多少、流血描写があるのでご注意下さい。
美樹センが真剣な表情でCDを物色しているのをよそに、その中から適当な物を一つ手に取ってタイトルを眺めていた。
最近では、ウォークマンやら音楽をほぼ無料でダウンロードできる機械が現れ、嵩張る上に値が張るCDをわざわざ購入する奴は少なくなったと思う。
昔は重宝された物でも、時代の移り変わりによって、その流れに取り残されてしまう。CDもそんな物一つだ。
そんなCDに対し、衰退しつつある鍛冶師としてシンパシーを感じていると、鹿目先輩が挙動不審に辺りを見回した。
美樹センの言う通り本当に電波さんになったのかと思ったが、すぐにそれはないと判断する。
どこかに導かれるかのようにふらふらと店を出ていく鹿目先輩の手を掴み、問いかける。
「どちらへ?」
「し、信じてもらえないかも知れないけど……呼ばれてるの、『助けて』って声がしたの!」
「そいつは害獣ですので無視してください……いえ、仮に呼ばれたとして、厳しいようですが、ただの中学生でしかない鹿目先輩が行く理由は何ですか?」
おそらくキュゥべえに呼ばれているのだろう。
魔女に襲われて死にそうになってる人間の前で契約を迫る鬼畜が助けてとか笑わせんなという、俺の心情は置いといて鹿目先輩が狙われているという事実に危機感を覚える。
「でも、苦しそうなんだ……『助けてまどか』って。わたし、行きたい! 知らないフリしたって後悔したくないもん!」
——人を助けろ。
鹿目先輩のまっすぐな瞳に、爺さんの言葉が蘇る。
人を助けるってのは、言葉ほど簡単じゃない。
助けたい相手が、助けを望んでいるとは限らない。
助けるために、誰かと敵対することもあるだろう。
助けた結果、自分が傷つくことだってあるかもしれない。
しかし、鹿目先輩の瞳には頑固者特有の強い光が宿っている。
こういう目をした頑固者の説得は不可能だと、経験から嫌と言うほど理解している。
下手に止めようものならかえって危険かもしれない。
ならば、止められないなりに何とかするしかない。
「わかりました――俺も行きます」
「千子くん……?」
「一人より二人、でしょう?」
「――っ、ありがとう……!」
敵なら撃破すればいい、罠なら突破すればいい。
俺が付いていけば契約は防げる筈だ。
万が一、こちらの手に負えないようであれば、最悪、工房に放り込んで彼女の身を守りながら逃走する。
「美樹セン! 俺達、ちょっと寄るところがあるんで、ここら辺で待っててください! 一時間経っても帰って来なければ美樹センも帰って大丈夫です!」
「ちょっ、何言ってんの⁉︎」
俺達を探したりしないよう、美樹センにも伝えておく。
俺は鹿目先輩の後ろを歩く。
フロアを歩き、非常階段を登り、着いたのは改装中のフロアだった。
「暗いね……何でこんな所に私を呼んだんだろう……?」
「怖いですか? 鹿目先輩?」
「へ、平気だよっ! 私の方が千子くんよりお姉さんなんだからね!」
「足、震えてますよ」
薄暗く、周りには機材や鉄のパイプなどが散乱している。
その時、天井のボイラー用のエアダクトの蓋が音を立てて外れたのを見て、咄嗟に鹿目先輩の手を引き背に隠す。
そこから落ちてきたのは、白い身体に、耳から耳のような器官を生やした不思議な畜生。
「キュゥべえじゃねぇか。何してんだ」
「千子くん……その子のこと、知ってるの?」
「簡単に言えば女の子を願いで釣って、化け物と戦わせるための契約者です」
「ええっ⁉︎」
ボロ雑巾になっているキュゥべえの首根っこを掴み上げる。
しかし、こいつが傷だらけになるのは珍しい。
契約してから数日後——爺さんの葬式の際『まったく、死体に対してこんな大袈裟な儀式を行うなんて訳がわからないよ」と発言したこいつをインゴットに括り付けて一時間、風呂に沈めたことがあったが、平然としていたことを思い出す。
扉とかすり抜けて現れるんだから、きつくなったら勝手に脱出すると思ってたんだが、まさか呼吸を必要としないとは……つくづく生物らしくねぇ。
そんな事情もあってか……何っつーか、こいつが痛い目に遭っているのを見ると、少し気分いい。塩でも持ってくればよかった、傷に振りかけてやるのに。
――カツン。
靴音が響く。
そちらを見ると、魔法少女がそこにいた。
その手には拳銃が握られており、この少女こそがキュゥべえをボロ雑巾にした人物だろう。
「ほむらちゃん……?」
「そいつから離れて」
冷たく言い放ちキュゥべえに拳銃を向ける。
拳銃。
それは刀とも槍とも違う、ひどく無機質な武器だった。
間合いも、呼吸も、踏み込みもいらない。
指を動かすだけで、人を殺せる。
おい、どうでもいいが、その射線だと俺にも当たるんだが。
しかし……こいつが例の『ほむほむ』なのか。
思ってたのと随分違うようだが、どっちも危険なことに変わりない。
「まず、拳銃を下ろして欲しい。平和的にいこう」
「あなた……キュゥべえが見えてるの? あなたには関係ないから早く失せなさい」
「生憎と、そうもいかねぇんだよなぁ……それより拳銃を下ろしてくれ。さもないと……」
ソウルジェムを翳すと、光に包まれ和装姿になる。
変身した俺に目の前の魔法少女……とついでに鹿目先輩が目を見張った。
人前では避けたかったが仕方ない。こいつは変身しなくては危険かもしれない。
「平和的に解決できなくなる」
鹿目先輩と契約したいキュゥべえ。
ここに鹿目先輩が一人で来ていたなら、契約には絶好のタイミングだ。
ボロ雑巾のキュゥべえ、拳銃を持った謎の少女。
この少女がキュゥべえとグルの可能性も捨てきれない。
「男の契約者……! 教えなさい、あなたは一体何者?」
「何者でもいいだろ? 俺は話の分かる奴の味方で、喧嘩したいって奴の敵さ」
念のため、鹿目先輩に障壁魔法を張っておく。
魔法少女の瞳を見る。
困惑と怒りが混じったような瞳。
まず、彼女の目的を探らなければならない。
キュゥべえとグルだった場合は俺の敵になる訳だが、そうではない可能性――つまり、契約を防ぐ側なら話は別だ。
どれ……カマをかけるか。
「俺は――魔法少女の秘密を知っている」
「――!」
俺の言葉に目を大きく見開いた。その反応を見て確信する。
こいつも知っている側だ、と。
「あなたは敵? それとも味方?」
「それは立場によるな。アンタが鹿目先輩に悪さしようってんなら、俺はアンタの敵だ」
「……とんでもないイレギュラー。やはり、あなたは危険な存在だわ」
「……交渉決裂かい? できれば穏便にいきたいんだけど」
一触即発の睨み合いが続く。
彼女が引き金に指をかけ、俺は召喚した峰打ち丸の鍔に指をかける。
相手の実力は未知数だが、幸い、銃相手は巴先輩のおかげで慣れたもんだ。
撃ったと同時に懐に潜り込み、銃を叩き折ってやる。
殺す必要はない。あくまで戦闘不能にすればいい。
魔法少女同士、一触即発の緊張感に包まれた——その時だった。
「まどか、村正ッ! こっち!」
突如、視界が白に染まる。
見ると、美樹センが暁美に消火器を噴射していた。
血の気が引いた俺は、すぐに二人を抱え、結界で包み込む。
誰彼構わず撃ち殺すほど無差別な奴ではないと思うが、あの女は敵対者には容赦しないタイプだ。
できるだけ距離を稼ぐために全力で走り抜けるが、いつまでも外に出ない。
――まさか!
「魔女の結界……!」
周囲の景色が捻じ曲がり、改装中のフロアの面影はなくなっていた。
奥から綿に髭が生えたような使い魔が大きな鋏を持って現れる。
すぐにぶっ殺ッ……じゃなくて、暁美ほむらの動向も気になるところだが、今は飛んでくる火の粉を払い、鹿目先輩達の安全を確保しなければならない。
「二人とも。俺がいいって言うまでこの手拭いを目に巻いてください。大丈夫、これは悪い夢ですから」
「ねぇ! 一体どうなってんのよ⁉︎ アイツは何⁉︎ 転校生とあんたはコスプレみたいな格好してるし、何が起きてんのよ⁉︎」
「後でちゃんと話します……鹿目先輩をお願いします」
俺はできるだけ笑顔を意識して話しかける。
鹿目先輩はわかりやすく怯えきっており、美樹先輩も強がっているが震えている。
これ以上、怖い思いをする必要はない。
俺は首の手拭いを外し、同じものを魔力で練り上げる。
魔法少女の衣装ってのは便利なもんで魔力さえあれば簡単に数を揃えられる。
二人の目に手拭いを巻きつけ、足下に峰打ち丸を突き立てると、それを軸として結界を展開する。
ありったけの魔力を込めたので、使い魔相手ならよほどの攻撃でなければ傷をつけることも難しいだろう。
だが、絶対じゃない――故に速攻で片付ける。
俺はある刀を召喚する。
徒手空拳や金槌では時間がかかり過ぎる。
だから、最初から全力で行く。
「一心」
本来なら使い魔相手に抜く刀じゃない。だが、今は一秒が惜しい。
「大盤振る舞いだ。冥土の土産に拝んでいきなぁ!」
手にした刀を振り抜く――それだけで使い魔が紙切れのように両断される。
そして――それと同時に自分の体から鮮血が舞う。
「――っ! ぐぅっ!」
痛みに呻き声を上げる。
やはり、自分の刀に身を斬られる痛みというものは何度やっても慣れないものだ。
即座に治癒魔法で体を癒し、傷を急速に回復させる。
「うぉおおおおおおおおおおおッッ‼︎」
使い魔の群れに飛び込み、切り刻む。
使い魔達が次々に斬り倒されていき、敵を断ち切るたび、同じだけの激痛が俺の肉体を内側から引き裂く。
傷口が爆ぜ、血が噴き出す。それを強引に治癒魔法の熱で焼き潰し、また一歩踏み込んで敵を斬る。
妖刀に身を刻まれる痛みは我慢する。
飛び散る鮮血からは目を逸らす。
敵を殲滅するまで、代償なんか気にしない。
無数の屍の山を築き、血の河を流す。
必殺技を考えなさいという巴先輩からの『課題』を達成すべく、今の惨状を作り出した技に名前を付けた。
「必殺――『屍山血河』」
赤くなった視界に入る全ての敵を斬り刻み、殲滅した。
痛い、死ぬほど痛い。ちょっぴり泣きそうだ。
周りを見ると、魔女が逃げたのか景色は元に戻っており、俺の血も結界と一緒に消えていた。
急いで傷を治し、変身を解く。
血塗れの状態で目隠しを取ったら、きっと驚かせてしまうから。
「終わりましたよ。ほら、もう大丈夫」
「終わったの……?」
目隠しを取ってキョロキョロと辺りを見回す鹿目先輩達。
危険がないことを確認すると、二人は緊張の糸が切れたように地べたにへたり込む。
そんな二人を眺めながら周囲の気配を探ると、高速でこちらに近づいてくる何者かの気配を察知した。
しかし、その気配は敵のものではなく、俺がよく知っている人物のものだった。
「……おや、良いところに」
「千子君!」
改装中のフロアに魔法少女の姿に変身した巴先輩が現れた。
おそらく魔女結界の魔力を感知して、駆けつけて来たのだろう。
「ちょうどよかった……巴先輩。この二人をお願いします。怖い思いをした後なので、俺より巴先輩の方が適任かなって」
「そう……怖かったわね。私は巴マミ。千子君と同じ魔法少女よ」
「そして、俺の魔法少女の先生だよ。良い人だから安心してくれ……それじゃあ、巴先輩。すみませんが後はお願いします」
「……ええ、わかったわ。くれぐれも気をつけてね」
俺の意図を察した巴先輩が二人を連れてフロアの外に出る。
姿が見えなくなったのを確認して後ろを振り返る。
すると、冷たい眼差しで俺を睨みつける魔法少女がいた。
「どうする? 続きやるかい?」
「いいえ、そのつもりはないわ」
「ありゃ、てっきり二人を追うつもりかと思ったんだがな」
「もう遅いわ。キュゥべえだけでなく巴マミまでまどかに接触してしまったもの」
ため息を吐いて、銃を下ろすその表情はどこか諦観が滲んでいた。
取り返しのつかない失敗をしてしまった時のような、肝心な所で間に合わなかったかのような表情だ。
「そうかい。ま、戦わなくていいならそれに越したこたぁねぇさ」
「――でも、一つ言っておくわ。あなたはまどかの傍にいるべきではない。巴マミと一緒に彼女から離れなさい」
明確な敵意を向けて言い放つ。
この魔法少女がなぜ鹿目先輩に執着するのかはわからない。
しかし、冗談や酔狂の類ではないことだけは理解できる。
「一つ聞かせてくれ。アンタにとって、鹿目先輩は何だ?」
「……たった一人の親友よ」
今日が転校初日だろうが、とか、鹿目先輩は困惑してたぞとか、ツッコミどころは大いにある。
しかし、その瞳に映る光を見て、それを引っ込める。
「…………そっか。大切なもんなら譲れねぇよな」
確証もないはずの彼女の言葉を疑う気にはなれなかった。
人には言えないことの一つや二つあるだろう。そこに土足で踏み込むのは野暮だと思った。
「だが……関わんなってのは聞けねぇ」
「……どうして?」
「俺も鹿目先輩達と仲良くなりてぇからさ。だから、関わるなって言われても無理だ」
「……そう、なら私達は相容れないわね」
「そうか? 俺はできればアンタとも仲良くしてぇがな」
「必要ない。私の友達は……たった一人だけ」
もう話すことはないと言わんばかりの態度で暁美は踵を返す。
そんな暁美を見て、忘れていることがあったのを思い出した。
「俺は千子村正! 一方的に名前を知ってるのも気持ち悪いから名乗っとくな!」
「……」
すると、暁美は足場から飛び降り、フロアから姿を消した。
その後ろ姿を見送って、俺も帰路につくことにした。
帰り道、夕暮れに染まった人通りのない道を歩く。
俺の歩いた道には、道標のように赤い点が連なっている。
「ふぅ、だいぶ無茶したなぁ……これで暁美が戦う気満々だったら、危なかったかもな」
妖刀を乱用したせいで、治癒の魔法でも追いつかないほどのダメージを負っていたらしい。
俺の体には、おそらくもう血があまり残っていない。
本体がソウルジェムじゃなければ間違いなく失血死しているだろう。
因果な体になったもんだと呆れてしまう。
「倒れたら心配するだろうしなぁ……意地張ってよかったぜ」
足が重い。呼吸が浅い。視界の端が、じわじわと黒く染まっていく。
それでも、倒れるわけにはいかなかった。
巴先輩に見られたら、きっと悲しそうな顔をする。
鹿目先輩なら、自分のせいだと思い込む。
美樹先輩なら、怒りながら泣くかもしれない。
そういうのは、嫌だった。
守ったつもりの相手に、傷を背負わせるなんてかっこ悪いじゃないか——こんな無様な姿だけは見せられない。
一歩、また一歩と歩く。
ショッピングモールから遠く離れた裏道を通って家に向かうが、いよいよ痩せ我慢も限界を迎えたみたいだった。
膝が折れ、地面が近くなる。
遠くなる意識の中、誰かの靴の音が聞こえた気がした。