Magia Chronicle   作:ケルヌンノス錦田

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24話目です。
覚悟してください。過去最長です。


決着【ネクストステージ】

 

 

「——鍛造開始」

 

 村正が『魔法』を発動する。

 その事実に沙々の顔から笑みが消える。

 村正は刀による白兵戦一本で敵を蹴散らす前衛特化の筈だ。

 

 沙々の顔に僅かな焦りが走った。

 こんな状況で使用する『魔法』は間違いなく起死回生の一手の筈。

 それを、むざむざ使わせるわけにはいかない。

 

「さっさと焼き殺しちまえ!」

 

 砲撃の直撃を浴び、視界を白く焼かれながらも、鍛造を続ける。

 使い魔達の放つ爆炎に肌を焼かれながら、村正の魂はいつか見た夢に出てきた炎の荒野にあった。

 

 遥か高みにいる男が打った、今の己では到底届かぬ打ち捨てられた失敗作達の刀塚。

 遥か高みへ己の限界をこえてなお、飽くことなく挑み続ける。

 余計なことは一旦考えるのをやめる。

 もとより千子村正にできることなど一つしかない。

 ならば──せめて。

 

 ──その『一』を極限まで極める。

 

「しっかり狙いやがれぇ! 相手はもう虫の息なんだぞ⁉︎」

 

 沙々の叫びに使い魔達の攻撃の苛烈さは増していく。

 放たれる砲撃は全弾村正に命中し、その身を焼いているにもかかわらず、決して槌を止めようとしない。

 炸裂する度に上体を揺さぶられながらも、うつむきながら魔力を紡ぎ、鉄を鍛える。

 まるで、今にもさらなる高みへ登り詰めるかのように。

 金槌の音が鳴り響き、村正の周りの炎が彼の意志に呼応するかのように、燃え盛る。

 

「っっ……もう直接斬りつけちまえ! 奴を串刺しにしろ!」

 

 謎の『魔法』の発動を絶対阻止せんとする沙々の怒号に、使い魔達は槍を構え突撃する。

 喊声を上げて結界内を縦断し、瞬く間に距離を埋め、穂先を突き立てようと飛びかかる。

 だが。

 村正の方が、一手速かった。

  彼の手に炎が収束し、空中に赤い鋼が形成される。

 

「銘を——籠釣瓶花街酔醒(かごつるべさとのえいざめ)

 

 直後。

 凄まじい焔の光が沙々達の視界を焼いた。

 

『——ギャァアアアアアアアア!?』

 

 咄嗟に腕で目を覆った沙々達のもとに届くのは、使い魔の絶叫。

 息を呑みながら視界を回復させると、そこにあったのは灼熱の炎に焼かれて灰と化した魔女や使い魔と、右腕を薙ぎ払った姿勢でいる村正の姿だった。

 大量の火の粉を撒き散らす彼の身に宿るのは——紅蓮の焔を宿す刀だった。

 

「は……ははっ、はははははははは!? なんだ、もったいぶった割には性懲りもなく刀かよ! ビビらせるんじゃねーですよ!」

 

 それを見た沙々は硬直を解き、無理矢理に笑声を上げてみせた。

 誘致の魔女の『低下』の魔法を被ってなお、敵を焼き払った刀の火力は大したものだ。

 

 ——しかしそれだけだ。

 

 結局、接近されなければあの刀も沙々には届かない。

 能力が落ち続けている今の村正ならば接近される前に葬ることができる。

 沙々の嘲笑を他所に、村正は静かに前進を始めた。

 

「撃て! 今度こそ消し炭にしろ!」

 

 指揮官の強い声を受けて勢いを取り戻す使い魔。

 再び始まった砲撃は地下空間を光で満たし、村正を砲火の嵐に閉じ込める。

 

「くふふふふふふふ…………は、ぁ?」

 

 ——筈だった。

 爆音とともに上がっていた少女の笑い声が、途切れていく。

 沙々はそれを見た。

 使い魔達の砲撃が、村正の持つ刀に吸い込まれるように消えていく様を。

 そして魔砲を喰らい、勢いを増していく炎を。

 最初は刀身を纏うほどしかなかった炎は静かに、確かに大きくなっていき、今や村正の身を超すほどに巨大なものとなっていた。

 距離が離れた沙々達のもとにも、その炎の熱が届いてくるほどに。

 

「嘘だろ……ま、魔法を……喰った……⁉︎」

 

 煌々と輝く炎を前に沙々は悟る。

 あの炎は自分達が繰り出した魔法の砲撃を取り込み、吸収しているのだと。

 沙々の目がそれを捉える。

 村正の身体に刻まれた傷へ炎が触れるたび、その勢いが増していく。

 

 まさか──

 

 己の目の錯覚を疑う沙々は震える息を吐き出す。

 傷だらけの村正は眦を吊り上げ、強く地を蹴った。

 いつもの村正からすれば遅過ぎる速度。

 だが、立ち竦んでいる敵の不意を突くには、それで十分過ぎた。

 

 沙々が目を見開く中、刀を振り抜き、炎を爆発させる。

 危険を察知した沙々は咄嗟に、物陰に飛び込む。

 次の瞬間。

 

「───────────」

 

 振り下ろされた一撃が、地下空間を灼熱の世界へと変えた。

 

「なっ、なァ……!?」

 

 地下空間は全焼だった。

 爆風で黒焦げとなった使い魔達を押しのけ、体を起こす沙々は、赤く燃え上がる地下空間に目を剝いた。

 倒壊した長柱から広間の隅々まで、炎が燃え移り、熱を放っている。

 その光景はまるで燃え盛る『火床』のようだった。

 あまりの火力に、軽い火傷を負った沙々の顔が痙攣する。

 咄嗟に柱の陰に隠れて焼死を免れた使い魔達も本能的な戦慄を禁じえない。

 

 ——まずいっ、これは……やばいッ!

 

 一気に汗が噴き出した沙々の予感を肯定するように、この惨状を作り上げた張本人、空間の中央にたたずんでいた村正の身に変化が起こる。

 彼の傷を燃やすごとに炎が強く、大きくなる。

 

 籠釣瓶花街酔醒——その力は『変換』。

 村正の『傷』を糧に『炎』は際限なく膨れ上がる。

 その刀は、一歩間違えれば命を落としかねないほどの致命傷を村正に強いることで初めて発動し、その代償として底無しの火力を得る。

 

 村正は、正直この刀が気に入らなかった。

 この刀は自分がひた隠しにしている『喪失』の痛みを知らしめてしまうものだから。

 目を背け続けている『傷』に無理矢理向き合わせてしまうから。

 

 だから──心底、この刀が気に入らなかった。

 

「ふっ、ふざけやがって……ふざけやがってっ……ふざけやがってぇ……!?」

 

 村正に対し、沙々の頭も怒りに染まった。

 その怒りは彼女の体から怯えや恐怖を追い出し冷静さをもたらした。

 

「舐めてんじゃねーぞ……! てめーだって死にかけだろうが……!」

 

 いくら炎の刀の真価を発揮したとしても、すでに体に受けたダメージが無くなるわけではない。

 全身を負傷している村正の方が、沙々より遥かに死に近いのだ。

 

「それに私の『蜘蛛の巣』はまだ生きてる! 派手に暴れ回ったてめぇは、すぐに動けなくなる!」

 

 足もとに張り巡らされた蜘蛛の巣の模様を見下ろし、沙々は引きつりながら不敵な面構えを纏い直した。

 

 ——上等だ、やってやる。

 

 獰猛な笑みを顔に浮かべる沙々は、

 

「——え」

 

 すぐに、その瞳を凍結させた。

 地下空間に張り巡らされた模様に亀裂が走り、『誘致の魔女』の結界そのものが村正の刀へ吸い寄せられていく。

 沙々の心を支配したのは——絶望だった。

 

「ふざけんな、ふざけんなぁっ……!?」

 

 村正の持つ妖刀の本質は、己の『傷』を炎へ変えること。

 それは物理的な肉体の損傷も、あらゆる魔法の存在も、己を縛り付ける魔女の呪いすら、村正の『傷』となる全てを喰らい尽くして火力に変える。

 張り巡らされた結界を跡形もなく喰らい尽くし、『呪い』を解除した村正は。

 

「——ッ!」

 

 目にも止まらぬ速さで、次々と魔女を焼却していく。

 瞬きの間に——三体の魔女が瞬殺された。

 

「——な、なぁ……っ⁉︎」

 

 空間を縦横無尽に駆け回り、沙々が使役していた魔女達を蹴散らし、その数を急速に減らしていく。

 沙々の『洗脳』の魔法を焼却され、統制を失った騎士や邪教徒の使い魔、青い子蜘蛛、大蜘蛛達が何もできずに処刑されていく。

 

 その燃え盛る大蜘蛛の死体が倒れ、その足下にいた赤い子蜘蛛、『誘致の魔女』を押し潰した。

 すると、生き残っていた青い蜘蛛達が全て灰となって消えた。

 しかし、怒り狂う鬼はそんな事にも目もくれず、目につく魔女を鏖殺する。

 

 沙々は目に焼きつけてしまう。

 鬼が怒りの号砲を放ち、全てを喰い尽くす炎に包まれた眼前に広がる惨状を。

 それはまるで、物語に出てくる『ある怪物』のようだった。

 

「……修、羅……!」

 

 地面にへたり込む沙々に、村正は炎で石床を燃やしながら歩み寄る。

 一瞬で灰に変えてしまわないよう、理性の力を最大限に発揮して火力を抑えながら、村正は沙々を見下ろす。

 

「ごめんなさい! 命令されてやっただけなんです! 見逃してくださいっ、お願いします、ね、ね!?」

「……安心しろ、殺したりしねぇよ。てめぇの命の責任なんざ取りたくもねぇ……」

 

 命乞いをする沙々に侮蔑を含んだ視線を投げる村正。

 しかし、次の瞬間——村正に投げられた言葉に沙々は凍りつく。

 

「何よりお前はまだ『魔女』じゃねぇ」

「——は? な、何言って……はぁ?」

 

 村正の言葉を理解できなかった沙々が、問いを返す。

 すると、村正は黙って自らのソウルジェムにグリーフシードを押し当て、穢れを移すと、沙々は瞬く間に顔面蒼白となる。

 

「はぁ……⁉︎ じゃ、じゃあ……魔法少女の正体って……」

「そうだ。その気持ちを抱えたまま生き続けるんだな」

 

 へたり込んだまま動かなくなった沙々に背を向けて歩き出す。

 しかし、沙々にはもう、その隙だらけの背中を撃つ気力はなかった。

 

 ————————————————————

 

 優木沙々の事件は、収束を果たした。

 復興区での戦闘──出現した炎はしっかりと観測され、調査が入った。

 その途中で発見された、優木の手にかかった亡骸に警察は蒼ざめた。

 事件として調査に乗り出すも捜査は難航しており、魔法少女ならざる身では解決には至らないだろう。

 一夜のうちに降った大雨が全てを洗い流してしまったかのように、事件前と変わらない平穏な日常が戻ってきた。

 

————————————————————

 

 空が朝焼けの色に包まれる中、廃墟の一角で、村正は瓦礫の上に座っていた。

 

「千子くん……」

 

 その後ろ姿を、まどかはマミと一緒に見守っていた。

 家にも帰らず行方をくらませていた村正を、まどか達はようやく隣町のこの場所で見つけたのだ。

 

 いつから彼がここにいるのかは定かではない。

 少なくともまどか達が訪れた時から、ずっと動かないまま朝に移り変わる空を眺めている。

 まどかの目にはその村正の背中が、今まで見たことがないほど小さく見えた。

 

「千子くん……元気ありませんね」

 

 まどかが村正の様子を見て、ぽつりと呟きを落とす。

 事実そうなのだろう。

 さやかを守れなかった自責や敗北感。その他にもまどかが思いつかない感情が今の村正には浮かんでは消えている筈だ。

 悲し気に目尻を下げていたまどかは、マミの方を向いた。

 

「マミさん……どうすれば、千子くんは……」

 

 そんな彼女に、マミは笑みを返す。

 

「鹿目さんが思った通りの言葉をかけてあげればいいと思うわ。きっと大丈夫よ」

 

 マミがまどかの背を軽く押すと、彼女は意を決して広場の中に足を踏み入れる。

 こちらが言葉をかける前に、彼は振り向くことなく声を投げかけてくる。

 

「何しに来られたんですか鹿目先輩。もうすぐ朝になりますよ。夜更かしは健康にも美容にも悪いって言うでしょう? 帰ったら朝ご飯はちゃんと食べなきゃダメですよ」

「マ……ママみたいなこと言われた……!」

「……すみません。ご心配をおかけしましたね。俺はもう大丈夫です。ありがとうございました」

 

 村正はまどかにそう言うと、瓦礫の上から立ち上がり、何も言わずに、少し乱暴な手つきで少女の頭へ片手を落とし、横を通り過ぎた。

 

「どこへ行くのかしら?」

「巴先輩まで……」

「……」

「巴先輩?」

 

 広場から立ち去ろうとした村正の前に、現れたマミに視線を向けるが、拗ねたようにそっぽを向いているマミに困惑する。

 すると、マミはそっぽを向いたまま、揶揄うように言う。

 

「前にも言わなかった? 私は『巴先輩』なんて名前じゃありません」

「え……いや、何の冗談ですか? 巴先輩」

「……」

「……マミ」

「ふふ、よろしい」

 

 村正が名前を呼ぶと、鼻歌でも歌い出しそうな微笑みを返してくる。

 ちなみに、この場合、さん付けで呼んでも反応しないことは、これまでの付き合いでよくわかっている。

 深く息を吐いて、村正は今度こそ場を立ち去ろうとした

 

「待ちなさい。鹿目さんがどうしても聞きたいことがあるそうよ」

「聞きたいこと……?」

 

 振り返ると、マミは微笑を、そして追いかけてきたまどかは真っ直ぐな眼差しを村正にそそいでいた。

 桃色の瞳を見返すと、まどかは緊張するように息を吸った後、しっかりとした声音で尋ねてきた。

 

「千子くん……どうして強くなろうとするの?」

「っ!」

 

 村正は目を眇めた。

 必死に意思を伝えた少女は、変わらず真っ直ぐ見つめてくる。

 どういう訳か村正はまどか相手では適当に誤魔化すこともできなければ、噓をつくこともできない。

 この眼差しの前ではそんなことは許されない。

 何も言わずに足早に立ち去ろうとしたが、黄色いリボンに阻まれる。

 

「答えてあげて。ずっとあなたを探してたんだから」

「マミさん……」

「お願い……千子くん」

 

 まどかは今も村正の言葉を待っていた。

 魔法少女でもない彼女が、村正を追いかけてきたのは、このためだった。

 きっと、かなりの負担や心労を背負わせたことだろう。

 それが、村正にはわかってしまった。

 彼の口は、気づけば独りでに開いていた。

 

「……俺は、自分の弱さが嫌いです」

「それだけ?」

「無力な自分に虫唾が走る……」

「本当に——それだけ?」

「──他に何がある!!」

 

 何度も尋ね返すまどかに、村正は我慢ならないように叫んだ。

 

「強くならなきゃ奪われるだけだ! 弱くては何も守れん! もっと力をつけなければ、また失うだけだ!」

 

 弱者はささやかな幸せも一瞬で取り上げられる。淘汰されてしまう。

 弱肉強食の理不尽に対する怒りであり、無力な自分への憎しみでもあり、失われていく命への悲しみであった。

 うっすらと彼の事情を知るマミは胸を抑えた。

 

「でも違うんだ、そうじゃねぇんだ! ──守りたいんだ! かけがえのない人達を!」

 

 声の高まりは、そのまま願望に変わっていた。

 少年がずっと秘めていた、とても単純な願いに。

 

「もう、目の前で誰かが死ぬのはもう御免なんだ!!」

「……!」

 

 床に向かって叫び続ける少年の姿に、まどかは目を見開いていた。

 それが少年の真実だった。

 脳裏に過るのは祖父の死に様。

 心に蘇るのはさやかを魔法少女にしてしまった己の不甲斐なさ。

 それらの光景に胸の中をかき乱されながら、立て続けに言葉を連ねた村正は、最後に大きく吠えた。

 

「もう——誰も、失いたくない……!!」

 

 空に叫び声が響いていく。

 その場には肩で息をする村正の呼吸だけが響くようになった。

 目を見開いていたまどかはやがて、身じろぎを繰り返して申し訳なさそうに体を小さくした。

 

「あの、ごめんね……」

「へ?」

 

 怪訝そうな顔をする村正の疑問に答えたのは、まどかではなく、マミだった。

 

「そういうことらしいわよ」

 

 明後日の方向に声を飛ばしたかと思うと──先にある複数の建物の屋上から二人の魔法少女達が姿を現した。

 さやかとほむらだ。

 

「…………は?」

 

 村正は、口を半開きにした間抜けな表情で固まった。

 

「うん、ちゃんと聞こえたよー!」

「あんな声量で叫ばれたら当然でしょう」

 

 硬直する鍛冶師を他所にさやかが叫び返し、ほむらが髪をかきあげながら肩を竦め、まどかが申し訳なさそうに苦笑いする。

 村正の叫びは、それはもうしっかり届いていた。

 

 さやか達はご丁寧に物陰に身をひそめ、まどかに促された村正が偽らざる本心を吐露するのを待っていたのである。

 

「なっ、はっ、てめっ、なぁぁ……!?」

「ごめんなさい。こうでもしないと貴方はいつまでも本心を語ってくれないと思ったから」

 

 マミが騙し討ちのような手段を謝罪するが、村正からすればそれどころではない。

 言葉にならない声がこぼれ落ちていく。

 顔を引きつらせながら、口の開閉を繰り返す村正のもとに、さやか達がぞろぞろとやって来た。

 目の前でにやにやと笑う彼女達の中で、さやかが口を開く。

 

「ねぇほむら。こいつみたいな奴を何て言うか知ってる?」

「えぇ、こういうのを『ツンデレ』って言うのよね」

「~~~~~~~〜〜〜っっっ!?」

 

 村正の顔が真っ赤に染まった。

 そんな村正の周りをぐるぐる走り回りながらさやかが追撃する。

 

「やーいやい、このツンデレ! ツンデレ村正さん素敵っすね!」

「──さやかぁああああああああああああああああああ!!」

「あ、ごめ、許してっギャアアアアアアアアアアアアッ!?」

 

 調子に乗って盛大に煽りまくったさやかに村正の怒りが炸裂する。

 それを見て、まどかは笑った。

 顔を真っ赤にして怒鳴り散らす少年と、彼の手をちょろちょろとかいくぐりながら必死に謝る親友の姿に涙が滲む。

 少年の怒号と少女の笑い声は、朝焼けの空に響いていた。

 

 ―――――――――――――

 

「くそっ、くそっ、くそッタレが! 魔法少女なんてやってられっか!」

 

 鍛冶師に命を見逃され、魔法少女の真実を知った沙々は瞋恚の炎を燃やしながら元凶であるキュゥべえを、そして自分をこんな目に遭わせた『巫女』を探す。

 

「あんな強いとか聞いてねぇよ! どいつもこいつも! 私をイライラさせやがって! カスでゴミでどーしよーもねーですよ!」

 

 巫女の依頼は——千子村正の殺害。

 そのための魔女や作戦は彼女に授けられ、報酬の前金も貰っているが、命を取られかけた身としては恐怖や怒りで依頼人に八つ当たりのような愚痴を溢す。

 

「まぁ、いいや。あの野郎の弱点はわかった。次は人質? それとも奇襲? どーやって殺しましょうかねぇ……」

 

 沙々は鍛冶師の殺し方を模索する。

 あの鍛冶師の刀は脅威だが、人質を取ってしまえば嬲り殺しにできると確信する。

 

 鍛冶師の少年が仲間想いな人物であることは沙々にも理解できた。

 何せ青髪の少女を契約させただけで、あれほど怒り狂っていたのだ。もっと分かりやすく命を脅かしてやれば身動きが取れなくなるだろう。

 

 とはいえ、魔法少女を人質にするのは骨が折れる。

 ならば、鍛冶師の少年と友好がありそうな一般人を狙った方が楽だし安全だと考えを整理した時だった。

 

 ——沙々の胸を水晶球が貫いたのは。

 

「は……はぁ……?」

 

 真っ赤な血を吐き、崩れ落ちる沙々の目の前に現れたのは『白』。

 真っ白な魔法少女が、こちらを見下していた。

 

「ごきげんよう。そして——さようなら」

 

 白い魔法少女は同性の沙々すら見惚れてしまいそうな程に美しく、育ちの良さが一目で理解できる程、完璧な作法と共に礼を尽くしたお辞儀をすると、沙々を貫いた水晶球を展開し、その水晶に魔力を充填させる。

 

「彼を傷つけた罪。どのように償って頂けるのかしら? いえ、愚問だったわね」

 

 超然と微笑みながら己に殺意を向ける魔法少女に、沙々は恐怖のみに縛られていた。

 その美しい白髪を揺らされる魔法少女は——欠片も笑っていない瞳で、微笑んだ。

 

「——許す気など無いのだから」

 

 秘めたる激情の片鱗を窺わせながら、瞳を細めたまま唇を動かす。

 

「ちょ、ちょっ……待て……!」

「オラクルレイ」

 

 白い魔法少女は命乞いを許す間も無く、技を唱えると、

 

「ぎゃぁあああああああああッッ‼︎」

 

 沙々は光の濁流に呑まれ、跡形もなく消し飛び、その場には宿主を失ったソウルジェムだけが残っていた。

 白い魔法少女は、消し飛んだ魔法少女だった地面のシミを一瞥すると、まるで恋する乙女の表情で空を見上げる。

 

「愛してるわ……私の運命」

 

 白い魔法少女はそれだけ言い残し、朝焼けの街に消えた。

 

 ―――――――――――――

 

 

 風見野市。

 放棄された旧美術館の地下で大規模な爆発事故が発生した。

 捜査の結果、原因はガスの爆発として処理されたが、『魔法』の存在を知らぬ身では真相に辿りつくことはないだろう。

 そんな街の路地裏で。

 

「——ほい、いっちょあがり、っと!」

 

 赤髪の少女の槍が、魔女の胴体を両断する。

 魔女の断末魔とともに結界が消滅し、黒い霧となった魔女の遺体からグリーフシードが現れた。

 そのグリーフシードを拾い上げ、ソウルジェムを浄化する。

 浄化し終えた赤髪の少女――杏子はため息を吐く。

 

「……最近、魔女どころか使い魔すら見かけないんだよね」

 

 杏子の言う通り、最近、風見野市から魔女が消えたかのように姿を見せなくなっている。

 魔女だけでなく、使い魔すら見かけなくなったことに流石に異変を感じた杏子は顔を顰めながらも、そういうものなのだろうと納得する。

 

 風見野市にも当然、杏子以外の魔法少女が存在しており、彼女達は徒党を組んで、魔女から人々を守ると理想を掲げ、活動しており、度々スタンスの違いから、彼女らと衝突する杏子は彼女達を苦々しく思っている。

 

 なら、この魔女の減少は彼女達の仕業かと考えたが、それでも違和感がある。

 彼女達は積極的に使い魔も退治しているが、過去にここまで減らされた事はなかった筈だ。

 そもそも、最近、彼女達の姿を見ないことも違和感を助長させる一因だ。

 

 しかし、いくら考えたところで答えなどでないため、事情を知っていそうな者に尋ねることにした。

 

「キュゥべえ! 回収!」

「おや、珍しいね。君がこんな時間に魔女退治なんて」

「だってアンタ、手土産がなきゃ来なさそうじゃん?」

「別に呼ばれたらいつでも来るんだけどなぁ。その言い方から察するに僕に用があるのかい?」

「ああ。最近魔女を見かけないんだけどさ。事情とか知ってる?」

 

 杏子がグリーフシードを指で弾くと、空中でキャッチしたキュゥべえが背中を開きながら、答える。

 

「ああ、沙々が手下にしたからだね」

「沙々〜? 誰だそいつ。まあ、そいつが魔女独占してんのか……そいつ何処にいんの?」

「彼女はつい最近まで見滝原にいたんだけどね……この町の美術館で村正に敗れて……それから行方不明だ」

「あいつが……? まさか、あいつが殺したのか……?」

 

 杏子が知る彼は、底なしのお人好しという印象だった。

 間違っても、人なんか殺せない甘ちゃん。

 そんな彼が、人殺し——というのが、全くイメージできなかったのだ。

 しかし、キュゥべえは首を横に振る。

 

「村正が沙々を倒したのは事実だけど、彼が彼女を見逃したのは確認済みさ」

「……ふーん。ま、そうだよな。あいつならそうするよな」

「杏子も彼と接触したのかい?」

「……まあね」

「彼は極めつけのイレギュラーだ。警戒しておくに越した事はないよ」

「イレギュラーねえ……確かに変な奴だけどね」

 

 杏子は心底納得したように笑う。

 そもそも男の魔法少女なんておかしな存在なのだからイレギュラーもイレギュラーだろう。

 

「彼は不確定要素が多すぎる。突然現れて様々な魔女を撃破しているが、その正体は全くの謎だ。杏子もくれぐれも注意して」

「……随分と目の敵にしてるじゃん?」

 

 変人ではある、おかしな奴だとも思う。

 しかし注意するという警告は少し理解できない。

 昔から杏子はキュゥべえとの会話において、噛み合わないことが多いと感じていたため、深く気にしなかった。

 それどころか、都合の良い『口実』が出来たことにしめたとさえ思っていたのだろう。

 

「……そんなに怪しいってんならさ、アタシが探りを入れてやろうか? 」

「良いのかい? でも彼はマミと師弟関係にある。君はマミと距離を置いているんじゃなかったのかい?」

「げっ……! 相変わらず正義の味方ごっこかよ。確かに村正の奴そーゆーの好きそうだし……ま、縄張り荒そうってんじゃないんだから、大丈夫っしょ」

 

 度々見滝原で魔女を狩っている杏子だが、本来なら縄張りに踏み入るだけでも好ましくないと理解していた。

 風見野市で魔女が減ってしまったなら、狩場を移すしかない訳だが、流石にマミと正面からやり合うのは分が悪い。

 

 そこで杏子は村正に貸している物があること、あわよくばこちら側に引き込めないか、と思案していた。

 彼はマミほど潔癖ではなく、自分のスタンスを否定しない人物だったので、彼なら分かり合えるのではないかと期待しているのだ。

 

「……じゃ、アタシが見滝原に行くのはアンタのお願いを聞いてやった、ってことでいいよねぇ?」

「僕のお願いを聞く魔法少女というのも珍しいね」

「ふん、あいつに貸しがあるだけだよ」

 

 キュゥべえに村正の家の住所を聞き出した杏子は、見滝原に向かうための準備に取り掛かる。

 初対面で必殺技を聞いてきた馬鹿。

 倒れてたあいつを気まぐれで介抱した後、振る舞ってくれた手料理。

 ゲームセンターで戯れついた時に感じた体温。

 杏子にとって失くして久しい温もり。

 彼女は思い出したそれを、忘れることも、無かったことにすることも、諦めることもできなかった。

 

 ——村正、お前なら分かってくれるよな?

 

 

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