祖父──千子一心が死んでから、一ヶ月が経った。
葬式を出した。遺骨を拾った。位牌を作り、墓に手を合わせた。
やるべきことは山ほどあった。だから悲しむ暇なんてなかった。
一介の中学生に過ぎない俺にできることなんてたかが知れていたけれど、大人達の知恵と力を借りて、何とか別れを告げることができた。
葬式場でも火葬場でも、墓に手を合わせた時でさえ、俺は泣けなかった。
泣いてしまえばきっと、俺の足は歩みを止めてしまう。
それはきっと、爺さんへの裏切りだから。
だから、涙を流すのは——当分、先のことにしておきたい。
そんな感傷に浸っていたところだった。
「うおぉぉぉん! 千子ぉ!」
奇妙な声をあげながら徳川が来た。
なんか色々と台無し……端的に言ってクソだった。
「……んだよ徳川――って、どうしたんだその顔の腫れは?」
もはや
すると、徳川の頬が腫れ上がっていることに気づいた。
こいつは昨日も、ゲーセンに行ったと言っていたが……それと顔の腫れが関係あるのだろうか。
「おう。随分と顔を腫らしてやがるが大丈夫か? 不良か何かと揉めたんじゃねぇだろうな」
「不良……っぽい
「……で、何があったんだよ?」
「えらく美少女だったのでな。我と共に遊んで行かぬか、としつこく誘ったら……ボコボコにされた」
「お前の自業自得かよ、心配して損したぜ」
何かトラブルに巻き込まれたんじゃねぇかと思ったが、徳川は徳川だった。
安心したような、そうでもないような……ちょっと複雑な気分だ。
「てか、お前……女子にナンパするような度胸あったのかよ」
「マミ嬢と友人になれたことで自信がついてな。モテ期が来ている今が、色んな
「思ったのだ、じゃねぇよ。あと、マミ嬢って……あの人は先輩なんだから失礼な呼び方するなよ」
「お前が固すぎるだけな気がするがな……まぁ良い。我は諦めんぞ! 彼女は照れ屋さんなタイプと見た。次はもっと違う角度でのアプローチを……」
「通報される前にやめとけよ」
ぶつぶつと何やら頭の悪そうな計画を建てる徳川に警告するが、まったく聞く耳を持たない。
こりゃダメだと思って、徳川を放置して教室へ向かう。
決して面倒臭くなった訳じゃない。そう、断じて。
――――――――――――――――――――――
「——ハァッ!」
魔力で強化された金槌を振り下ろす。魔力を帯びた鉄塊が使い魔の頭を粉砕する。
断末魔の悲鳴をあげ体を崩壊し消滅する。
倒した使い魔を見て、息を吐く。
この一ヶ月で、嫌でも分かったことがある。
俺の妖刀は強い。それこそ使い魔相手には過剰なほどに強すぎる。
あの紅い妖刀は魔女だろうが使い魔だろうが硬さを無視して叩っ斬る。ただし、反動で俺も斬れる。ふざけんな。
どうやら生き物や魔女はだいたい駄目。
でもインゴットみたいな無機物なら平気だったが、バイクに変身する魔女はダメだった。
「……ったく、妖刀ってのは持ち主にも厳しいねぇ」
だから普段使いには向かないため、現在は封印中である。
普段の戦闘で使うのは魔力で強化した金槌と、もう一振り。
銘を――『峰打ち丸』。
刃と峰が逆になっている、俺謹製の妙な刀だ。
普通に振れば峰打ちとなり、逆に持てば妖刀という優れものだ。
ある漫画から着想を得たのだが、どうやら成功だったようだ。
「——————!」
新しく生まれた使い魔が、俺『達』を敵だと認識したのか、めちゃくちゃに鋏を振り回して迫ってくる。
脇に差した一振りの刀の鍔に指をかけ、居合の要領で抜刀――使い魔の鋏を弾き飛ばす。
「今だ、巴先輩!」
獲物を弾かれ、体勢を崩した使い魔に弾丸が叩き込まれる。
使い魔は何が起きたのか理解できないまま、消滅し、それを確認すると納刀する。
「お見事です。巴先輩」
「千子くんもね。連携が様になってきたわよ」
巴先輩は、俺の師匠だ。
祖父の葬式が終わった頃から、俺は巴先輩に頭を下げて教えを乞い、快諾してくれたことから師弟関係が始まった。
魔法の使い方や魔法少女の戦い方を熱心に指導して下さり、契約直後までとは比べものにならない程、魔力操作が上達した。
最初は武器に魔力を込め過ぎて木っ端微塵にしていたが、今は安定して強化できるようになった。
……尤も、一番上達したのは治癒の魔法なのだが。
攻撃の度、自分もぶった斬られるので、使う機会が多かったせいだ。
魔女を真っ二つにした後、血を噴き出してぶっ倒れる俺を見た時の巴先輩の顔ったら、不謹慎だがすごく可愛らしかった。
その後、正座でこってり叱られたが。
くだらないことを考えていると目の前に禍々しい扉が現れた。
――この先に魔女がいる。
俺と巴先輩は顔を見合わせ、扉を開く。
そこに待ち受けていたのは、結界の主である魔女。
使い魔を殺され、結界を荒らされたことに激怒しているのか、一直線に突っ込んできた。
俺達は獲物を手に取り、魔女との戦闘を開始した――!
――――――――――――――――――――――――
「お疲れ様。グリーフシード……落とさなかったわね」
「こんなこともありますよ。俺のを使ってください。俺はあんまり魔力を消費しないので」
俺はキュゥべえが言っていた通り、魔法少女の素質が高く、実は魔力量だけなら巴先輩より多いらしいのだ。
ただし、やはり魔力の運用に関しては巴先輩が圧倒的に上だ。
俺は巴先輩ほど出来ることが多くない上に、男であることが原因なのか魔力量に比例して出力が乏しい。
魔力を水に例えるなら大きなダムを持っていても蛇口が家庭用の物みたいな状態らしい。
それ故に素質の割に戦闘力は並、という悲しい結果になったのだ。
しかも、未だに俺は自分の『固有魔法』を知らないのだ。
キュゥべえ曰く、願いによって固有魔法は発現するらしいのだが……どうなんだろう。
「ありがとう。頼りになる後輩ができて嬉しいわ」
「ありがとうございます。俺も巴先輩みたいな人が師匠になってくれたのは望外の幸運ですよ……まぁ幸運、なんですけどね」
彼女が師匠になってくれたのは幸運なことには違いない。
そこは、否定しないが……否定しないのだが……!
俺はあることにツッコまなくてはならない。
「あの……『ティロ・フィナーレ』ってのは?」
「必殺技よ? かっこいいでしょう?」
先程の魔女退治でも必殺技を叫びながら大砲の一撃を放っていたことを思い出した。
漫画やアニメじゃない。必殺技なんて叫ばなくても魔法は使えるのだ。
「かっこいいのは否定しません。必殺技はロマンですからね。でも、隙が大きいと思いますよ?」
「あら、その隙は千子君がカバーしてくれるんでしょ?」
「そりゃ……もちろんですけど……」
こうも、まっすぐに信頼されちゃ言葉を失くす。
敵わないなぁ……この人には。
そんな風に笑われたら、断れるわけがない。
——やっぱりずるい。
この人は、自分がどれだけ人をその気にさせるか分かっていない。
計算とか無しの天然でやってるんだから、本当に恐ろしい人だ。
「でも、千子くんは先輩のやり方にケチをつけるのね……?」
「ケチって言うか……そんなつもりはなかったんですけど」
「ふふっ……もう怒りました。次の戦いでは千子君にも必殺技を叫んでもらいます」
「えぇっ! マジかよ!」
そんな理不尽な! 必殺技とか恥ずかしすぎる!
俺の刀の銘を叫ぶとかじゃ駄目かなぁ……あ、駄目そう。
爛々と輝いている巴先輩の目が俺の考えを見抜いたらしい。
やめて……そんな期待に満ちた目で見つめないで……!
必殺技の名前……考えるかぁ……。
二人とも無傷で魔女を倒し、本来なら少しは浮かれても良さそうな結果だったのだが、余計な一言のせいで頭を抱えるハメになるとは。
――――――――――――――――――――――――
「うーん、必殺。必殺技ねぇ……」
巴先輩と解散した後、俺は課題として『必殺技の名前』を考えなければならない。
どうせ斬るんだから『斬』とかじゃ駄目かぁ? 多分駄目だろうな。
頭を悩ませながら歩いていると、ソウルジェムが点滅する。
「――っ! 魔女か!」
周りの景色が目まぐるしく変わり、クレヨンで描かれた幼稚園のようなポップで不気味な結界が現れる。
連戦にはなるが戦闘スタイルの関係上、魔力には余裕がある。
鞄から金槌を取り出し、変身しようとした時――どこからか鎖の音が聞こえた。
「おお。久しぶりの大物の魔女じゃねーか。こりゃツイてんな……あれ? 一般人もいんのかよ。おい、アンタ。助かりたかったらじっとしてな」
赤い髪が揺れた。
高く結われた長髪に獣のような獰猛な笑み。
少女の細腕には似合わない長大な槍。
しかし、その身に纏っているのは歴戦の戦士の風格。
構えを見ただけで分かる。足運び、間合い、穂先の置き方。
その全部が戦い慣れた人間のそれだった。
最初は助太刀するべきか迷ったものの、余計な世話だと気付く。
「――はぁっ!」
少女は周囲の使い魔達を槍で薙ぎ払う。
その華麗な槍捌きは、使い魔達を近づけることすら許さない。
相当な槍の遣い手だ。
これほどの領域に達するまでに、かなりの修練を積んだのだろう。
「さて、雑魚は片付けたし……そろそろオタノシミと行くかねぇ!」
舌舐めずりしながら魔女に襲いかかる。
自信と余裕があるのだろう。
確かに、あれほどの腕ならばそうそう遅れを取ることはないだろう。
「ほら……よっと‼︎」
槍を振るいながら少女が笑う。
魔女を前にして、命のやり取りを前にして。
まるで、屋台の当たりくじでも引いたみたいに。
どうやって勝つか……というより、どうやって楽しむかを考えていると、そう感じた。
しかし、強さとは時として油断を招くもので、魔女へ向けられていた俺の視界の端で、違和感が弾けた。
――上。
天井に溶け込むように張り付いていた使い魔が少女の死角から落下してくる。
あの速度なら咄嗟の回避は間に合わない。
そう悟った俺は考えるより先に身体が動いた。
「上だ! 油断するんじゃねぇ!」
「は?」
左足で床を蹴り、抜刀。
鋼と肉の中間みたいな感触が手に伝わる。
『峰打ち丸』の一撃を受けた使い魔は、悲鳴を上げる間もなく黒い霧になって散った。
使い魔にトドメを刺した後、空中で勢いに任せて回転し、体勢を立て直した後、愛刀を上段から魔女の脳天に振り下ろした。
「おらっ、峰打ちで勘弁してやらぁ!」
「刃の方で行った⁉︎」
……峰打ち丸は刃の方が峰なんだが、確かに知らねぇ奴からはそう見えるか。
脳天に渾身の一撃を喰らった魔女は頭から絵具のような赤黒い液体を噴水のように撒き散らし、その場に倒れる。
のたうち回る魔女に視線を向けながら、少女に向けて声を張る。
「今だ、トドメは任せた!」
「ちっ……! 後でワケを聞かせな……よっと!」
空中で身を捻りながら建物の壁を蹴って加速。
そして、少女の槍が魔女を貫くと、魔女は消滅した。
魔女が消滅すると景色が元に戻る。
しかし、射抜くような視線を向ける少女だけは変わらなかった。
「グリーフシードは譲る。俺はあんまり濁ってねぇしな」
「ふーん、気前良いじゃん……さて、と。それじゃあ、アンタのことを聞かせてもらおうか。あと、それから……」
少女は、何か探すように懐を漁る。
すると、一本十円のスナック菓子を取り出すと、俺に差し出してくる。
「一応、助けられたからな……食うかい?」
「……じゃあ、ありがたく。俺は千子村正。キュゥべえと一身上の都合で契約して魔法少女になった男だ」
「待て待て待て。どっから突っ込めばいいんだよ。男の魔法少女って。……とりあえず、アタシは佐倉杏子だ」
「じゃあ、佐倉だな。立ち話もなんだ、あそこで話そうか……そう警戒すんなよ。俺に戦う気はねぇよ」
「アンタの奢りな。あと、変な真似したら串刺しにすっからな」
俺の一挙一動を観察するような、警戒心の強い野良猫を彷彿とさせる少女の殺気を浴びながら、俺と佐倉杏子という魔法少女は、近くにあった喫茶店に入った。
とりあえず落ち着いて話せる場所を確保するため、後は人目がある場所でなら槍を出してくることはないだろうと判断したためだ。
——なのだが。
「アンタには聞きたいことがある……あ、このケーキ頼んでいい?」
「ああ、構わない。そういう話だったしな」
「ふーん。そういうことなら遠慮なく頼むよ。あ、すいませーん。このデラックスパフェ三つとこれとこれとこのケーキお願い」
「オイオイ……そんなに食えるのかよ。食えなかったら無理せずよこしな」
「残すかよ。食いもん粗末にする奴は嫌いなんだ」
しばらくすると、大きなグラスに盛り付けられた見てるだけで胸焼けしそうなパフェが現れ、思わず顔を顰めた。
甘味は嫌いじゃないが、ここまで多いとただの糖分の暴力じゃないのか。
しかし、パフェを前に目を輝かせる佐倉を見て何も言えなくなった。
好きなもんを好きなだけ食って腹を壊すってのも幸せなもんかもな。
「気持ちいい食いっぷりじゃねぇか。奢った甲斐があるってもんだ」
「そうかい。だったら遠慮いらねぇな」
「ハッ、最初からそんなもんしてねぇだろうが」
軽口を叩きながら佐倉が食うのを眺める。
文字通り山のようなパフェを凄まじいスピードで平らげていき、ついには完食しやがった。
佐倉は口元についたクリームをぺろり、と舐め取り、俺の方に視線を向ける。
「で、アンタ何者だい? 男の魔法少女……なんて聞いたことがねぇ」
「そこは俺にもわからん。キュゥべえの野郎もわからない以上、俺には説明しきれねぇ」
「何だ、わかんねぇのかよ」
がっかりしたように言う佐倉だったが、本当にわからないのでどうしようもねぇ。
「佐倉……俺からも聞いておかなければならないことがあったんだ」
「な、何だよ……急に改まってよ」
「すまない。先程の戦い――お前さんの槍捌きは、一朝一夕で身につくものじゃねぇ。相当な修練を重ねたんだろうよ。だからこそ、聞かなきゃならねぇ」
「へぇ……見る目あんじゃん。で、何を聞きたいのさ?」
俺は姿勢を正して、改めて佐倉を見る。
そして言った。
「ずばり――佐倉、お前の必殺技はなんだ?」
「お前は一体なに言ってやがるッッ!?」
魔法少女によるマジカルパンチがテーブルに炸裂し、怒りの咆哮が飛び散った。
「お前さん程の魔法少女だ。あるんだろ――必殺技。参考にしたいから是非教えてください。お願いします‼︎」
「ふざけてんのか、てめぇは⁉︎」
「失礼だな、真剣だよ」
「なおのことタチが悪ぃだろうが! あーもう、見滝原にはこんなのしかいねぇのかよ……」
吠えたかと思えば頭を抱える佐倉に、さらに畳かける。
「それで? 必殺技はあるのか? なんて名前なんだ? ないなら一緒に考えねぇか?」
「寄るな、うっとーしーんだよ! あぁ、もう! いい加減にしやがれ!」
「グハァッ⁉︎」
とうとうキレた佐倉の鉄拳が火を噴き、俺の頬に炸裂する。
撃沈する俺を他所に彼女は大股で帰って行った。
――――――――――――――――――――――――
「フハハハハハ! ここであったが百年目だ千子よ! む、その頬はどうしたのだ?」
翌日、いつものことながら鬱陶しい挨拶と共に徳川がやってくる。
しかし、俺の腫れた頬を見て、不思議そうに首を傾げている。
しかもコイツ……今日は両頬とも腫れているあたり、昨日言っていたアプローチとやらを試したのだろう。
結果は言うまでもないか。
「貴様が顔を腫らすなど珍しいな。何かあったのか?」
徳川の問いかけに俺は一言。
「不良っぽい少女にやられたんだよ」