機動戦艦ナデシコ 前日譚 プラネテス 最後のデブリ屋 ―木星蜥蜴になった人々―【ナデシコ30周年&佐藤竜雄監督追悼作品】 作:寝て起きたら異世界じゃなくて会議室だった
時を同じくして、赤い惑星・火星。
ネルガル重工の資源調査隊が、地下深くのボーリング調査中に、ガニメデのものと、驚くほど酷似した、超古代の構造物を掘り当てていた。
木星のような「隠蔽」は、火星では起きなかった。
火星の調査隊は、ネルガル直轄の、選び抜かれたエリート部隊。
彼らは会社への忠誠心から、この発見を寸分の隠しもなく本国へと打ち上げた。
この違いが、後の運命を大きく分けることになる。
ネルガル重工本社は色めき立った。
会社は最高機密プロジェクトとして、火星遺跡の研究に莫大な資源と最高の頭脳を惜しみなく投入し始めた。
だが――その技術は、彼らの想像を遥かに超えていた。
結晶体は明らかに膨大な情報を発していたが、その解読はことごとく失敗に終わった。
「まるで、こちらが試されているようだ」
研究主任が、憔悴しきった顔で漏らした。
「この技術は、正しく問いかけた者にしか、答えを返さない。だが我々は、その『問いかけ方』すら、わかっていない」
彼らに決定的に欠けていたのは、遺跡と「対話」せざるをえないほどの、切実な飢えだった。
皮肉にも、それは飢えと死に直面した木星の民だけが触れることのできる扉だった。
1方、6億km彼方の木星圏。
レオは、封鎖した坑道に何度も忍び込み、結晶に触れた。
そのたびに頭痛は激しさを増し、鼻血を流し、意識を失うこともあった。
だが同時に、断片的な「理解」が、着実に芽生えていった。
クリスは、レオの変化に、深い危機感を抱いていた。
この解析の果てに、いったい何が待っているのか、彼にはわからない。
だが、碌なことにはならない――その確信だけはあった。
それでも、クリスは動いた。
「レオ。無茶をするな」
ある夜、坑道から這い出てきた、鼻血まみれのレオに、クリスは水と、闇市場で手に入れた鎮痛剤を差し出した。
「その力は、お前の頭を、少しずつ壊してる。せめて、1日おきにしろ。生きて使わなきゃ、力なんて意味がない」
レオは、鎮痛剤を受け取りながら、乾いた笑いを漏らした。
「爺さんは、いつも俺の心配ばかりだな。管理棟の人間なのに」。
クリスは肩をすくめた。
「管理棟の人間だからこそ、だ。お前たちを、数字として処理する連中の中で、1人くらい、名前で呼ぶ奴がいてもいいだろう」
そしてある夜。
仲間たちが見守る中、レオがひときわ強く、両手で結晶を包み込んだその瞬間――採掘坑全体が、まばゆい青白い光に包まれた。
空間そのものが歪み、揺らぎ、そしてほんの1瞬――坑道を隔てる分厚い岩盤の壁が、まるでそこに存在しないかのように「透けて」見えた。
人類が初めて「相転移」のその片鱗に触れた、歴史的な瞬間だった。
ネルガルの科学が到達できなかった領域に、絶望と切実さを抱えた棄民たちが、先に足を踏み入れたのだ。
光がゆっくりと収まる中、レオは恍惚とした表情で、静かに笑っていた。
その、あまりに人間離れした笑みに――坑道の入口に立っていたクリスは、背筋の凍るような予感を覚えた。
だが、それ以上に彼を凍りつかせたのは、手にした記録装置だった。
25年前の発信機が、レオの相転移に呼応し、初めて、長文の翻訳を吐き出したのだ。
それは、この遺跡を遺した超古代文明が、滅びる間際に遺した、最後の記録だった。
『我ラモ、"正義"ニ酔ヒ、種族全テヲ、機械ノ神ニ捧ゲタ。同ジ轍ヲ、踏ムナ』。
クリスは、悟った。
木星の民が、これから辿ろうとしている道の、その果てを。
それは――種族の、絶滅だった。
「止めなきゃ……なんとしても、止めなきゃ、ならん」
彼の声は、青白い光の余韻の中で、誰にも届かず、震えていた。