【完結済】機動戦艦ナデシコ 前日譚 プラネテス 最後のデブリ屋 ―木星蜥蜴になった人々―【ナデシコ30周年&佐藤竜雄監督追悼作品】 作:寝て起きたら異世界じゃなくて会議室だった
木星圏の外縁部に突如として現れた船影――それは、ネルガル重工が密かに放った隠密調査船だった。
表向きは木星圏を完全に見捨てたはずのネルガル。
だがその裏では、木星で「何が起きているのか」を執拗に探ろうとしていた。
厄介者は切り捨てる。
だが、そこから絞り取れるものがあるのなら――話はまったく別だった。
密偵船は、木星圏の遠距離観測に成功し、命からがら持ち帰った情報は、ネルガル本社の重役たちを震撼させた。
空を埋め尽くす無人兵器の大群。
空間そのものを歪める正体不明の巨大装置。
ネルガルの上層部は、まず深い恐怖に駆られた。
だがその恐怖を上回る勢いで、彼らの中に抑えがたい欲望が頭をもたげた。
「奪え」役員会は冷酷で迷いのない決定を下した。
「木星の技術データを、可能な限り盗み出せ。手段は1切問わない」。
密偵船は危険を冒し、木星圏の通信網のほんの1部に電子的に潜り込み、断片的な技術データの窃取に成功した。
だが――その細心の動きは、すでにレオたちに完全に察知されていた。
「追撃しますか?」
側近が問うた。
だがレオは、意外にも、ゆっくりと首を横に振った。
「かまわない。……いや、むしろ好都合だ。逃がしてやれ」
彼は、狂気の中に奇妙な余裕を湛えた笑みを浮かべた。
「地球の傲慢な連中が、俺たちの技術を必死に真似て、震えながら対抗兵器を作り上げる。だが、しょせんは魂のこもらない真似事。そのまがい物が、俺たちの本物の正義の前に、どれほど無様に砕け散るか――それを、思い知らせてやる」
クリスは、この1部始終を記録装置に収めながら、深く戦慄した。
だが、彼には、まだやるべきことがあった。
彼は、この密偵船の存在を、密かに逆用することを思いついた。
もし、この船が地球へ帰るなら――クリス自身の記録の1部も、この船に〝相乗り〟させて、地球へ送れるかもしれない。
彼は、保守用の抜け穴回線と、あの25年前の発信機を使い、密偵船の通信バッファに、ごく小さな暗号化データを、そっと紛れ込ませた。
宛先は、ミスマル・コウイチロウ。
内容は、木連誕生の、これまでの全記録の、要約版。
それは、危険な賭けだった。
もしネルガルに発見されれば、クリスの正体も、記録の存在も、すべて露見する。
だが、彼は賭けた。
放っておけば、地球はただ木連の技術を盗み、対抗兵器を作るだけだろう。
だが今回は、その盗んだ船に、真実の欠片が、1つ、こっそり乗っている。
時代の大河は変えられずとも、その水面に、彼はまた1つ、小さな石を投げ込んだ。
「頼む。届いてくれ」
盗み出された技術の断片的な設計図が、地球のとある秘密の造船ドックへと運び込まれていく――その同じ船倉の片隅で、クリスの真実もまた、静かに、地球への帰路についていた。