこかが少しずつ軋み始めている気がした。
――――――――――――――――――――――――
「むっ! 千子よ。これから我はゲーセンへ遠征に行くが貴様はどうする?」
「悪いけどパス。爺さんが家で待ってんだ。十七時までには帰らねぇとなんだ」
──放課後、徳川の誘いを断り家に全力で疾走する。
俺の祖父『千子一心』は数年前、鍛冶場で大怪我を負った。
学校帰りに嫌な予感がして工房へ駆けつけた時には、すでに火の手が上がっていた。
爺さんを担いで逃げ出した時の熱さは、今でも覚えている。
命だけは拾った。
だが、鍛冶師の命とも言える腕は、もう満足には動かない。
それでもあの頑固爺は、工房を離れようとしなかった。
腕が駄目なら足で打つ、などと抜かした時は、本気で頭を抱えたものだ。
学校から真っ直ぐ帰り、鞄を玄関に放る。
家から少し離れた工房へ向かい、扉を開けた。
あの頑固爺は怪我してからたいうもの家から離れた鍛冶場に寝泊まりしている。
こちらとしては介護のために家から往復しなければならないので、できれば家にいて欲しいのだが、説得はとっくに諦めている。
扉を開けると鼻をつくのは鉄と煤の匂いだ。
火の落ちた炉は静かだったが、それでもこの場所には長年染み付いた熱の名残がある。
子供の頃から嗅いできた匂いだ。
俺にとっては、家の匂いより落ち着く。
「ただいま爺さん。生きてるかー」
「生きとるわ、クソガキ! 儂を年寄り扱いするんじゃねぇ!」
「八十六は普通に年寄りなんだよ……」
ベッドに寝たまま俺に怒声を浴びせる爺さんにツッコミを入れる。
普通はヨボヨボの筈だろ? 八十六って。
「まったく! 儂なんぞに構ってないでどこぞに遊びに行けば良いものを! 儂が若い頃はブイブイ言わせとったぞ! それが何じゃ最近の若者は!?」
「え、何で急に若者批判始めたの?」
「老害じゃからのぅ」
「自覚あんのが余計にタチ悪いんだけど」
窓を開け、埃が舞わないように軽く掃除しながら元気な御老人の戯言を聞き流す。
「まったく、そんなだから友達も彼女もできんのだ。お前も若者らしくスマホ? とやらでパシャパシャ写真でも撮っておれ!」
「若者のイメージ雑! ……いいんだよ、そういうのは高校でやるさ」
「中学で躓いたものが高校で急に変われるもんかよ。このままじゃ灰色の青春を送るハメになるぞ。灰色なのは鍛冶場だけにしておけ」
「おう、このクソジジイ! 老体に焼き入れてやらぁ!」
「上等だ、かかってこい若造!」
爺さんは枕元の金槌を握り、蟷螂みたいに威嚇してきた。
元気すぎるだろ、このジジイ。
俺が呆れていると、ふいに爺さんの声色が変わった。
「村正……よく聞け。儂はもう長くない」
「それ三十回目だけど。爺さん、中々しぶといよな」
「聞け! 儂はな、昔ひとつだけ見捨てたものがある」
いつになく真剣な声音だった。
俺は、掃除の手を止める。
「村正。お前は、手ぇ届くもんは拾ってやれ」
「……何だよ、急に」
「損得なんざ後で考えりゃいい。目の前で困ってる奴がいたら、まず手ぇ伸ばせ。そういう積み重ねが、お前の芯鉄になる」
芯鉄。
刀を折らせないための芯となる鉄の名前だ。
いつになく真剣な爺さんに訝しげな視線を投げる。
「……爺さん、何かあったのか」
「何もねぇよ。年寄りの説教だ」
そう言って、爺さんは顔を背けた。
布団を掛け直そうとして、俺は手を止めた。
爺さんの首筋に、見覚えのない痣があった。
ただの痣じゃない。紋章のような、歪な印。
それを見た瞬間、昼から胸の奥に居座っていた嫌な予感が、はっきりと形を持った。
「……何だよ、これ」
爺さんは目を閉じたまま、小さく寝息を立てていた。いつもなら「何見とるクソガキ」とでも怒鳴ってくるはずなのに、今はやけに静かだった。
その静寂が、妙に胸をざわつかせる。
今感じている嫌な予感は、理屈じゃない。
ただ、積み重ねた経験が警鐘を鳴らしている。
こういう時の俺の勘は、嫌になるほど外れない。
視線の先で、爺さんの首筋に刻まれた歪な紋様が、薄暗い部屋の中でじっとこちらを見返しているようだった。
まるで――災厄そのものが、そこに根を下ろしているかのように、おぞましく蠢いて見えた。