「とんでもない迷宮ですね……。広い上にこの複雑な構造……今までの魔女の結界なんかより、よっぽどすごいんじゃ……?」
「そうね……でも、魔女の結界の奇妙な景色や不気味さと違って現実的な薄ら寒さだわ」
不気味な静寂と、仄暗い重圧。
人工的に作り込まれた石の迷路は物言わず、ただただ侵入者達に閉塞感を与え続ける。
通路に足音が反響する中、周囲を見渡すさやかが口を開く。
大迷宮内は摩訶不思議な空間と言ってよかった。左右にいくつもの横道があるかと思えば、上に伸びる階段、あるいは更に下へと続く下り坂が存在する。
悪魔を彷彿とさせるルビーの瞳を持つ獣の彫刻に薄気味悪いものを覚えていると、次には一気に空間が開け、三階建ての建物が収まりそうな大通路が現れる。通路を曲がる度に『未知』と遭遇する、異世界の連続だ。
村正がこれを見て、分野が異なるとはいえ職人見習いとして舌を巻く。
青い灯が、緊張感を帯びる魔法少女達の横顔を照らす。
本来ならば大したことのない足音が、かつーん、かつーん、と石造の迷宮によって無視できない反響となって耳朶を震わせていく。
「こんな迷宮、迷子になったら出口どころか、右も左もわからなくなるよねー」
「ここが洞窟とかなら、通り風が吹いてることが多いから、それを目印にすることはできたんだけどな」
「どういうことー?」
「外と中で温度差で気流が生じ、洞窟内を風が行き来……まぁ、出入り口から風が吸い寄せられていると考えておけ」
首を頻りにひねるさやかを見て言い直しながら、村正は迷路を闊歩していく。
「これを使え」と結界の中から白いチョークが飛び出した。
白い線を引きながら先に進み、進み、進み続ける。
そして。
通路の奥から響き渡ってくるのは、人では出せぬ『激しい雄叫び』の数々だった。
「使い魔達のお出ましね……!」
前方の暗がりに浮かび上がる眼光の主達が大挙して押し寄せてきた。
銃を構えるマミをさやかが手で制す。
「あたしに任せて。村正に貰った刀のお披露目だ!」
鍛冶師の少年から事前に渡された剣を水平に振りかぶり、遠慮なく、一閃。
薙ぎ払われた大振りの一撃は──目を疑うような『炎の洪水』を生んだ。
数十体は群れていた使い魔が、炎の波に一瞬で呑み込まれる。
逃げる暇もなかった異形の影は断末魔の悲鳴を連ね、業火の奥で消滅してしまった。
「えぇ……。一振りで終わっちゃったわよ」
妖刀から放たれた馬鹿げた火力にマミが驚愕を通り越して呆れ果てる。
当のさやかはというと、刀を振り抜いた体勢で硬直していた
「ちょ、強っ! 何これ!? 刀から火が出たんだけど!?」
「なんで使った本人が一番驚いてるの……」
マミの突っ込みも意に介さず叫びまくるさやかは、何度も刀身を調べるように『炎の妖刀』を確かめた。
「えっ、これ、すごくない!? これもう楽勝でしょ! バカスカ撃てば完勝でしょ!」
「回数制限があるからバカスカ撃ってると、あっという間に砕けるぞー。大事に使えー」
「はーい、大切に使います!」
荒ぶるさやかに少年のツッコミの声が響き、無駄に元気な返事を返す。
マミは
「さっきの使い魔……あれは本当に使い魔だったのかしら?」
「え、どういうことですか?」
「ごめんなさい……うまく言えないけど、魔女の魔力反応とは違ってたって言うか……」
長年の経験から警鐘を鳴らすマミにさやかは軽い調子で笑う。
「気にしすぎだってマミさん。相手が何であろうとぶっ飛ばせばいいじゃん!」
「…………この脳筋め」
「何か言った?」
「ははっ、何でもないさ」
じとり、と睨むさやかを華麗にスルーする村正。
しかし、さやかの言うことも一理ある。
相手がどんな策を弄していようと、どんな怪物を飼い慣らしていようと、ほむらを救うためにはそれら全てを踏破しなければならない。
故に進むしかないのが、三人の現状なのだが、そこまで楽観視して良いものかと長年の経験が警鐘を鳴らす。
どれほど強い存在も『未知』の前にあっさり敗北し得るものだと、マミは経験から学んでいる。
疑念を胸にマミ達は『リボン』を辿った。
巫女への道標であるリボンを頼りに奥へ奥へと。
道中、何度も使い魔のような異形達と交戦したが、前進を妨げられ時間は削られるものの、今の彼女らの敵ではない。
折を見て休憩も忘れない。
マミの助言を受け、事前に準備していた食料や水を補給し、村正が新たに妖刀を鍛造し、さやかの回復魔法で体力も万全の状態に戻していく。
迷宮の最奥部まで一足飛びで踏破できないことを歯がゆく思いつつ、異形の群れを蹴散らして『
そうして、大迷宮の半分を踏破したのではと体感する頃。
「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」
これまでの異形の雄叫びとは異なる『鯨波』が、正面の道から迫ってきた。
「あれは、魔法少女達!?」
「とうとう人の刺客が来たか!」
視界に飛び込んできた白と黒のローブの群れにさやかが声を上げ、村正が得物を構える。
一度は怯みかけたさやかだったが、すぐに考え直す。ここで人の軍勢が現れたということは、この先に彼等の守るべきものが存在していることも意味している。
ほむらや巫女の居場所は近い。目的地は確実に迫ってきている。
「蓮華様の命により侵入者どもを討つ! この大迷宮で奴等の首級を挙げるのだ!」
勢いづこうとするさやか達を他所に、そうはさせじと気炎を上げるのが敵勢力だ。
白いローブを纏う少女の号令のもと、黒いローブの魔法少女達が凄まじき喊声を上げた。
「覚悟しろ、侵入者ども! 裁かれろ、罪人ども!」
「面白い。やってみせろ!」
先陣を切った村正が魔法少女達と衝突し、戦端は開かれた。
大通路はたちまち剣戟の音で満ちるようになった。
「ぐうっ、雑兵と思いきや……!」
愛剣『峰打ち丸』に打ち据えられても、すぐに倒れず、粘ってくる敵勢に村正が唸る。
一人一人は大したことはないが馬鹿にできない数で襲いかかってくる相手に顔をしかめつつ、それでも個の力で上回る村正達は奮闘した。
数の利をもって押し潰そうとしてくる魔法少女達を押し返せるのはマミのリボンによる拘束によるものが大きい。
しかし。
『ガアアアアアアアア!』
「……! 使い魔まで! 気を付けて!」
村正達の優勢で進んでいた戦いに変化が訪れる。
魔法少女同士で戦う愚かな人類の争音を聞きつけ、使い魔の群れが横道より現れたのである。
「う、うわぁああああああああああああああああ!?」「……! 黒ローブが、使い魔に襲われて……」
横からの襲撃を何とか『結界』で食い止めた村正だったが、押し倒され餌食となる黒ローブ達に顔色を変える。
「化物にローブ達、そして俺達……三つ巴ってやつだな」「使い魔達が自由に動き回るのが唯一の幸いよ。使い魔達は人の都合なんて関係ないものねッ!」
何とか割り切ることのできている村正とマミは、戦況を冷静に分析した。
ならば小さく固まって連携さえ保てば状況はむしろ好転する──そう思った矢先のことたった。
「——! これは……まさか⁉︎」
「どうしたの村正!」
「このやかましい足音の重なり……新手がここに来やがる! しかも、これは……!」
弾かれたように周囲を見る村正の視線の先。
この大通路に繫がる複数の横道から、新たなローブ達が出現する。
「……おい、待て。あいつ等の後ろに付いてきているのは……」
しかもローブ達だけではない。
『オオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!』
彼女等の背後には、使い魔の群れが続いていた。
「使い魔の『行列』! どれだけいるの!?」
「まさか、自分達を『餌』にして……大量の使い魔を私達のもとまで!?」
さやかの驚倒の後にマミの危惧が、そして村正の焦りが連なる。
「まずい!」
離脱は、間に合わなかった。
特攻じみた己の命運に恐怖しながら、先頭を走る黒いローブが叫ぶ。
「いっ、偉大なる巫女にっ……栄光あれぇえええええええええええええええええ!!」
黒ローブが後ろから喰い殺されるのと、そのまま村正達のもとに怪物の行列が届けられるのは、同時だった。
『オオッ、オオオッ!!』
『グガァァァァァァァァァァァァ!』
「大乱戦……!? まずいわ!」
あっという間に人も怪物も入り乱れる光景に、マミが悲鳴を上げる。
使い魔達が足もとや頭上を飛び交い、ローブ達まで襲いかかってくる。
後衛のマミはもとより、さやか達前衛の間で保たれていた連携がズタズタに引き裂かれた。
秩序が消え、統率を見失う。
大迷宮という限定された閉鎖空間であることも始末が悪い。
長く広い大通路と言えど、溢れるほどの怪物と人がそそぎ込まれれば混沌と化すのは自明の理であった。
「こんなの、まともに戦うことも……!」
既に孤立しかけているマミが遠距離からの狙撃を捨て、美脚による蹴りやリボンで絡め取る。
「あっははははっ! 集え、同志達! もっとだ! 怪物を連れて、ここを奴等の死に場所に変えろ!!」
指揮を執る白いローブが哄笑を上げた。
村正がどれだけ敵を退けても、魔法少女も怪物も増え続ける。
小隊を組んだ黒ローブ達が的確に使い魔達を誘導して、行列を押し付けるのだ。
まさに大型獣に喰らいつく蛇の群れのごとく村正達を苦しめていく。
「……! いいのか! このままじゃてめぇも命を捨てることになっちまうぞ!」
「構うものか! どうせ私達は魔女に殺される! そうでなくとも魔女になって滅ぶ運命!」
白いローブを視界奥に見つけ、揺さぶりをかけようと村正が声を張り上げるが、白いローブの魔法少女は取り合わなかった。黒いローブ達もまた喚声をもって彼女の言葉を肯定する。
「だったらその前に、いかなる手段をもってしても、この命を蓮華様の世界の礎にするだけだぁあああああああ!!」
狂信に染まった叫びが、怪物どもの咆哮と混ざり合って石壁に反響する。
怪物にも劣らぬ獣のごとき咆哮が、村正はもとより離れた場所にいるマミの耳にも届く。
さやかは顔を歪めた。
「狂ってる……!」
「ああ……まさしく狂信者か!」
それが『白羽根』と呼ばれる女の正体。
心酔と陶酔、そして悍ましい忠誠心の言いなりとなり、白羽根の魔法少女は雄叫ぶ。
「進めぇええええ! 侵入者を一人残らず肉塊に変えろッ!!」
煽動される黒いローブ達は、血と涙をまき散らしながら猛った。
半ば理性を失った特攻に村正達も気圧されていく。
全力で殺しにくる相手に対し、こちらは命までは奪えないことも大きい。
じりじりとじりじりと余力を削られ、窮地に追い込まれようとした、その時。
——雄叫びが轟いた。
「──────」
その場にいた村正、マミ、さやか、白羽根や黒羽根、使い魔までもがそれぞれの行動を中止し、同じ方角を見やった。
「今、のは……?」
喧騒は、ぴたりと止まっていた。
戦闘中であった筈の誰もが静止し、目を見張った。
やがて……どんっ……どんっ……と。
自己の存在を主張するように、地を揺らし、不穏な重音が響き渡ってくる。
確かめずともわかる何かの足音。徐々に近付いてくる音響が聞こえてくる。
全ての者の視線が集まる。
間もなく。瓦礫を踏み砕く音を放ち、とうとうその姿を現した。
「──なっ」
呟きを漏らしたのは、黒羽根の一人だった。
漆黒の体皮。二メートルを上回る巨軀は岩のような筋肉で覆われており、更にその上に纏うのは西洋風の鎧だ。
明らかにサイズの合ってない、分厚い胸鎧、肩当て、鎖で巻かれた手甲、腰具、具足。
その巨体が収まり切らない全身型鎧の部位を、軽装のごとく身に付けている。片手に提げるのは巨大な斧であり、更に鎧の背にも異なった大斧を取り付けていた。共通しているのは、どちらの斧も返り血によって真っ赤に汚れている。
頭部から生える角の色は真紅。
その威容から連想される猛牛の魔物。
フッ、フッ、と荒い鼻息を吐き出す『怪物』は、ぐるりとその太い首を巡らせる。
そして魔法少女の姿を視界に捉えた瞬間。
再び雄叫びを放った。
『ォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッッ!!』
静寂をぶち破る、弩級の咆哮。
砂塵を舞い上げるほどの音塊が轟き渡った直後、黒いローブ達は白目を剝き、一斉にばたばたと倒れ込んだ。
生物の心身を原始的恐怖で縛り上げる怪物の
黒き巨影が驀進する先は、村正だった。
「!」
進路上の使い魔や黒ローブを全てを破砕しながら波濤のごとく押し寄せる猛牛に、村正は眦を吊り上げると、刀を構え、迎撃の構えを取った。
「ダメ! 避けなさい!」
マミの激声が唸る斧にかき消され、鉄刃はそのまま──村正の一メートル手前の地へと振り下ろされる。
爆砕と衝撃、そして浮遊感。村正の双眸が驚愕に染まった。
砕かれた石床から現れたのは奈落。
舞い上がる石と土砂で視界を塞がれる中、地から足が離れ一切の回避行動を奪われる村正に狙い澄ましていたかのように左腕による鉄槌が落とされる。
咄嗟に結界を展開し防御するが、その怪力の前には、何の役にも立たなかった。
「──がぁっ!?」
防御を貫通し吸い込まれた一撃が、村正を奈落の底へ叩き落とした。
「村正ッ!!」
上層の縁に取り残されたさやかが、引き裂かれるような悲鳴を上げる。
しかし、その絶望を嘲笑うかのように、大迷宮の床が逆再生するかのように修復されていく——たった一匹の猛牛を起点にして。
ミノタウロス——正式名称『神隠し迷宮のウワサ』。
旧風見野市美術館の地下に広がる迷宮は、彼の能力によって創られた世界だ。
そのため、迷宮の中であれば地形等を自在に『変更』できる。
それが神隠し迷宮のウワサのルール。つまり、彼を倒さなければ村正を追うことはできない。
「マミさん! 村正が! 助けに行かないと!」
「美樹さん。助けに行ってはダメ。地形も分からないのに闇雲に探したところで見つけられないわよ」
「でもっ! それじゃあ……!」
食ってかかるさやかだったが、細く長い指を唇に突き付けられ、戸惑いながらマミを見返す。
「村正くんなら迷宮を一人で動ける」
「!」
「あの子は強い。並大抵のことなら自分で切り抜けられる。それにね……!」
瞬間、さやかを抱えて跳躍する。
その刹那——地面の破砕音がさやかの耳朶を打つ。
恐る恐る振り返ると、先程まで立っていた場所が戦斧によって粉々に叩き割られていた。
「するなら自分達の心配よ。違うかしら?」
鋭い視線で猛牛を射抜くマミとその隣で剣を構えるさやかを初めて猛牛が直視する。
猛牛はそんな二人を見て舌舐めずりをするとともに歓喜する。
——活きのいい獲物がやってきた、と。
戦斧ごと、だらりと両腕を下げる強大な猛牛を前に、さやかは息を短く吸い、吠えた。
「「ここで決着をつける!」」