Magia Chronicle   作:ケルヌンノス錦田

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20話目です。



ああ、俺にはわからない

 

 

 

 見滝原市立病院の一室。

 その扉を開け——ようとして鍵がかかっていたため、三回ほど扉を叩く。

 

 すると、返事とともに奥が何やら騒がしくなったかと思えば、数分後に扉が開かれた。

 病室にはライトノベルやゲームが置かれており、徳川の無事を証明していた。

 こいつは入院したばっかだろうに、なんで既に自室みたいになってんだ。

 

「我のお見舞い来るとは殊勝な心掛けではないか、ん? 千子よ」

「うざっ……ま、気になってよ。ほれ、果物買って来てやったぞ」

 

 そう、俺は入院中の徳川のお見舞いに来ているのだ。

 魔女の結界の騒動に巻き込まれた徳川は、念の為に入院することになったらしい。

 これは徳川だけじゃなく、あの場にいた全員(さやか以外)そうなのだが。

 

「うーむ……生まれ変わったかのような良い気分だったのだが……何故か顎が痛いんだ」

「…………そっか、良くなるといいな」

 

 それは俺が殴ったからだ、とは言わない。

 しかし、よかった。こいつはあの日の出来事をなにも覚えてないらしい。

 安堵の息を吐いた——その時だった。

 

「魔法少女」

「——っ‼︎」

 

 徳川がぽつりと漏らした単語に俺は、つい動揺する。

 なぜお前がその言葉を知っている? いや、そもそも俺に言っている時点でバレているのか?

 

「……うっすらと覚えているぞ。まさか、お前が俺と同類だったとはな」

「まま、魔法少女なんて知ってるわけないだろ! イカれちまったのか!」

 

 知っているのか、覚えているのか、魔女のことを。

 或いは——こいつも俺と同じ魔法少女なのか。

 空気に緊張が走る。

 徳川は俺を『同類』と言ったが、キュゥべえの奴は徳川に対して興味を示していなかったように思う。

 なら——どういう意味なのか。

 

「フッハハハハ! 遠慮するな。ほら拝領するが良い」

 

 身構える俺を他所に、鞄から紙袋を取り出した徳川が、それを渡して来た。

 俺はそれを受け取り、中身を確認すると——きっと紙屑を見るかのような目で徳川を見ていたことだろう。

 

「なにこれ?」

「見て分からぬか! 傑作だぞ!」

 

 そこには『魔法少女まなみ☆マギカ』と書かれたファンシーなゲームのパッケージがあった。

 しかも、十八禁の成人向けのゲームだ。

 

「そんなことはどうでもいい! こいつを渡した意図は何だ⁉︎」

「ふっ、我は常々その傑作について語り合う仲間を欲していたのだ。さぁ、早くそのゲームをプレイし我と語り合おうぞ」

「殴るぞ! くそ、病院じゃなければボコボコにしてやるのに……!」

 

 病院でエロゲを渡してくる徳川をもう一回殴ってやろうかと本気でキレそうになったが、抑える。

 我慢だ、素数を数えるんだ。

 

「まあまあ、とりあえず一回プレイしてくれよ。お前も気に入ってくれるって」

「いつもの武将口調はどこへ行った? つーか同じこと言って前にも同じようなゲーム薦めてきただろ。そっちはエロゲじゃないけどさ」

「ああ、『マミヤレコード』か。ふふふ、実はマミレコは、そのゲームのスピンオフだったのだー!」

「な、なんだってー! すごくどうでもいい!」

 

 ゴミのような情報を渡された俺の堪忍袋が限界に来ている。

 ちなみに『マミレコ』とやらは、妹を探しに神沼市にやってきた主人公の『いろか』は、まんげつ荘の仲間達とともに妹の手がかりを追って、魔法少女の秘密に触れていくのだが……うん、結末に救いがなさすぎて引いた。

 まさか、マスコットキャラの小さいモチべえの正体が妹だったとは……!

 

「ねえねえ村えもーん! プレイしてよー!」

 

 しつこく迫ってくる徳川に対して、

 

「死ねぇええ!」

「ぶげぇ!」

 

 ついに徳川を吹っ飛ばした俺は、駆けつけた病院の先生に徳川諸共がっつり怒られた。

 その後、徳川を殴ってしまったことにより、調子に乗った徳川に結局プレイを約束させられた。

 

 ――――――――――――――――――――

 

 見滝原市立病院の別の一室。

 まどかは病室の扉を叩いて、静かに扉を開ける。

 

「あら、まどかさん、さやかさん。お見舞いに来てくださったのですか?」

「こんにちは仁美ちゃん」

「おっす、大丈夫なの仁美?」

 

 志筑仁美は丸い椅子に腰掛け、本を開いていたが、まどか達の来客を認めると、本を閉じて挨拶を交わす。

 病衣姿ではあるが、顔は生気に満ちており、異常があるようには見えなかった。

 

「良かった……仁美ちゃん、元気そうで……」

「入院したって聞いた時は心配したんだよ?」

 

 まどかが心底安心したように呟き、さやかも同じような心境で笑みを浮かべた。

 しかし、まどかは緊張した面持ちで仁美に尋ねる。

 

「仁美ちゃん……何か、覚えてない? 自分がどうしてたとか」

「うーん、突然頭痛に襲われて……それから気付いた時にはこのベッドの上でして……奇妙なこともあったものです」

「……そっか、無事ならいいんだ。ごめん、ちょっと、寄るところがあるからさ、まどかは先に帰ってて」

「さやかちゃん?」

 

 さやかは仁美に断りをいれて、病室の外に出る。

 命に別状はなく、体調等にも異常は見られない。

 その事実が、まどか達の胸に重く絡んでいた不安を取り除き、さやかは安堵した。

 

 しかし、それと同時に考えてしまう。

 もしも、自分が魔法少女だったなら、と。

 

 そうすれば、魔女に操られることなく、仁美を救えたのではないか。

 村正やマミのように、自分に戦う力があったなら——。

 

 ——どうしてこんなに惨めなんだろう。

 

 魔法少女になれば、恭介だって救える、仁美だってもっと早く救えたかもしれない。

 魔法少女になれば、待っているのは地獄の戦いの日々と、魔女化という末路を知った。

 願いを叶える代価として、その地獄を選び取らなければならないと思うと、足が竦み、腕が震える。

 そんな自分を自嘲するように呟く。

 

「あたしって嫌な子だ……」

 

 清潔な白い廊下を『いつも』のように歩き、そして、ある病室の前へと足を運んでいた。

 

 ——上条恭介。

 

 幼馴染の名前が書かれた病室の扉の前で立ち竦む。

 いつものように浮かれた笑顔で入室できていればどれだけ幸せだっただろう。

 鍵すらかかっていない病室の白い扉が、今のさやかには銀行の金庫よりも厳重に感じた。

 ドアノブに手をかけるが、開く勇気がない。

 入ったら最後、彼との関係は修復不能な程に壊れてしまうのではないか。

 彼に——嫌われるのではないか。

 

「——っ!」

 

 指先が震え、スカートを握り締める。

 彼のためなら何だってできると思っていた。

 しかし、現実はどうか。

 彼に嫌われたくないがために、扉の一つも開けられないではないか。

 さやかの自己嫌悪は留まるところを知らず、いつしか呪いに転じる。

 自分は無力な人間で、口先だけ綺麗なことを言っているだけの卑怯者——犠牲者なのだと。

 

 ——こんなに汚くて、卑怯で、何もできない自分が嫌いだ。

 

 さやかの瞳は熱を帯び、いまにも雫が溢れそうになる。

 その時だった。

 

「——だったら、それを『変えて』しまえばいいじゃないか」

 

 背後からかけられた軽快かつ無機質な声。

 振り返ると廊下の真ん中にキュゥべえが座っていた。

 真っ白な体にルビーのような瞳に友好的に見える笑顔を添えて、まっすぐにさやかを見つめていた。

 

「さやかは自分の無力を恥じているんだよね? でも、それは違うよ。まだ選んでないだけなんだ。君が魔法少女になればきっと、多くの人を救えるようになるさ」

「——っ! やめてッ……!」

「嫌なんだろう? 何も救えない無力な自分が。だったら力を手に入れればいい。それだけで君は幼馴染も親友も救える理想の自分になれるんだ。守られるばかりじゃない強い自分に」

 

 キュゥべえの声はまるで、神父のように、長年連れ添った親友のように優しかった。

 さやかは、それが逆に恐ろしく感じた。

 

「魔法少女として戦う村正は強かったよね。マミは綺麗だったよね。彼らはきっと多くの人を救い続けるだろうね。美しいと感じたのだろう? 彼らの献身が」

「やめて……やめてよッ!」

「君の願いの力はきっと彼らにだって届く筈さ。村正は言っただろう? どんな選択をしても君を支えると」

「やめろって言ってんのよ……!」

 

 日の光が差し込む病院の廊下に、嫌な空気が満ちる。

 魔女を相手取るのとは違う、相手が絶対に相容れない存在だからこそ感じる緊張感。

 

「さやか。本当は君が一番わかっているんだろう。魔法や奇跡に縋らなければ、誰も救えない。現実はそれを証明しているじゃないか」

 

 呼吸が浅くなり、心臓は早鐘を打つ。

 地面が歪んだように頼りないものになり、立っていられなくなりそうだ。

 

 キュゥべえの言うことは、まさしく正論に思えた。

 しかしそれは効率と合理で命と願いを天秤にかける、超常生物の論理だった。

 

「さあ——僕と契約して魔法少女になってよ」

 

 ついに、さやかが叫び声をあげそうになった時だった。

 

「そこまでにして貰おうか」

 

 背後からかけられた耳馴染んだ声に、さやかはゆっくりと振り向く。

 その空気を打ち破ったのは、村正だった。

 彼の手には謎の紙袋が握られており、不機嫌そうにキュゥべえを睨んでいた。

 

「やあ、村正。契約の邪魔はいただけないな」

「まず、美樹から離れろ。俺の友人を虐めてんじゃねぇ」

 

 村正は怒気を孕んだ鋭い視線を向ける。

 隙を見て村正はさやかの間に割って入り、守るように背に隠す。

 

「美樹、こんな奴の言うことに惑わされるな。こいつの言葉は、人を誘惑するための道具に過ぎねえ」

「酷いな。僕は契約の際には、君達とコミュニケーションを取って、同意を貰っているんだけどね」

 

 相容れない二人の間に、緊張が走る。確かに空気が張り詰めていく。

 そんな村正の袖を摘む者がいた。

 

「美樹?」

「違う、違う、の……あたしね、契約した方がいいのかなって……そう思ったの……!」

 

 さやかの言葉に村正の双眸が見開かれる。

 そんな村正の様子を見て、さやかはこの場に相応しくない感想を抱く。

 

 ——こいつも、こんな顔するんだ。

 

 いつも見ていた彼の顔を思い出す。

 余裕そうな顔、自分を舐めている顔、誰かを守る真剣な顔、魔女を前にした修羅の顔。

 そのどれとも違っていて、年相応の歳下の男の子の顔に見えた。

 

 しかし、すぐに表情を戻して、さやかに正対すると、真剣な顔でさやかを見つめる。

 その瞳に少し。ほんの少しだけ、心臓が跳ねたのは気のせいだ。

 

「場所を変えよう」

 

 それだけ言うと、村正は歩き出す。

 さやかは、その遠ざかる背中の少し後ろを追いかけていた。

 

 ──────────────────

 

 階段を登り、扉を開く。向かった先は病院の屋上。

 キュゥべえは付いて来ていない。多分、俺が近くにいると契約どころじゃないと判断して、姿を消したのだろう。

 好都合——話の邪魔をされるのはお互いにゴメンだ。

 

「ここなら誰も来ない。さて、どうして契約したいと思ったんだ? ああ……責めてるわけじゃねぇ。でも、それなりの理由があるんじゃねぇか?」

 

 口を噤む美樹に黙って彼女の言葉を待った。

 重苦しい空気が支配する屋上で、数分程(体感ではもっと長く感じた)して、美樹はぽつりとこぼした。

 

「……あたしが魔法少女になれば……恭介のことも、仁美のことも、マミさんも……そしてあんたも。誰かのことも……助けられるかもしれないって思ったんだ」

 

 その声は弱々しく、それでもどこか決意を秘めていた。

 目の前の現実から目を逸らさずに、希望にしがみつこうとする彼女の声。

 ここは予想通り。正義感の強い彼女が簡単に折れる訳がなかった。

 

「……その末路が、魔女化という最期だとしても?」

「ううん……そんな覚悟、できてない……」

 

 絞り出すように、或いは己を恥じるように小さな声で言葉を紡ぐ美樹に目を伏せる。

 

「そうか、それでいいさ。でも……多分それだけじゃないだろ?」

「——!」

 

 暁美の情報では、彼女が魔女の口づけを受けた経験は無いと聞かされている。

 俺が倒したあのブラウン管の魔女は、本来ならさやかが倒す筈の魔女だったらしい。

 

 しかし、そうはならなかった。

 ならば、俺が介入したことによる影響が出ていると思った 方がいいだろう。

 俺が美樹に植え付けた、魔女との戦闘の恐怖。

 その影響で美樹が契約に二の足を踏み、そんな自分に失望していたところを魔女に目を付けられた——そう推測する。

 

 つまり、美樹が危険な目に遭ったのは間接的に俺のせいなんじゃ……?

 つくづく余計な事しかしない自分に嫌気が差したが、反省は後だ。

 

 俺の推測が正しければ、美樹は魔女の恐怖や魔法少女になるリスクを知りながらも、契約を考えていたことになる。

 ならば——彼女が抱えていた願いとは何か。

 これも大体予想がつく。

 

「上条先輩と何かあったんだな?」

「――っ! な、何で……!」

「その反応で確信した。ま、隠せてると思ってんのはお前さんくらいだがな」

「そ、そんなこと……!」

 

 美樹が面白いくらいに動揺しているが……多分、鹿目先輩も気付いてると思う。

 毎日毎日、足繁く病院に通い、決して安くない音楽のCDを自腹切ってまで差し入れて、これでただの幼馴染です、というのは無理があるだろうに。

 

「……デリカシーってもんは無いの?」

「そんなモン臍の緒と一緒に失くしたよ……っと、話が逸れたな」

 

 恨みがましい視線を向ける美樹に、穏やかな笑みを向ける。

 このままイジってやりたい気もするが、話を元に戻すとしよう。

 

「上条先輩の腕を治してあげたいが、それを躊躇した自分が、違うな——見返りを求めた自分に失望した。そんなとこか?」

「——ッ! 何でもかんでも見通して、理解した気になってんじゃないわよ……!」

「その反応を見る限り、あながち間違いではないようだな。ま、気持ちは分からなくもない」

 

 怒りの声を上げる美樹の反応を見て、自分の推理が全くの的外れではないことを確信する。

 人の傷を不躾に触れる行為に多少罪悪感があるものの、だからと言って誤魔化しても仕方ない。

 

「……んかに……!」

「ん? 美樹?」

 

 俯いた美樹が唸るような声で何かを呟いたのだが、距離があるため音声が拾えなかった。

 すると、怒りを爆発させた美樹が叫ぶ。

 

「あんたなんかに……何が分かるのよッッ‼︎」

「おい……? 美樹、落ち着け!」

「分かった風な事言わないでよッ! あんたになにが分かんのよ! 大切な人が夢を諦めそうになって、苦しんでんのを眺めることしかできない辛さを……あんたは分かんないでしょ‼︎」

 

 それが激昂の絶叫。

 発火点をたやすく越えた怒りは、彼女の胸の内に秘め、親友達にさえ見せなかった葛藤を曝け出した。

 

 思い出すのは、己の唯一の肉親である祖父の顔。

 腕が動かなくなった彼は、生き様とも言える鍛冶師としての人生を失ってしまった。

 彼は気丈に振る舞っていたが、内心打ちのめされていたことを知っていた。

 

 そして、俺はそんな祖父の怪我の治療を願う訳でもなく、ただ、祖父を超えるという、己の我儘を貫いて契約した。

 俺に、彼女を咎めることはできない。

 だって俺は願いを叶えたから。

 目の前で感情を爆発させて、涙を流しながら俺を糾弾する美樹の激情は、彼女だけのものだから。

 

「……ああ、俺にはわからない。俺は既に願いを叶えたのだから」

 

 俺には言えない。

 俺は既に人間であることを手放したんだから。

 人間のまま、願いとその代価の間で苦しんでいる彼女の苦悩の重さを、俺には完全には理解することはできないのだから。

 

「だがな……」

「——さやか?」

 

 その時、屋上の扉が開く。

 すると、そこにいたのは上条先輩だった。

 

「恭介ッ!……って何すんのよ、邪魔しないで……!」

「……美樹、逃げろ」

「——え? あ、あぁ……!」

 

 上条先輩に駆け寄ろうとする美樹を腕で制すと、最初は噛み付かんばかりに俺を睨んでいた美樹だったが、俺の視線の先にあるものを見た瞬間、血の気が引いていた。

 上条先輩の首筋には魔女の口づけが刻まれていたのだから。

 

「さやか……この前は、ごめん……僕は、最低だ……。さやかが気遣ってくれたのに……酷いことを、言ったよね……」

 

 焦点の合わない瞳で譫言のように呟く彼は、きっと俺達の事を正しく認識しているのかさえ、定かではない。

 

「だから、こんな僕なんて、死んでしまった方が良いんだ!」

 

 その叫びとともに空間が歪み、世界が塗り替えられる。

 それは希望を抱き、絶望に負けた者達の呪いの声が、空想と現実、内と外を入れ替え、人々を呪う空間の歪み——『魔女の結界』。

 壊れた世界は俺達を呑み込んだ。

 

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