【完結済】機動戦艦ナデシコ 前日譚 プラネテス 最後のデブリ屋 ―木星蜥蜴になった人々―【ナデシコ30周年&佐藤竜雄監督追悼作品】   作:寝て起きたら異世界じゃなくて会議室だった

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お祭りへのカウントダウン

西暦2196年。

 

地球圏の青い空を、ときおりあの不吉な青白いチューリップの影が覆うようになっていた。

 

だが――真実は、もう、闇に葬られてはいなかった。

 

クリスの遺したカプセルと、コウイチロウが放ったあの断罪によって、ネルガル重工の屋台骨は、静かに、しかし確実に、軋み始めていた。

 

横領。

 

隠蔽。

 

棄民。

 

世論はまだ「木星蜥蜴の正体」までは知らない。

 

だが、ネルガルという巨大企業が、何か途方もない「嘘」をついているという疑念だけは、もう、消えなかった。

 

名もなき記録者が投げ込んだ小石は、ついに、巨大企業を揺るがす波紋になっていた。

 

そして、ミスマル・コウイチロウは、もう、ただ耐えるだけの男ではなかった。

 

彼は、クリスの遺したすべてを握りしめ、水面下で、確実に、ネルガルの支配に楔を打ち込み続けていた。

 

すぐに全てを公表すれば握りつぶされる。

 

だが、然るべき同志を集め、然るべき時が来たとき、この真実は、木星蜥蜴との戦争の意味そのものを、根底から覆すだろう。

 

憎しみの戦争を、対話へと転じさせる、唯1の鍵として。

 

その頃。

 

ネルガル重工の厳重に隠された秘密ドック。

 

その最深部で、1隻の巨大な戦艦が、ついにその堂々たる全貌を現そうとしていた。

 

木星から盗み出された技術と、火星の遺跡の解析結果とを、危険を承知で融合させて生み出された、対・木星蜥蜴用の究極の決戦兵器。

 

その艦体は、不思議なほど美しく、静かな力強さを湛えていた。

 

それはまさに、この狂った時代のあらゆる矛盾を――100年の悲劇と、狂気と、欲望と、そしてほんのわずかに残された希望とを――その1身に背負って生まれてきた、皮肉な結晶だった。

 

艦の司令室のモニターには、搭乗員候補たちのリストが静かに映し出されていた。

 

その中に、1人の青年の顔写真があった。

 

名は――テンカワ・アキト。

 

あの火星の惨劇を、家族を失いながら、しかし「あの掟」に守られて奇跡的に生き延びた、数少ない生存者の1人。

 

そして、もう1枚。

 

この巨大な戦艦の艦長に、若くして抜擢された1人の女性の顔写真。

 

名は――ミスマル・ユリカ。

 

真実を知るあのコウイチロウ提督の、たった1人の娘。

 

彼女はまだ、何も知らない。

 

ただ、まっすぐで屈託のない瞳で、来るべき未来を見つめていた。

 

だが、コウイチロウは、知っていた。

 

あの名も知らぬ記録者が、カプセルの最後に遺した願いを。

 

『娘さんの代でもいい。この憎しみを、終わらせてやってくれ』

 

奇しくも、その娘が、いま、木星蜥蜴と対峙する戦艦の艦長になろうとしている。

 

コウイチロウは、娘の写真を見つめ、静かに誓った。

 

「ユリカ。お前には、まだ何も背負わせない。だが……お前なら、あの記録者が願った未来へ、たどり着けるかもしれない。父さんは、そのために、道を作る」

 

かつて、ハチマキたちが泥と汗にまみれ、命をも賭けて、その手で切り拓いた宇宙開拓の時代。

 

それはもう、完全に、そして永遠に終わりを告げていた。

 

だが――その戦場の只中に、1人の老デブリ屋が命がけで拾い上げ、遺した真実の欠片が、いま、静かに息づいていた。

 

新型戦艦の、その滑らかな艦体に、最後の工程として、1つの名が刻まれていく。

 

ドックの薄明かりの中で、鈍く、しかし確かに光るその文字。

 

「ND-001 NADESICO」

 

悲劇を。

 

狂気を。

 

目を背けたくなるそのすべてを、巨大で、明るく、けたたましい「ポップさ」の仮面でそっと包み隠して。

 

何も知らない若い乗員たちの、屈託のない明るい笑い声が、真新しい司令室に響く。

 

真実は、いまだ、宇宙を漂い、そして1人の提督の胸の内に、じっと息づいている。

 

だが、それはもう、消えない。

 

名もなき記録者が、命と引き換えに、この宇宙に錨を打ち込んだのだから。

 

カウントダウンが、静かに始まる。

 

誰も、その本当の意味を知らないまま。

 

そして、遥か彼方、6億km離れた木星の氷の底で。

 

誰もいなくなった、あの粗末な祭壇の前に、たった1人、王が佇んでいた。

 

レオ。

 

彼の手には、あの日クリスが渡した「もう1つの記録」――人間だった頃の、自分の記録が、握られていた。

 

彼は、長い、長い躊躇の果てに、ついに、それを再生した。

 

灰色のスラム。

 

安酒。

 

仲間の笑い声。

 

そして、幼馴染の少女に「必ず呼ぶ」と笑って約束した、17歳の自分の顔。

 

人間離れした王の頬を、1粒、透明なものが、静かに伝い落ちた。

 

IFSに感情を削がれ、もう2度と泣けないはずの、その目から。

 

「……クリスさん」

 

レオは、誰もいない氷の闇に、掠れた声で呟いた。

 

「あんたは、最後まで……俺を、人間のままで、いさせようと、してたんだな」

 

彼の視線が、ゆっくりと、地球のある方角へと向けられる。

 

その瞳に宿るのは、狂信の光か。

 

それとも――かすかに甦った、人間の、迷いか。

 

誰にも、まだ、わからない。

 

――こうして、2つの物語は、1つに繋がった。

 

デブリ屋が消えた日に始まった100年は、1隻の戦艦の就役で、その幕を閉じる。

 

そして、その戦艦が紡ぐ新たな物語の中で、名もなき記録者の願いは、確かに、次の世代へと受け継がれていくのだった。

 

遥か彼方、暗い宇宙のどこかを、役目を終えた小さなデブリが1つ――いや、25年と、それに続く100年の、すべてを見届けた、たった1つの発信機が、陽光を反射しながら、静かに漂い続けていた。

 

まるで、すべてを見届けた者の、満ち足りた墓標のように。

 

そしてその赤いランプは、いまも、規則的に、優しく、明滅を続けている。

 

次に誰かがそれを拾い上げ、この物語を知る、その日まで。

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