機動戦艦ナデシコ 前日譚 プラネテス 最後のデブリ屋 ―木星蜥蜴になった人々―【ナデシコ30周年&佐藤竜雄監督追悼作品】 作:寝て起きたら異世界じゃなくて会議室だった
6億kmの航海の果て。
第1期移民たちが降り立ったのは、映像の中の楽園ではなかった。
木星圏開拓前線基地――名ばかりの、剥き出しの金属と氷の世界。
マイナス150度の極寒、木星磁気圏が生み出す猛烈な放射線、そして絶え間なく響く、機械の低い唸り。
それが、約束された「新天地」の、偽りのない正体だった。
レオは、自分に割り当てられた居住ユニットを見て、言葉を失った。
人ひとりが横になるのがやっとの、狭い金属の箱。
あの、緑あふれるドームの映像は、どこにもなかった。
翌日から、地獄のような労働が始まった。
作業は24時間3交代、休みはほとんどない。
そして搾取は労働だけではなかった。
移民たちが命を削って掘り出した資源の対価として課されたのは、「渡航費の返済」と「居住・食料・空気の使用料」という名の重税だった。
働けば働くほど、借金だけが雪だるまのように増えていく。
「これじゃ、奴隷じゃないか」
レオが管理官に食ってかかると、無感情な答えが返ってきた。
「奴隷? 人聞きの悪い。君たちは立派な労働者だ。契約書に署名したのは君自身だろう」
契約。
その言葉に、レオは地球で聞いた老人の声を思い出した。
『市民権の1時凍結』
あの1文の意味が、いま、氷の底で、残酷な輪郭を現していた。
クリスは、基地の管理棟に、生命維持システムの保守技師として着任していた。
彼が地球で抱いた最悪の予感は、ここでもまた、無情なほど正確に的中していた。
だが着任早々、彼は自分の立場を最大限に利用し始めた。
保守技師の権限で、居住区の環境データに常時アクセスできる。
どの区画の放射線遮蔽が限界か、どの生命維持装置が次に落ちるか――データを読めば、先が読めた。
彼は、匿名の整備メモという形で、危険な区画の情報を現場に流し続けた。
「第4採掘坑、遮蔽材劣化。長時間作業は被曝限度を超える」
管理官は無視したが、現場の作業長の中には、そのメモを信じて配置を調整する者が出始めた。
目に見えて、ではないが、確実に、死者の増加は、放置していれば辿ったであろう無残な曲線より、わずかに緩やかになっていく。
夜、凍える居住ユニットの中で、レオは膝を抱えていた。
すべての通信はネルガルによって管理され、外への便りは1通も許されなかった。
暗闇の中で、仲間の誰かが、震える声で古いアニメの主題歌を口ずさみ始める。
「行け行け僕らの……ゲキ・ガンガー……」
かすれた歌声が、凍える暗闇の中で、いくつも重なっていく。
それはもう娯楽の歌ではなかった。
生きるための、正気を保つための、祈りだった。
その頃、クリスの記録装置の中で、あの古い発信機が、これまでにない激しさで明滅していた。
基地の地下深く。
何かが、確かに呼応している。
クリスが眉をひそめたそのとき、基地の地質調査班から、緊急の連絡が飛び込んできた。
「クリスさん、大変です。ガニメデの採掘現場で……とんでもないものが、見つかりました」
「――何かを、掘り当てたか」
クリスの背筋を、氷のような予感が走り抜けた。
彼は知る由もなかった。
25年前、彼が今日拾った発信機を最後に発信したフォン・ブラウンの試験機が、まさにそのガニメデの地下で、「それ」に触れて消息を絶っていたことを。
25年の時を超えて、呼び声の主が、いま、掘り起こされようとしていた。