評価バーに色が付いていて思わず二度見しました。
たくさんの応援ありがとうございました。
これからもよろしくお願いします。
「さやかちゃんっ、さっきからすごくやられてるけど、大丈夫なの⁉︎」
「だ……だいじょーぶ……」
放課後。
さやかとの訓練を始めて数日が経った。
訓練開始の日の夜のように鍛錬に励むさやかと村正、そして今日はまどかがいる。
最近、やつれ気味で元気がないさやかを心配したまどかは、さやかが無茶をしているのではないかと詰め寄ったところ、さやかが村正やマミに特訓を受けている旨を伝えたそうだ。
そこで、自分の親友が何をされているのか確かめるため、この公園まで付いてきたのである。
振りかぶり、振り下ろした一撃を村正は、サーベルの側面を叩くことで軌道を逸らし、独楽のように回転——さやかの背後に回り込み、ガラ空きの背中を小突く。
ちなみに彼の身体に昨日まで巻きつけられていた包帯はなく、妖刀の炎が鎮火したことで使用可能になった回復魔法を使い完全復活を果たした。
「ぐぅぅっ!?」
「絶対に死角は作っちゃいけない。視野を広く持って……まだやれそうか?」
「まっ、まだまだぁっ!!」
「動きは小さく。必殺の一撃ってのは必殺の隙を作るもんだ」
村正の一閃を受け止め損ね倒れかかるさやかだったが、すぐに上体を戻し身構える。
これまでより粘り強い。いつも以上に気が引き締まっている。
まどかが来てからというもの、未だに尻餅をついていない。
まるで彼女の前で情けない姿は見せられないと意地を張るように、さやかは村正との模擬戦に臨んでいた。
頑張れー! と応援するまどかの声を聞いて、こちらの攻撃に食らいついてくる。
微笑ましい気持ちを抱く村正は、それを唇の端に浮かべるにとどめ、真剣な表情で鞘による連撃を見舞った。
必死に振るわれるさやかのサーベルと果敢な攻防を交わし、更に動きを加速させる。
空高く響き渡る武器の衝突音。
青の空は流れる雲とともに移ろっていき、時間の経過を忘れるように、やがて茜色へと姿を変えていた。
「……今日は、これで終わりにしようか」
「あっ、ありがとうっ……」
己を照らす夕焼けを見上げ村正が鞘を下ろすと、さやかは脱力する。
満身創痍であるもののさやかは結局倒れなかった。
今も倒れ込みそうになるのを何とか踏ん張っている彼女に目を細めつつ、村正は帰路につく準備をする。
「さやかちゃん……とっても凄かったね。かっこよかったよ!」
「いやー……死ぬかと思った……」
立てかけておいた
「でも……どうして魔法少女同士で戦う練習してるの? 魔法少女の敵は魔女なんなら……」
「魔法少女には縄張り争いってのがあってですね……これ、マミの座学でも説明あったと思うんですが……」
村正の口から魔法少女の縄張り争いについて説明される。
ちなみにもう一人の指南役であるマミは、もっぱら座学を担当している。
魔力の源であるグリーフシードを得るために魔法少女同士がテリトリーを巡って争うことがある——これを『縄張り争い』という。
その説明を聞いて、さやか達は先日の魔女使いの魔法少女を思い出して、顔を顰める。
「ああいった輩から身を守るために、ある程度は対人戦の経験は必要かと」
「……みんな、仲良くできないのかな……」
「みんながそう思えればそれに越したことはないんですがね」
どこか悲しげに呟くまどかに、少年もまた、どこか憂いを滲ませてそう言った。
―――――――――――――――――――
「お疲れ様、さやかちゃん。痛い所はない?」
「それが不思議なことに、あんだけやられたのに痣一つないんだよねー」
まどかと談笑しながら帰路につくさやかは、おどけたように体を動かし、無事であるとアピールする。
ちなみに、帰宅の準備を済ませた村正は、さやかに水とグリーフシードを渡すと、彼女らと別れてしまった。
しばらくして、体力が回復したさやか達も何段もの階段を下り、見滝原市の端、北西部の裏通りに出た。
道幅がある裏通り。もの静かな場は薄闇に包まれており、逆に言えば周囲からはもの音一つせず、不自然なまでに夜陰が際立っている。
明かりが全くない。不気味な空気を遅まきながら感じ始めたさやかは、ふと、洒落たポール式の街灯を目にした。
(……壊され、てる?)
街灯が何か——鋭い槍のような物で打ち壊されたかのように破砕していた。
警戒を強めながら、前方へと目を凝らす。
やがて、建物と建物の間から、影を払って何者かが歩み出てきた。
(女の子……?)
赤い髪に同色のワンピースと白いフリル。
口元に見える八重歯も相まって獰猛な野良猫の様な雰囲気を持つ少女だった。
少女はさやかを認めるなり——がっかりしたようにため息を吐く。
「何だよ、アイツじゃねぇじゃん。アンタの案内もアテにならないね」
「そう言わないでよ杏子。彼女から確かに村正の魔力の残滓を色濃く感じるよ」
「キュゥべえ! って、あんた今、村正って……!」
「何? アンタ、あいつの知り合い?」
聞き捨てならない人物の名前にさやかは思わず反応する。
そんなさやかに杏子は初めてさやかに関心を示す。といっても使えそうな案内人としてだが。
当然、さやかは一層警戒を強め、まどかを背に隠す。
以前出会った魔法少女は、無関係な一般人まで平気で襲う危険人物だった。
目の前の少女が沙々と同じように、村正に害する存在ならば、おいそれと彼の情報を渡す訳にはいかない。
そんなさやかの態度が気に入らなかったのか、杏子は視線を鋭くする。
「オイ、さっさと答えやがれ。お前、あいつが何処にいんのか知ってんのか?」
「……だったら、どうすんのよ?」
「案内して貰おうと思ってね。あいつの家で待ち伏せしてもよかったんだけど、話は早い方が良いからさ」
「——なっ?」
彼女は今、彼の家で待つと言った。
そのことから過去に彼本人に招かれたことがあるか、あるいは彼の住所を何らかの方法で調べたのかのどちらかと考えられる。
だが、村正の方から彼女のような人物の話は出た事がない上に、彼女も連絡先などは知らされていない様子だ。
ということは後者なのだろう。
そして、脳裏に過ぎるのは縄張り争いという、数時間前に村正から説明された、その可能性。
村正の噂を何処からか聞きつけて、彼を狙っている可能性がある——そう結論付けた。
きっと話し合いができれば誤解も解けたのかもしれないが、お互いにその気がない以上——衝突は必然だった。
「まどか……下がってて、あいつの相手はあたしがやる」
「さやかちゃん⁉︎」
「へぇー……どうあっても教える気はねーみてーだな。まぁいいや、軽くシメてやれば吐くっしょ」
嗜虐的な笑みを浮かべた杏子の手には、身の丈を超える程の長槍を出現させる。
さやかもそれに応えるように、青いドレスに白いマントを羽織った魔法少女の姿に変身し、サーベルを構える。
そのまま剣を振りかぶり杏子に向け、振り下ろす。
「……ちょっとさぁ、やめてくれない? この程度の癖に遊び半分で首突っ込まれんのって、ムカつくんだよね」
さやかの渾身の一撃を片手で軽々と受け止めた杏子は、僅かに身体を捻り、剣を払うと同時に槍でさやかを打ち据えた。
「あぐ……ッ」
「さやかちゃん!」
一瞬で遥か後方まで吹き飛ばされたさやかに駆け寄ろうとするが、まどかは菱形の鎖に道を阻まれ、それは叶わなかった。
「フン、トーシロが。ちったぁ頭冷やせっての」
「誰が……あんたなんかに……」
苦痛に顔を歪ませ、剣を杖代わりにして立ち上がるさやか。
その様子に杏子は以外そうな顔をする。
「おかしいな、全治三ヶ月くらいはかましてやった筈なんだけど」
「彼女は癒しの祈りを契約にして魔法少女になったからね。ダメージの回復力は人一倍だ」
「誰が……あんたなんかに……」
さやかは、ぎりぎりと歯を食いしばりながら、一歩、一歩と杏子に近づく。
「あんたみたいなヤツがいるから、マミさんや村正は……」
すると、杏子は槍を両手に構え直し、その顔を怒りに染めた。
「……うぜー。チョーうぜー。つーか何? そもそも口の利き方がなってないよねぇ。先輩に向かってさぁ」
「黙れぇッ!」
その叫びと共に再び斬りかかるが、またしても槍の穂先に剣を弾かれ、反撃を喰らう。
激しさを増す、杏子の槍捌きにさやかは防戦一方を強いられる。
「さやかちゃん……ッ!」
「まどか、近づいたら危険だ」
思わず駆け寄ろうとしたまどかをキュゥべえが止める。
キュゥべえにとって、まどかが事故によって死亡することだけは避けたいのだ。
「言って聞かせてわからねー、殴ってもわからねーバカとなりゃ……あとは殺しちゃうしかないよねぇ!」
「や、やめてぇ!」
体勢が崩れた死に体のさやかに、杏子の『必殺』の一撃が襲いかかる。
しかし。
「必殺の一撃は……」
体勢を崩した——ように見せかけたさやかは、槍の側面を叩くことで軌道を逸らし、独楽のように回転する。
瞠目する杏子の後ろに回り込み——
「必殺の隙を作るッッ!」
「――――――――!」
絶叫を上げる膝をつぎ込んだ、最速の回転斬り。
さやかの呼吸はどうしようもなく絶え絶えだった。体も傷だらけで、満身創痍。
対して、杏子は息一つ乱れていない。
けれど、静かに頬を指で拭った。
杏子の頬には、一筋の切り傷が走っていた。
新たな紅い滴が生まれ、白い頰を伝う。
さやかの負傷に対し、たったそれだけ。たった僅かな傷一つ。
でも、届いた。
「あんたには……負けないっ!」
立っているのがやっとのさやかは——しかし、その眼は死んでいない。
その瞳には、戦意と怒りが燃えている。
「マミさんや……村正のためにも……あんたみたいな奴に、負ける訳にはいかないんだ!」
「マミさん、ねぇ……。もしかしてアンタも他人の為にー、とかふざけた理由で契約したんじゃないだろうね?」
「だったら……何よッ!」
「ウザいって言えば分かる?」
「——っ! かはっ!」
瞬間——さやかの視界から消えた杏子は一瞬で、さやかの背後に回る。
さやかも何とか反応し、振り返るが視界に入ったのは、迫り来る槍の穂先。
何とか身を捩り、刺突を躱すが、それと同時に杏子の蹴りがさやかの腹部に深々と突き刺さり、地面に身を擦られながら吹き飛ぶ。
吹き飛ばされながら、地面を押し空中に逃れるさやかだったが、杏子が一手早かった。
空中で身動きが取れないさやかの足に、鎖で繋がった槍が巻き付き、コンクリートの壁を破砕せんばかりの勢いで、槌のように叩き付けられる。
「——っは、ぐぅ……っ!」
「これで——終いだよ!」
「さやかちゃん!」
倒れ伏し、地面に這いつくばったさやかに、トドメの槍が襲いかかる。
親友の運命を察したまどかが、涙ながらに叫ぶ。
その時だった。
——コツン。
何者かの靴音が路地裏に響いた。
その音を聞き逃さなかった杏子は、動きを止め、その人物を睨む。
体を強く打ち付け、ぼんやりとする視界の中で、さやかは、その人物の名前を口にした。
「……マ、ミ……さん……?」
「お久しぶりね。その子は私の大事な後輩なの」
「なぁんだ……くたばったもんかと思ってたよ——マミ先輩?」
銃を構え、杏子を牽制する人物は巴マミ。
佐倉杏子が袂を分かった——彼女の師匠だ。
(——それだけじゃねぇ)
気配を感じた杏子は、視界を周りに巡らすと、廃墟の上に、黒い長髪を靡かせ、能面のような無表情で杏子を見下ろしている、もう一人の魔法少女——暁美ほむらの存在を認める。
(流石に……旗色が悪いかねぇ……)
二対一……それも、かつての師匠と、戦力が未知数の魔法少女。
しかも、さやかが復活すれば三対一。流石に分が悪いと判断した杏子は、撤退の方向に舵を切る。
当初の予定通り村正の家を訪ね、彼を待ち伏せしようと踵を返すと、
「ま……待、て……マミ、さん……あいつ、村正を狙って……っ!」
「村正君を……? どういう事かしら、佐倉さん?」
息絶え絶えのさやかの言葉に、一層鋭くなるマミの視線を受けた杏子は挑発的な笑みを浮かべる。
「別に? ここの縄張りが欲しくなったからさぁ……あいつをスカウトしようと思ってね」
「村正くんを……スカウト? でも、それってマミさんやさやかちゃん達と戦うために、村正くんをスカウトするってことだよね……?」
まどかは、杏子が村正の命を狙っている訳ではないと分かって安堵するが、それも束の間のこと。
結局、縄張り争いのためにスカウトするなら村正をマミ達との抗争の戦力として引き込みたいという意図なのだから。
「あいつとは面識があってね。こっち側の戦力が欲しいからあいつを引き込もうってこと」
「……村正君は私のパートナーなの。勝手な真似は許さないわ」
「それはアイツの勝手だろ? それに……誰かのもんを力尽くで奪うってのも一興だよねぇ?」
そう言って去っていく杏子の後ろ姿を、マミは悲しそうに見送る。
いつから、そうなってしまったのだろう。
どうして、そうなってしまったのだろう。
そんな答えはマミにとって、杏子にとって──問うまでもなく明白だった。
――――――――――――――――――
それはマミと杏子が、師弟だった頃。
「——みんなの幸せを守る、それがあたしの願いなんだよ」
遠い思い出の中の杏子は、紅茶の香りが満ちるマミの部屋で、確かにそう言っていた。
あの日の彼女の主張は、今の彼女とは真反対だった。
それから彼女達は、魔法少女として青春を過ごし、同じ日々の中で戦い、学び、笑い合った。
二人でいれば、どんな障害だって、どんな理想だって、乗り越えていける気がしていた。
その歯車が、ある時、ハッキリと狂った。
杏子は、自分の願い事が引き起こした一家心中をきっかけに、これまでの考え方を変え——二度と他人のために魔法を使ったりしない、と。
——この力は全て自分のためだけに使い切る、と決意する。
願いで発現した幻惑の魔法を無意識に封印すると同時に、マミと意見を衝突させるようになる。
二人で並んでいたはずの道は、少しずつ離れていった。
コンビを解消すると告げる杏子をマミは引きとめようとするも、意見の相違は決定的となり、ついには互いに交戦するに至ってしまう。
そして、その戦いは、
「——そんな殺す気の無いなまくら玉、避ける必要すらないんだよ!」
叫ぶ杏子の裂帛の気合いの下にマミのリボンを突破し、マミに敗北を認めさせるという形で決した。
「あなたは独りで平気なの?孤独に耐えられるの?」
戦いが終わり、マミはそう問いかけるも、杏子は。
「あんたと敵対するより、ずっとマシさ」
完全に人間関係が壊れる事こそ免れたが、杏子は見滝原を出て行っ
た。
それから一年の時が過ぎた——にも関わらず、喪失の傷が塞がらず、孤独に押しつぶされそうになり、泣き出してしまいそうになっていた時。
——やあ、マミ。僕はこの少年に魔法少女になって欲しいってお願いしてるんだ。
——お願いっつーか、完全に押し売りだがな。お嬢さん、飼い主なら躾けといてくれ。
肩に乗っていたキュゥべえの首根っこを掴んでこちらに渡してくる少年——村正と出会ったのだ。