流血描写がございますので苦手な方はご注意下さい。
「あ、千子くん。おはよう」
「おはようございます鹿目先輩」
登校中——後ろから声をかけてくれたのは鹿目先輩だ。
鹿目先輩の声は、朝の空気に溶けるみたいに柔らかかった。
昨日、魔女の結界に囚われ、死にかけた人間とは思えないくらい、いつも通りの笑顔だった。
けれど、その指先が鞄の紐を強く握っているのを俺は見逃さなかった。
怖くないわけがない。忘れられるわけがない。
それでも、こうして笑って歩いている。
この人は、本当に強い人なのだと思う。
「おっす千子! いやぁ昨日は災難でしたなぁ」
「ちーっす美樹セン」
「ちょっと、なんであたしだけ適当なのよ……!」
半目でじとり、とこちらを睨みつける美樹センも特に異常は見られない。
昨日は巴先輩に説明を丸投げしちまったが、昨日の出来事が、この二人のトラウマにはなっていないところを見るに、上手く説明してくれたのだろう。
女心のわからない俺には細かい気遣いやアフターケアはできないから、ほんとに巴先輩には頭が上がらねぇ。
「……それで? 二人は本当に魔女退治を見学するおつもりですか?」
「うん、ちょっと怖いけど……」
「あんなのがいるって知ったら放っておけないでしょ」
美樹センは気合いの入った表情で言うが、普通は見て見ぬふりしそうなもんだがな。
実際、危険な場所にわざわざ足を運ぶのは褒められた事じゃない。
「ま、何とかなるか。なんたって俺と巴先輩は最強だから」
「随分と思い上がった発言ね」
「うおっ、ほむほむ」
「……胡乱な渾名を付けられた気がしたのだけれど」
昨日、結局和解出来なかった魔法少女が音もなく背後に立って、俺の背中に手を当てていた。
その胡乱な渾名のファンクラブができてるんだぞって教えたらどんな顔するかな。
「今、あなたは死んだわよ」
「いや? 生憎と俺のは『そこ』じゃねぇ」
「そう……やはり知っているのね」
「言ったろ。俺は秘密を知ってるって」
顔を顰める暁美に軽く笑みを浮かべる。
そう、警戒を解くためフレンドリーに。
「暁美さんも一緒に登校しないか?」
「はぁ⁉︎ あんた何言って……?」
「遠慮するわ」
「ほむらちゃん……」
俺の提案に美樹センが難色を示し、それと同時くらいに暁美さんが去っていく。
その後ろ姿を鹿目先輩が悲しそうに見つめていた。
「ほんっと感じ悪いヤツ! せっかく後輩が誘ってくれたってのに!」
「はは、振られちまったな。無理もねぇさ、あの人からすりゃ俺は敵だ」
「みんな仲良く……できないのかな?」
鹿目先輩の呟きに対して俺は、
「互いにそう思えりゃ、それが一番なんですがね」
そんなことしか言えなかった。
―――――――――――――――――――――
「それじゃ魔法少女体験コース第一弾、行ってみましょうか」
「念のため言っておきますが、危険な場所なので俺達から離れないでくださいね」
放課後、俺達はファストフード店に集合し、魔女退治を見学させることにした。
周囲に結界を張っておいたため、心置きなく会話できる。
俺としては一般人を魔女の結界に連れて行くのは気が乗らないが、それと同時に巴先輩の考えも理解できる。
でも、念のためターゲットは魔女じゃなくて使い魔くらいが良いなぁ……なんて思ってしまうのは仕方ないと思う。
後衛には巴先輩がいるとはいえ絶対はない。
こんなことだったら佐倉も誘っておくべきだったか……?
いや、佐倉は誰かの為に魔法を使うなって言ってたし、反対派の人間だろう。
「準備はいい?」
「準備になってるかわかんないけど……」
巴先輩の問いかけに美樹センが持っていた細長いものの紐を解く。
そういや、ずっと持ってたけど何なんだろ?
「体育倉庫から拝借してきたわ!」
「おう。申し開きあるか、この阿呆。頭に拳骨食らわせる前に聞いてやるよ」
バットを取り出した美樹に思わずツッコミを入れる。
しかもそのバットには見滝原中の名前が書いてあることから、学校の備品だ。
てか、そんなもんで魔女から身を守れるなら魔女結界にゴリラか熊でも投入すれば魔法少女はいらないんだよ。
「鹿目先輩は美樹みたく阿呆なもん持ち込んでませんよね?」
「呼び捨て⁉︎ 拳骨された上に呼び捨てにされた!」
頭を押さえながら泣き叫ぶ美樹を放って、鹿目先輩に目を向ける。
これでナイフとかノコギリとか取り出したらどうしようか。
「えっと、わたしは……と、とりあえず衣装だけでも考えとこうかなって!」
鹿目先輩は鞄からノートを一冊取り出して、イラストが描かれたページを開いて俺達に見せる。
ピンク色のフリルのついた何となく動きにくそうな、いかにも魔法少女みたいなファンシーな衣装を着ているデフォルメされた少女は、ひょっとして鹿目先輩だろうか。
そのノートを見て馬鹿笑いする馬鹿野郎――美樹と微笑ましそうに鹿目先輩を見る巴先輩。
しかし俺としては笑えない。
バットを持ってきた美樹のがまだ可愛げがある。
ひょっとして、鹿目先輩は魔法少女に憧れてる……?
……できればしたくなかったが、仕方ない。
荒療治になるかもしれんな。
――――――――――――――――――――――――
「ソウルジェムが光ってるのがわかる? 昨日ここにいた魔女の魔力に反応してるの」
昨日の改装フロアにて巴先輩のレクチャーが始まる。
ファストフード店を出た後から二人はほぼ喋らなかった。
緊張した面持ちで先頭を歩く巴先輩の後に続き、俺が最後尾で警戒する。
一応、並の使い魔では破れない程度の結界を張っているが、念には念を、だ。
二人の未来を預かる立場としては、親御さんを心配させる真似はできない。
求められるものは鍛冶と同じで完璧な仕事だ。
「基本的に、魔女探しは足頼みよ。こうしてソウルジェムが捉える魔女の気配を辿って行くわけ」
「意外と地味ですね……」
「命懸けのダウジングみたいなもんだ」
「何て言うか……その、嫌な例えだね……」
若干引いた表情の鹿目先輩だが、初めての頃は俺もそう思ってた。
と言っても、何故かあっちから襲ってくるので探した事はあまりないんだが。
おかげでグリーフシードにゃ困らない……むしろ余ってるんで巴先輩に譲ってるんだが、俺って魔女といい、徳川といい、変なもんでも引き寄せる体質なのかね。
改装フロアにはいなかったため、巴先輩が鹿目先輩を横抱きに抱えて、俺が美樹を脇に抱えると、フロアと飛び降り、ビルの屋上を高速で移動し、着地する。
その後文句を言う美樹を無視して裏路地を通り、薄暗い区画へと入っていく。
「魔女ってのは人目の付かねえ場所とかを好む傾向にある。暗い所とか心霊スポットとかな。ま、ナメクジの親戚みたいなもんだ」
「言い方は悪いけど、そうね。病院なんかに取り憑かれると最悪よ。ただでさえ弱ってる人達から生命力を吸い取られたら目も当てられない」
すると、ソウルジェムが先程よりも強く点滅する。
距離が近づいてきた証左だろう。心なしか息苦しさを感じるようになる。
「かなり近いかも!」
「いや、違うな……奴さんが近寄ってきてんだ!」
こちらに気づいた魔女が近づいてくる。
それと同時に周りの景色が目まぐるしく変わる。
そこは——どこか薔薇園を連想させるイカれた世界だった。
そういや……魔女の結界って、俺の工房みたくどこか人工的だ。
魔女にとって人間なんて捕食対象でしかないと思ってたんたが、それだけじゃないのかね。
「美樹、そのバットを貸してくれ」
「え、うん……」
美樹からバットを受け取り、魔力を込める。
「――鍛造開始」
すると、みるみるバットが形を変え、一振りの刀になる。
元がバットなので刀の形になったバットでしかないんだが。
「とりあえず、これなら並の使い魔相手なら刃は通る。一応持っとけ……一応鞘も拵えるか」
「すげー……! 刀なんて初めて見た!」
「あくまで刀の形してるだけのバットだがな。俺の刀は……他人にゃ持たせらんねぇからな」
あれは『銘』を刻んでないから妖刀の呪いは振りかからない。きっと遣い手を守ってくれるだろう。
…………学校の備品を勝手に改造するのは、ちとまずったかねぇ。
俺達は改めて結界の中を進んでいく。
先頭を俺、殿を巴先輩が務める。
道中現れる使い魔達は生まれた瞬間、巴先輩に撃ち落とされ、辛うじて近づいてきた個体も峰打ち丸で粉砕する。
昨日はボロボロになりながら戦った使い魔達も巴先輩がいれば同じ条件でも無傷で相手できる。
チームワークのありがたさを噛み締めていると、巴先輩が振り向いて二人に尋ねる。
「どう? 怖い?」
「なんか、一方的過ぎて……二人ともこんなに強かったの?」
「昨日は目隠ししてたから、よくわかんなかったけど……村正ってほんとに戦えるんだ」
「ふふっ、私の頼もしいパートナーよ」
真正面から信頼されると少し困る。
正直、俺はこれから碌でもないことをやらかそうとしているのだからな。
結界の中を歩きながら二人に尋ねる。
「それよか二人とも。二人は魔法少女になりたいって思ってんのか?」
「っ! それは……」
「魔法少女ってのは命懸けだ。こっちに来るってことはな、普通の幸せは諦めなきゃいけねぇんだ」
「……そうね。千子君の言う通り、鹿目さん達も叶えたい夢があるなら、魔法少女にはなるべきじゃないと思うわ」
俺達、魔法少女側の言葉に鹿目先輩達が俯いてしまう。
すると、鹿目先輩が俺を見つめる。
「千子君は……どうして魔法、少女? になったの?」
「簡単に言うと祖父が魔女に殺されかけてたから、です。魔女に対抗するために契約しましたが……祖父は助けられませんでした」
「そんな……! そんなの酷いよっ!」
「だから……覚悟してください。人の死に触れることがあると。その上での鹿目先輩の選択なら尊重します」
鹿目先輩は良い人だ。それと同時に危険でもある。
誰かのために際限なく無茶しかねないからだ。
「――っと、ここが最奥みたいだな」
おかしな装飾をされた扉が現れる。
いよいよ魔女のお出ましだ――その前に。
「巴先輩。今回は俺だけにやらせてください」
「え、千子君一人で?」
「それから、俺がどんな目に遭っても止めないで下さい。お願いします」
「……なるほどね。わかった、でも本当に危険だと思ったら私が交代する、いいわね」
巴先輩はそう言って後方へ退がる。
こちらの意図は察してくれたのだろうが……多分、終わったら怒られるだろうな。
扉をいくつも潜くぐると、ホール状の空間にそいつはいた。
昨日取り逃した魔女であり、今日のターゲット。
「では巴先輩。二人をよろしくお願いします」
「……ええ」
部屋に飛び込み、妖刀――『一心』を召喚すると、柄を握る。
昨日打ったもう一振りは出番無しか。
「二人とも、目に焼き付けておきな! 昨日は見せなかった魔女退治を!」
魔女はこちらを気にせず薔薇を眺めていたので、一瞬で魔女に肉薄し、脚を斬る。
魔女の脚が落ちる。鋭い痛みと共に俺の脚も落ちる。
突如攻撃を受けた魔女が空中に逃れようと翅を震わせたのを見て、その翅を斬る。
翅が裂けると、俺の背も裂ける。
——痛い。怖い。逃げたい。
斬るたびに、体のどこかが壊れていく。
肉が裂ける感覚。骨が軋む音。視界の端が赤く滲む。
だが、止めない。止めてはいけない。
鹿目先輩達に見せたかったのは、俺の強さじゃない。
魔法少女の華やかさでもない。
願いの先にあるもの。戦いの裏側にこびりついた、どうしようもない現実。
それを知らずに手を伸ばせば、きっと後悔する。
これが、魔法少女だ。
これが、願いの代償だ。
これが――人を助けるということの、裏側だ。
「――屍山血河」
翅を失い地面に墜落した魔女に斬撃の嵐を見舞う。
完全に昨日の戦闘の焼き直しだ。
魔女が息絶えるまで斬撃を緩めない。
魔女を殺す以外の機能を削ぎ落とす。
数分後――魔女はついに力尽き、グリーフシードとなった。
それを拾おうとして腕が無いことに気付く。
治癒の魔法で全身を回復させ、グリーフシードを回収する。
ソウルジェムは……まだ、あまり濁ってねぇから使わなくていいか。
「千子くん……」
名前を呼ばれて顔をあげると、悲痛な表情をした鹿目先輩と怒りを滲ませた美樹がいた、
「酷いよ……あんなのってないよ。見てるこっちが痛かった!」
目に大粒の涙を浮かべる鹿目先輩。
隣にいた美樹が叫ぶ。
「何でこんな事したのよ……こんなの見せて何がしたかったのよ!」
「魔法少女とはこういうものだと知って欲しかったんだ。人助けの裏側はこんなものだと」
「人を助けるために、あんたがそんなにならなきゃいけないなら……そんなの、絶対おかしいじゃん!」
怒りを見せる美樹。
二人に対して申し訳なさを感じるものの、これはやっておかなければならない事だった。
「これが魔女退治……歴とした『戦争』なんだよ。」
「――!」
辺りは紅く染まり、戦いの痕跡が無惨に散らばっている。自分でも目を背けたくなるような光景だった。
「ごめん……二人を傷付けるとわかっていても、俺にできるのはこれしかなかったんだ」
そして二人を真っ直ぐ見据える。
「二人とも知っておいて欲しい、魔法少女になるなら――その先にあるのは、この地獄だってことを」
「千子君。あなたが鹿目さん達の事を大事に想ってることは伝わったわ――でもね」
それまで黙って見守っていた巴先輩が口を開く。
巴先輩の方を見ると――まったく目が笑ってなかった。
ぶちギレてる――!
「千子君――正座」
「あ、はい」
にこやかな笑みを浮かべたまま、偉大なる師匠の特大の雷が落ちた。
正直、今まで戦ったどんな魔女よりも怖かったと思う。
怒りの矛先が向いてない筈の鹿目先輩達までカタカタと震えてる。
美人が怒ると怖いとか、普段怒らない人を本気で怒らせると怖いってほんとだったのか。
つまり、美人で普段怒らない巴先輩が怒ると、とても怖いということだ。
この後、まさかの説教を問答無用に頂戴した俺は、ぬわぁー、と悲鳴を打ち上げた。
――――――――――――――――――――――――
「妖刀の乱用は控えよ……ん?」
巴先輩に叱られた後、巴先輩は二人を連れて帰っていった。
みっちりと叱られた後、巴先輩が涙を流していた。
それが、何よりも心が抉られた。
こんなことはこれきりにしようと心に誓う。
…………いや、多分これからも無茶をするんだろうけど。
先程の魔女の魔力の残滓を辿り廃墟のビルに近づくと、地面に赤いシミができていた。
魔女の口づけを受けた誰かが、ここで命を落としたのだろう。
「ごめんなさい、あなたを助けられなかった。その代わり魔女は倒しました」
ぐちゃぐちゃになった遺体に手を合わせる。
おそらく廃墟のビルから飛び降りたのだろう。
跪いて祈りを捧げていると、背後に気配を感じた。
「それで? 何しにきたんだ? 暁美」
「……」
「今日は疲れてるんだ。用があるなら明日以降に……」
「そう、今なら簡単に始末できるわね」
拳銃を片手に言う暁美に笑いかける。
「お前さんはそんなことしないさ」
「……どうして言い切れるの?」
「なんとなく、だ。だが俺は自分の人を見る目に自信がある」
「……馬鹿らしい。理屈になってないのよ」
「理屈なんて必要ないだろ? それより――大丈夫か? 随分と疲れた顔をしているな」
少し近づいて顔を覗き込もうとすると、暁美が警戒するように距離を取る。
「余計なお世話よ。気安くしないで頂戴。私はあなたの敵よ」
「お前さんは、本当に俺の敵なのか? ――違うな、お前さんの本当の敵は俺か?」
無愛想に吐き捨てる暁美に俺は質問を投げた。
すると暁美はしばらく黙った後、首を横に振る。
「……いいえ。でも、危険分子であることに変わりないわ」
「危険分子、ね……俺の存在が暁美の計画の何らかの障害になるってことか」
「その通りよ……私の目的はまどかを契約させないこと。まどかの近くにいるには、あなたは危険すぎる」
「鹿目先輩が俺のために契約しかねないからか?」
目的がイマイチ見えてこないが、こいつは鹿目先輩のことを本気で大切に思っていることは分かる。
当の鹿目先輩との温度差が激しいことも気になるところだが……ふむ。
「鹿目先輩に近づくなというのは聞けない。その代わり暁美の目的を教えてくれれば内容によっては力になろう。どうだ?」
「笑わせないで。あなたにできることは何もない」
「そうか? あ、飯でも食うか? 血色が悪そうだし……」
「私に干渉しないで」
俺の言葉を遮るようにして、暁美が突き放すように言う。
これは困った。随分と嫌われたもんだな。
「俺は……お前の仲間足り得ないと?」
「そうよ。余計な干渉は迷惑だわ」
「つまり、俺達は敵同士だと?」
「……そうだと言っているでしょう?」
暁美は、凍えるような冷たい瞳で俺を睨みつけていた。
あまりにもしつこい俺に苛立ちを隠し切れていない。
つまり――耐久勝負!
「なら、お前さんの命令に従う必要はないという事だな!」「なッ……」
「これで俺はお前さんに干渉し放題というわけだ。色々と世話を焼くぞ。お節介もしよう。お前さんが嫌がっても色々と助けるつもりだから覚悟しな?」
楽しげに言う俺に暁美はうんざりとした顔をした――!
基本的に村正が戦うと流血します。