機動戦艦ナデシコ 前日譚 プラネテス 最後のデブリ屋 ―木星蜥蜴になった人々―【ナデシコ30周年&佐藤竜雄監督追悼作品】 作:寝て起きたら異世界じゃなくて会議室だった
木星最大の衛星、ガニメデ。
その分厚い氷の地殻を、深く掘り下げた採掘坑の、最深部。
人類がこれまで1度も到達したことのない暗黒の底で、それは、静かに眠っていた。
何億年もの間、誰にも見つからぬまま。
レオを含む採掘班が、資源探査のドリルを進めていたときだった。
硬い岩盤の向こうに、ドリルの刃がまったく歯の立たない層が現れた。
恐る恐る手袋越しに触れると、それは氷の底だというのに、微かに温かかった。
そして、指を当てたその瞬間――まるで内側から呼応するように、その表面を、淡い光の脈動が、すうっと走り抜けた。
ヘッドライトの光が照らし出したのは、明らかに人工的な――だが、人類の技術ではありえない構造物だった。
滑らかで継ぎ目のない曲面。
見たこともない幾何学的な紋様。
そして中心に鎮座する、拳ほどの大きさの、透き通った結晶体。
後に「演算ボソン端末」と呼ばれることになる、超古代文明の遺物。
この時のレオたちは、その正体を知る由もなかった。
緊急連絡を受けて調査坑へ降りたクリスもまた、それが何であるかなど、わかりようがなかった。
だが――彼が持ち込んだ記録装置の中で、25年前の発信機が、狂ったように明滅し、そして、その結晶体と、まったく同じリズムで、同期を始めた。
「……お前だったのか」
クリスは、思わず呟いた。
「25年、ずっと、呼んでたのは」
そもそも、なぜこんな超古代の遺物が、木星の衛星と、遠く離れた火星の両方に存在するのか。
答えを知る者は、誰もいない。
むろん、クリスにも、わかるはずがなかった。
調査坑の底で、班員たちが色めき立っていた。
「これは……お宝だ。持ち帰れば、俺たちは英雄だ。借金だってチャラになるかもしれない」
だが、最年長の技師が鋭く遮った。
「馬鹿を言うな。こんなものをネルガルに報告すれば、どうなると思う」
沈黙が空洞を満たした。
答えは全員の胸の中に、すでにあった。
奪われる。
あるいは、秘密を知りすぎた者として「事故」で処理されるかもしれない。
ネルガルなら、やりかねない。
クリスは、坑道の入口で足を止めた。
ここが、分岐点だ。
彼は、決断した。
ここでは、動かない。
彼は坑道の底のレオたちに、静かに歩み寄り、そして――彼らが最も予想しなかった言葉を口にした。
「報告するかどうかは、あんたたちが決めろ。ただ、1つだけ言わせてくれ。これは、途方もない力だ。人を救う力にもなるし、人を皆殺しにする力にもなる。どっちに使うかは……持った者の、心次第だ」
レオは、長いあいだ、脈打つ結晶を見つめていた。
ふと、彼の脳裏に、あの『ゲキ・ガンガー3』の1場面が蘇った。
悪の帝国に虐げられた主人公が、偶然、巨大ロボットを手に入れ、運命を切り拓いていく、あの場面。
「……報告しない」
レオは、低く、しかしはっきりと言った。
「これは、俺たちが見つけた。俺たちのものだ」。
班員たちは坑道の記録を改竄し、この区画を「資源枯渇・崩落危険区域」として封鎖した。
それは、彼らにとって初めての「反逆」だった。
その夜、クリスは自作の記録装置に声を吹き込んだ。
「記録その88。本日、ガニメデ最深部にて、超古代文明の遺物を確認。人類は、開けてはならない扉に、手をかけた」。
だが、彼はそこで言葉を切った。
記録装置の画面に、いつのまにか、見覚えのない文字列が浮かび上がっていたのだ。
25年前の発信機が、結晶体と同期したことで、何かを「受信」し、翻訳し始めていた。
それは、たった1行の、警告だった。
『使ウナ。ソレハ、心ヲ喰ラウ』
クリスの手が、震えた。
「……知って、たのか。25年前の、お前たちも」
彼は悟った。
この遺物に手をかけたのは、人類が初めてではない。
そして、先に触れた者たちが、どうなったのかを――この発信機は、知っている。