戦闘描写がとても難しく感じます。
電光石火、という言葉がある。
雷光や火打ち石の火花が飛ぶ速さとして表現される言葉だが、二人の戦士の戦いは、まさしく『電光石火』の連続だった。
交錯するのは、言葉になり得なかった無数の問いと答え。
激突するのは、理想を信じる者と、理想を信じることをやめた者の槍と『拳』だった。
これは凄惨な殺し合いではない。だが手加減など微塵も介在しない、魂と魂の殴り合い——すなわち『喧嘩』だ。
杏子は、かつての己を思い出させる、少年の『甘さ』の奥にある、何かを見極めるべく槍を振るう。
最初に動いたのは、佐倉杏子だった。
無言のまま、足元を弾くように跳ね、地を蹴る音すら置き去りにして赤い影が風を切る。
見る者を魅了するような洗練された槍術を振るう杏子には、一種の優美さすら感じられる。
目にも留まらぬ、とは正にこのことだろう。
視界を真っ赤に染め上げる槍の軌跡が迸った後に、一瞬遅れて風を斬る音が響く。
音を置き去りにする速度は、常人には到底視認することなどできない。
突き、突き、突き、突き、突き。
愚直なまでに繰り返される、槍の前後運動。
その常軌を逸した速度の前に、小手先の戦術など必要ない。
単なる『点』の攻撃であるはずの刺突は、緻密な面に変貌し、雨霰となって目の前の存在へ降り注ぐ。
そんな彼女と相対し、いまだに人の形を保つ少年もまた、尋常な存在ではなかった。
無数に繰り出される刺突の合間、ほんの数ミリの隙間を縫うように体を滑らせ、少年——村正は杏子の懐へと一気に肉薄すると、そのまま体重を乗せた鋭い右フックを打ち放った。
「!」
杏子は即座に身を躱すが、村正はそれに合わせて一歩踏み込み、左斜め下から振り上げるアッパーカットを繰り出した。
相手は更に躱すが、舞い上がった髪の一部を拳が通り抜け、数本の髪がハラハラと地面に落ちる。
そのまま更に足を踏み込み、ステップで杏子の繰り出す刺突の嵐を紙一重で躱し、時には振り抜かれた槍すらも踏みつけながら、相手にプロボクサーさながらの連撃を繰り出していく。
杏子の反応速度も大したもので、自らの身体に迫る凶悪な拳をタイミング良く躱し続けた。
速度は少女の方が速い。それでも押し返されるのは、打ち払う度に槍が僅かに逸れ、その一瞬が速度を殺していたからだ。
そこに槍の連撃が飛来し、村正は大きく間を取って仕切り直した。
「へぇ……結構やるじゃん。ちょっと舐めてたよ」
槍を担ぎ獰猛な笑みを浮かべる杏子。
そんな彼女を見て、村正は眼を爛々と輝かせたまま答えた。
「流石だ姉弟子。そんな事より……やっぱり、拳じゃ届かないか」
「ったりめーだ、この馬鹿。てか、姉弟子って呼ぶな。……マミの奴は格闘技も教えてんのか?」
「いや? テレビでやってた格闘技の試合で見た動きを試してみたんだが、やはり上手くはいかないもんだ。殺すわけにもいかないから、殴って気絶させようとしたんだが……」
「……ったく」
鼻を鳴らすその声音には、苛立ちと、その裏に隠しきれない動揺が潜む。
どこか、自身でも制御しきれぬ感情が、槍と共に心の奥で燻っていた。
風が、二人の間を吹き抜ける。
交わされる言葉は少ないが、熱は着実に増していた。まだ『本気』には至っていない。だがそれは、刻一刻と近づいていた。
再び舞い散る火花のような連撃の嵐が吹き荒れる。
杏子の肩や肘の細かな動作から次の一手を読み取りながら、村正は拳の連撃を繰り出しつつ、ある違和感を抱いていた。
——妙だな。
槍の使い方は無駄がない。刺突、薙ぎ払い、間合いの支配。どれも洗練されている。
だが妙だった。
彼女はまだ、自分の切り札を一枚も切っていない。
彼女は魔法少女であるならば、マミのように——己の『固有魔法』を使ってこないのはなぜか。
マミはリボンを駆使して敵を絡め取り、状況を有利に進め、時には不利すら覆す。
ならば、杏子にも同様の『奇跡の力』が存在するはずだった。
村正はわずかにステップを踏んで距離を置き、真っ直ぐな視線を向けて問いかける。
「……なあ、杏子。魔法は使ってこないのか?」
その問いは牽制でも探りでもなく、単純な疑問だった。
杏子はぴたりと動きを止めた。そして、ほんの僅かに——視線が泳ぐ。
それはわずかな一瞬。それは十全すぎるほどの隙であり、思考を巡らせる十分な時間だった。
——使っていない? いや、この反応……『使わない』ってことか……?
杏子は口元をわずかに歪め、槍の石突をどんと地面に突き立てた。一拍の間を置き、
「こっちにも、色々あるんだよ」
吐き捨てるような言葉。それは怒りというよりも、どこか深い苦悩の色が滲み出ているように見えた。
願いと祈り——魔法少女という存在の根幹を為す、奇跡の力。
その力を最初から『使えない』村正に対して、もし彼女が『使わない』ままで挑んでいるのだとしたら、手抜きをしているのは佐倉杏子の方ということになる。
「杏子が何で固有魔法を使わねぇのかは分かんねぇけど、そのままなら俺は倒せねぇぞ」
杏子の眉が、わずかに吊り上がる。
「……ッ、言ってくれるじゃんか、ルーキー」
その声に宿っていたのは凶暴な敵意ではなく、胸を突かれたような痛烈な苛立ちだった。
勝ち負けの優劣ではなく、己の正義を叩きつけるためでもない。
ただ目の前の相手を認め、信頼を得るためにこそぶつけられる純粋な言葉。
そのどれもが、かつて杏子が愚かだと切り捨ててきたものだ。
こんなことを考えている自体、村正を無視できていない証拠だ。『愚行』であると断じて失望しておきながら、眩しく思っている。杏子はそんな自分が限りなく滑稽に思えた。
彼女の足元に、再び槍の切先が滑り出す。しかし、その構えは、最初に向けたそれとは違っていた。
わずかに、重くて鈍い。けれども確かに前を向いた構え。
「覚悟しなよ、村正。お前が思ってる以上に、アタシは強えよ」
風が、再び吹き抜ける。草木が揺れ、遠くの水音がふたりの緊張を際立たせる。
刹那、足元の草が、踏みしだかれる音と共に跳ねた。
「――ッ!」
刺突が来る、と理解した時には、もう頬が裂けていた。
杏子はギアを一つ上げ、速度と力を増したことで、村正の反応速度を超えたのだ。
これまで均衡を保っていた村正の拳の連撃は杏子の捌きによって徐々に押し返されていく。
頬や服、肩などを擦る度に肌が裂け、血が流れていく。
村正が後ろに飛び退いた――次の瞬間、槍の中段が音を立てて分かれ、三節棍じみた構造が鞭のようにしなりながら襲いかかる!
——おいおい……そりゃ、どんな仕掛けだよっ!?
伸びた槍先が、意表を突いて村正の背後を狙う。
村正はすんでのところで体を捻り、外側の軌道へと跳ぶが、その時にはもう、杏子が目の前にいた。
「――油断したな」
彼女の左足が地面を蹴る。
しなる槍の追撃、さらにはその反動を全身の回転に乗せた強烈な右ハイキック。
その極大の衝撃を秘めた脚が——宙に浮いた村正の腹部を撃ち抜いた。
少年の身体が弾丸のように後方へ吹き飛ばされ、路地裏のコンクリート壁に激突する。
壁に巨大な亀裂が走り、激しい砂煙が周囲を包み込んだ。
(……何、これ……!?)
蹴りを放った脚に、じんと痺れるような鈍痛。
衝撃が殺された感覚——それは、単に鍛えられた筋肉ではない。
何か——見えない壁を蹴ったかの様な手応えに顔を顰めた。
「これは……『結界魔法』か……?」
「正解。いやぁ、思わず使っちまった」
砂煙から現れた少年はバツの悪そうな顔で頭を掻く。
砂煙の中にあって、彼の周りの空間にだけ砂煙から隔絶されている。
「やっぱり付け焼き刃の拳闘じゃ無理か。ここからは、剣を使うとしよう」
村正の手元に、炎のような魔力が集束すると、現れたのは一振りの妖刀。
妖刀を召喚すると、深く腰を落とし、居合の構えを取る。
魔力を解放し、立ち昇る魔力が空気を振るわせ、木々を揺らす。
魔力の波動を受けた杏子は、それに応えるように姿勢を低くし、槍に魔力を全集中させる。
交じり合う互いの眼差し。境界を無くす戦意と戦意。永遠に凝縮される一瞬。
得物吠え、心が餓え、意志が燃え盛った。
杏子の深紅の瞳と、村正の黒の瞳がぶつかり合う。
そして、
「はあああああああああああああッ!」
「うおおおおおおおおおおおおおッ!」
杏子の槍が胸を貫くより早く、村正の抜き放った刃が槍の柄を斜めに断ち、返す刃が喉元で止まった。
——決着がついた。
――――――――――――――――
戦いの余熱が漂う戦場。
心なしか風の音も、先程よりも近くに感じる。
地面には、半ばから斬り落とされた槍が突き刺さっている。
そして剣士の右腕は、仰け反る杏子の無防備な喉もとに、妖刀の刃をぴたりと据えていた。
力も速さも、経験も、杏子に分があった。
だが、結界魔法の有無により、そのハンデは限りなく埋まっていた。
しかし決着には、たった一つの決定的な要因が絡んでいた。
それは——お互いの武器の性能差。
自傷の呪いと引き換えにあらゆる硬さを無視する凄まじい切れ味を誇る村正の刀は、杏子の槍を軽々と斬り裂いたのだ。
左足を深く踏み込んで身を乗り出す村正と、仰向けに倒れかけた杏子は、まるでダンスのワンシーンを切り取ったかのように密着したまま、しばし静止し続けた。
漆黒の瞳が、すぐ目の前にあった。
これまで、父親以外の異性の誰にも許したことのない距離だったが、そうと意識することもなく、杏子は村正の眼を覗き込みながら囁いた。
「……てめぇ、情けでもかけたつもりか」
村正は目を伏せ、僅かに苦笑を浮かべる。
「元々、命の取り合いじゃなかったろ。ただの喧嘩で命を取る必要はねぇよ」
「相変わらず甘いな」
そう言った杏子の声に、怒りはなかった。肩越しに視線を流しながら、静かに付け足す。
「……そうかもな、だが喧嘩ってのは、譲れないものを護る時にやるもんだ。倒す敵はちゃんと決める」
「……護るって、お前は何を守ったんだよ」
「決まってるさ」
不意に、村正の頰にそれまでのふてぶてしい笑みが戻り、しかし、蒼い炎のような熱量を秘めた声で囁いた。
「俺の
元より、この喧嘩は正義の押し付け合いではなく、自分の生き方のぶつけ合い。
理想を捨てて利己的に生きる杏子と、理想のために傷つきながら前に進む村正。
どちらも正しくて、どちらも間違っている。
村正は自分の力と覚悟を示し、杏子に認めさせるために、戦いに臨んだのだ。
「──さて。それじゃ、決闘は俺の勝ち……ってことでいいかな?」
「はぁ……?」
杏子は気持ちが切り替えられず、ぱちぱち瞬きしていると、村正はいっそう顔を近づけて囁いた。
「なら、降参してくれねぇか。女の子を斬るのは好きじゃないんだ」
その、あまりに気障で無礼で格好つけた言いぐさに、杏子はようやく自分の現状を再認識した。
つまり、背中の左手と喉もとの剣に拘束され、動けないところをほぼ密着状態で覆い被さられている情けない有様を。
「~~~~ッ! どけ、この馬鹿!」
たちまち頰にかあっと血が上るのを意識しながら、杏子は食い縛った歯の間から唸るように、そしてぷいっと顔を背け、大声で叫んだ。
その後——着いてきな、と言って顔を背けたまま歩いていく杏子の後ろを追いかける。
戦場となった河川敷を離れ、いかにもというような細い裏道を通り、いくども角を曲がる。
道中、しきりに『誰もいない筈の』後方を確認する村正に訝しげな視線を投げかける杏子だったが、春風のような爽やかな笑顔ではぐらかされるため、言及は諦めた。
背中に届いていた街の雑騒が完全に途絶えた頃、二人は袋小路に辿り着いた。
「……」
目の前の建物を仰ぐ。
人通りの絶えた路地裏の奥深くにひっそりと佇んでいたのは——時代の波に取り残されたような、うらぶれた教会だった。
ちなみに村正が勝てたのは武器性能の初見殺しであり、もう一度戦うと杏子が勝ちます。