視点変更が多めです。
「さやかちゃん……」
「ごめんまどか。あたし、魔法少女になっちゃった……」
あの後、魔女の反応に気付きやってきた魔法少女の先輩であるマミや、泣きそうなまどか、張り詰めた表情のほむらにさやかは気まずそうに先程の出来事を説明する。
村正はマミが到着したのを確認した時点で恭介を抱えて彼の病室へ運び戻していたため、現在この場にはいない。
騒ぎにならないように結界魔法を用いて、誰にもバレないように秘密裏に病室のベッドに寝かせるらしい。
マミに続いて、さやかの様子を不審に思ったまどかと、マミと同じように魔女の反応を辿り、病院にやってきたほむら。
魔法少女になったさやかを睨みつけていたほむらも、契約の経緯を聞いて、眼差しから鋭さを取り除き、まどかは己の無力を悔いるように俯いた。
そんなまどかにマミは優しく微笑んだ。
「鹿目さん、自分を責めてはダメよ。悪いのはその優木さんという魔法少女なんだから」
「そーそー、まどかには何の落ち度もないんだから、あんまり気にしちゃダメだぞ?」
「でも……」
「あたしは平気。命懸けで戦う羽目になったって、化け物になったって構わないって、そう思えるだけの理由があったの」
俯くまどかの肩を軽く叩きながら快活な笑みを浮かべるさやか。
「だから、引け目なんて感じなくていいんだよ。まどかは魔法少女にならずにすんだっていう、ただそれだけのことなんだから」
さやかがまどかの瞳を覗き込むように微笑んで言うが、まどかの表情は晴れない。
「それより、優木って奴がまた襲ってくるかもしれないし、何か対策を……」
「その可能性は低いと思う」
さやかの言葉を察したマミが、そう断言する。
「美樹さんの話を聞くかぎり、相手は魔女を使役するんでしょう? でも手持ちの魔女は村正君に大幅に減らされた。魔女の正体が魔法少女である以上、補給はそう簡単じゃないと思うわ」
「——! 巴マミ、どうしてそれを……!」
「村正君が教えてくれたわ。本当にびっくりしたんだから」
ほむらの双眸が見張られる。
彼女の知るマミは脆く、魔女の真実を知ってしまえば形はどうあれ、発狂して壊れるか、絶望して魔女になるかのどちらかだった。
それが今は真実を知ってなお安定しているように見える。
理想的な状態にも関わらず、どこか現実味を感じない。
もっともマミの言う『びっくりした』とは、とある鍛冶師の奇行を指しているのだが、どちらでもよいことだ。
「……そういえば、村正くん遅いね」
「確かに……恭介運ぶくらいなら、そろそろ帰ってきそうだけど……」
村正が未だ帰ってこない状況を不審に思ったまどかに、さやかも首を傾げていると、マミが 黙考することしばし。
やがて静かに顔を上げ、口を開く。
「……彼はきっと、優木さんを探しに行ったんじゃないかしら」
「えぇっ⁉︎ 何でそんなこと……!」
突然のその判断に、さやか達は耳を疑った。
「私の知っている村正君はこんな仕打ちを受けて黙っていられるほど、大人しい人間じゃない。十中八九、『おとしまえ』を付けにいくわ」
「そんな……!」
「……優木という魔法少女に報復しようと一人で動くでしょうね。それを利用して、私達は敵の退路を断つ。そんなところかしら」
マミの意図を察したほむらが捕捉するように言うと、マミが頷く。
優木という少女の情報から彼女の行動を予測する。
彼女は恭介を襲ったが、何も殺したい程憎んでいるわけじゃない。すぐに引き返して襲ってくることはない。
しかも村正という脅威を認めたのだ。
彼に対抗するため、減らされた手持ちを補うべく、使い魔に人間を喰わせ、新たな魔女を生み出そうとするはず。
村正に注目している隙に、マミ達も優木を叩く——そういう作戦だ。
ほむらの淀みない言葉に愕然とする者が続出する。
およそ非情なまでに村正の感情を利用し、大局の視点をもって最善手を取ろうとするベテランの魔法少女の冷徹な横顔に息を呑んだ。
「人の多い場所を警戒しましょう。繁華街や病院あたりかしら……暁美さんは引き続きこの病院を……」
「待ってください、マミさん!」
「……そんなのおかしいよ……だって、村正くんを囮にするってことですよね……?」
指示を飛ばそうとするマミを、さやかとまどかが止める。
身を乗り出す彼女達に、視線が向けられる。
顔を見回したマミは、口調をあらためて告げた。
「言い方を変えるわね。今回の件は、全て村正君に一任する」
「!!」
それは二度目の驚倒だった。
瞠目するまどか達の前で、マミは先輩魔法少女の仮面を脱ぎ、少々の悲しみ、そして寂しさを混ぜた苦笑を浮かべる。
「もう、私達が何を言っても止まらないわよ、彼は」
「……でも、わたしっ、放っとけません! さやかちゃん!」
「しょうがないなぁまどかは。はい、これ」
するとさやかが、村正が倒した魔女のグリーフシードが入った袋をまどかに渡す。
咄嗟にほむらが追いかけようとするが、マミに止められる。
ほむらはマミを仇のように睨みつけるが、マミは目を伏せ、首を振る。
「行かせてあげましょう。きっと村正君なら危険に晒す真似はしないわ」
――――――――――――――――
先程の夕焼けが嘘の様に、降りそそぐ雨は槍のようだった。
止まらない雨の中、村正は街路を歩いていた。
傷が深い。血も足りない。グリーフシード、後は食料を調達するべきだ。
全身を燃やすような真っ赤な怒りに支配されながらも、村正の頭の片隅は冷静だった。
箍を外してこの怒りを解き放ち、村正が一人派手に立ち回り出せば、付け入る隙があると相手の目には映るだろう。
怒り狂う狂戦士に成り下がった村正を仕留めようとする筈だ。
だから、助けは呼んではいけない。いや仲間の手など呼べる筈がない。そんなことは村正が絶対に許さない。
うっすらとした街灯が影を石畳に映す中、己の内面に没入していると──前方で影が揺らめいた。
立ち止まった村正は、こちらに向かってくる人影の正体を認めるなり、目を丸くした。
「……千子くん」
「……何やってるんですか、鹿目先輩」
「うん、ここにいたら千子くんに会えるかなって」
重苦しい村正の声とまどかの柔らかな声が交わされる。
袋を右肩にかけ、村正同様雨具も身に着けていないまどかは淡い光を放つ街灯の下に現れた。
「護衛くらい付けてください……今の状況、わかってますか?」
「心配してくれるの? ……わわ!」
村正は頭を掻きむしると、制服の上着を脱ぎ、まどかに被せるように渡す。
頭一つ分以上体格を大きな村正の上着は、まどかを不恰好に風雨から守っている。
そんな村正にまどかは肩からかけた袋を渡す。
「千子くん、これ」
「……」
バッグを受け取ると、中身を確認した村正が訝しむ。
「……止めに来たんじゃないんですか?」
「止めたいよ……千子くんに傷ついて欲しくない。でもここで止めたら、一生自分のことを許せなくなっちゃいそうだから」
悲しそうに顔を歪めるまどかを見て、村正は顔を背ける。
今、最も会いたくなかった相手かもしれない。
彼女の前だと、どうしてか乱暴になれないのだ。
「でも……相手は魔女じゃなくて魔法少女なんだよね? ちゃんとお話しておくべきなんじゃないかな……」
「話し合い……? 手駒を増やすために人間を使い魔の餌にしようって奴とですか?」
「それは……」
「すみません……責めてる訳じゃないんです。鹿目先輩は短期起こして契約しないでくださいね。ちゃんと考えないと後悔しますから」
そう言って村正はまどかに背を向けて歩き出す。
まどかは、遠ざかるその背中に声をかける。
「千子くん……! あの、ね……」
「——鹿目先輩」
声をかけたはいいものの、何と言って良いのか、言葉が見つからないまどかに、村正は振り返ることなく彼女の名前を呼ぶ。
「俺達、魔法少女を本当の意味で裁ける人間はいない。魔法少女を止め得るのは魔法少女だけ」
「え……?」
「法の外側にいる悪党——あなたならどうやって止める?」
「それは……わからない」
少年の問いは重かった。
彼を含む魔法少女達は、本当の意味で人間の法で裁き、罰を与えることはできない。
それだけ魔法少女の力というのは凄まじい。
まどかの目の前にいる少年ですらその気になれば警察など軽くあしらえてしまうことは、まどかにも理解できる。
俯くまどかに、村正は背を向けたまま呟く。
「俺は……俺のやり方でやるさ」
今度こそ遠ざかる背中を、まどかはずっと見送っていた。
それが今生の別れになるような——そんな気すらしていた。
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「ねぇ……マミさん。あいつに何があったの?」
病院の片隅で、さやかはぽつりと声を発した。
「なんであいつは……魔法少女になっちゃったの?」
「美樹さやか……」
ほむらの視線を浴びながら、さやかは意を決してマミに尋ねていた。
それは彼女が初めて抱いた村正の過去への疑問であり、興味だった。
彼女は今日、今まで聞こうとしなかった少年の過去を知ろうと思ったのだ。
さやかに見つめられるマミはしばらく無言の時を挟んだ後、彼女達を一瞥する。
「私も正直、彼の身に何があったのか詳しくは知らないの」
前方に視線を戻した彼女は、眼差しを遠ざけた。
「でも、彼が魔法少女になる前に……彼のご家族のお葬式が挙げられていたわ」
「——え」
「そして彼は魔法少女になる前、『契約の意志はない』とも『どうしようもなくなったら腹を括る』とも言っていたわ」
マミは村正と初めて出会った日を振り返る。
彼女には当時の彼の契約の意志は薄かったように思えた。
しかし、次の日には魔法少女になっていたのだ。
「推測でしかないけど、ご家族の方が魔女の被害に遭われたんじゃないかって」
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見滝原市の復興区。
「がぁああああああああああああああ!!」
雄叫びを上げながら、途切れることなく襲撃してくる使い魔を屠っていく。
先ほど病院で散々戦った使い魔達を見て、沙々に近づいていることを確信する。
しかし刃を振るいながら意識が向かう先は、これまでの過去の光景だった。
かつて目にしたあっけない死。唯一の肉親である祖父の最期。
絶望と失望が胸の内に渦を巻くのを止められなかった。
自分が強くなれば、目の前で死に瀕する命を守れるのだと、失わずに済むと思っていた。
別に村正は魔女に脅かされる全ての命を救えるなどとは思っていないし、自分がそんな器ではないことくらい百も承知だった。
ただ、せめて——自分の手の届く範囲では誰にも泣いて欲しくなかった。
だが現実は違った。そんなものはまやかしだった。
いくら強くなっても、いくら守っても、掌から溢れる水のように、村正の指の隙間からこぼれていく命や未来があった。
ならば──遠ざけるしかないだろう。
恐怖や血、現実を突きつけ、自分も他人も傷付けて。
故に彼は戦い続ける。
二度と大切な者達を奪わせないために。
そして、誰かが——こんな想いをしなくていいように。
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「それって……誰も死んでほしくないって、そういうこと?」
マミの話を聞いたさやかは、呆然と声を落とした。
「愚かね……そんなことできる訳ないじゃない」
すぐにほむらの声が響いた。
それが本当だとすれば、彼女の方が人の死というものに関してよほど冷静だ。
時間遡行という牢獄の中で数え切れないほど殺し合いを繰り広げ、一人ぼっちの世界でまどかを守ってきた彼女の方が。
うろたえるさやかの前で、ほむらは吐き捨てた。
「こんな世界で……誰も彼も守れる筈ないでしょう……!」
「いや……きっと、そういうわけでもないんだと思うわ」
それをやんわりと否定するのはマミだった。
不思議そうなさやか達の視線を集めながら、苦笑を滲ませる。
「村正君が戦いを止めないのは、もっと……自己中心的な理由だと思う」
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——お前はいい奴だ。だから、これからたくさんの奴を助けてやれ。
——手の届く範囲でいい、感謝されなくたって、目の前で困ってる奴に手を貸してやれる強い男になれ。その積み重ねがお前の芯鉄になる。
村正の心にいつも響いている祖父の言葉。
路地裏を駆け抜ける彼の胸中に、今になってその言葉が何度も去来する。
それは単なる回顧なのか、守れなかったさやかに対する後悔なのか、今の村正にはわからない。
しかし、己が振るう刃を見て、これだけは理解していた。
——
魔女にゴミのように弄ばれたあの日に刻み込まれた始まりの『傷』である。
自分の『弱さ』を知らしめられる度に、それに抗うように村正は『強さ』を求めた。
叩いて叩いて叩き上げて、不純物や余分なものを飛ばし鋼の純度を高め強靭な刀を造るように。
祖父を喪った時、顔も知らない誰かが目の前で命を落とした時、友が危険に晒された時、師を失いかけた時。
何度も折れては、より強くなっていく刀のように、流れ出る血を代償にして力を得ていた。
「っ……! うおおおおおっ!!」
振るわれた騎士の使い魔の剣の腹を裏拳で弾き、村正は返す刀の一撃は敵の命を消し飛ばした。
村正の手や髪が再び血に染め上げられ、頭上から落ちてくる雨に洗い流されていく。
「おおおおおおおおおおおおおッ!!」
その胸と喉を震わせ、村正は咆哮を上げた。
涙がもう枯れてしまったかのように、天の雨は止もうとしていた。
裏通りを素早く駆け抜け、辺り一帯で最も高い建物を目指していると……地面にあるものを発見した。
「……」
それは血の跡だった。
死体を引きずって残したような、蛇行した赤。
故意に見つけさせるように地面に引かれた血の跡は、通りの先へと続いていた。
それを無言で睨む村正は、無言で辿り始める。
——そして、何度か角を曲がると。
「——ッ!」
入り組んだ路地の廃材置き場の壁面に、赤い筆跡でメッセージが描かれていた。
——美術館地下に来い! 相手をしてやる!
血の塗料は壁の側に捨てられた男性の死体から拝借したものだろう。
体に開けた風穴が空けられており、そこに棒でも突っ込んで壁に塗りたくったようだ。
瞳から光を失わせ、体に空いた穴から血を流している哀れな死体を一瞥した村正は、その血の筆跡を睨みつけた。
「上等じゃねぇか……!」