とある兄妹の生存戦略   作:富屋要

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* Scene 10 Setting「井戸から地下に下りて、水流が土砂を削っている箇所を見つける」
→ダイス結果:Altered(修正)。設定に一部変更を入れる。
 →→井戸からではなく、居間の穴を下りて向かう。

* Q. 接敵するか? A. No.


第十話 地下の池

 オットーなる人物に絡まれた翌朝、グレイとキエラの義兄妹の姿は、床下の謎の通路、その奥の池の前にあった。

 

 最初は井戸から下りるつもりだったのだ。直接到達できるルートがあるのだから、使わない手はない。

 しかし井戸の幅が思ったよりも狭く、防具を兼ねた厚手の服を着たグレイでは、かなり窮屈な思いをしなくては下りられそうになかった。また井戸の上から底を覗けば、すぐに水面になり、そもそも下りるのが難しいこともあった。

 

 かような理由から、やむを得ず居間の穴から下りてきた次第だ。

 

 幸い、途中で何かに襲われることもなく、落ちている天井の残骸に転ぶこともなく、無事に池に辿り着けたは良いものの、二人はそこで途方に暮れた。

 

「……増えているな」

「増えているわね」

 

 水面を軽く波立たせて泳ぐスチーム・ハガーという魔物の数が、先日は一匹だったのに、二、三匹に増えていたのだ。詳しい数が不明なのは、そう広くない池と言っても、背後の光が隅々に届くほど狭くはないのと、予想以上に水深があるらしいことで、十分に水中を覗き見ることができないからだ。

 

「どうする?」

「どうしような」

 

 キエラ同様、グレイも困っていた。

 

<魔よ滅せ>(Take That, You Fiend)は地上であれば必中の精度を持つが、相手が水中ではそうはいかない。水中に入ると同時に消えてしまう時があれば、軌道が曲がる時があり、時には水面で跳ねてしまう場合もありと、挙動が不安定になるのだ。仮に対象に命中させたとしても、殺傷力は失われているとも言われている。

 

 一説には、水の中の物に対しては、実は少し遠くあるものが近くに見えてしまうように、光の屈折が魔法の進行方向を歪めてしまうからだ、としているも、正確な理由は定かではない。

 

 同様の理由で<立ち去れ>(Oh-Go-Away)を使うのも躊躇われた。術者よりも弱い生き物を追い払うこの魔法は、一歩間違えば術者よりも強い生き物に、優先的に狙われるようになるという欠点を持つ。

 

 この効果が水中の生き物に対してどう作用するか、スチーム・ハガー相手には確認したくない、というのがグレイの本心だ。

 

「これって、水ん中入ったら、襲われて死ぬんじゃない?」

 

 こちらが水に入るのを待ち構えている。

 何となく魔物たちからそんな気配を感じてしまうキエラだ。

 

 見かけは昆虫に似ていても、れっきとした魔物だ。知能は高くないにしても、昆虫と同レベルということはない。

 

「可能性はかなり高いな。それに、この季節に水泳は勘弁してほしい」

 

 本気の嫌悪でグレイは顔を歪めた。

 

 そもそも二人がこの水場に来たのは、スチーム・ハガーを退治するためではない。土砂を削り取っている水流の場所を見つけるためだ。無理して水の中に入る必要はない。

 

「確実なのは、予定通り、俺が飛ぶことなんだろうが……」

 

 二人が考えた計画は、グレイが<我を飛ばせ(Fly Me)>を使って空中から池の様子を調べるという簡単なものだ。水中では危険極まりないスチーム・ハガーでも、空を飛ぶ獲物に手は出ないだろう。

 

「でも、その前に試してみるか」

 

 グレイは杖を斜めに構えると、呪文を唱えた。

 

「<魔よ滅せ>(Take That, You Fiend)」

 

 聞き取れているのに一語も記憶に残らない言葉が紡がれると、胸元に白い光の塊が生まれ、矢の早さでスチーム・ハガーの一匹目がけて飛んだ。

 

 通常であれば狙い違わず標的を捉えるはずの光の矢は、しかし水中を突き進むことなく、水面で跳ねて少し飛んだ先で消えた。

 

「……ダメかぁ……」

 

 なぜかキエラが落胆の声を漏らした。

 

「ならこれはどうだ」

 

 好奇心に駆られたグレイが次に唱え始めたのは、つい今し方使いたくないと考えていた魔法だ。

 

「ちょっと!」

 

 呪文の中身は理解できなくても、歓迎できない魔法だと、キエラの直感が告げた。

 

 昨夜の酒場(エールハウス)での出来事を振り返るまでもなく、魔法が絡むと常識や良識が一瞬すっぽ抜ける悪癖がグレイにはある。いつどんな危険が来るか分からない地下だったため、先日来た時は気を張って暴走はせずに済んだのが、今回は二度目なのと水棲の魔物だから陸には上がるまいという楽観から、先の判断を簡単に翻したのだ。

 

「待っ……」

「<立ち去れ>(Oh-Go-Away)」

 

 キエラの制止は間に合わなかった。

 

<魔よ滅せ>(Take That, You Fiend)のように、魔法の光は生まない。それどころか、魔法の発動を報せる何がしかの変化があった訳でもない。

 

 それでも変化はあった。

 水に入らない二人を嘲笑するかのように、小さなさざ波を立ててゆったりと泳いでいたスチーム・ハガーが呼吸一、二回分止まり、次いで、石床の崩れた足元目がけて突撃してきたのだ。

 

「あ。まず……」

 

 魔法の失敗を察したグレイのマントをキエラは掴むと、力任せに後ろへと引っ張った。

 

「のんびりしない!」

 

 グレイがたたらを踏むのにも構わず、崩れ落ちた天井の残骸がある位置まで下がる。

 

 直後、飛沫を上げてスチーム・ハガーが、グレイが足場にしていた石床に登った。

 ゲンゴロウに似た平べったい身体に、タガメに似た長い前脚。前脚を含まなければ体長は七、八十センチ、前脚を含めると一メートルを少し上回る。

 

 体長に比べて大きな前脚には無数の穴が開いていて、そこから蒸気が噴き出している。しがみつかれれば蒸気で肌は焼かれ、骨すら噛み砕く大あごには毒腺が仕込まれ、あっという間に体力を奪うだけでなく、一時的に盲目にする副作用まである。

 

 他の脚は短くて平べったく、剛毛がなければ船を漕ぐ櫂を思わせる形状だ。水中を高速で移動するのに適し、水に落ちた獲物を速やかに確保する。

 

 水中で組みつかれればまず助からないし、陸でも安心できる要素はない。

 

 そんな凶悪と呼べそうな魔物が四匹、石床に上がって近づいている。

 幸いなのは、脚の形状から泳ぐのは早くても、陸に上がればそれ程でもないところか。鋭い爪先が石床を引っかくカツカツと、開いては閉じを繰り返す大あごのガチガチという音が聞こえてくる気すらする。

 

「……陸に上がれるのか……」

 

 陸にいる獲物は狙わないと言われていても、<立ち去れ>(Oh-Go-Away)の本来の効果が逆転すると、その限りではなくなるらしい。

 

「感心している場合!?」

 

 唖然とも呆然とも感心とも取れる呑気なグレイに、キエラの焦燥は募る一方だ。先日スチーム・ハガーの怖さを教えられ、剣先の届く距離には近づかないと決心したばかりでもある。

 

 キエラの焦りなど知らないとばかりに、グレイはゆったりと次の呪文を唱えた。

 

「<我を飛ばせ(Fly Me)>」

 

 唱え終えるやグレイの身体はふわりと浮き上がり、天井近くを漂う。ゲンゴロウに似た形でも翅はないので飛べるはずもなく、全長一メートル二、三十センチしかないスチーム・ハガーでは届く高さではない。

 

「下がっていろ。魔法の効果なら、こいつらは俺にしか目が向かない」

 

 まさか目論んでいたんじゃないでしょうね。

 キエラが問い詰めたい気持ちに駆られても、問答をしている場合でないのも理解している。

 

 指示されるまま後ろに下がり、狭い空間まで戻る。ここから右手の先が床下の穴のある空間だ。

 

 振り返れば、グレイの予想通り、キエラを追ってくるスチーム・ハガーは一匹もいなかった。四匹共届かない前脚を、必死で振り回しているように見える。

 

 悍ましさに、キエラは思わず顔をしかめた程だ。

 

 鳥肌の立った腕をキエラが擦っているなど知るはずもないまま、グレイは足元の魔物へ呪文を唱えた。

 

「<魔よ滅せ>(Take That, You Fiend)」

 

 天井ギリギリを飛ぶグレイの足を捕まえようにも、スチーム・ハガーがどう頑張ろうと届くはずもない。キエラを追うならまだしも、失敗した魔法の効果が続く限り、別の思考は入り込む余地すらないようだ。

 

 無駄に足掻くスチーム・ハガーは、体の良い的でしかない。

 

 四匹が全滅したのは、しばらくしてのことだ。

 

     ◇◆◇

 

 蹂躙された四匹の魔物が動かなくなったのを確認してから、グレイは死骸から数歩離れた場所に降り立った。

 連続で使った魔法の疲労感に、座り込みたくなる誘惑を振り払い、杖の石突で本当に死んでいるか突いて確認する。

 

「お疲れ様」

 

 後方へ退避していたキエラが加わり、シミターの切っ先で別の死骸を突き始めた。

 

 四匹共死んでいるのを確かめ終えてから、グレイはようやく疲れの籠った息を吐いた。

 

「どうかした?」

 

 キエラが尋ねたのは、グレイが疲労感だけでなく、どこか釈然としない面持ちをしているからだ。

 

「<立ち去れ>(Oh-Go-Away)が反転したのに、予想を遥かに下回って脆かった」

 

 グレイが懸念していたのは、スチーム・ハガー一匹につき、二人がかりでようやく倒せるような強さを持っていた可能性だ。<立ち去れ>(Oh-Go-Away)が通常に効かなかったので、それ程の強敵だと予想していたのだ。

 

 しかし実際に蓋を開けてみれば、呆気なく蹴散らせる程度でしかなかった。無論、手で触れる距離まで近づけば、話は変わるが。

 

 水中の対象に対し、魔法はおかしな捻じれ方をするらしい。実地で確認できたのは成果だろう。

 

 義兄の説明に、キエラの反応はふうん、と言うだけの淡白なものだ。

 

「つまり、同じ種類の魔物への対処法が見つかった。そういうことでしょ」

 

 それはそうかもしれないが、言いたいのはそうじゃない。

 声に出したい気持ちをグレイは堪えた。ゆっくり休憩していて良い場所ではないとの認識は失っていない。

 

 改めて、池の手前まで戻る。

 ひとしきり水面を観察し、不穏な波が立っていないのを確かめる。もっとも奥は真っ暗で、何かが潜んでいても見つけられるものではない。

 

「いたの、あの四匹だけだったみたいね」

「……あの、で片付けないでくれ。届かないだろうと分かっていても、食いつかれるんじゃないかって、これでもかなり怖い思いしたんだからな」

 

 グレイの苦情を、キエラは苦笑で受け流した。ランタンを取り出し、火を灯す。

 

 その間に、グレイも呪文を唱えた。

 

「<猫目>(Catseye)」

 

 真の暗闇では効果はないが、僅かな光源があれば視覚を維持できる魔法だ。

 ランタンをキエラから受け取り、再び<我を飛ばせ(Fly Me)>を唱えると、グレイは奥へと飛んだ。

 

 二人が足場にしていた通路終わりの天井はまだ高かったものの、奥へ行くにつれ、天井は低くなっていった。壁の辺りになると、身体を丸めないと水面に足が着いてしまいそうだ。

 

「スチーム・ハガー、処理して正解だったんじゃないか?」

 

 高度調整を間違って何度か尻を濡らしながら独りごちる。スチーム・ハガーなら、水面ギリギリの空中にいる獲物にも襲いかかるだろう。結果だけ見れば、四匹を無力化したのは正しかったと言える。

 

 少々余計なことを考えながらも、水流が土を削っている箇所を探して壁沿いに宙を飛び続ける。

 

 異常を見つけたのは、四分の三周したところだ。

 壁に二本、縦に亀裂が出来ているのが見つかった。幅は広いところでどちらも一メートルに少し届かず、グレイが潜り込もうとするなら、身体のほとんどが水に浸かり、その上横向きならないと厳しそうだ。

 

 池の水がそこへ流入し、どこかへと向かっている。亀裂同士の間にあるのは、土と砂利でできた自然の壁で、ヒトの手が加わっているようには見えない。

 

「これか?」

 

 水中へ目を凝らし、壁や亀裂の縁を観察する。

 水から出ている箇所より、水中の壁と縁がへこんでいた。いや、削れて抉れていると表現するのが正しいか。気のせいか、水も茶色みがかっている。

 

「……見つけた」

 

 グレイは大きく息を吐いた。

 昨日『魔術師ギルド(Wizards Guild)』の図書館で見つけた本と、ほぼ重なる状態だ。これを放置すると、壁が侵食され続けて悪戯に亀裂が広がり、そのうち天井が崩落してしまう。

 

 幸い、見つけた本は工事の行程も図解付きで解説していたので、読むのと実行するのとの違いに目を瞑れば、工事自体の手順は分かっている。

 

 念のため、杖を水中に入れて深さを計っておく。存外に深く、杖全部が水の中に沈みそうになってようやく底を突いた。

 

「深いな」

 

 おそらく、この亀裂を使ってスチーム・ハガーは来ている。柵でも立てて入れないようにしておかないと、先程のような面倒なことになる。

 

 今度は亀裂の奥を覗き、新手のスチーム・ハガーが来ているか確認する。左側だ。

 

 いない。

 

 その代り、見たくもない物を見つけてしまった。

 

「……やめてくれよ……!」

 

 グレイが思わず呻いた原因は、死闘を繰り広げたのだろうスチーム・ハガーと、別の危険な魔物の死骸だった。殺し合ってから数日が経過しているのか、どちらの死骸にもうっすらと塵のように細かな土が積もっている。

 

 切り裂かれ食い散らかされ、水底に沈んで砂利に半ば埋もれかけていても、そうと分かる無数の長く黒い針を持つ生き物は珍しい。

 

 両手の拳を合わせた程の球状の本体に、長さ二十から三十センチの無数の黒い針を生やした生き物だ。

 

 海の底であれば、ガンガゼと間違えてもおかしくない。

 ガンガゼと異なるのは、生息地が淡水であることと、暗い場所を好むこと。そして意識を朦朧とさせる弱毒が針にある点だ。

 

「また毒持ちだよ……」

 

 生息場所が場所だけに、存在はほとんど知られていない。特に名前もなく、海の同族と同じガンガゼと呼ばれている。グレイにしても文献で見かけた程度で、死骸とは言え実物を見るのは初めてだ。

 

 右側の亀裂には特に死骸も何もないのを確認して、グレイはキエラの待つ足場へと戻った。

 

 




* Tunnels &Trolls 5th Editionには水中の標的に関しての説明はないので、多分効果は変わらずに使えるはず。
・Q. この予想は正しい? A. No. 水中の的に魔法を使う時はFate Questionを使うこと。
・Q. スチーム・ハガーのMRは、グレイのIQ+LK+CHRの合計以下か? A. No.
・Q. スチーム・ハガーのMRは、グレイのIQ+LK+CHR+1の合計? A. Exceptional No. Mythic Magazine #13 "Creature Crafter Simplified" より。Exceptional Noの場合、想定の強さの50 %にするとある。これに従うとMRはIQ+LK+CHRの半分になり、上の質問と矛盾する結果になってしまう。水中の標的だったので、魔法は変な作用をしたのだろう。


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