キエラが用意したのは、お茶と銘打った白湯だけでなく、軽い食事も伴っていた。保存用の塩辛い燻製肉とイモを軽く煮込み、小麦粉でとろみを付けた簡単なスープだ。
それでも本格的な冬の寒さが迫るこの季節、身体が温まるスープは陽が頭上にある昼間でも有り難い。
早めの昼食を終える頃にはグレイの傷は完治し、体力も回復していた。
残念なのは、デニスの持っていた杖の鑑定が上手くいかなかったぐらいか。
その辺に転がっている木切れにも、一時的に魔術師の杖と同じ能力を付与する魔法は存在する。デニスがそのような間に合わせの杖を持ち歩いているとは思っていなかったものの、念のために<
魔術師の負担を一部肩代わりする従来の永続的な杖の能力の他、何らかの特殊能力をもっていることが判明したのだ。
その特殊能力が、グレイの実力では鑑定し切れなかったのだ。まだまだ若手でしかない魔術師の手に負える容易なものではなかった。
果たして、デニスは自分の杖の特殊能力を把握していたのだろうか?
していない、がグレイの予想だが、デニスへの偏見が混じっているのは確かなので、正しく判断できていると言えないのは自分でも分かっている。
把握していようといまいと、デニスが杖の奪取に動くだろうことは想像に難くなく、今度こそ息の根を止めてやるとのグレイの方針に変わりはない。
杖を含めた戦利品を居間の脇に置き、キエラがロープを柱に縛りつけて固定すれば、準備は完了だ。
「まさか家の中でこういう探索を始めるとは予想していなかったわ」
「……まぁなぁ……」
呆れとも不安とも嘆きとも取れる何とも形容しがたい表情と声音のキエラに、グレイも似たような顔で同意した。
兄妹の家にはない地下室よりも、少し深い程度の家の下にこのような空間があるのだ。十年以上住んでいて気が付かなかったのは、仕方ないで済ませるには言葉にできない感情が邪魔をする。
そして安心と安全面から、穴の底を調べずに放置しておく訳にはいかない。
スケルトンのような魔物が動いていたことから、探索済ではない『生きた』迷宮の可能性がある。例え『迷宮』と呼べるほどの規模でないとしても、危険な魔物は排除しておくに限る。
キエラは愛用のシミターを右手に持つと、ロープに手をかけた。
「先に下りて様子見ておくから」
侵入者への対処にまたスケルトンが現れるなら、グレイの魔法で撃ち倒す。武器を手にしていても、ロープを下りる途中では異常事態に対処できるものではない。義妹を囮にするように見えても、二人の間では的確な役割分担となっている。
グレイの見守る中、キエラは無事に瓦礫の上に降り立つと、上を見上げて手を振った。
「大丈夫。動くのはいない」
キエラの安全を告げる言葉を聞いてから、グレイもロープを握った。義妹程には滑らかに降りられなくとも、五、六メートルをなら問題はない。
ただ、足が瓦礫に触れた直後に手を離し、滑り落ちて尻もちをついたのを除けば、だ。
「痛てて……」
立ち上がり、尻に付いた埃を叩き落として、グレイは初めて永続的な魔力の部屋を見渡したのだった。
◇◆◇
青白い魔力の光に照らされた空間は、上の居間のほぼ半分か、やや小さい広さと言ったところか。余計な物がない分、居間より広く感じる。
滑り落ちた瓦礫の山がおおよそ部屋の中央、三方に入り口と言うか出口があり、同様に魔力の光に照らされた通路になっているのが見える。
瓦礫の一部は自分達の家財のテーブルや椅子だ。落下の衝撃とスケルトンのシミターに切り付けられでもしたのか、薪の役にしかならなそうな程に壊れている。
グレイが気にしたのは、テーブルや椅子を新調しなくてはならない経済的な問題より、部屋全体を淡く照らす光にあった。
「金かかっているな……」
永続的な魔力の光を全体に施す作業に、どれ程の時間と費用がかかるのか、想像したくもなかった。少なくとも昨今の魔法の技術で、どうこうできるものではない。
「剥がして持っていったらお金になるかしら?」
キエラの関心は、壁が換金できるか否かだ。かつては天井の一部だっただろう拳大の石を拾い上げて、興味深そうに眺めている。崩壊したことで魔力が切れたのか、石くれに光はない。
「重いだけだから止めておこう?」
光っている部分を上手く剥がせたとしても、そう長くは持たないだろうことは、光らなくなった瓦礫の山から予想できる。
「……もったいない」
つまらなそうに石を放り捨て次に拾い上げたのは、落ちた土石に潰されたらしい陶器の破片だった。陶器だけでなくガラス片も混じっている。中に何か入っていたとしても、土に吸われて正体など分からない。
陶器の破片を放り出し、瓦礫に潰されたスケルトンの残骸を蹴飛ばして動かないと確認したキエラの目は、瓦礫の山から離れて壁際にあったため、唯一無事だった粗末な木箱に向いた。
「あれは何だと思う?」
「さあ? 見てみないと」
アゴをしゃくって箱を指した先を見たグレイは、ごく当然の答えを返した。
どちらもとなく木箱に近づき、検分する。
二十センチほどの台の上に、高さ五十センチほどの箱が乗っている。箱の上には三角屋根が付いていて、何か建物を象っているのだろう。見るからに素人の作で、塗装も塗られていない粗い木作りだ。
箱自体は正面に両開きの扉があり、その中にあったのは、何とも形容しがたい像だった。
「……何だと思う……?」
屈み込んで像を見たキエラは、他に聞いている耳がないのに、声音を落とした。
「あまり良くない」
同様に腰を曲げて覗き込んだグレイの返答は、噛んだ苦虫を吐き捨てるような響きがあった。表情も苦いものを噛んだような渋面になっている。
中に入っていたのは、これもまたいかにも素人の作った木彫りの像だ。手足はおろか頭や顔にあたるものはなく、歪な半球状のものからウサギの耳と思しきものが生えている。
どういったものを表現しようとしたのか意図は不明ながら、表面には幾筋もの波線が彫られている。波打つ柔らかな身体なのか、幾重もの鱗に覆われているのか、はたまた浮き上がる血管なのか、不気味さだけが伝わってくる。
「……多分、荒廃の精霊の一種だな。見かけても近づくのは止めろと言われる危険なものだ」
制作者はおそらく、祭壇を作ったつもりだったのだろう。
しかし異界の、しかも自分達のいる物質界では、いるだけで災厄になりかねない存在の祭壇を用意するなど、どういう精神から成せるのか。グレイには想像出来なかった。
「荒廃の精霊? 聞いたことないんだけど。本当にそんなのいる?」
「さてな」
荒廃の精霊などグレイにしても半信半疑、いや存在を疑う気持ちの方が大きい。
しかし信仰していた誰かがいたようだし、信仰から生まれる存在もあると聞くので、完全に否定するのも難しい。
「ひょっとしてここ、かなりヤバい?」
「……可能性はあるな」
答えるのに少しの間があったのは、潰したスケルトンを思い出していたからだ。素人の作った祭壇もどきと、そこに祀られていた存在への警戒からではない。
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その一点だけでも、脅威と判断するには十分だろう。
そしてもう一点。
魔力の光で照らし続ける理由だ。悪影響が自覚できないから無害だろうし、周囲を見るには十分だが、照明とするには光量が足りない気がする。光一筋差さない迷宮の経験からすると、安心と共に何かの布石に思えて不気味だ。
「あ~あ……綺麗にして家を拡張したかったのに……」
綺麗にする、の意味はスケルトンを含めた全ての敵性存在や魔物の排除だ。
キエラのボヤキはグレイも同じにするもので、思わず苦笑が漏れた。既に頭の中では、居間からここに下りる階段と、跳ね上げ式の隠し扉を付ける計画が、その費用の計算を含めて始まっている。
「そうしたいなら、本来の入り口を見つけなくっちゃな」
グレイは天井を見上げた。
ここから見れば天井となる穴が開いたのは、経年劣化による崩壊が原因だろう。いわば事故の一種であり、計画されたものではない。
だからどこかに入り口がある。
入り口探しはキエラも異論はない。
「じゃあ、どこから始める?」
別の場所へ向かう出口は三つある。左右と正面だ。
「正面だな」
逡巡は一瞬、グレイはあっさりと決めた。
「その心は?」
「地上の井戸の方角だからな」
家の間取りを脳裏に浮かべる。
兄妹の住む家には、小さいながらも井戸がある。大概の家は井戸を共用しているので、かなり珍しい部類だ。台所横の勝手口から一度外に出る必要はあるものの、それだけで水が自由に使えるのは大きい。
位置としては、玄関と居間からは北西か北北西になる。
「そ。じゃあ行きましょ」
キエラは手首をぐるりと回し、シミターを一回転させた後、切っ先を通路に向けた。
魔力光で照らされているはずの先は、中程の光が消えて真っ暗だ。天井の岩が落ちたようで、床に割れた石が転がっている。
自信があるのか無謀なのか、キエラの表情に不安はなかった。
“Random Dungeon Crawl Generation,” Mythic Magazine #3より
*Dungeon Story(ダンジョンの経歴)
・“Associated with a Religion or Cult(宗教またはカルトと関係している)”。
・”Home to Something Powerful and Evil(強力で邪悪な何かの棲家)”。
“Creature Crafter Simplified” Mythic Magazine #13より
荒廃の精霊
*Creature Description(クリーチャーの外観)
・“Shifting(変化)”。”Notable-Ears(特徴的な耳)”。
*Creature Ability(クリーチャーの能力)
・“Others(他)”。”Energy(エネルギー)”。”Exotic(エキゾチック)”。”Weak(弱い)”。
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