機動戦艦ナデシコ 前日譚 プラネテス 最後のデブリ屋 ―木星蜥蜴になった人々―【ナデシコ30周年&佐藤竜雄監督追悼作品】 作:寝て起きたら異世界じゃなくて会議室だった
地球、繁栄する大都市。
街頭の巨大なニュースモニターが、明るく軽快な音楽とともに報じていた。
「木星開拓、大成功! 豊富な資源が、地球経済を大きく潤しています!」
人々は快適さを享受し、その快適さがどこから来るのか、深く考えることは決してなかった。
6億km彼方で、同じ人間が凍えながら、被曝しながら、借金の鎖に繋がれて死んでいるなど、誰1人想像すらしなかった。
ネルガル重工の情報管理室。
木星圏から必死に発信されてくるメッセージ――減税の嘆願、劣悪な労働環境の告発、そして助けを求める悲痛な叫び。
そのすべてが、地球に届く手前で、静かに握りつぶされていた。
「地球市民に、余計な罪悪感を持たせるな。木星は『成功』でなければならない。それが会社の方針であり、株価の生命線だ」。
地球連合軍のミスマル・コウイチロウ提督は、独自に、この情報の壁と戦っていた。
そして、彼の元には時折、あの匿名の情報提供者からのメッセージが届いた。
ネルガルの検閲網を、まるで内側から知り尽くしているかのように、巧みにかいくぐってくる情報。
それらは断片的だったが、どれも、コウイチロウが独自に掴んだ欠片と、寸分違わず噛み合った。
「何者だ、お前は」
コウイチロウは、深夜の執務室で、暗号化された端末に問いかけた。
返答は、いつも簡潔だった。
『名乗る意味はありません。ただ、木星には、まだ生きている人間がいる。それを、忘れないでいてくれる地球人が、1人でも必要なんです。提督、あなたは、その1人だ』。
だが、この夜、コウイチロウは初めて、この匿名の男に反撃の糸口を掴ませることになる。
彼は、独自の調査で得たネルガルの内部資料を、逆に匿名の男へ送り返したのだ。
「あんたが命がけで真実を送るなら、俺も返す。これは、ネルガル木星支社長が、地球本社に送った、資源横領の証拠だ。……いつか、あんたの記録と、噛み合うといい」
それは、地球と木星、6億kmを隔てた2人の男の、初めての「共闘」の握手だった。
1人は氷の底から真実を送り、1人は地球の中枢からそれを補強する。
無関心の壁に、初めて、2つの拳が、内と外から、同時に叩きつけられた瞬間だった。
コウイチロウは、幼い娘のことを思った。
ユリカ。
妻に似て、よく笑う子だ。
まさか、その娘が長じて、木星から来る「怪物」と戦う戦艦の艦長になろうとは、このときのコウイチロウは、むろん夢にも思わない。
そして6億km彼方のクリスもまた、そんな未来を知る由はなかった。
その夜、コウイチロウの端末に、匿名の男から、いつもと違う、長いメッセージが届いた。
『提督。近いうちに、木星で、決定的なことが起きます。彼らは、地球に別れを告げるでしょう。そのとき、地球がどう応えるか――それが、この先、宇宙のすべてを決めます。木星にいるのは、怪物ではない。かつて地球が、希望を持たせて送り出した、私たち自身なのだと』