機動戦艦ナデシコ 前日譚 プラネテス 最後のデブリ屋 ―木星蜥蜴になった人々―【ナデシコ30周年&佐藤竜雄監督追悼作品】   作:寝て起きたら異世界じゃなくて会議室だった

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さらば、フロンティア

地球低軌道の廃船ドック。

 

木星への最終便を待つあいだ、クリスは半日だけ、古巣のドックに立ち寄る許可を得ていた。

 

役目は、退役した1隻の旧式作業船の解体立ち会い。

 

だが、船体番号を照合したクリスは、思わず手を止めた。

 

それは、かつてハチマキという熱血漢の若造が乗り込んでいた船と、同じ型式だった。

 

効率も安全性も度外視で、ただ「宇宙に出たい」という意志だけで飛んだ時代の船。

 

解体作業員の若者たちは、そんな旧船を見て鼻で笑った。

 

「よくこんなポンコツで宇宙に出たもんだ」

 

「無謀だよな、昔の連中は」

 

クリスは静かに口を開いた。

 

「無謀。確かにそうだ。だがな、その無謀が、人類を月へ、火星へ、そして木星まで運んだんだ。安全だけを数えてたら、人類はいまも地面に這いつくばってたよ」

 

その夢を、志を、人類がすっかり手放したとき――その空白に、何が流れ込むのか。

 

人は、夢なしには生きられない。

 

健全な夢を奪われた者は、いつか、どんなに歪んだ夢にでも、すがりつくのではないか。

 

長く人を見つめてきた男の直感が、そう囁いていた。

 

その予感は、名状しがたい寒気となって、クリスの背を撫でた。

 

作業の合間、船内から1枚の古い写真が見つかった。

 

ヘルメットを小脇に抱え、下手くそなガッツポーズを決める若者たちの集合写真。

 

裏には、色褪せた手書きの文字で「いつか、自分の船を」。

 

クリスはそれをそっとポケットにしまった。

 

この1枚だけは、資源にはさせない。

 

クリスは、自分のバッグから、もう1つ、大切に持ち込んでいた物を取り出した。

 

旧式だが頑丈な、独立電源式の記録装置。

 

彼が半年かけて、闇市場と自作でかき集めた代物だった。

 

ネルガルの検閲網からも、ネットワークからも完全に切り離された、「絶対に改竄されない記録媒体」。

 

彼は、その最初のデータとして、この解体される船の映像と、写真の文字を記録した。

 

「記録その1。開拓の時代の、最後の船。志の、墓標」

 

そして、彼はもう1つ――あの、低軌道で拾った25年前の発信機を、記録装置の内部に、そっと組み込んだ。

 

それは、ネルガルの誰も知らない周波数で、いまも微弱な信号を発し続けている。

 

クリスは、その信号を「灯台」にすることを思いついた。

 

いつか、この記録を地球へ届けるときの、目印に。

 

「ハチマキ。お前が愛した宇宙は、これからしばらく、ひどいことになりそうだ。でもな――俺は、ちゃんと見届けて、書き残すよ。誰かが、いつか、読めるように」

 

連絡船の窓から、クリスは遠ざかる地球を見つめた。

 

青い星は美しく、そして無関心だった。

 

「行ってくるよ」誰にともなく呟く。

 

彼を乗せた船は、6億kmの闇へと、静かに舵を切った。

 

そのとき、記録装置の中の古い発信機が、ふいに、これまでとは違うリズムで明滅を始めた。

 

まるで、何かに――遠い木星の氷の底から、応答するかのように。

 

クリスは、その微かな明滅に、まだ気づいていない。

 

彼が拾ったのは、遭難信号などではなかった。

 

それは、25年前に木星で「目を覚まし」、ずっと誰かを呼び続けていた、あるものの、呼び声だったのだ。

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