奇妙な夢を見ていた。
炉が燃え、鉄が鳴り、男が一人でひたすらに槌を振るっていた。
男には多数の弟子がいた。奥さんがいて、子供がいた。
けれど男の目には、それらは何一つとして映っていなかった。
目に映るのは鉄だけ。或いは
そして、まだ見ぬ一刀だけ。
まるで人間から、鉄を打つ以外の機能を削ぎ落としたみたいだった。
――おい、あんたは何のために刀を打つ?
夢の俺は男に問いかける。
もっと聞かなければいけないことはある筈だったのに、気づけば疑問が溢れていた。
――それ以外、何もないからだ。
――随分と多くのものを失くしたように見える。
俺の言葉に、夢の男は薄く笑う。
――かもな。儂は器用には生きられなかったんだ。
――儂はまだ――至高の一刀には至っていない。
俺は夢の男に疑問を投げる。
――至高の一刀? なんだそれは?
――あぁ、それはな……。
その瞬間、景色がだんだんと遠くなっていき、ついに声も聞こえなくなる。
そして——真っ赤な目と目が合った。
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「おはよう、村正」
「……おはよう。何でここにてめぇがいるんだよ」
布団の上に乗って丸くなっていたキュゥべえに挨拶をすると、首根っこを掴み放り投げる。
「酷いじゃないか。もっと丁寧に扱って欲しいな」
「おとといきやがれってんだ。てめぇの面を見てると、ムカっ腹が立つんだよ」
布団を畳む俺に非難がましい視線を寄越してくるが、こちとらお前に人外に改造されてんだよ。
居間に向かう俺の後ろを着いてくるキュゥべえを無視して朝食を配膳する。
米と味噌汁、焼き魚といった定番の朝食。
キュゥべえの野郎には適当に蜂蜜を入れただけの牛乳を差し出してみると、黙って飲み始めた。いまいち生態のわからん奴だ。
「そうだ、村正。僕がここに来たのは、君に知らせたいことがあったからなんだ」
「知らせたいことだぁ?」
「ああ、突如、君を遥かに超える素質を持つ少女が現れたんだ」
箸が止まった。
そんなことを俺に言いに来た理由はわからないが、キュゥべえは間違いなくその子を狙ってる。
キュゥべえを睨みつけて訊く。
「何でそんなことを俺に言うんだ?」
「それが不思議なことに昨日まではごく平凡な少女だったのが、今日になって爆発的に素質が跳ね上がったんだ。君と同じようにね」
「……つまり、何が言いたい?」
「君とその少女には共通点があるのかもしれない。だからね村正。君に協力して欲しいんだ」
にこり、と人好きしそうな笑顔で俺を見る。
こいつはどこまでいっても変わらない。
生物というより機械や道具のような在り方に怖気が走った。
「てめぇ、俺がそんな誘いに乗ると思ってんのか? どうせお前のことだ、魂以外にも『聞かれなかった秘密』とやらがありそうでならねぇ」
「うーん、理解しかねるなぁ。君達は普段から魂の在りどころを把握している訳でもないのに、魂を特別視している。まさに理解不能さ。それに、この話は君にとっても利益になると思ったんだけど」
「爺さんに顔向けできなくなるような外道仕事に貸す手はねぇよ」
「心外だな。この少女とコンタクトを取って欲しいだけだったのに。ま、いいや。気が変わったらいつでも呼んでよ。でも、これだけは伝えておくね」
牛乳を飲み干したキュゥべえは、机から降りて玄関へと歩いていく。
そして、こちらに振り向いて――少女の名前を告げた。
「鹿目まどか。この子と君には、僕たちでも解析不能な共通点がある筈さ。それを探して欲しいんだ」
そう言って扉をすり抜け、消えていく。
鹿目まどか――聞いたことのない名前だ。
しかし、どうしても、この名前を忘れることができなかった。
支度を整えた後、嫌な予感を感じながらいつもの通学路を歩く。
いつか、鹿目まどかという少女と縁が繋がるような予感。
そして──その予感は、またも的中しやがったのだ。
「まどかはあたしの嫁になるのだ〜!」
「…………嘘だろ」
登校中に、その名前を聞いた。
青髪の少女に抱きつかれている桃色の少女が『鹿目まどか』なのだろう。
嫌な予感は、それはもうあっさりと的中し、やはり俺には何かが憑いているんじゃないかと頭痛がした。
――――――――――――――――――――――
「千子よ! 聞いたか? 美少女転校生の噂を!」
「……なんだよ。興味ねぇよ、ンなもん」
昼休み——教室でどうやってキュゥべえと鹿目先輩を遠ざけるかを思案していると徳川が鼻息荒く尋ねてきた。
隣のクラスなのに何で当然のようにここにいやがる?
「ほむほむを知らぬと言うのか⁉︎ もう既にファンクラブまであるというのに⁉︎」
「誰だよほむほむ。今日はちと、それどころじゃなくてな」
今の俺は謎の転校生より鹿目先輩のほうに意識が向いている。
鹿目まどかという少女について調べてわかったことは、二年の先輩だと言うこと。
しかし、こちらの予想に反して部活動などで好成績を残しただとか、学年一の秀才とか、特筆事項なんてものもなく、ごくごく普通の生徒だった。
何か……学校とは別に隠された秘密でもあんのかね?
「千子!」
「うおっ! うるせぇな、何だよ」
「お前もどうだ、ほむほむファンクラブに入らぬか? ちなみに我は既に入会済みだ」
「断る。てか、ファンクラブって、本人にちゃんと許可とか……取ってねぇな、これ」
「ええい! お前にほむほむの素晴らしさを教えてやる!」
鼻息荒く説明する徳川の話を纏めるとこうだ。
曰く、一つ上の学年に『暁美ほむら』という美少女が転校してきたのだとか。
曰く、蔑んだ目で踏まれれたいだとか。
曰く、無言でため息をつかれたいだとか。
曰く、名前ではなく番号で呼ばれたいだとか。
そんなゴミのような情報を聞かされ、より一層ほむほむとやらのことがわからなくなった。
徳川の話を元に『ほむほむ』とやらを脳内で出力してみるが、
――ほーむほむほむほむ! お前ら、あたいのために死ぬがいいほむねぇ! この豚ども!
こんな感じか……? 近寄らないでおこう。
そもそも俺はどっちかっていうと、三つ編みにメガネをかけてそうな素朴な女子のほうがタイプなんだよ。
俺は立ち上がり、未だにほむほむとやらのことを熱弁する徳川を放って校舎裏へ歩を進める。
その途中で、長い黒髪の少女とすれ違った気がした。
――――――――――――――――――――――
「……ってな訳で、別に普通の少女だったぜ」
「ありがとう村正。君から見てもやはり特別な存在には見えなかったか」
とりあえず、鹿目まどかという少女を調べることにした。
調べるといっても先生にどういった生徒なのか、と尋ねただけなのだが。
こいつに協力する訳じゃない。
むしろ、あんまり契約してほしくないから調べることにした。
「家柄……って訳でもなさそうだしな。本当に聞いた限りじゃ平凡な先輩だった。なのに、すごい素質を備えてる、と」
「すごい、なんて言葉が陳腐に感じる程だ。彼女が魔法少女になれば、それこそ万能の神にすらなれるだろうね」
「マジかよ……なんか、途方もない規模になってきたな」
「ああ、僕としては是非とも契約して魔法少女になって欲しいね」
神になれるほどの力を秘めた存在。
そんな人が魔法少女になったら……ん?
そういや、何でキュゥべえは魔法少女を作り出してんだろうな。
「そういや、キュゥべえは魔法少女を作り出すことで何のメリットがあるんだ?」
「今更だね。知っての通り魔女と戦ってもらうためさ」
「それも目的の一つなんだろうが、本命じゃねぇな? 爺さんの時から思っていたが、魔女はお前を優先して襲う訳じゃねぇ。でも人類を守るための慈善活動ってガラじゃねぇだろ? お前さん」
空気が重くなるのを感じる。
やはり『聞かれなかった秘密』がある気がする。
「僕達の目的、だったね。村正、君はエントロピーって言葉を知っているかい?」
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「……ということさ」
キュゥべえの説明は長ったらしくてしょうがねぇが、要するに、炉の火が燃え尽きるみてぇに、宇宙もいつか冷める。
その冷めていく流れに逆らう燃料として、魔法少女の感情を使ってる――そういう話だった。
「……つまり、お前さんは宇宙のエネルギー不足を解決するために魔法少女を作り出したり、グリーフシードを回収してるってわけかい」
こいつらは宇宙から来た宇宙人で、地球の少女達を魔法少女にしてグリーフシードを回収してエネルギーを集めているらしい。
万能の神さんといい、宇宙規模のエネルギーといい一気にスケールがデカくなりやがった。
使用したグリーフシードを回収する時、魔女が孵るから回収するって言ってたが、実はエネルギーを回収するためだったのか。
胡散臭い奴だと思ってたがここまでとはな……。
「それじゃあ僕は行くよ。鹿目まどかのことは引き続きよろしくお願いするよ」
「あ、逃げた」
さらに聞き出そうとすると、曲がり角へと消える。
慌てて追いかけたが既に姿はなくなっていた。
奴は壁や窓をすり抜けて現れるため、おそらく壁の中にでも入ったのだろうが、その態度は不都合な事実を隠していることを自白しているようなもんだ。
「自分で考えろってことかね」
何かを隠してる。
奴は合理至上主義の擬人? 獣化みたいな存在だ。
俺の不信感を買うより秘密を知られる方がまずいと判断したのだろう。
昼休みは始まったばかり。
仕方ないので教室に戻ろうとして、校舎に入ろうとした時――小さな人影とぶつかった。
「すまねぇ! 大丈夫……かい」
「いたた……ううん、こっちこそごめんね。ぼーっとしちゃって」
俺とぶつかって小さな人影は体格差によって尻もちをついてしまったので、慌てて手を差し伸べると、つい固まってしまった。
桃色の髪を二つに結んだ少女――鹿目先輩だった。
「すみません。怪我はありませんか?」
「うん、大丈夫だよ……君、千子くん、だよね」
「どうして俺の名前を?」
「先生達の間で噂になってるよ。中庭のベンチとか備品を直してくれるって」
「あー」
何となく心当たりがある。
数ヶ月程前の体育祭などで使う機材やテントの骨組みを修理したことがあり、それ以来、度々先生方から修理を依頼される。
家の関係上、修理は得意だし、いくつか資格を取っている(取らされた)ためだ。
この前、先生は「千子がいると予算が浮く……心強いな!」と言っていたので内心複雑だが……修行だと思えば、むしろいい機会だ。
すると、鹿目先輩の後ろから快活とした声が響く。
「まどかー!……あんた、何やってんの?」
「さやかちゃん!」
さやか、と呼ばれた少女は今朝方鹿目先輩にジャレついていた少女だ。
彼女は俺を鋭い視線を向けて、睨みつける。
状況を俯瞰する。
彼女にとって鹿目先輩は親しい友人なのだろう。
その友人が地面にへたり込んで、その目の前には人相の悪い男が立っている。
他所から見ればいじめてるようにしか見えねぇな。
「あんた! まどかに何してんの⁉︎」
「誤解だよ、さやかちゃん!」
怒りの表情で掴みかかって来た彼女を鹿目先輩が必死に止める。
誤解が解ける頃には昼休みが終わりかけていた。
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「うわッ、何それ!?転校生ってそんなキャラだったの?文武両道で才色兼備かと思いきや実はサイコな電波さん。くー!萌えか?そこが萌えなのかあ!?」
ショッピングモールにあるファストフード店の一角で、やたらとテンション高い少女――美樹さやか先輩が他の客の迷惑も考えず叫んでいた。
昼休みのお詫びという事でファストフード店に連れて来てもらったんだが、奢ってもらうのも悪いのでおすすめを教えてもらうという条件で同席している。
話してみると、鹿目先輩はこの歳にしては珍しいほど心優しい人だった。
一方、美樹パイセンは思い込みが強い節があるが、正義感が強く、明るいムードメーカーってとこか。
「お声が大きいっすよパイセン。しかし、噂になってる転校生って鹿目先輩のクラスメートだったんですね」
「ちょっと待って……何でまどかとあたしで扱いがそんなに違うの? 昼休みの事根に持ってんの?」
「いえ、別に。しかし……自分の人生が尊いと感じてるか、ねぇ……厨二的な人物の意味深な発言と考えるのは、ちと軽率か?」
「うん、なんていうか……すごく真剣そうだったんだ」
転校生の印象がやばい女王様ではなく、意味深な発言をする変な人に変わったが、俺はその人に会ったことないんだよな。
知らない人に対して無礼だと思いつつ、転校初日でここまで変な噂しか聞かない謎の転校生もどうなのか。
「鹿目先輩はその、暁美先輩って転校生の方のことは、本当にご存知ないんですか? 小さい頃に会ったことがあるとか」
「ううん、でも常識的な話ではそうなんだけど……昨日、夢の中で、あの子と出会った……ような……」
夢の中で、ねぇ。
普通なら笑うところなんだろうが……実際、美樹センは笑い転げてるし。
でも、非常識側にいる身としては、一笑に付すことはできなかった。
「美樹パイ笑い過ぎっす。周りの迷惑っすよ。でも、夢っていうのは昔から不思議なものだと相場が決まってるものです。ひょっとしたら、常識じゃ測れないことがあるのかもしれませんね」
「まどかに続いて村正まで変な電波さんに! いや、ちょっと待って……あんた今あたしの事、変な略し方しなかった?」
「誰か電波さんですかひっぱたきますよ? 美樹」
「ついに呼び捨て⁉︎」
その後、食事を済ませた俺達は美樹センの事情でCDショップへと足を運ぶ。
ただ、それだけのはずだった。
学校帰りに、少し仲良くなった先輩二人と寄り道をする。
くだらない話をして、軽口を叩いて、少しばかり騒がしい日常を歩く。
そんな、何でもない時間だった。
なのに——背筋に悪寒が走った。
CDショップの上品なBGMが、遠くの水中から聞こえるみたいだった。
爺さんの時と同じだ。あの、間に合わなかった日の感覚。
俺は無意識のうちに――ソウルジェムを握りしめていた。