オリキャラ注意です。
第一射は、ほぼ同時だった。
黒鉄のMP7から解き放たれた9mmパラベラムの曳光弾と、黄金の粒子を纏って放たれたマスケットの魔弾。
二つの殺意が雨の夜気を切り裂き、コンマ数秒の誤差もなく空間の一点で激突する。
スパークする火花。甲高い金属穿孔音が鼓膜を穿ち、互いの軌道を狂わせた弾丸は、雨空の彼方へと消え去った。
そして遅れて届くのは、鼓膜を揺らす重低音の砲声。
切り裂かれた雨粒が、霧となって空中ではじけ飛ぶ。
この勝負——本来であれば、暁美ほむらに絶対的なアドバンテージがあるはずだった。
ほむらが足元の影から伸びる魔法のリボンを断ち切りさえすれば、その瞬間に巴マミの時間という時間は即座に凍結する。
それだけではない。ほむらが扱う現代兵器は、秒間数十発の弾丸を吐き出す連射機構を備えている。
対するマミの古風なマスケット銃は、原理上、一発撃てば終わりの「単発式」だ。
撃ち終えた銃を捨て、新たな銃を召喚し、照準を定め直して引き金を引く——その絶望的なタイムラグ。
そう——本来ならば、この戦いは暁美ほむらが圧倒的優位に立っているはずだったのだ。
だが、巴マミという魔法少女は、その構造的弱点を『技術』でねじ伏せて見せた。
空中に展開された数十、数百におよぶ純白のマスケット銃。それらを指揮者のように全方位で一斉操作する。
単発銃の集積は、もはや一つの超重火器——死の弾幕を張る巨大な機関銃と同義だった。
「——ッ!」
合図などない。だが次の瞬間、二人は同時に爆発的な高速機動へと移行していた。
ほむらは雨粒を足裏で蹴散らしながら鋭角に軌道を変え、高速道路の橋脚や壁面を垂直に駆け抜ける。
対するマミは腰元から跳ねたリボンをワイヤーのように建造物へ叩きつけ、遠心力を活かして宙を自在に舞う。
黒と白の軌跡が、雨の三次元空間を縦横無尽に交差した。
弾倉を撃ち切ったMP7を躊躇なく投げ捨てると同時に、ほむらは左腕の盾を回転させ、その狭間から『戦場の悪魔』の異名を持つ重機関銃——MG42を引き抜く。
黒鉄の銃身が狂おしい唸りを上げ、鉄の暴風を撒き散らした。
焦点を敵に合わせると同時に、己の全身が無数の銃口に狙われ続けているという強烈な悪寒が、両者の背筋を駆け抜ける。
「お互いに動きの読み合いね……! 同じ条件で私に勝てるッ……!?」
「根比べなら……負けないッ!」
交錯する火線。
雨粒を貫く曳光が幾筋もの閃光となって橋上を交差する。流れ弾が極厚のコンクリート欄干を軽々と穿ち、派手な破片と火花を飛び散らせた。
灼熱の硝煙と冷却の雨粒が混ざり合い、濃密な白い蒸気となって視界を覆い尽くす。
——その蒸気を破り、肉薄する純白の影。
「——!?」
至近距離へと踏み込んだマミによって振りかぶられるマスケット銃の銃床。
迎撃のために掲げたMG42の黒鉄の銃身と、振り抜かれた純白の木床が激突し、目の前で強烈な火花が爆ぜる。
「——ッ!」
互いの腕にしびれが走り、力任せに弾き飛ぶ二人。
だが、僅かに早く体勢を立て直したのはマミだった。
遠距離での銃撃戦では埒が明かないと瞬時に判断したマミは、まるで練達の剣士のような無駄のない踏み込みで、ほむらの銃身を横から強かに打ち払う。
射線を強制的に逸らされたほむらの隙を見逃さず、空中に召喚した小型マスケットを握りしめ、胸元へと至近距離で銃口を突きつけた。
(速い……!)
ほむらは寸前で体を限界まで捻り、死の射線から脱出する。
間髪入れず、左の裏拳がマミの手首を打ち払い、純白の銃を夜空へと弾き飛ばした。
そのまま盾の空間から手砲H&K P7を引っ張り出し、引き金に指をかけた——その瞬間。
下から突き上げられる強烈な衝撃。
マミのサマーソルトキックが、ほむらの手首を跳ね上げていた。
「——あっ……!」
視界がグラリと傾き、完全に体勢を崩される。
——絶好の好機。
マミが追撃の引き金を引こうと踏み込んだ——しかし、その動作は強制的に中断を余儀なくされた。
体勢を崩しながらも、ほむらの両手には既に二丁の拳銃が握られていたのだ。
逆さの体勢から放たれた二条の銃弾。
それらは吸い込まれるようにマミの胸元へと突き刺さり——着弾した瞬間。
マミの肉体が絹糸のようにさらさらと解けた。
「——なっ!?」
崩壊した肉体から吐き出されたのは、夥しい量のリボンの濁流。
そこにいた巴マミという存在は、最初から全て——精巧に作られた
(まさか、最初から……ッ!)
ほんの一瞬、コンマ数秒の思考の遅れ。それが致命的だった。
慌てて二丁拳銃の弾幕で迎撃を試みるも、津波となって押し寄せる魔法のリボンを止める術はない。視界が黄色い帯で埋め尽くされていき、完全に拘束された。
「あなたの魔法は確かに凄いけれど、いつだって相手より優位な立場にいると思い込むのは禁物よ」
ほむらの背後から本物のマミが姿を現す。
魔法のリボンによってまるで蓑虫のように拘束され、宙に吊るされたほむらへ、冷ややかな、けれど鋭い視線を投げかけた。
「さて、どうして佐倉さんを殺そうとしたのかしら?」
「……っ! あいつはッ、まどかを契約させる気なのよ……! この世界を、台無しにされてしまう……ッ!」
「……暁美さんが、どうしてそこまで鹿目さんに執着するのか、私には理解できないわ」
けれどね、と静かに言葉を区切り、マミは拘束された少女を毅然と見据える。
「それでも、佐倉さんを殺させはしない。彼女の安全が確認できるまで、このまま大人しくしていてもらうわ」
杏子を追跡させないよう、この場に足止めしようとした——まさにその時だった。
「——それは困るなぁ……」
雨音を覆い隠すように、ゆったりとした涼やかな声が響き渡った。
振り返るマミの視界に入ってきたのは、流れるような黒髪を湿らせた、どこか大人びた雰囲気を纏う美少女だった。
艶やかな髪を揺らし、その唇には狐を思わせるニヤニヤとした笑みが張り付いている。
白と赤の鮮やかな対比を描く巫女装束は、この惨状の中で異彩を放ち、彼女の神秘性を嫌応なしに際立たせていた。
そして——すっと開かれた、黒い瞳。
(あれ——この人、どこかで……?)
初対面であるはずなのに。一度も会った記憶がないはずなのに。
なぜかその瞳の奥に潜む光に、マミは強烈な既視感を覚えていた。
「彼女にはちょっと用があるんだ。悪いけど、連れていくよ」
巫女は優雅な所作で虚空へと細い手を伸ばし、低い声音で紡ぐ。
「——『鍛造開始』。借りるね、沙々ちゃん」
「——!?」
空間が歪み、虚空から光を放つ黒鉄の刀が生み出される。
マミは瞬時にマスケット銃を構え直して、全神経を研ぎ澄ませ、新手の敵が見せるわずかな動作の兆候をも逃すまいと視線を走らせた——その時だった。
ずしん、と地鳴りのような音が響いたのは。
「——っ⁉︎」
それは『何か』が瓦礫を吹き飛ばし、這いずり回るような不穏な音。
魔法少女としての直感が、激しい警鐘を鳴らす。
目の前の『巫女』が真の脅威であるにもかかわらず、マミの首は抗えぬ予感に導かれるようにして、背後へと向いてしまった。
後方に囚われているのは、リボンに縛られたほむら。
そして、そのさらに足元——破砕されたコンクリートの底から滑り出してきたのは、巨大な虫のような、あるいは大蛇のような凶悪な巨躯を誇る異形の怪物。
その魔女の名前は——『お菓子の魔女』。
「———暁美さん!?」
絶叫は、雨音に掻き消された。
破片と土砂を撒き散らしながら暴進する魔女。
巨大な口腔を真っ赤に開かれ、次の瞬間、ほむらは拘束されたリボンごと、その暗黒の喉奥へと呑み込まれていった。
「それじゃ、彼女はもらっていくね」
「待ちなさい! くっ……!」
逃がすまいと地面を蹴ろうとしたマミだったが、巫女の短く嘲笑うような声が届く。
「あ……そうそう。言い忘れるところだった」
巫女が袖を翻した瞬間、何十という使い魔の群れが濁流となって押し寄せてきた。
視界を埋め尽くす異形のアラベスク。
流石のマミも足を止め、マスケットの銃身で迎撃に追われることを余儀なくされる。
その隙に、ほむらを呑み込んだ魔女は頭部を地面へと突っ込ませた。
ドリルと化した巨大な体躯が岩盤を豪快に砕き、抉り、地下深くへと穿孔していく。
「弟と仲良くしてくれてありがとうね」
残響のような言葉を残し、巫女の姿もまた、魔女が開けた巨大な暗黒の穴へと吸い込まれるように消えていった。
「彼女は一体……!? 暁美さん、無事でいて……!」
降りしきる雨の中。
静寂を取り戻しつつある広間に、ただ一人残されたマミの悲痛な叫びだけが、白く煙る空へと虚しく消えていった。
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「はぁ……はぁっ……!」
顔を上げれば、杏子の視界を覆うのはどんよりとした灰色の空。
無数に降り注ぐ冷たい水滴が、容赦なく額を叩き、目に入る。激しさを増す雨は、まるで彼女の逃避行を拒絶するように勢いを増していた。
(どけよ……邪魔すんじゃねぇ……!)
心の奥底で荒々しく怒号を上げながら、大量の血液を失ったことで、鉛のように重くなった脚を泥の中に振り下ろす。
駆けて、駆けて、泥を跳ね返して駆けて。
袂を分かったはずの師匠——巴マミに命を救われ、その命懸けの献身に報いるために、杏子は死に体のような体を酷使し、見滝原の廃墟を疾走していた。
「…………ぁ」
ふと、小さな突起に足先が引っかかる。
糸が切れた糸繰り人形のように全身から一瞬で力が抜け、視界が急速に傾いた。
ドサリと、冷たい泥水の中に倒れ込む。
打ちつけられた膝や肘の痛みすら、もはや麻痺して感覚がない。
ただ激しい雨音だけが世界の全てを塗りつぶし、体温を奪い去っていく。
(……手が……動かねぇ……。どんだけ走り続けてたんだよ、アタシは……)
先程まで鬱陶しいほどに賑やかだと思っていた見滝原の街並み。
その外れにある路地裏は、雨と混ざり合い、氾濫した川のように冷たく澄んでいた。
泥に顔を伏せたまま、杏子は自虐的な、ひどく小さな笑みを浮かべる。
この一連の惨劇が、鹿目まどかを魔法少女へ契約させようとする企みと繋がっていることくらい、杏子にも理解できていた。
いつもの自分なら、誰が死のうがどうなろうが「知ったこっちゃねえ」と唾を吐き捨てて無視していただろう。
だが——あの愚直で頑固な変人、千子村正に出会ってから、自分の中で何かが決定的に壊れてしまっていた。
奇跡のように紡がれてしまった温かな縁を……失いたくなかったのだ。
「……ッ、まったく……
かつて捨て去ったはずの青臭い理想。それを取り戻したいと願ってしまった。
昔の自分を肯定するために、今の信条を曲げた結果が、この泥塗れの無様すぎる最期だ。
だからこれは、愚かな自分に対する嘲笑だった。
「……杏子ちゃん!?」
雨の壁を透かして、聞き覚えのある高い声が届く。
杏子が途切れ途切れの意識の中で首だけを動かすと、そこには息を切らせた鹿目まどかが立っていた。
「酷い怪我してる……! 早く、早く病院に行こう……!?」
呼吸を詰まらせながら差し出された小さな手は、雨の冷たさからか、あるいは恐怖からか、細かく震えている。
杏子には理解できなかった。
自分はこの少女を利用するつもりで近づいたのだ。
目の前の少女とて、それに気づいていないはずがない。
「……病院は、ダメだ……。事情は……言えねーけど……アタシは……戸籍上、死んでることになってんだよ……」
「えっ……そ、そんな……っ! じゃあ、どうすれば……どうすればいいの……!?」
それなのに。
本気で自分の身を案じ、涙目になってうろたえる目の前の少女に、杏子はすっかり毒気を抜かれてしまっていた。
マミといい、あの鍛冶師のバカといい。
この町は、どうしてこうもお人好しばかりが集まっているのか。
慌てふためくまどかを見上げながら、杏子は力なく苦笑し、激痛に耐えて上体を起こした。
「……この近くに……あの村正の野郎の家がある……。そこに行けば……匿ってくれる……はずだ……」
「千子くんの……!? うん、分かった。行こう!」
まどかは深く頷くと、迷うことなく杏子の前にしゃがみ込んだ。
小さな背中を向け、腕を後ろに回して重心を低くする。
「……何してんだ、アンタ?」
「乗って! 杏子ちゃん、もう歩けないでしょ!? 私がおんぶしていくから!」
「いやいやいや! 冗談だろ、自分で歩くっての⁉︎」
「ダメだよ……! 杏子ちゃん、立つのだってきつそうなのに……!」
気弱でおどおどした普段の印象からは想像もつかない、芯の通った強い拒絶。
まどかの瞳には、とある鍛冶師を彷彿とさせるような、頑固者特有の光が満ちていた。
「……アタシ、血塗れだぞ? 服、めちゃくちゃに汚れるぞ」
「そんなの気にしないで! 早く千子くんのところで治してもらわなきゃ!」
「……アタシは、アンタの大事な友達を殺しかけたんだぞ……!?」
「——関係ないよ!」
ぴしゃりと言い放つまどか。
背中を向けたまま、何があってもこの手を離さないと言わんばかりの頑なな態度。
「そんなの、ほっといていい理由にはならないよ」
杏子は呆れ果てたように、長めの吐息をこぼした。
見滝原には、本当にこんな奴らばかりなのか。
「……はぁー……。そんじゃ……頼むわ」
「——! うん、任せて!」
杏子は苦笑しながらまどかの背後に回り、華奢な肩へとしっかりと腕を回した。
濡れた髪から、ほんのりと甘い少女の香りが鼻腔をくすぐる。
申し訳なさを感じつつ、己の体重をその小さな背中の中心へと預けた——瞬間。
「あぅ……ッ!?」
カエルがつぶれたような情けない声を上げて、まどかがぺしゃりと地面に倒れ伏した。
まどかは魔法少女でも何でもない、平均よりも少々もやしっ子な普通の女子中学生だ。
自分より背が高い杏子の体重を支えられる筋力など、最初から存在しなかったのだ。
泥の中に突っ伏したまどかを覗き込むと、その華奢な肩が微かにぷるぷると震えている。
濡れた髪の隙間から見える耳の尖端が、恥ずかしさと情けなさで真っ赤に染まっており——。
「……………………ぶふっ!!」
「〜〜〜ッ!?」
お腹を抱えて爆笑してしまったのは、これはもう、絶対に杏子を責められないだろう。
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「……ねぇ、村正。コンビ組むの、やめよう……?」
雨が突き刺さる路地で、さやかがポツリと呟いた。
「……その言葉で、俺を納得させられるだけの理由があるんだろうな」
言葉を発した瞬間、村正は己のトーンが思った以上に棘を含んでいたことに気づき、重く口を閉ざした。
彼女が今、何に苦しみ、何を呪い、どんな悲劇を一人で抱え込んでいるのか。
その華奢な肩にいかなる絶望を背負っているのか、自分には何一つ知り得ない。
だが——この少女の致命的な思い違いだけは、正さなければならなかった。
痛々しいまでの悲壮な決意など、強引にでも否定してやらなければならなかったのだ。
だってそこに、自分が望んでいた結末など、何一つないのだから。
しかし、さやかは村正の言葉のトーンを気にした風もなく、ただ茫然と灰色の雨空を見上げていた。
「あたしって、ホント調子いい奴だよね。口先ばかり正義の味方ぶってるくせにさ。結局いつも誰かに頼りっきりで、何ひとつ役に立たなくて……。そんな足手纏い、あんたにとっても必要ないでしょ」
「さやか。何があったのかは知らねぇが……仲間を頼ることは、決して恥じゃねぇよ」
俯く少女に、村正は語気柔らかく言い聞かせるように語りかける。
だが、さやかは表情の一切を削ぎ落とした顔で、薄く口を開いた。
「あんたって、ホントいつも優しいよね」
「……?」
「なんであたしを責めないの? なんでこんなあたしの面倒なんて見てくれるの? ……助けてくれるのは嬉しいよ。でもね、そういうのが……今のあたしには、ちょっと辛いっていうかさ……」
さやかは、笑っていた。
悲しく歪んだ笑みを浮かべた彼女の頬を、一筋の透明な滴が伝い落ちる。
それが降り注ぐ雨水だったのか、あるいは彼女の目から溢れた涙だったのかは、誰にも分からない。
胸が、鋭利に張り裂けそうだった。
痛苦の槍が村正の腹を穿ち、背中へと突き抜けるような錯覚。
「こんなあたしと組めるって言うなら……あたし、あんたのこと……幻滅するかも」
泣き笑いのような、壊れた仮面のような表情を残し、さやかは村正の横をすり抜けて駆け出していった。
そんなことはない——と叫びたかった。
だが、声になる前に、彼女の背中は雨の幕の向こうへと遠ざかっていく。
愕然と立ち尽くしながらも、村正の身体は反射的に彼女の後を追おうと足を踏み出し——そして。
(今……追いかけたとして、俺は一体どんな言葉をかければいい……?)
必死に言葉を探した。胸の内で数々のフレーズを組み立てた。
だが、喉が灼熱の鉄を呑み込んだように焼き付き、一切の音を紡ぎ出すことができない。
追いかけたい。今すぐにでも腕を掴みたいという猛烈な衝動。
けれど、下手に追いついたところで、己の無力な言葉がさらに彼女の心を深く傷つけるのではないか——。
その恐怖という名の楔が、ほんの一瞬だけ、少年の足首を地に縫い止めてしまう。
そして、強制的に引き戻されたわずかな冷静さが、一つの異常を感知した。
(俺の……家に、魔力の反応……!?)
探知の端に引っかかったのは、今にも消え入りそうな、極めて希薄な魔力の残光。
今すぐにでもさやかを追いかけたい。だが、こちらも見過ごせば確実に誰かが死ぬ。
さやかのソウルジェムは、つい先ほど完全に浄化したばかりだ。魔力的にまだ余裕はある。
だが——家にいる“何か”は、今この瞬間にも命の灯火が消えかけている。
(……すまない、さやか……!)
心の中で謝罪を口にしながら、村正は足元に結界を即座に高速構築した。
結界の面を強力な足場とし、山の上に位置する自宅へ向けて、爆発的な高速跳躍を開始する。
景色が何本もの光の線となって後ろへと流れていく。
数秒と経たずに山頂の自宅敷地へと到達し、玄関前に降り立った村正の視界に飛び込んできたのは——
「あ……千、子……くんだぁ……あはは……」
「どこ行ってたんだよ……アンタ……」
疲労困憊で虫の息となり、へたり込むまどかと、その横で血塗れになって力なく笑う杏子が、軒下で雨宿りしている姿だった。
村正は……静かに、痛む眉間を指で強く押さえた。