外伝キャラとオリジナル魔女が出ます。
魔女の結界の内部は、他の魔女に劣らず異様な景色だった。
村正の身長を遥かに超える文房具やノートにランプが並んでおり、まるで小人になって勉強机の上に立っているかのような錯覚に陥りそうな景色。
しかしノートに書き込まれているのは数式ではなく、何やら異界の言語を滅茶苦茶に書き殴ったかのような気味の悪さが印象的だ。
そして、逆さまになった人間の上半身を持つ、巨大な青い蜘蛛のような魔女らしき怪物が村正達を見下ろしている。
「……なんか妙だな。まったく気配を感じなかった」
村正は突如現れた魔女に顔を顰める。
いつもならグリーフシードから孵化する際には、ソウルジェムが反応し、魔女の気配を察知できる筈なのだが今回はそれができなかった。
まるで、いきなりそこに魔女が現れたかのように。
村正はソウルジェムを翳して魔法少女に変身すると、さやか達を包むように半透明のドーム状の結界を展開する。
「美樹、そこから出るなよ。幼馴染を守ってやんな」
村正は愛刀『一心』を召喚すると地面を蹴って魔女に肉薄し、妖刀を振り下ろす。
「——ハァッ!」
斬撃を受けた魔女はあっけなく真っ二つにされ、両断された体が左右に音を立てて倒れる。
「ぐぅっ! なんだ、もうくたばったのか? 呆気ねぇ」
妖刀の自傷の呪いによって、自らも肩から鮮血を散らす村正は、それでも不敵に笑ってみせる。
しかし、それと同時に異変に気付く。
魔女を倒したにも関わらず、依然として自身が魔女の結界に囚われたままだということに。
「どうなってやがる……?」
訝しげに眉間に皺を寄せて呟く村正に、答え合わせと言わんばかりに新たな魔女が現れる。
先ほど倒したはずの青い蜘蛛と寸分違わぬ姿の青い蜘蛛と、文房具で作られた騎士の使い魔達が、カッターナイフの剣を鞘から引き抜いて襲いかかってくる。
村正は刀を構え直し、魔女に突撃する。
「恭介! しっかりしてっ! 恭介ッ!」
「さやか……もう、いいんだ。こんな僕は、もう……死んでしまえばいい……」
その一方で、さやかは項垂れる恭介の肩を揺すりながら声をかける。
しかし、虚な目をした少年にさやかの声は届かない。
魔女の口づけを受け、希死念慮に取り憑かれた彼の瞳には、生きる意志も希望もありはしなかった。
「くふふふっ! まさかこんな所で例の男の魔法少女が釣れるとはツイてますねぇ!」
不意に聞き覚えのない笑い声が響き、振り返ると黄色を基調とした道化師のような衣装に身を包む少女が、巨大な鉛筆に腰をかけていた。
「魔法少女なの……? お願い、恭介を助けてッ!」
「おやおや、魔法少女のこと知ってるんですねぇ……でも魔法少女じゃないってことは、候補ってとこか……」
道化の少女は顎に指を添えて何かを思案した後、答えが出たのか顔を上げると、
「ふーん……じゃ、死ね」
少女が杖をさやか達に向けると、そこから魔法の玉を発射する。
しかし、さやか達に着弾する寸前、透明な障壁によって弾かれた。
「——は?」
「……あん? 弾かれた? ってことはあいつの魔法かよ、面倒臭ぇな!」
村正が張った結界に魔法の弾を弾かれた沙々は舌を弾き、命を奪われかけたさやかは呆然とする。
しかし、それよりも。
「な、なんで……? あんた、魔法少女なんじゃ……今、恭介を狙って……?」
「そんなもん使い魔の餌にするために決まってるじゃないですか。私の魔法は洗脳。魔女を操って戦うのが私のやり方なんですけど、どうせなら使い魔を魔女にしてグリーフシードにした方が手っ取り早いと思いませんか?」
「何、言って……? 魔女を倒して人を守るのが、魔法少女なんじゃないの……?」
「魔法少女の使命は魔女を倒すこと。それ以外どうだって良いんですよぉ!」
さやかは言葉を失った。
彼女が知る魔法少女——マミや村正は、いつだって誰かの為に必死に戦っていた。
ほむらのことはよく知らないが、これまでの日々の中で、無愛想だが積極的に人に害する人物でないことは知っている。
しかし、目の前の魔法少女は、そのどれとも違っていて。
「ま、つーわけで……魔法少女が増えると私の取り分が減って困るんですよねぇ……だから、死んでください♪」
「きゃああああああッ!」
道化師の少女が使い魔達を嗾け、結界に群がる。
結界を叩く音が、さやかの心を恐怖一色に染め上げる。
結界には傷一つ入っていないが、異形達の暴力に囲まれたさやかはただ、心の中で助けを祈ることしかできなかった。
すると——その時。
さやかの心の声に応えるように、使い魔を蹴散らす影が現れた。
「——オラァッ‼︎」
結界を取り囲んでいた使い魔達を一太刀で薙ぎ払い、道化師の少女から守るように立ち塞がる少年。
「悪い、遅くなっちまった。後は任せな!」
刀を肩に担ぎ、少年は笑いかける。
しかし、その背中は赤く染まっており、足下からは赤い雫が溢れている。
さやか達を助けるために相当な無茶をしたことが、彼女には理解できてしまった。
「バケモノかよ。あの数をもう倒したのか……」
「魔女を引っ込めてぶっ飛ばされんのと、それともぶっ飛ばされてから魔女を引っ込めるのと、どっちか選びな」
「なんだよお前、まさか勝てるつもりかよ」
道化師の魔法少女は挑発的な笑みを浮かべると、グリーフシードを取り出しソウルジェムの穢れを移す。
すると、穢れきったグリーフシードが孵り、魔女が生まれる。
その数——四体。
状況に置き去りにされるさやかを横目で見る村正は臍を嚙んだ。
無関係なさやか達を巻き込んだ己の浅慮を呪いつつ、目の前の少女に問いかける。
「魔女を使役する魔法少女……まさかこんな奴までいるなんてな。ところでなんでここを襲った? 魔女を育てるってだけなら病院より人が集まる場所なんていくらでもあったろ?」
「そうですねぇ……まぁ、強いて言うなら……この病院に天才バイオリニストがいるって聞いたからですかねェ……」
村正の問いに対し、心底どうでも良さそうに答える沙々。
沙々は縄張りを奪うためにここにやって来たのではなかったのか。そのための手駒の補給として病院を選んだのではない?
そういえば、先程言っていなかったか。
まさかこんな所で例の男の魔法少女が釣れるとはツイていると。
そもそも前提を違っていたなら。
村正がさやか達を巻き込んだ。その考えが誤っていたとしたら。
なら、巻き込まれているのは。
沙々の標的は最初から——。
しかし、その言葉に目を剥いたのは村正ではなかった。
「……は? なんで……恭介を狙って……」
「ムカつくじゃないですか。容姿が良くて、才能のある奴って反吐が出ません? そんな訳で今までいい思いした分、帳消しにしてやろうと思いまして」
どうやら彼女の狙いは村正でもさやかでもなく、恭介のようだった。
容姿や才能に恵まれている——それだけの理由で人を害そうとする彼女の思考を理解できる者は、少なくともこの場にはいなかった。
「……どんな理由があれ、美樹達に手を出すなら俺の敵だ」
「カッコいいですねぇ、でもほら、大切なお友達が私の間合いですよぉ!」
「——っ!」
大量の使い魔が再びさやか達を一瞬で取り囲む。
まともに相手をしようというには、あまりにも敵が多すぎる。村正が結界で防いだとして、破られるのは時間の問題だろう。
村正は結界の維持に魔力を割きつつ、複数の魔女と大量の使い魔に加えて道化師の少女を相手取らなければならない。
「まずいね……このままだと村正はやられるかもしれない」
「キュゥべえ⁉︎ あいつは一体……!」
「彼女は優木沙々。僕と契約した魔法少女さ」
いつの間にか村正の結界の外にいたキュゥべえが淡々と告げる。
あんな奴に物騒な力を与えるな、と非難したい衝動に駆られるが、それを咎めたところで、目の前の小動物は飄々と躱すだろうと、確信に近い予感があった。
「それより、今は自分のことを考えるべきだよ。村正が死ねば結界も崩れる。そうなったら次は君達だ。二人とも魔女に殺されてしまうだろうね」
「……あいつが、負けるの……?」
「彼はこの結界の維持に魔力の大半を割いている。きっと、満足に回復魔法さえ使えてない筈さ。それでも彼は足掻き続けるだろうね」
キュゥべえはまるで珍獣の生態でも解説するかのように、目の前の惨状を言い表す。
彼からすれば、自らを犠牲にしてまで他の個体を守ること自体が理解できない行為なのだ。
「でも、君なら救えるよ!」
「——っ!」
「君が魔法少女になれば彼は魔女に集中できる。そうすれば形勢は逆転するだろうね。さあ、さやか。君の正義を形にするんだ——僕と契約して魔法少女になってよ!」
いつもと同じように魔法少女に勧誘するキュゥべえに、さやかが折れそうになり、唇が震えたその時——使い魔の群れを蹴散した影が声を届ける
「——耳を貸すんじゃねぇ」
キュゥべえごと使い魔達を吹き飛ばした村正は、もはや血で汚れていない場所を探せなかった。
彼一人なら、何とでもなった。
潤沢な魔力による理不尽なゴリ押しで、傷を無理やり回復しながら敵を殲滅しただろう。
しかし、ここには一般人がいる。
敵の悪意を振り切れず、怪物達に押し潰されてしまう少女が。
守らなければ簡単に命を刈り取られてしまうひ弱な人間が。
村正の頭は怒りで赤く燃えていた。
祖父を喪った時から胸の奥に刻まれた喪失の『傷』がズキズキと痛みを放っていた。
——人を助けてやれ。
かつて、掌から零れ落ちた祖父の存在が彼を苛んでいる。
しかし彼の矜持は、少女を突き離せない。
「っっ──おおおおおおおおおおおおおッ!!」
激しい防戦の中で一瞬の隙を突き、地面を殴り付け、破砕する。
巻き上がる土煙に魔女達が視界を奪われる中、
「逃げんぞ!」
「う、うんっ!」
さやかと恭介の手を強引にとって加速する。
使い魔達の脇を通り抜け、まんまと逃げ仰せた村正は、
「逃がすかよ、バァーカ!」
「――⁉︎」
迫り来るカッターの直撃を受けた。
さやかを守る形で咄嗟に蹴りを放ち、向かいくる刃を粉砕したが、魔女の馬鹿げた膂力から放たれたそれは粉々になってもなお、無数の破片を飛び散らせた。
散弾のごとく、羽織ごと村正の肌を無数に切り裂く。
「くふふふふふっ! 逃がすわけねぇでしょう!」
沙々の命令で、魔女が巨大なカッターナイフを投じたのだ。
魔女の怪力による投擲は、村正が全力で迎撃に乗り出さねばならないほどの破壊力と速度を秘めていた。
そして、大きな隙が生じた。
「~~~~~~~~~~~~っっ!?」
魔女の攻撃が村正の肩を抉る。
とうとう魔女の攻撃が村正を捉え始めた。
蜘蛛の巣に獲物が絡めとられる様に、村正の動きに陰りが見えてくる。
「ったく、バケモノが。どれだけの魔女を潰しやがった……」
最初の四体だけでなく、更に追加した魔女を返り討ちにしていく村正に沙々は唾を吐く。
「——っ、がぁっ……!」
抉られた右肩を除けば負傷は掠り傷程度。
まだ戦える。だが数十分後、数時間後はわからない。
攻勢の手を緩めない使い魔達に、焦燥に胸を焼かれながら村正は咆哮を放った。
そんな彼の悲壮な背中を見て。
「——ごめん、村正……」
戦闘の音に紛れるその声の欠片に、ぴくり、と少年の耳が震える。
「やっぱり、キュゥべえの言う通りだったね。あたし……弱っちくて、あんたの足を引っ張って、後悔してる……」
——うるせぇ、黙ってろ。俺はまだ負けてねぇ。
さやかの声音に苛立ちながら、圧縮される体感時間の中で魔女達の体を殴っては蹴り飛ばし、凶刃を弾き、血の欠片を飛ばしながら、焦熱に突き動かされる刃を、己を傷つけながら何度も振るう。
「でも」
そして。
「あたしがいなければ……あんたは強いもんね?」
背後で囁かれた少女の言葉に、村正の時が止まった。
「────」
目を向けると、滴を瞳に溜め、くしゃくしゃな笑顔を浮かべるさやかの腕にはキュゥべえが抱えられていた。
——おい。待て。何を血迷ってやがる。 何を勝手に諦めてやがる。 お前は『人間』だ。馬鹿な真似すんな。やめろ、やめてくれ。こっち側に来るんじゃねぇ。そこにいろ。
少女は目尻から水滴を溢れさせ、笑った。
「村正、勝ってね? ──死なないで」
直後。
「キュゥべえ………さっきの続き。恭介の腕を治して」
「──さやかァ!!」
彼女の名前を初めて呼んだのは、よりによってこんな時になった。
村正の喉が絶叫を放つ。
「それが君の願いだね。さやか、君の思いはエントロピーを凌駕した! さあ、受け取って」
「あ、ぐぅ!?」
少年の叫びなど気にも留めず、さやかの体の中から体の外に現れた、青い小さな宝石。
それを見た村正の怒りが許容範囲を超えた。
「──るォおおおおおおおおおおッ!!」
周りの破壊音をかき消すほどの神速が、瞠目する沙々の操る魔女を次々に粉砕する。
「ちィッ!? ……ここまでにしとくかぁ……! もう一匹も契約しやがったか、クソが!」
沙々の手持ちにはこの街で手に入れた魔女があるが精神攻撃系であり、見るからに猪突猛進なさやかと怒りに燃える村正には相性が悪いと判断する。
しかも、村正によって多くの魔女を失った今、魔法少女二人は分が悪い。
「あ! 待て!」
「待つかよ、バァーカ!」
使い魔を雪崩のように嗾け、足止めする。
村正も追いかけようとするが、体は限界を迎えており、動きにキレがない。
さやかが使い魔達を倒した頃には、結界が消え、沙々の姿も消えた。
さやかは村正のソウルジェムの穢れを見て、散乱しているグリーフシードを一つ拾い上げ、彼のソウルジェムに押し付ける。
「……………すまねぇ」
「何であんたが謝るのよ」
「お前に……そんな選択をさせちまった……」
「それを含めて、よ。それにしても……あたし、魔法少女になっちゃったよ! さぁて、この町の平和はさやかちゃんがガンガン守っちゃいますからねー!」
「——やめろッ!」
陽気な笑みを浮かべるさやかに、村正が叫ぶ。
いつも飄々としている少年の追い詰められた叫びにさやかは目を丸くする。
「無理して明るく振る舞うんじゃねぇ! 取り返しのつかねぇ身体にされて平気なわけねぇだろうがッ! ここに散らばったグリーフシードは全部やるから、今日は泣いていいんだ……!」
「——ほんと、あんたってデリカシーないわね……!」
泣いていい。
その一言で、さやかの中に張り詰めていた糸が切れた。
強がらなければならないと思っていた。
後悔してはいけないと思っていた。
自分で選んだのだから、笑っていなければならないと思っていた。
でも、本当はたまらなく怖かった。
もう戻れないことが。自分の体が、自分だけのものではなくなったことが。それでも、恭介を助けたいと思ってしまった自分が。
病院の屋上で少女は少年の胸の中で涙を流した。
取り返しのつかない選択、願いの代価として切り捨てたもの達への追悼の涙だった。