「あなたに相談があるの」
暁美は俺が出した握り飯(紅しゃけ)を片手にそう言った。
時刻は八時。場所は千子家の居間。
魔女使いの魔法少女との戦闘の後、あろうことか俺をツンデレ呼ばわりしやがったさやかをシメた後、傷の手当のために帰宅したのだが、俺が家に帰った時には何故か彼女が家の中にいた。
誰もいない筈の家から『おかえりなさい』なんて聞こえた時は軽いホラーだった。
一階の戸締りはしっかりしていた筈だから侵入経路は二階の窓か。
いつかのように華麗に不法侵入を決めた目の前の魔法少女に言ってやりたいことはあるが、おそらく無駄だろう。
どうやら長い一人旅のせいで、他人の家にも玄関という概念があることを忘れてしまったらしい。
一応、俺以外の家では同じことをするなと釘は刺したため、最低限の義理は果たした筈だ。
気を取り直して、俺は暁美の協力者として相談とやらを聞こうと思う。
「そんで、どうしたよ? 夕方から予定あるから、それまでなら付き合うぞ?」
「…………………………」
続きを促すと、何故だか黙り込んでしまった暁美の顔には葛藤やらが混じった渋い顔が浮かんでいた。
それほど深刻な相談なのか——ワルプルギスの夜についての情報か、或いはまだ俺の知らない魔法少女の秘密が隠されているのか。
そして、やっと口を開いた暁美から発せられたのは、意外すぎる言葉だった。
「その……いわゆる、恋の相談……なのだけど……」
「あん?」
こいのそうだん……その七文字を噛み締め、理解に数秒ほどの時間を要した後。
「恋の相談だとッ! お前が、恋だとッ!」
暁美との付き合いの中で一番の衝撃だったかもしれない。
鹿目先輩以外は眼中になさそうなこいつの口から恋の相談なんてワードが飛び出るとは思わなかった。
「勘違いしないで! これは別に私の恋愛事情ではないわ。これは恋に悩む友達に、どういうアドバイスをすればいいかという話よ」
「ダウト。お前さんにそんな話をする友達なんざいない筈だ」
「殴られたいの?」
友達すらろくに作ろうとしないこいつが、どうして恋のキューピッドとやらの真似事をする必要があるのか。
そうして……ある可能性に辿り着く。
「ああ……さやかか」
「お察しの通りよ。美樹さやかの恋を成就させなければならないの」
「そうは言うがよ……人選を間違ってんだろ。悪いが俺はモテたことなんざねぇぞ」
「構わないわ。正直ダメ元で聞いただけだから……いひゃい!」
身も蓋もないことを言いやがった暁美の頬を摘み横に引っ張りながら思考する。
きっと、別の時間軸のさやかは上条先輩に失恋したとかで絶望して魔女になっちまったのだろう。
それを変えるために、さやかの恋を成就させる……言うは易しだ。
こういうのって外野が騒ぐとロクな結果に結びつかないって気がするけどな。
つーか、こいつの頬、柔らかいな。赤ちゃん肌か?
彼女の頬から手を離すと、涙目で睨んで来るが、口は災いの元ってことで我慢してもらおう。
ま、彼女なりに譲れない事情があるのは伝わってきたし、どんな形であれ、さやかの魔女化阻止に繋がるなら協力したい。
しかし、恋愛相談となると…………いくら俺達恋愛弱者の二人が頭を悩ませたところで——それも、恋愛経験ゼロのぼっち鍛冶師見習いと倫理観がイカれた不法侵入者ともなれば、まともな案が出てくるとは思えない。
となれば——頼れる人に尋ねるべきだ。
「よし、早速こういう話題に強そうな知り合いをあたるとしよう」
――――――――――――――――――
とは言ったものの、だ。
友人がそんなに多くない俺に恋愛相談できそうな知り合いなんて多くない。
先程、ダメ元で徳川の病室を訪ねたところ、暁美と一緒にいるだけでキレられ、上条先輩(流石に名前は伏せた)というイケメンに告白したいけど勇気が出ない女子の恋愛相談をしたいと言ったら更にキレた。
穏やかな心を持ちながら、激しい怒りによって何かに目覚めそうになった徳川を放って退散してきたのだ。
アテが外れた俺は、現在公園の
徳川の友人である暁美のファンクラブの連中もいるが、あいつらも徳川と大して変わらないだろうし……となると、やはりマミあたりが適任だろうか?
美人で物腰柔らかな彼女なら男性人気も高いのは間違いない。ないのだが……今まで一度も男子生徒と話しているところを見たことがないのが引っかかる。
魔法少女の活動が忙しいのもあるだろうが……何というか、失礼だがマミもどっちかって言うと俺達寄りな気がする。
しかし、そうなってくるといよいよアテがない。
「千子くん?」
名前を呼ばれて前を向くと、鹿目先輩が不思議そうな顔で俺を見ていた。
鹿目先輩はふんわりとした笑みを浮かべると、俺の隣に座る。
「何か悩み事?」
「悩み……といえば、悩みですかね」
「もし良ければ話してみて。私なんかが力になれるかわからないけど……」
最後の方になるにつれ、声が小さくなっていく。
ふと、鹿目先輩を見る。
鹿目先輩は人当たりもいいし、真っ当な感性をしているため、俺達イカれた魔法少女二人組よりは、まともな案を出してくれそうだ。
意を決して鹿目先輩に向き直り、口を開く。
「鹿目先輩って好きな人いますか?」
「え——えぇええええええええええ‼︎」
小さな声がデフォルトの彼女から想像もできないほど、大きな声が出た。
鹿目先輩はあたふたと手を振り、見ていて面白いくらいに狼狽えていた。
「い、いないよぉ! もしかして揶揄ってるの⁉︎」
「気になる男子生徒とかでも構いません。俺と恋バナしましょう。恋バナ」
「急にどうしちゃったの? 千子くん!」
「——本当にどうしたのかしら。ねえ、千子村正」
慌てる鹿目先輩の反応が面白かったので調子に乗って追撃していると、後ろから絶対零度の声がした。
声の主は予想通り暁美ほむらのもので、紙屑を見る目で俺を見下している。
「よう、何処に行ってたんだ?」
「これを取りに行ってたのよ」
「分厚い本だね。何の本なの?」
暁美が差し出してきた分厚い本を受け取ると、鹿目先輩が興味津々といった様子で尋ねる。
しかし、そんな鹿目先輩に対して暁美は能面のような表情で言い放つ。
「まどか。悪いのだけど外してくれるかしら。千子村正と二人で話したいことなの」
「ほむらちゃん……」
暁美のあんまりな言い方に鹿目先輩が悲しそうな顔をする。
鹿目先輩に、というより俺以外の誰にもまだループのことは話していない……そもそも話す気もないのだろう。
暁美にとって、最も知られたくない秘密の筈だから。
しかし……しかし、だ。
これでは仲間はずれにされてしょんぼりしてる鹿目先輩があんまりだ。
「いや、外れんのはお前もだよ。いい機会だから鹿目先輩と遊んで来い」
「あ、あなたは何を言ってるの⁉︎」
暁美が持ってきたのはループによって得た資料の数々。
ぶっちゃけ必要なのはそれだけで、暁美本人はあまり必要ない。
恋愛経験ゼロ共が雁首揃えていたところで大した意味はないので、こっちは俺が担当するから暁美は鹿目先輩と親睦を深めてこい、という意図だったのだが、暁美は簡単には諒としない。
「いいから、行って来い! 鹿目先輩と友達になりたいんだろうが!」
「え、そうなの……? ほむらちゃん」
「それは……」
「そら、行った行った。こっちは何とかしとくからよ。それに——」
言い淀む暁美の背中を押して鹿目先輩に押し付ける。
暁美ほむらという少女は本来、真面目で善良な倫理感の持ち主で、自分の身の周りに起こったことの責任や、罪悪感を精いっぱい受け止めようとしているのだろう。
過去の『まどか』の約束を果たすために、それ以外の全てを切り捨ててでも。
そういうことくらいは、俺にも分かっていた。
しかし──。
「一人は寂しいぞ?」
「……」
「俺達の明日は保証されてない。さよならを言えるとも限らねぇんだ」
「でも、私は……」
ここまで躊躇うのはきっと、かつての『まどか』と、目の前にいる『鹿目先輩』を同じように見ていいのか、分からなくなっているからだろう。
彼女の中では、そんなに簡単に割り切れるものでないことだって、俺にも理解できる。
「いいんだよ、そんなに難しく考えなくたって。ダチは何人作ったって罰は当たらねぇよ」
しかし、暁美はどんな事情を抱えていようが、十四歳の少女だ。
恐怖だって、未練だって、あって当たり前だ。
俺達はまだ未熟な中学生だ。
魔法も奇跡も──彼女が青春を諦めなきゃいけない理由にはならないはずだ。
「行ってこい。たまには我儘になれ」
「……わかった。後の事は任せるわ」
「ああ、任された」
暁美は俺に背を向けて鹿目先輩の方へと歩いていく。
不安そうな顔をしていた鹿目先輩に暁美が頭を下げて、前言を撤回した。
鹿目先輩は驚いたような顔をした後、破顔して暁美の手を取って歩き出した。
鹿目先輩に手を引かれる暁美は、ぎこちなく、それでも隣を歩いていた。
あっちの事は鹿目先輩に任せて、俺は資料に集中しよう。
鹿目先輩なら悪いようにはしないだろう。
俺は美樹の魔女化を阻止するべく、資料を開くと——強い風が吹いた。
「うおっ! 急に吹いてきたな……ん?」
驚きのあまり俺の口から間抜けな声が漏れ、持っていた資料のページが風に捲られる。
そして、開かれたページに赤い文字で記されたある名前が目に入る。
よく見ると、その名前だけナイフを突き刺したような跡があった。いや、怖ぇよ!
「美国……織莉子……?」
聞いたことはない。会ったことは勿論ない。
しかし、その名前から目を離すことができなかった。
そう、まるで——陳腐な言い方をすれば『運命』のように。
その瞬間——ぞくり、と。
何者かの視線を感じて、背中に怖気が走り、座っていた長椅子から跳ねるように、立ち上がる。
辺りを見回しても不審な影はなく、むしろ公園の真ん中で棒立ちになる俺の方が立派な不審者に映るだろうが、気にする余裕もなかった。
俺の勘違いか……?
ばくばくと早鐘を打つ心臓の音を聞きながら、どうにも釈然としないが、気にしても仕方ないので資料を手に取り作業を開始する。
その後ろ——建物の屋上から白い魔法少女がこちらを覗いていることにも気付かないまま。