【完結済】機動戦艦ナデシコ 前日譚 プラネテス 最後のデブリ屋 ―木星蜥蜴になった人々―【ナデシコ30周年&佐藤竜雄監督追悼作品】 作:寝て起きたら異世界じゃなくて会議室だった
西暦2195年。
木星圏。
かつてのあの痛ましい開拓地は、いまや完全な、そして異形の戦争国家へと変貌を遂げていた。
流れた長い歳月は、レオを老いさせなかった。
IFSによって根本から作り変えられたその身体は、緩やかにしか時を刻まない。
だがその精神は、人間だった頃から完全に別の何ものかへと変質し終えていた。
彼の瞳に映っているのは、もはや現実の複雑で割り切れない宇宙ではなかった。
『ゲキ・ガンガー3』の、正義と悪とが明確に色分けされた、あの単純で美しい世界だけだった。
「全員、聞け!」
レオの朗々とした声が、司令部の隅々にまで響き渡る。
それに応えて、集まった数万の全員が1斉に歌い始めた。
機械と融合した数万の喉から発せられるその合唱は、もはや人間の声とは思えぬ、荘厳で、そして底知れず狂気に満ちた響きだった。
「行け行け僕らの ゲキ・ガンガー 正義の心 燃やすんだ」
演説を終えたレオは、群衆の熱狂を背に、静かにクリスの元へと歩み寄った。
「クリスさん。あんたには、この歴史的な瞬間を見届ける役目をやろう」
「レオ、頼む、最後にもう1度だけ考え直してくれ」
クリスは、老いた声を振り絞った。
「地球にいるのは悪魔なんかじゃないんだ。ただ、真実を知らされていないだけの、普通の人間たちだ」
「わかっているさ、クリスさん」
レオは、穏やかに遮った。
その微笑みが、すうっと凍りついた。
「だからこそ、だよ。悪の帝国の民は、その1人残らずが、遍く報いを受けなければならない。例外は、ない」
クリスは、もう、言葉を継げなかった。
だが、彼はここで、密かに、最後の役目を果たしていた。
彼は、この出撃の全記録を――木連の兵力、チューリップの位置、そして最初の標的が火星であることまで――自作の記録装置に刻んだ。
そしてもう1つ。
彼は、レオが「非戦闘員には手を出さぬ」というあの掟を、いまだに義勇軍の交戦規定に残していることを、確認した。
狂気の王となってなお、レオは、あの掟だけは、捨てていなかった。
「……まだ、残ってる」
クリスは、微かに震える声で呟いた。
「あの子の中に、まだ、あの掟が、残ってる」
それは、絶望的な状況の中で、彼が見出した、たった1つの、しかし決して消えない希望の灯だった。
レオは、身を翻し、司令部の中央に鎮座する巨大なチューリップの起動レバーへと、その手を伸ばした。
「さあ。始めよう。俺たちの、待ちに待った、正義の進撃を」
青白い光が、木星圏の全体を不気味に、そして荘厳に照らし出した。
最初の標的は――火星。
すでに、決まっていた。
クリスは、その光を見つめながら、心の中で、遠い地球のコウイチロウに語りかけた。
「提督。始まります。あなたが恐れていた戦争が。俺は、そのための鍵を、必ず、あなたに届けます」