【完結済】機動戦艦ナデシコ 前日譚 プラネテス 最後のデブリ屋 ―木星蜥蜴になった人々―【ナデシコ30周年&佐藤竜雄監督追悼作品】 作:寝て起きたら異世界じゃなくて会議室だった
そして、ついに究極の決戦兵器の建造計画が、施設の最深部で密かに始動した。
表向きは、火星に取り残された民間人の救出作戦のために建造されたと記録される、その新型戦艦。
施設の記録には、その艦の名が、すでに記されていた。
「――ナデシコ、か」
クリスは、建造中の巨大な竜骨を、遠くから見上げた。
憎しみが生んだこの巨大な鋼の塊が、いったいどんな運命を背負っていくのか。
だが、ただの兵器で終わってくれるとは、どうしても思えなかった。
だが、まさにその時。
クリスは、施設の極秘の機密ファイルの奥深くに――決して見てはならないものを、見つけてしまった。
それは、木星蜥蜴の真の「正体」に関する、ネルガル上層部のごく1部だけが知る、最高機密の分析報告書だった。
『分析結果。木星蜥蜴の正体は、旧・木星圏開拓移民団の成れの果て――すなわち、自らを「木連」と称する武装勢力と断定される。本社は、この事実を完全に認識している。しかし対外的には、引き続き「未知の異星生命体」として公表を継続する。
その理由――
1、過去の遺棄および隠蔽の責任追及を完全に回避するため。
2、木星由来技術の独占的な軍事利用を正当化し、恒久的な軍需利益を確保するため』
クリスの老いた手が、細かく震えた。
すべてが、ここにあった。
ネルガルは、木星蜥蜴が自分たちがかつて無慈悲に見捨てた同胞であることを、完全に理解していた。
その上でなお真実を闇に葬り、市民の恐怖を意図的に煽り、盗んだ技術で兵器を大量に作り、莫大な利益と権力を永続的に得ようとしていた。
「なんてことだ……なんてことを」
狂気に逃げた者と、その狂気を金と権力に変える者との――終わりの見えない戦争。
どちらの側にも、もはや、かつて宇宙開発を根底で支えていた、あの「志」は微塵もなかった。
クリスは、その絶望の底で、静かに決意を固めた。
彼は、木星で密かに記録し続けてきた膨大なデータ――移民たちの悲劇、独立宣言、非情な通信遮断、そして今回入手したネルガルの極秘分析報告書――それらのすべてを、たった1つの小さなデータカプセルにまとめ始めた。
それは、この100年に及ぶ罪と狂気の、すべての記録だった。
この最後のカプセルさえ届けば、コウイチロウは、木星蜥蜴の正体を、そしてネルガルの罪を、公にする決定的な武器を手にする。
それは、企業に対する、最大の――そして最も正当な、断罪だった。
だが、その決死の作業は、施設の厳重な監視の目を欺くことはできなかった。
ネルガルのセキュリティシステムが、最高機密ファイルへの不正なアクセスを検知した。
クリスが最後のデータをカプセルに書き込み終えた、まさにその瞬間。
施設の白い照明が、1斉に赤く切り替わった。
「――来たか」
クリスは、赤い光の中で、静かに笑った。
恐怖はなかった。
あるのはただ、やり遂げねばならないという、澄み切った意志だけ。
彼の背後で、無機質で正確な複数の足音が、静かに近づいてきた。
IFS処理を施された、ネルガルの暗殺部隊だった。
だが、クリスは、走り出した。
この100年を看取ってきた、たった1人の証人として。
彼のなすべき、最後の「デブリ回収」
――誰も拾おうとしない、最も重い真実という名のゴミを、拾い上げるために。