とある兄妹の生存戦略   作:富屋要

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第一話 世の中には殺し合う仲がある

「しっかし、宿暮らしって面倒臭そうだなあ……」

「でも、洗濯も料理も掃除もしなくて良いのよ?」

 

 早朝の朝靄がうっすらと漂う中、どこかの熟年夫婦が交わしそうな会話で通りを歩くのは、若い男女だった。

 

 男の方はようやく二十歳になるかどうかの青年で、一言で表わして人相が悪い。黒い前髪を後ろに撫で上げ、後ろ髪は首の後ろで縛りポニーテールにしている。その上、薄い眉に三白眼。着ているのは絹を詰めた厚手のガンベソン(Quilted Silk/ Cotton)に、寒さを凌ぐための焦げ茶色のマント。マントの下からちらちらと見え隠れする腰のベルトに吊るしたナイフも、印象を悪化させている。

 右手に持つ杖から魔術師とは察せるものの、どこかの犯罪組織の中堅どころのような風体だ。

 

 対する女の方は、まだ十代半ばと思しき少女だ。首筋にかかるかどうかの茶色の髪は比較的手入れが行き届いていて、歩く度に軽く波打っている。大き目の瞳も茶色で、鼻はやや低め。総じて平均的な容姿だろう。

 薄くても硬い革鎧を着込み、腰には曲刀、男と同じ色のマントとなれば、決してありきたりな庶民でないのは明らかだ。

 

 男はグレイ、少女はキエラという。ミガシンの街南東部に住む義兄妹だ。

 

「でも荷物を多く置けない」

「それはあるけど……」

 

 キエラは眉根を寄せた。

 

「……いらなくなったら捨てましょうよ。兄さん集めすぎ」

 

 むむむと唸りながら、今度はグレイが眉間に皺を作った。

 

 二人が住むボロ屋は、死んだ親たちが残した数少ない財産だ。

 家財道具の他に大量の蔵書があるものの、ほとんどは虫が食ったりカビが生えたり、剣年劣化でインクが掠れてしまったり落丁してしまったりと、破損が著しく読めるものではない。

 

 そこへきて、収集癖のあるグレイが集めた大量の書物が加わる。実用や資料として使えるものは少なく、親時代からの蔵書と同様、損傷が激しく読めるものは少ない。

 

「そのうち床が抜けちゃうんじゃない?」

 

 事実、積まれた書物の重みで床はたわみ、歩く度にギシギシと嫌な音を立てている。

 

「しかし魔術師としてな、新しい術の開発には……」

「まだそこまでの領域に達していないでしょ」

 

 言い訳をばっさりと切り捨てられ、グレイは唇を尖らせて口を閉じた。

 

 キエラの指摘通り、グレイの魔術師としての実力は決して高くはない。しかしそれは無才を意味しているのではなく、年齢的な知識不足経験不足から来るものだ。潜在能力は同年代で一、二を争うものと師からはお墨付きをもらっている程に高い。

 

「でもそれって、お貴族様が跡取り息子に、やればできる、って言っているのと同じじゃない?」

 

 自身の才能の高さを説明しても、キエラの反応は辛辣だ。

 これまで何百とまでいかなくとも何十回と繰り返してきた会話をしながら、二人は崩れた廃屋や手入れの行き届いていない家屋の続く一帯に入った。この二十年程で住人の大半が退去し、スラム化の進む一画だ。

 

 自然と口数は少なくなり、周囲への警戒が高まっていく。空き家が増えていくにつれ、強盗やそれに類する犯罪も増えている。自宅にしているボロ屋が空き巣に襲われずにいるのは、取り仕切る顔役の影響によるものだ。

 

「……本気で引っ越したいわよね」

 

 ここしばらくの仕事で、それなりの稼ぎを上げているキエラの本心だった。

 

 グレイが答えなかったのは、ふらりと通りに出てきた男に注意を向けたからだ。

 スラム手前の通りを歩くには、場違いにも比較的整った身なりだろうか。グレイと同様に魔術師らしい長い杖を持ち、朝の冷気を凌ぐためか詰め物の入った服を着込んでいる。

 長い金髪が朝日を浴びて輝くも、グレイを睨みつける昏い目が、品の良さを台無しにしている。

 

「久し振りだな。……半年くらいか?」

「……デニス……!」

 

 金髪の男――デニス――を睨み返すグレイの声にも、負けず劣らずの憎々しい響きが籠っていた。ただでさえ悪い目つきがさらに悪くなり、子供が見たら泣き出しそうな凶相に変わる。

 

「……誰?」

 

 突然の険悪な雰囲気に、何も知らないキエラは取り残された。

 

「敵だ」

 

 端的なグレイの答えに、反射的に腰のシミターを引き抜く。

 

「ついに殺されに来たか。クソが」

「死ぬのはお前だな、クソ野郎」

 

 互いに杖の先端を斜め前に掲げ、一触即発の気配を漂わせる。

 

「何なのよ一体……!」

 

 会話もせずいきなり殺し合いを始めそうな流れに、キエラは目を白黒させるばかりだ。

 

魔よ滅せ!(Take That, You Fiend!)

 

 しかしキエラに答えが返ることはなく、二人の口から同じ言葉が紡がれた。理解できるはずなのに、耳に入った途端に記憶から消えていく不思議な言葉だ。

 

 グレイとデニス、二人の胸の辺りに青白い光が生まれるや、互い目がけて矢のように飛んだ。

 見習いを卒業したばかりの最下位の魔術師でも使え、それでいて殺傷力の高い<魔よ滅せ!(Take That, You Fiend!)>の魔法だ。

 

 避ける暇すらなく、矢は二人の胸を同時に貫いた。

 

「兄さん!」

 

 事態を把握する前に動くべきだったと、後悔の悲鳴を上げるキエラの前で、二人は崩れ落ちた。

 

     ◇◆◇

 

 崩れ落ちたと言っても、地に倒れ伏した訳ではない。

 グレイは両膝を着いても杖を支えに倒れるのを防ぎ、デニスも杖を支えに持ちこたえ、片膝を着くに留めている。

 

 魔法で作られた矢は命中すると同時に消え去り、傷口から赤黒い血が流れ落ちていた。傷ついた内臓から逆流した血液が、咳と共に吐き出される。

 

 それでも睨み合う二人の目に宿る殺意に衰えは見えない。

 

 互いにとどめの呪文を唱え始める前に、キエラが動いた。

 グレイの視線を遮るように滑らかに走り、抜いたままのシミターの刃をデニスの首元に突き付ける。

 

「そこまでにしなさい。共倒れする前に、わたしがとどめを刺すわよ」

 

 キエラの見立てでは、グレイの方が不利か。魔法の殺傷力を緩和する装備を着けていなければ、今の一発で死んでいたかもしれない。

魔よ滅せ!(Take That, You Fiend!)>の威力を見れば、身内びいきなしにグレイの方が上だ。実力が劣ると言うより、デニスの方が頑強だったのが、膝を着いた体勢の違いに現れている。

 

 もっとも、もう一度<魔よ滅せ!(Take That, You Fiend!)>を打ち合えば、死体が二つ出来上がるのは確実だ。

 

「何だお前は……?」

 

 首元の刃に少しは冷静になったのか、デニスは今気が付いたと言わんばかりの表情で、キエラをねめつけた。険のある目つきは、それでもグレイに向けるよりは控え目だ。

 

「妹よ。感謝しなさいよね。このまま喉掻っ切ってもおかしくないんだから」

 

 デニスは一瞬目を見張り、納得したのかちっと舌打ちを漏らした。

 

「邪魔だ、どけ。そいつにとどめを刺せない」

 

 殺意に収まりが付かないグレイは、よろめきながらも立ち上がると、ふらふらと歩きながらキエラの肩を掴んだ。

 

「ダメに決まっているでしょ」

 

 グレイも大きな舌打ちをした。

 

 殺すなら街の外で、のニュアンスを込めて、キエラは肩にかかった手を払いのけた。殺人への禁忌はあるものの、時と場所と事態によってはためらうことなどない。スラム近くのために衛兵の見回りなどないに等しくても、目撃されるのは避けたい。

 

 幸か不幸か、四方八方を素早く観察したキエラには、目撃者らしい人影は見付けられなかった。

 

 しかしグレイとデニスも気づけたかとなると話は別だ。

 無法地帯に近いスラムでも、どこに目があるか分からない通りでの殺傷沙汰はまずいと、最低限の理性は取り戻したらしい。

 

「何でいきなり殺し合いを始めたのか、理由は今のところ聴かないでおくけど……」

 

 そう言いつつ、キエラのシミターの切っ先はデニスの首筋を伝い、下顎を軽く突いた。

 

「慰謝料と迷惑料は払ってもらわないと」

「……はぁ!?」

 

 デニスの顔が、グレイに向けるものと変わらないぐらいに歪んだ。

 グレイは底意地の悪い笑顔で顔を歪めた。

 

「あぁ、それは当然だな」

「兄妹揃ってふざけやがって。誰が払うかよ」

 

 元の悪人面に加えたグレイの笑顔は、今にも死にそうな血の気の失せた青白さも加え、子供が泣きそうな造形だ。

 それに慣れているのか恐れる必要もないのか、デニスの形相も失血と痛みすら忘れ、憎悪に彩られている。

 

「払う気がないのなら、死なないまでも気を失うまでぶちのめしてから、身ぐるみ剥ぐことになるけど? まずはその杖から、かしら?」

「ふざけ……!」

 

 デニスの怒声を、キエラはシミターの切っ先を小指半分程上げるだけで黙らせた。

 切っ先を下顎から左頬にかけてゆっくり這わせてから、シミター自体を顔から離す。

 それでもデニスに反抗する隙は与えない。

 

「じゃあ、身ぐるみ剥ぐってことで」

 

 口元を吊り上げ、横殴りにシミターの背で殴りつけたキエラの手の動きを、デニスが見えたのかどうか定かではない。

 ガツンと固い物同士がぶつかる音を立て、呻き声一つ上げずにデニスは倒れた。

 

「あ~あ。素直に財布を出せば、それで済んだのに。財布どころか杖も服も全部なくなっちゃうなんて、なんて可哀想……」

 

 表情と口調から、微塵も可哀想と思っていないのは明らかだ。殴りつける寸前の笑みも姿を消し、現れているのは路上の虫の死骸を見る目だ。兄と殺し合いをした敵に情けをかける義理はない。

 

「容赦ないな。構わないけど」

 

 デニスの襟首を掴んで隣り合う廃屋の隙間に引きずるキエラの後を歩きながら、グレイは回復魔法(Poor Baby)を唱えて自分の傷を癒した。一度で全快するには体力が足りず、少しずつちまちま治していくしかない。

 

「でしょ? でしょ?」

 

 戦利品を剥ぎ取るのが楽しいキエラは、虫の死骸を見下ろす目から一転、笑みが隠し切れていない。

 

 早々ともぎ取った杖に続き、詰め物の詰まった厚手の服を剥ぎ取り、ブーツも足から引き抜く。

 

「あ、金貨みっけ」

 

 ズボンのベルトにぶら下がる小袋に、僅かながら金貨が入っているのを見て、更に笑顔が増す。勿論、その後にズボンを脱がせるのも忘れない。

 

 たちどころに下着を残して身ぐるみを剥がされたデニスに、キエラは最後に魔法をかけた。

 

隠されし物は光りて姿を見せよ(Oh There It Is)

 

 グレイから教わった初級の魔法だ。隠し物を見つける魔法で、何も残してやるかとキエラの執念が伺える。

 

「……よし。何もなし」

 

 両手の指や耳に何も着いていないのを確認してからの、隠し物を探す魔法だ。反応する物があるはずがない。

 

「お待たせ。じゃ、行きましょ」

 

 デニスの杖をグレイに手渡し、自身はブーツや服の戦利品を両手に持ち、キエラは意気揚々と中断していた帰路に着いた。臨時収入にホクホクだ。

 

「……俺、死にかけたんだけどなぁ」

 

 だと言うのに軽く扱われているようで、気分は良くない。

 殺傷力のある魔法をある程度中和する腕輪のお陰で生き延びたグレイは、小さく溜め息を漏らした。

 

 それでもなぜか、キエラの後ろ姿に口元が緩むのが止められない。

 甘やかしている自覚はある。

 

 回復魔法(Poor Baby)を使っても完治まではまだ遠く、激痛に苦心惨憺しながらグレイも帰路を歩き出した。

 

 デニスへの盲目的な憎悪と殺意で目を曇らせていたグレイは失念していた。デニスが無目的に単身突撃してくるはずのないことを。デニスの目的がグレイではなかった可能性を。

 

 これにより、二人のあずかり知らぬ場所で起きる事件が、どう関わって来るかなど。

 

 




*Mythic Fate Questions
・デニスとキエラは知り合いか? No。
・デニスとグレイは知り合いか? Yes。
・デニスは魔術師(Wizard)か? Yes。
・デニスとグレイは友好的な間柄か? Exceptional No。顔を合わせれば殺し合う仲。
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