【完結済】機動戦艦ナデシコ 前日譚 プラネテス 最後のデブリ屋 ―木星蜥蜴になった人々―【ナデシコ30周年&佐藤竜雄監督追悼作品】 作:寝て起きたら異世界じゃなくて会議室だった
ネルガル重工と地球連合軍上層部の判断は、迅速で、底知れず非情だった。
木連の独立宣言。
そして何より、地球を凌駕する「未知の強力な技術」の存在。
この2つがもし公になれば、地球圏の辛うじて保たれている秩序は根底から揺らぐ。
ならば――なかったことにする。
それが彼らの迷いのない結論だった。
命令は下された。
木星圏へ通じる全通信回線の完全遮断。
すべての航路の無期限閉鎖。
そして対外的には、木星圏を「新種の致死性宇宙感染症の隔離地域」として指定し、いかなる船舶の接近をも法的に禁止する。
表向きの理由は「地球圏市民の安全のため」。
だがその実態は、反抗した厄介者たちを6億km彼方の絶海の孤島に封じ込め、静かに時間をかけて見殺しにするという決定だった。
地球連合軍のコウイチロウは、この命令を知り、猛然と抗議した。
「待ってください! あそこには、まだ何万人もの生きた人間がいるんですぞ! この遮断は――事実上の、大量虐殺じゃないか!」だが上層部から返ってきた答えは、氷のように冷たかった。
「あそこにいるのは、もう『人間』ではない。危険な感染源だ」
彼の抗議も虚しく、遮断は粛々と実行された。
木星は、この日、宇宙の地図から、そして人類の記憶から、公式に、そして完全に「消された」。
木星圏では、レオたちが必死に地球への通信を試み続けていた。
だが、何度呼びかけても、返ってくるのはただ深い沈黙だけだった。
応答なし。
応答なし。
応答なし。
だが――クリスには、1つだけ、賭けがあった。
通信室に、まだ1つだけ、遮断を免れた回線があった。
ネルガルの検閲網の、最も外縁の、監視の甘い保守用チャンネル。
クリスが、この日のために、着任以来ずっと、こっそり生かし続けていた〝抜け穴〟だった。
そして、その回線を強化していたのは――あの、25年前の発信機だった。
ネルガルの誰も知らない、超古代文明の周波数。
検閲網は、その帯域の存在すら、認識できなかった。
彼は、その回線を使い、最後のメッセージを、地球のコウイチロウへと放った。
『提督。これが、最後の通信になります。地球は、対話を選ばなかった。木星を、丸ごと消すことを選んだ。ですが、これで終わりにはさせません。私は、ここで起きたことのすべてを、記録し続けています。いつか必ず、その記録を、あなたに届けます。それまで、どうか――木星に、生きた人間がいたことを、忘れないでいてください』
コウイチロウは、そのメッセージを受け取った、まさにその直後、回線が完全に沈黙するのを見た。
「……そうか。あの男は、木星に、いたのか」
彼は、初めて、あの匿名の情報提供者が、木星の地獄のただ中で、たった1人、真実を記録し続けている人間なのだと理解した。
「必ず、届けます、か。……待っている。何年でも、待っている」
だが、コウイチロウは、ただ待つ男ではなかった。
彼は、この日から、密かに「同志」を集め始めた。
ネルガルの非情な決定に、密かに憤る軍人や官僚。
10年後、彼らは「木星の真実を知る者たち」という、小さな、しかし決定的な地下ネットワークを形成することになる。
遮断の闇の中で、地球側にもまた、静かな抵抗の種が、蒔かれていた。
1方、木連。
応答なしのエラー表示を、レオは長いあいだ見つめていた。
やがて彼は悟った。
「……わかった。もう、地球に期待するのは、やめだ」
レオの声は、恐ろしいほど静かだった。
「あいつらは、最後まで俺たちを人間として扱わなかった。なら――こっちも、もう、あいつらを対等な相手だとは思わない。ただの、倒すべき、敵だ」
そのとき、通信室のドアが静かに開いた。
感情のないIFS適合者が、無機質に告げた。
「クリスさん。レオが、あなたを呼んでいる。木星圏の全住民に対する……『最後の決断』を。あなたにも、見届けてほしいそうだ」