キャラの動かし方がとても難しいです。
暁美ほむらは、クラスにおいて、文武両道——いわゆる完璧超人女の子という立ち位置を与えられている──らしい。
らしい、というのは、徳川をはじめとするファンクラブの連中から話を聞いただけであり、俺が直接、見聞した事実ではないからだ。
それ故に——らしい。
体育は魔法少女だからと納得できるが、彼女は頭も相当いいようで、学年トップクラスの成績。
順位表の頭の十人の中に、暁美ほむらの名前が必ず記されている。それも全教科まんべんなく、だ。
俺なんぞと較べるのもおこがましい話だが、きっと、脳味噌の構造がはなっから違うのだろう。
友達はいないらしい。
それを孤独と言うか、孤高と言うかは、人それぞれだろう。
暁美ほむらという人間が誰かと親しくしているところを見たことがないのだと。
勿論、苛められているということでもない。
迫害されているとか、疎まれているとか、そういったこともない。
ただ当然のようにそこにいるだけで。
そこにいるのが当然ではないように。
何もかも諦めたかのような顔で、何かを必死に求めてる。
そんな、よく分からない人物こそが、俺の中の暁美ほむらという魔法少女なのだ。
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「ほむらちゃん?」
学校の屋上にて。
俺の問いかけに、鹿目先輩は首を傾げる。
昨日の無茶の謝罪と暁美ほむらの情報を収集するべく、暁美本人が執着している鹿目先輩を頼りに来たという訳だ。
必死に昨日の件を謝り倒し、もうあんな無茶は控える旨を伝えると、仕方なさそうに許してくれた。
美樹は……まだ怒ってるみたいだったが。
「ほむらちゃんが、どうかしたの?」
「どうしたというか──」
俺は曖昧に言葉を濁した。
暁美の事をどこまで話していいものか、そこを掴みかねている。
そもそも俺自身、彼女の目的を理解しているわけじゃない。
「──まあ、なんか、放っておけなくて」
「ふぅん」
鹿目先輩は納得しかねている風だったが、しかし特に追及してくるでもなく、にっこり笑う。
「嬉しいな。千子くんが頼ってくれて」
「嬉しい……ですか」
「うん、私って……その、得意な事とか何もなくて……千子くんから頼りにならない駄目なお姉さんだって思われてないかなって……」
「俺は鹿目先輩みたいなお姉さんがいたらよかったなって思いますけどね」
俺にも姉がいるらしいが、会ったことはない。
というのも、俺は物心付く前に両親から爺さんの元に預けるという名目で捨てられている。
何でも、子供二人は負担が大きいと判断したそうだ。
その際、両親は出来のよかった姉だけを連れて行った――そう聞いた。
聞いたというより、ある時戸籍を見て問い詰めた、という方が正しいか。
いや、それはどうでもいい。今は暁美だ。
「そんなに気になるの? ほむらちゃんのこと」
「そういうわけでもないんですが──訳も分からないまま敵対することが正しいとは思えなくて……」
「そっか……でも、私もあんまり分からないんだ。ほむらちゃんは頭いいし、運動もすごいんだってことくらいしか……」
「それは俺も知ってます。俺じゃわからないことってありますか?」
「ああ……そうだね。ほむらちゃん、口数も多い方じゃないし──友達も、あんまり、いないみたい。色々、声かけてはみてるけど、ほむらちゃんの方から、壁作っちゃってる感じで──」
「………………」
さすが、面倒見のいいことだ。
彼女も孤立している暁美を気にかけているのだろう。
無論、それを見込んで美樹ではなく、鹿目先輩へ質問しているのだが。
「魔法少女ってだけじゃなくて、やっぱり病気の所為もあるのかな」
「……病気?」
「うん。ほむらちゃんって生まれつき体が弱くて病院生活が長かったんだって。転校してきた日に先生がそう言ってた」
……病院生活を送っていた?
だったら鹿目先輩に執着する理由として、過去に鹿目先輩に会っていたという線は限りなく薄くなった。
しかし、あの女の執着と『友達』という言葉は少なくとも本物だった――俺には、そう見えた。
しかし、長い病院生活か。
どんな気分なのだろう、と、考えてみる。
生まれつき体が弱く、普通の子供が普通の子供らしい時間を過ごす間、ずっと白い部屋の中だけが世界だった、というのは。
人並みの人生を諦め。
希望なんてものを捨てるには。
十分すぎる時間だったことだろう。
しかし、鹿目先輩との縁が過去にできたものでないのなら、会って間もない鹿目先輩への執着は一体……?
そして――ある時、鹿目先輩が言っていた『夢』の話。
「鹿目先輩。もし、よろしければ、暁美の出て来た『夢』の話を詳しく聞かせてください」
「え……ええっ!」
「ひょっとしたら何らかの手がかりになるかも知れません」
すると、鹿目先輩はもじもじと身を縮こませる。
そして上目遣いで俺を見る……なんだこの人、可愛いかよ。
「……笑わない?」
「ええ、誓って」
「じ、じゃあ……私が見た夢の中ではね……」
「……こんな夢だったの」
「なるほど……壊れた見滝原市に巨大な化け物。それと戦う暁美か……」
鹿目先輩の夢を要約すると、滅茶苦茶になった見滝原市の中で、甲高い嗤い声をあげて、空を覆うような巨体を持った宙に浮かぶ逆さまの怪物。
その怪物と一人で戦っていたのが暁美で、しかし奮戦虚しくボコボコにされていた時――畜生……じゃなくてキュゥべえが現れた、と。
おそらく巨大な化け物は魔女。そう考えていい筈だ。
この夢が予知夢の類いであれば、この怪物が見滝原に現れる。
そして、同じく予知夢か。あるいは、もっと馬鹿げた何かか。
何らかの魔法でこの未来を知った暁美は、これを撃退するために暗躍している、そう考えるのは無理があるか?
鹿目先輩に執着する理由は、未来で鹿目先輩と仲良くなり、怪物にやられている時に鹿目先輩が暁美を助けるために契約して神様になってしまうから契約させたくないとか。
情報が不足している、そもそもこの推理は暁美の魔法が予知夢的な何かであると仮定した上でのものだ。
……気が進まないが、『奴』を頼るか。
「……ありがとうございます、鹿目先輩。俺はもう少し考えてみることにします」
「あ、待って! 千子くん」
「? どうしました?」
「あのね……」
鹿目先輩は何か言い辛そうにして、こちらを見ている。
しかし、意を決したように口を開く。
「千子くんも……辛くなったら頼ってもいいんだからね? 私は何もしてあげられないけど……精一杯、頑張るから!」
鹿目先輩は、誰かの痛みに気付ける人物だ。
それは優しさなのだろう。間違いなく、美徳なのだろう。
けれど魔法少女の世界では、その優しさは時として刃になる。
自分自身に向いた、鋭すぎる刃に。
だからこそ、怖い。
この人はきっと、誰かのためなら自分の心すら後回しにできてしまう。
けれど、俺は。
「ええ、存分に頼りにさせていただきますね」
そんな鹿目先輩が、とても眩しく感じた。
―――――――――――――――――――――
「それで僕の元に来たのかい?」
「ああ、それで……逆さまになった巨大な魔女について何か知らないか?」
校舎裏に移動し、手を鳴らして名前を呼ぶとキュゥべえが現れた。
いつ、何度見ても腹立つ顔をしているキュゥべえに経緯を説明し、鹿目先輩の夢に出てくる魔女が実在するかを確かめた。
「その特徴に当てはまる魔女は一体だけ心当たりがあるよ」
「……そいつの名は?」
「――ワルプルギスの夜。大昔から存在する伝説の魔女さ。彼女は一度現れれば災害級の被害を齎す災厄そのものさ」
「ワルプルギスの夜、ね」
そんなやばい奴がいるのか……。
明らかに今までの魔女とスケールが違う。
腕が鳴る……じゃなくて、大変じゃないか。
「何でそんな事を気にするんだい?」
「いや、興味本意さ……それから暁美の事だが……」
「ああ、彼女は極め付けのイレギュラーさ。僕も彼女の底が見えない」
「……まだ何も言ってねぇよ。しかし、お前から見てもイレギュラーなんだな」
「それは君もだけどね……彼女とは契約した覚えがないんだ」
「――は?」
契約した覚えがない?
しかし、彼女は確かにソウルジェムを持っていた。
なら――暁美は何者だ?
解けてきたと思っていたパズルがバラバラに崩れた気がした。
暁美ほむらというピースの形が見えてこない。
まだまだ情報が足りないのか……? いやそもそも。
何か重大なものを見落としてる――?
「暁美ほむらに関しては、僕も未知の所が大きい。彼女を調査するならいつでも僕を頼ってくれ」
「…………不思議だ。同じ言葉でも、お前が言うとすごく腹立つ」
「その反応は理不尽だ。僕はこんなに友好的だというのに……どうしたんだい? 頭を抱えて」
「いや……ひょっとして俺はこいつと同レベルのノンデリ野郎なのかってな」
自分の言葉が思わぬ所から返ってきた。
暁美にとって俺はキュゥべえと同列なら、キュゥべえがしつこく付き纏ってくると考えれば……なるほど、とんでもないストレスだ。
けれど、巨大な魔女がやってくるかもしれないのなら、手段なんて選んでられないのだ。
――――――――――――――――――――――
キュゥべえと別れ、校舎裏から校舎に入り、後ろ手で扉を閉じ、一歩進んだところで、背後から、「キュゥべえと何を話していたの?」 と、声を掛けられた。
咄嗟に振り向こうとした。
俺は、まだ相手が誰だか把握できていない──だが聞き覚えしかない声だった。
いつしか聞いた『あなたには関係ない』。
「動かないで」
その一言で後ろの人物が暁美ほむらであることを知る。
そして振り向こうとした瞬間、頬に冷たいものが当たる。
頬の薄皮一枚が裂け、そこが熱を帯びた。
サバイバル等で使用されそうなナイフが俺の頬に当てられていたのだ。
「…………っ!」
「ああ、違うわね。『動くのは勝手だけど、危ないわよ』というのが、正しいのかしら」
暁美ほむらとは、こんな剣吞な目をした奴だったのか。
今、俺の頰に添えられているナイフの刃が、潰されてもおらず、絶対に峰でもないということを、頬を滴る血液が教えてくれる。
「私のことを嗅ぎ回って、あまつさえキュゥべえにさえ……心底、不愉快だわ」
「おい――」
「それで、どこまで知ったのかしら? いえ──どうやって『口を封じれば』いいかしら?」
手に持ったナイフを徐々に頬に押し当てられ、頬の皮が裂けて赤い雫が垂れる。
正気か、こいつ。魔法少女とはいえ一応は人間に対して、なんて追い込み方をしやがるんだ。
「同情? 憐憫? 貴方が私を? ふざけないで、何も知らないくせに、安い同情は真っ平なのよ」
無表情を貫いていた相貌は今や怒りの形相に変わり果てている。
しかし、暁美の声には、怒りだけではないものが混じっていた。
焦り。苛立ち。そして、ほんの僅かな怯え。
俺が踏み込んだ場所は、彼女にとって傷口そのものなのだろう。
触れられたくない。知られたくない。
それでも守らなければならない何かがある。
だから彼女は、刃を向ける。
言葉では遠ざけられない相手を、力ずくで追い払うために。
「事情は知らない。だが、俺の推測が正しければ近い内にワルプルギスの夜とかいう化け物が現れる。そしてお前は確実に敗北し、鹿目先輩が契約する。そうだろう?」
「……誰の許可を得て人の事情に土足で踏み入っているの?」
「俺の魂に許可を取った。そして、その未来を回避するために暗躍しているようだが、現状は芳しくない……そこで、だ」
言葉を一旦呑み込み、そして――彼女の逆鱗に触れる。
「ワルプルギスの夜とやらは俺が倒そう!」
「――はっ」
心底馬鹿にしたように、彼女は、せせら笑った。
或いは、心底怒ったのかもしれない。
「ふざけないで。あなたに何ができるっていうのよ。黙って、関わらないでいてくれたらそれでいいの」
「…………」
「これ以上の干渉は──宣戦布告と受け取るわよ」
彼女の言葉に一度頷く。
いざとなれば躊躇しない性格であることは理解している。
だからこそ、俺は。
「うん、超断る」
俺の返答に冷めた目を向けて。
「……呆れたわ」
そう言う。
眼光は鋭くなり、浴びせられる殺気が膨れ上がったかと思えば、時間の無駄だと言わんばかりに溜息をつく。
ややあって、長髪をすくい、耳の後ろに流しながら、口を開いた。
「…………どうして、私に関わろうとするの?」
暁美の顔に浮かぶのは、やはり嫌悪だった。
彼女の手首を掴み、ナイフを退かす。
平和的な友好の望みは俺自身が消滅させてしまった。
正直、かなり期待していたのだが、仕方ない。
しかし、どうして関わろうとするのか、か。
「そういう『約束』なんでね。悪いが、俺が諦めることを諦めてくれ」
俺の答えに、暁美はやっぱり——嫌そうな顔をした。
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放課後——魔女の結界にて。
「死ねぇええええええええッッ‼︎」
「——————————————⁉︎」
セーラー服の魔女——もとい『委員長の魔女』に妖刀を突き刺し、体内に自分の血を流し込み、魔力で暴走させて、魔女の体を爆裂四散させる。
二日前に打った妖刀『血啜』の能力の一部。
その能力は『血液操作』。
魔力を血に、或いはその逆を可能とする妖刀。
魔力が尽きない限り失血しないし、敵の血液を魔力に変換すれば、グリーフシードを節約できるという優れモノ。
欠点として威力がお粗末なことや、魔女の血を魔力として取り込むと、激しい吐き気に襲われることだ。
妖刀村正には『血を求める妖刀』という伝説があり、おそらくその伝説と、先日、失血しかけて倒れたことから、失血したくない一心で、こんな力が妖刀に宿ったのだろうと推測する。
「お疲れ様。今日は昨日みたいな無茶はしなかったみたいね」
結界の外で待機していた巴先輩と鹿目先輩——及び美樹。
今日は結界の中に鹿目先輩達を入れなかった。
二人からの要望があれば話は別だったが、昨日の魔女体験ツアーがトラウマになっているのか、結界内に入ろうとはしなかった。
それでもついて来てくれたのは、俺を心配してくれたからか、或いは魔女との戦いを知ってしまったが故の使命感か。
「はい、グリーフシード落ちてたわよ」
「ありがとうございます巴先輩。さて、帰りましょうか」
辺りはすっかり暗くなっており、俺の言葉に賛同するように一同は歩き出した。
しばらく歩いていると、さやかが問いかける。
「ねぇ、マミさん。村正。願い事ってさ……」
「――うん?」
「自分の事じゃなきゃダメかな……?」
俺は、つい美樹の顔を見る。
その表情にはいつものふざけた明るさはなく真剣そのものだった。
「たとえば、たとえばなんだけど……あたしより困っている人がいて、その人のために願うのは――」
「それって上条くん?」
鹿目先輩が尋ねると、途端に我に帰り激しく手を振って否定しながら鹿目先輩に絡みつき、戯れだした。
鹿目先輩もまんざらではなさそうに美樹にされるがままになっており、そんな二人を微笑ましそうに眺める巴先輩。
上条……知らない名前ではない。
たしか天才バイオリニストとして学校で噂になってた先輩だったと思う。
将来有望だと期待されていたが、今年の頭に事故に遭って入院してる、とも聞いた。
天才なんて言われてるんだ、きっと足でバイオリンを弾くとか言い出したに違いない。
「問題ないよ」
「うわ、出た」
いきなり現れたキュゥべえに思わず黒い虫が出たかのようなリアクションをしてしまう。
「べつに契約者自身が願い事の対象になる必要はないんだ。前例もないわけじゃないし」
「でも、あまり感心できた話じゃないわ」
すぐに、巴先輩が言い添える。
「他人の願いを叶えるのなら、なおのこと自分の望みをはっきりさせておかないと。美樹さん、あなたは彼に夢を叶えてほしいの? それとも彼の夢を叶えた恩人になりたいの?」
その言葉に、美樹は黙り込んでしまう。
巴先輩の言葉は、とても重かった。
他人のために願うこと自体は、きっと悪いことじゃない。
けれど、願いは綺麗なままではいられない。
叶った後も、願った人間は生きていかなければならない。
もし感謝されなかったら。もし望んだ形で報われなかったら。
その時、自分の選択を恨まずにいられるのか。
そこまで考えなければ、『願い』はいつか『呪い』に変わる。
「同じようでも全然違うことよ。これ」
「……その言い方は、ちょっと酷いと思う」
悔しそうに俯く美樹だったけど——その肩に優しく手を置いて、巴先輩は言う。
「ごめんね。でも今のうちに言っておかないと。そこを履き違えたまま先に進んだら、あなた、きっと後悔するから」
「……村正くんは、どう思うの?」
「……俺としては契約には反対です。でも、全部知った上で、それでも進みたいって思ったら——その時は、俺も一緒に支える」
俺も爺さんを助けようと契約した身。
今、あの瞬間に戻れたとして、きっと同じことを繰り返すという確信がある。
選んだ後悔は苦いものだが、選べなかった後悔もまた苦いものだ。
悩み抜いた末に、自分自身で選び取った答えこそ、魂の拠り所となるのだ。
「……とはいえ、やっぱり契約する時には相談してほしい」
「……そうだね。あたしの考えが甘かった」
「やっぱり難しい事柄よね。焦るべきじゃないわ」
「僕としては早い方がいいんだけど……ぎゅっぷい」
「覚悟を急かすんじゃねぇ阿呆」
キュゥべえの顔を鷲掴みにして沈静化する。
巴先輩は苦笑気味に笑っていたが、こちらは必死なのだ。
四人と一匹で帰路に着きながら考える。
ソウルジェムの秘密、キュゥべえの正体、そして……隠されている何か。
いつか、これらを伝えなければならないと思うと気が重くなる。
そして、その日はきっと遠くない予感がした。
読了ありがとうございました。