【完結済】機動戦艦ナデシコ 前日譚 プラネテス 最後のデブリ屋 ―木星蜥蜴になった人々―【ナデシコ30周年&佐藤竜雄監督追悼作品】 作:寝て起きたら異世界じゃなくて会議室だった
火星会戦のあまりに1方的な敗北の衝撃は、地球圏の全体を恐怖のどん底へと叩き落とした。
地球連合とネルガル重工は、この未曾有の危機に対抗すべく、なりふり構わぬ狂ったような軍拡へと突き進んでいった。
その起死回生の切り札こそ――かつてネルガルが密偵を使い、木星から盗み出していた、あの技術データだった。
だが、そこには乗り越えがたい大きな壁があった。
この技術を実用化するには、地球側もまた、木星の民がそうしたように、人間そのものを根本から「作り変える」必要があったのだ。
ネルガルは、非情で皮肉な決断を下した。
自社の選び抜かれた優秀な人材に、木星由来のIFS処理を施し始めたのだ。
彼らは――後に地球側で「A級ジャンパー」と呼ばれることになる、特別なパイロットへと変えられていった。
憎しみ合う両者が、皮肉にもたった1つの同じ技術によって、分かちがたく繋がっていく。
ネルガルの研究施設に、老技術者として在籍していたクリスは――そう、彼はレオの手引きによって、木星圏の混乱に乗じ、9死に1生を得て地球圏へと生還していたのだ――この繰り返される悲劇の光景を、暗澹たる思いで見つめていた。
だが、クリスの地球帰還には、明確な目的があった。
彼は、木星で命がけで記録し続けた全記録を携えていた。
あとは、それを然るべき相手――ミスマル・コウイチロウ提督へと、直接、手渡すだけ。
そして、ここで、10年越しの伏線が、ついに繋がる。
クリスは、あの25年前の発信機を使い、コウイチロウとの直接接触を試みた。
超古代文明の周波数。
それを受信できる装置を、コウイチロウは、匿名の男から送られた設計図をもとに、10年かけて、密かに完成させていた。
ある夜、クリスの発信機と、コウイチロウの受信機とが、初めて、直接、繋がった。
「……聞こえますか、提督」。
10年間、暗号の文字だけでやり取りしてきた2人が、初めて、互いの「声」を聞いた瞬間だった。
コウイチロウの声が、震えた。
「あんた……あんたが、あの記録者か。10年だ。10年、あんたの声を、待っていた」
クリスは、静かに笑った。
「お待たせして、すいません、提督。……そろそろ、全部、お渡しできそうです」
だが、そのとき。
適合手術を受けたある若きパイロットが、施術後の激しい混乱の中で、うわ言のように呟いた。
「見える……木星の、声が……頭の奥で……『正義』が、聞こえる……熱い……熱いんだ……」
IFSを通じて、遠く離れた木星蜥蜴の思念の1端に、期せずして触れてしまったのか。
クリスは、その言葉に背筋を凍らせた。
この技術は、使う者の精神をも、あの木星の狂気へと静かに引きずり込んでいく、呪いなのかもしれない。
そして――もし、この呪いを逆に利用できたなら。
木星と地球、双方のIFS適合者が、思念で「繋がれる」なら。
それは、憎しみを増幅させる回路にも――あるいは、対話の回路にも、なりうるのではないか。
クリスの脳裏に、絶望の底で、たった1つの、途方もない希望の設計図が、閃いた。