Magia Chronicle   作:ケルヌンノス錦田

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七話です。
時系列的にはまどか達がマミの部屋で魔法少女の説明を受けている場面くらいです。


日常【泡沫】

 

 

 

「……うっ、んん――ここは?」

 

 瞼をこじ開けると知らない天井が現れた。

 からからに乾いた喉と、血の巡りがよくない体で思考の歯車を回す。

 お菓子の箱が散乱した部屋が目に入る。

 きっと、この部屋の主である誰かが俺を助けてくれたんだろう。

 

「起きたかい?」

「……佐倉? まさか佐倉が助けてくれたのか? ありがとう」

「……気まぐれだよ。道のど真ん中に血の跡が残ってたから、興味半分に辿ってみただけさ」

「それでも、ありがとう。放置することだってできたはずだろう?」

 

 俺が礼を言うと、調子が狂ったかのような顔をする。

 眉が僅かに寄り、視線が泳ぐ。まるで投げた石が思わぬ場所に飛んでいった時みたいな顔だった。

 人に助けられることにも、人から感謝されることにも、案外慣れていないのかもしれない。

 真正面から感謝されると弱いタイプだろうか、いいことを知った。

 

「そんなことより! 何であんなとこで倒れてたんだ?」

「魔女退治中に無茶してな……それでこのザマだ。焼きが回ったもんだよ」

「お前は見た感じすげぇ魔力を感じるけど……そんなに強い魔女だったのか?」

「一般人が二人も巻き込まれてたんだ。だから無茶せざるを得なかった」

 

 それを聞いた佐倉が顔を顰め、瞳が鋭くなる。

 まずいな……なんかマズったか?

 

「お前馬鹿か? 他人の為に戦うなんざ何の得にもならねーっての」

「そうか? 俺は二人が無事でよかったって思ってるけど」

「お前が助けたそいつらは、お前が倒れたことも知らねーんだぞ」

「そりゃ意地を張って全力で隠したからな。バレてたら逆に恥ずかしいだろ」

「あー、もう! そういうんじゃねぇっつーの!」

 

 頭を掻きながら叫ぶ佐倉に、困惑する。

 どういうことだってばよ……?

 

「いいか! 魔法ってのはなぁ! 徹頭徹尾自分の為に使うもんなんだよ! 他人のためなんかに使っちゃいけねーんだ!」

「じゃあ、大丈夫だ。だって俺は、俺の心に従ったんだから。だから、痛みも傷付くことだって、全部俺のためさ」

「……お前、馬鹿だろ。とんでもねー馬鹿野郎だ」

「賢いだけじゃ辿り着けない場所があるのさ。だから、それは褒め言葉だ」

 

 佐倉は俯いたまま、黙ってしまった。

 いかんな、俺は恩人にこんな顔をさせたい訳じゃ無いのに。

 俺は佐倉に何をしてやれるか――そうだ。

 

「佐倉。好きな料理は何だ?」

「……はぁ? いきなりなんだよ馬鹿」

「助けてくれたお礼に夕食を振る舞わせてもらおうと思ってな」

「何言ってんだよ、訳わかんねーぞ。この馬鹿」

「この部屋を見る限り、まともな食生活送ってないだろ。だめだぞ、ちゃんと食べなきゃ大きくならないぞ」

「お前はお袋か⁉︎ 余計な世話だ!」

 

 吠える佐倉を他所に献立を考える。

 初めて会った時もパフェ食べてたし、甘い物が好きなんだろうが、それだけじゃダメだ。

 しかし……甘味以外だと何が好きなんだろう? 定番は肉か? けど、年頃の女の子にいきなり肉料理ってのも雑すぎるか?

 

「一応、アレルギーとかあるか? リクエストがあるなら応えるぞ」

「待て、何で普通に飯を作る流れになってんだよ。おかしいだろ!」

「お菓子だけにか? ……ふふっ!」

 

 くだらないジョークに怒りを抑えきれなかった佐倉の拳が俺の脇腹に突き刺さった。

 

「グハァッ⁉︎」

「……殴るぞ」

「殴ってる、殴ってるから……! 言う前に既に殴ってんじゃねぇかッ……佐倉さん……!」

 

 紙屑を見る目で俺を見下ろす佐倉に、腹を両手で押さえながらツッコミを入れ、脂汗を流して後ずさり、謎の間合いの牽制が発生する。

 佐倉も観念したのか、呆れたようにため息を吐く。

 しかし、すぐに挑発的な笑みに変わって。

 

「アレルギーはねぇよ、嫌いなものもな。料理はアンタに任せる。ただ、この杏子様を満足させられなかったら、アンタはアタシの召使いだからな?」

 

 八重歯を覗かせ笑みを浮かべる杏子の顔は、普段の刺々しさが嘘みたいだった。

 魔法少女として戦っている時の獰猛さも、路地裏で見せる飢えた獣みたいな雰囲気もない。

 年相応の――どこにでもいる少女の笑顔だった

 ……ああ、駄目だ。こういうのは、口に出すべきじゃない。

 俺はそう理解していた。理解していたんだが。

 

 ——多分、すごく面白い反応してくれそうだし、やっぱり言うことにした。

 

「佐倉って笑うと可愛いんだな」

「〜〜〜! この、馬鹿野郎が!」

 

 本日、二度目の制裁を喰らって吹っ飛ぶ。

 怒りからか真っ赤になった佐倉の蹴りだった。

 

――――――――――――――――――――――

 

「蹴られた所、ガクガクするんだが……」

「うっさい馬鹿」

 

 ずんずんと大股で歩く佐倉の後ろを歩く。

 すっかり暗くなった道を買い出しのために、二人で歩いている。

 あの後、冷蔵庫を開けたら見事にお菓子しか出てこなかったからだ。

 このままじゃヘンゼルとグレーテルが尋ねてきそうだ。

 何を作るかは店のチラシと相談するとして、やはり肉がいいか。安くなってると良いんだが……。

 

「佐倉、店はこっちだ」

「うっさい馬鹿」

「……こっちのスーパーはポイント五倍デーなんだ。……お菓子とかも買うならお得だぞ?」

「うっさい馬鹿」

「悪かった……俺が悪かったから、いい加減機嫌を直してくれ」

 

 さっきから顔を背けたまま、同じ言葉を返すだけの佐倉に謝罪する。

 やはりノンデリカシーだったか? いや、普通にノンデリカシーの極みだったな。

 

「……お前、アタシ以外にも簡単に言ってんじゃねーだろうな?」

「言ってねぇ、言ってねぇ。そもそも女友達がいねぇよ」

「ふーん、そーかよ。アタシだから許すけど、他の奴にはあんまりそういうこと気安く言うんじゃねーぞ? いつか刺されちまっても知らねーからな」

「……? 了解だ」

 

 そもそも、気安く言ったつもりはなかったんだがな。

 爺さんも言ってたな。女心は鉄を打つより難解だ、とか。

 なんか機嫌も直してくれたみたいだし、そろそろスーパーに着く。

 自動ドアを潜り、カゴを取る。

 そして、チラシを確認して何の肉が安くなっているかを確認していると。

 

 ——ちゃりん、と。

 

 近くで小銭をぶちまける音が聞こえた。

 音がした方向を見ると、見滝原では珍しい黒髪のショートヘアーの少女が財布を地面にぶち撒けていた。

 少女は慌てて小銭を拾い集めるが、緊張しているのか上手く拾えずにいた。

 その少女の背後には行列ができており、時折舌打ちや罵倒の声が聞こえる。

 その声が聞こえているのか、少し泣きそうな顔で小銭を拾い集めている少女の様子を見ていたたまれなくなった。

 俺はその少女に近づくと、ネコババ呼ばわりされるかも、と内心ビクビクしながら小銭を拾い集め、会計分を分けて渡す。

 

「これで全部かい? 確認してくれ」

「え…………君は…………うそ…………!」

 

 俺の顔を見て、目を丸くする少女。

 その顔はまるで——信じられないものを見たかのような、まさに『青天の霹靂』といった表情だった。

 初対面の人間にそんな顔をされる覚えはあんまりないんだが……ひょっとして知り合いに似てるとか?

 

「どうしたんだ? 早く清算するといい」

「……え、あ、ありがとう」

 

 気弱そうな少女は礼を言うとお金を受け取った後、会計を済ませて、そそくさと去って行った。

 色々と引っかかる所はあるが……こちらもそろそろ始めようかな。

 

「……で? 何を作るんだよ。お助け大将さん?」

「うーん、スーパーのチラシと相談」

「決めてから買いに来るんじゃねーんだな」

「爺さんがいた時は、これが食いたい!……とか言われたりしたな。もちろん決めてから来る事もあるけど、冷蔵庫とかに材料が無いとか特に思いつかない時はな」

「悪かったな、冷蔵庫に碌なもんが無くてよ」

 

 品物を眺め、値段を見て、財布と相談する。

 そういえば、爺さんが生きてた時は少し凝った物作ったりしてたけど、一人になってからはかなり雑になったよなぁ。

 食生活のことは俺も佐倉のこと強く言えないかも?

 佐倉は飽きてきたのか、そこら辺の品物を手に取って見ている。

 

「おっ……こいつは」

 

 豚肉が安い……!

 半額のシールが貼られた豚肉が目に入る。

 もうすぐ無くなりそうだし、確保っと。

 よし、メインが決まって来たぞ……さて、これで何を作るか?

 

「豚肉か? あっちに分厚いのがあったけど、薄切りのやつでいいのか?」

「おう……あっちのは値段が高いから見なかったことにする」

 

 さて、メインは決まった。

 使う材料を次々に籠に入れていき、明日の分も考えて追加で自分の買い物を済ませる。

 パン粉に卵に……付け合わせはキャベツでいいか。

 

「決まった途端早ぇ……!」

 

 退屈していたであろう佐倉がぽつりと呟いた。

 

 ――――――――――――――――――――――――

 

「さて、始めるか」

 

 買い出しから帰った俺はキッチンに立つ。

 幸いにもちゃんと動くようで、これなら調理には問題ないだろう。

 ボウルに卵、小麦粉、水を入れて混ぜ合わせておく。

 この時、ダマにならねぇように注意する。

 

「……ところで、どうしたんだ? つまみ食いするならちと、早すぎやしねぇか?」

 

 俺の後ろに立っている佐倉に問いかける。

 すると、佐倉は不服そうに半目で俺を睨む。

 

「ちげーよ。アタシも手伝うってことだよ」

「うーん、じゃあこれを混ぜてくれ」

 

 ボウルを渡すと無言で混ぜ始めた。

 昔、爺さんの仕事を手伝うって言った時、簡単な手伝いをさせてくれてたが……こういう気分だったのかねぇ。

 

「どう……? こんなもんか?」

「ダマになってるからもう少しな。でも、上手にできてるよ」

「……そーかい」

 

 いけねぇ……今は料理に集中しなきゃな。

 キャベツは千切り、トマトはくし切りにする。

 付け合わせはこれでいい。

 

「そういや、どういう風の吹き回しだい? 急に手伝うなんてよ」

「別に……深い理由はねぇよ。やってみたくなっただけ。アタシだってやればできるかもしれないじゃん」

「そっか……佐倉はいいお嫁さんになりそうだな」

「おまっ……! もういい、そういう奴だもんな。お前は」

 

 何かを諦めたように呟く佐倉に首を傾げる。

 実際、手際がいいし、本格的に練習すればどんどん上達しそうだ。

 さて、豚肉に塩コショウを軽く振り、擦り込む。

 六から七枚を脂身が交互になるように重ね、形を整える。

 このままでも悪かねぇが……ちょいと手間入れるかね。

 

「佐倉、そのボウルをくれ」

「ん、これでいい?」

「おう上手に出来てる。ありがとよ」

 

 佐倉からボウルを受け取り、さっきの肉をくぐらせ、パン粉をムラなく付ける。

 

「火ぃ使うから離れてな」

「ん」

 

 百六十度程度の油で三〜四分ほど揚げる。

 大きな泡が小さくなり、音も細かくなってきたら揚げ上がりのタイミングだ。

 最後に強火にして取り出し、揚げ終わったカツの油切れを良くするためにバットに……無いなら魔力で作り出して縦に置く。

 

「よし、これを一口サイズに切って……」

 

 切ったカツをつけあわせ等と一緒に皿に盛り付けて――完成。

 ソース等はお好みで。

 隣で待機している佐倉を見る。

 その瞳はどこか輝いているようにも見えて、つい苦笑する。

 

「召し上がれ……あ、その前にちゃんと手を合わせな。ちゃんと野菜も食べるんだぞ?」

「お袋かよ⁉︎」

 

 ――――――――――――――――――――――――

 

「「ご馳走様でした」」

 

 食事が終わり、二人揃って手を合わせる。

 振る舞った料理は佐倉のお気に召したらしく、満足そうだ。

 ちなみにチーズと大葉を挟んだカツが気に入ったらしい。

 食卓というのは、不思議な場所だ。

 魔法少女も。妖刀使いも。化け物と戦う化け物も。

 箸を持って、飯を食って、くだらないことで笑えば、ただの人間に戻れる。

 それはきっと、想像しているよりずっと難しいことなのだ。

 ほんの少しの間だけであったとしても。それは、きっと馬鹿にできない奇跡だ。

 願いで叶えるような大層なものじゃない。

 けれど、失ってからでは簡単に取り戻せないもの。

 温かい飯。向かいに座る誰か。ご馳走様と言える時間。

 そういう日常を守りたいと思うことは、間違っていない筈だ。

 いつまで続くかわからない。明日には命を落とすかもしれない俺たち魔法少女だ。

 だからこそ、『普通』を疎かにしてはならない――そう思っている。

 席を立ち、使った食器を洗う。

 隣には佐倉がおり、彼女も手伝ってくれるようだが……彼女がスプーンを手に取り、蛇口を捻った時だった。

 

「うわぁ!」

 

 スプーンに勢いよく水を流したことで水が飛び散り、彼女の顔(ついでに俺の服も)濡らす。

 皿洗いではよくあることだが、佐倉の素っ頓狂な声を聞いて俺は。

 

「ふ、ははは!」

「――!」

 

 これはもう、笑ってしまうのは仕方ないと思う。

 すると、脛に鋭い痛みが走る。

 こちらを睨みつけてくる佐倉に軽く謝罪する。

 

「痛っ! 悪かったって」

「……なんか久しぶりにこんな普通の人間みたいなことしてる気がする」

 

 その言葉は独り言みたいに小さかった。

 けれど、聞き間違えようもなく寂しそうだった。

 食卓を囲むことも。誰かと並んで皿を洗うことも。

 彼女にとっては、もう遠い昔の話なのかもしれない。

 

「ん? そいつは一体……いや、何でもない」

「……なあ村正。お前はこれからも、こんな風に他人の世話焼くつもりか? 目に映る困ってる奴らを助けようってのか?」

「……多分な。きっと目の前で誰かが傷付くなら、放っておきたくねぇ」

 

 勿論、目に映る全ての人間を救うなんて綺麗事を通り越して絵空事だ。

 でも、そうあれたら――そう思うことは間違いじゃない筈だ。

 

「馬鹿な奴……長生きできないよ。アンタ」

「そうかな……でも思い切り仲間を頼るつもりだから案外長生きするかもしれんぞ?」

 

 一人では割と何もできない。

 でも、二人ならできることがある。三人ならもっと。みんなとなら……それこそなんでも。

 

「佐倉の意見を無視するわけでも否定するわけでもない。だから、これは俺の我儘だ」

「甘い奴だね。お前みたいな奴を偽善者って言うんだろうな」

「そうだ……だって、全部自分の為だからな」

 

 皿を洗い終わり、手の水分を拭き取る。

 後は彼女に任せよう。これを機に食生活を見直してくれると嬉しいんだがな。

 

「じゃあな、久しぶりに人と飯を食えて楽しかったぜ」

 

 それだけ言い残し、俺は彼女の部屋を後にした。

 

――――――――――――――――――――――

 

「おや、村正。こんな時間まで何してるんだい?」

「キュゥべえ? そういやお前さんの事、完全に忘れてたぜ。具体的には使い魔の奴らが出てきた辺りから」

 

 そういや、いつまでこいつを持ってたかも忘れてた。

 いや、忘れてていいんだけどよ。

 

「それは……新しい刀かい?」

「おう、銘は……そうだな『血啜(ちすすり)』かな」

 

 見るからに禍々しいドス黒い妖刀は所持しているだけで呪われそうだ。

 新しい刀を打ったものの、基本的に使用するのは峰打ち丸なんだが。

 試し斬り……はやめとこう。明日に響く。

 人の生活習慣にケチ付けといて自分がその日のうちに不健康な真似するわけにゃいかねぇよな。

 

「そういえば、マミがまどか達に魔女退治の見学をしないか提案していたよ」

「何……? いや、するよな……あの人なら。ほんと、責任感が強いっつーかよ。もっと適当で良いと思うのにな。美樹センには特に」

 

 巴先輩は魔法少女と関わってしまった彼女達に何の説明もなく忘れろなんて言う人じゃない。

 しかし、同時に魔法少女の道を二人に勧める訳でもない。

 あの人は普通の日常を尊いものだと理解しているから。

 

「ま、やるこたぁ変わんねぇよ。俺は全力で守るし、守られんだ」

 




村正が思ったより変なキャラになったような……?
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