とある兄妹の生存戦略   作:富屋要

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第六話 残されていた手紙

 ロープを登り居間に帰り着いたのは、冬が本格的になる前の時季であっても、まだ陽の高い時間帯だった。一時間を少し超える程度の長さしかいなかったのだから妥当だろう。本格的な冬になれば、とうに外は真っ暗になっている時間だ。

 

 身体に溜まった疲労感や痛みは、一日以上探索してきたように重い。

 どちらともなく床に座り込み、一言も発さない時間がしばし流れる。

 

「……あ?」

 

 気の抜けた声はキエラのものだ。のろのろと腰を上げ、這うようにして入り口のドアに近づく。

 ドアの隙間に紙片が差し込まれていた。

 

「……何だろ、凄く嫌な予感がする」

 

 手紙を出せるような知人には限りがある。識字率は決して高くはない。

 それでも中を見ない訳にもいかず、嫌々ながら紙片に目を通し、予感が当たったと床に腹這いに伸びた。直後、痛みに呻き声すら封じられ、仰向けに転がる。

 

「何やっている?」

 

 義妹の奇行にグレイも腰を上げ、同じく這うようにして近づく。

 これ、と呟くような声で頭上にかざした紙片を受け取る。

 

「……クルト?」

 

 知らない名前にグレイは小首を傾げた。

 

「ただのチンピラよ」

 

 答えたキエラの口調は、吐き捨てるような、興味の欠片もないような熱を伴わないものだった。

 

「ふうん?」

 

 それだけでクルトの為人に興味を失ったグレイは、キエラとは違い胡坐をかいた。

 

『キエラへ

    戦力が必要だ。協力を頼む。いつもの場所で。

                       クルト』

 

 下手な字で書かれた内容に、思わず口がへの字に曲がる。

 

「何を相手に戦おうってんだ?」

 

 傭兵ではないのだから、戦力を期待されても困る。冒険者紛いのことはしていても、荒事を専門とするつもりもない。

 

「……こっちはそれどころじゃないってば」

「だよなぁ」

 

 背中越しに床の大穴を見遣る。

 キエラがどこかへ行っている間、一人で家の修理をしなくてはならないなど、グレイには到底容認できなかった。一人でできる力仕事ではない。

 

「断りに行くから、<回復(Poor Baby)>かけてくれる?」

 

 寝転んだまま頭すら動かさないキエラだ。

 

「もう少し体力回復してからな」

 

 答えつつも、乾いた血のこびり付いたキエラの額を手の平で覆い<回復(Poor Baby)>をかける。

 

 手の平を外した時には、血の汚れはそのままに、額の傷だけ綺麗に消えていた。

 

「身体の方は見えないから何とも言えないけど、一回で終わらせる体力はないぞ」

 

 魔法の行使には、意味不明な魔力なんてものではなく、体力を消耗する。全力疾走するよりゆっくりの方が長く走れるように、効果は小さくても時間をかけて何度もかける方が、最終的な効果は大きい。

 

「急ぎなら、お前の方を優先するけど?」

 

 既にそれなりに疲弊しているだけに、二人分の回復だと終わるのは夜遅くになる。キエラの望む時間に完治させることは出来ないが、グレイとの用件が重要なら、自分の回復は後回しでも良い。どの道今日はもうどこにも出かける予定はない。

 

「……別に急がなくて良いかな?」

 

 少し宙に視線をさ迷わせて出したキエラの答えは、急がない、だった。

 クルトとは顔見知りでも、親しい間柄ではない。ともすれば顔と名前が一致しない遠い関係だ。交友関係に柄の悪い連中か多いので、なるべく関わり合いにならないよう注意している。

 

「罠かもしれないから」

 

 キエラはくたりと伸びたまま微塵も動かない。

 そんな人物にこういう呼び出し方をされて、気分は良くない。男が女を呼び出すというのも気に食わない。協力がほしいとおびき出し、手籠めにするなんて手口を警戒したくなる。

 

「それで良いなら構わないけどな?」

 

 罠を警戒するなら、人目のある早いうちに出かける方が良いのでは? そう言いたい気持ちをグレイは飲み込んだ。

 

 急がなくて良いということは、行くつもりはないのだろう。断りに行くと言っていながらそれはどうなんだ、と口に出かかった言葉も飲み込む。

 

 義妹の交友関係を詮索するつもりも、制限するつもりもグレイにはない。しかし女を呼び出すやり口には、キエラと同じに、何かしらの罠の危険を感じる。

 

「ところで、いつもの場所っていうのは?」

「酒場よ。『踊る妖精』って店」

 

 聞き覚えのない店名に、グレイは知らないと肩を竦めた。元々外で酒を飲む趣味はないので、有名どころならともかく、近場ですら知っている店はない。

 

「十五で飲酒は感心しないぞ?」

 

 飲酒に年齢制限はないが、若年者が入り浸るのは歓迎されないのがこの街だ。

 

「十六よ、そろそろ」

 

 キエラは唇を尖らせ、グレイから手紙をひったくった。

 

「だからこんな手紙は無視、無視」

 

 手紙を手の中で握り潰し、床の大穴目がけて放り投げる。

 

 カサリと小さな音を立てて紙屑は床の上を一回跳ねると、穴の中へ落ちて行った。

 

     ◇◆◇

 

 クルトなる人物からの手紙が二人の視界から消えてから、グレイはこほんと咳払いを一つした。

 

「それでこれからの予定だ」

「枠で囲ってつっかえ棒にするんでしょ?」

 

 寝転がったままキエラは両の人差し指で空中に四角を描いた。

 以前潜った地下道も、頑丈そうな四角い木枠で補強されていたのを覚えていたのだ。

 

 地下道? 地下迷宮? 罠や魔物が結構いたから迷宮で良いかな? と、相応しい言葉を探して、見つけられないまま、疑問を口にする。

 

「あんな太いの、二人で運べるのか不安だけど」

 

 覚えているのは、床から天井に届く長さと、両腕の太さ程もある柱だ。かなりの重量なのは想像に難くない。

 

「その問題は、二つ三つ後だな」

 

 グレイは人差し指を立てた。

 

「流れている水が土砂を削っているので、その場所を見つけるのが一番の課題だ」

 

 土木関係の本をちらと読んだだけなので、グレイの知識は中途半端だ。水が土砂を削るというのも、キエラには理解や想像ができていないらしいのが、表情から分かる。

 

 うろ覚えの知識になるけれど、と断りを入れてから説明を始める。

 

「まず思い出してほしいのは、井戸の下に当たる地下の池の周囲だ。天井も床も壁も、あるはずの石板がなかっただろ?」

 

 石板が健全な状態で天井を覆っていたら、家の井戸はなかっただろう。

 

 キエラが頷くのを見て、記憶を探りながらゆっくりと話を続ける。

 

「つまり、水が石板の裏の土砂にしみ込んで、ぐずぐずにして崩してしまったから、土砂がなくなってしまい、壁が崩れたってことだ」

 

 土に水を混ぜでドロドロにした子供の頃の泥遊びを、グレイは例に挙げた。

 

「それって……」

 

 最悪の予想が脳裏を過ぎり、キエラは顔色を変えた。

 

「そのうちあの地下が全部崩れて、なくなっちゃうってこと!?」

「今日明日って話じゃないし、数年、数十年はかかるだろうけどな」

 

 グレイは肯定した。

 それよりも先に、家の建っている地盤の方が崩れてしまいそうだ。

 

「つまり、水がそうやって壁裏の土にしみ込んでしまうのは、水に他の逃げ場所がないからだ。多分、どこかで目詰まりしているんだろう」

 

 ストーム・ハガーのような魔物があそこにいるからには、どこかで河川か湖沼に繋がっているのが分かる。十分に広い地下水路があると思えるのだが、それでも土砂が目詰まりを起こさないという保証はない。

 

「だから第一の目的は、その土砂が削れ……洗い流されている地点を見つけること。次にそこを何

とかして、土砂が減っていくのを食い止めること。天井を木枠で固めて補強するのはその後だ」

 

 自分で言っておいて頭の痛くなる話だ。

 うろ覚えの知識に、話だけでも大掛かりになりそうな工事に、未経験の二人で挑む。

 

「専門の親方呼んでやってもらうのは?」

「無理だな」

 

 グレイは一瞬で切って捨てた。

 

「スチーム・ハガーの棲んでいる水辺に、好き好んで入る命知らずはいない」

 

 立てたままだった人差し指を軽く振って、これは理由の一つだと示す。

 

 掴まれたら肌を蒸気で焼かれ、肉を容易く噛み切る牙に食いつかれ、一時的でも失明させる毒が身体に流し込まれる。

 誰が水に入りたいと思うものか。

 

「地下道そのものも、何が潜んでいるか分からない。一通り掃除しないと中にすら入ってもらえない」

 

 グレイは中指を立てた。

 荒事もできる土木工事の専門家など、存在するのかどうかも分からない。

 

 今度は薬指を立てる。これで三本。

 

「その上で、工事の内容を語らない口の固い親方だ。要求の無茶ぶりは分かるだろ?」

 

 そして四本目の小指。

 

「これだけの条件でやってくれる親方が見つかったとして、だ。どれくらい吹っかけられるか、予想できるか?」

 

 顔を手で覆ってしまったのが、キエラの答えだ。うぁぁぁと、隙間から呻きが漏れている。

 

「私達二人でやるしかないってことかぁ……」

「そういうこと」

 

 グレイは乾いた笑いを上げた。

 ひとしきり笑ってから、話を再開する。

 

「素人二人でやらなきゃならない土木工事なら、せめて知識は補完しておきたい」

「あの本の山漁るの?」

 

 顔を覆ったまま私室のある方角を指差すキエラに、グレイは首を横に振った。

 

「いや。大図書館できちんと確認する」

 

 グレイが言うのは魔術師ギルド(Wizards Guild)の大図書館だ。街一番の蔵書量かと問えば微妙だが、実用書を探すならここが最適だろう。ヒト族にも扱えるドワーフ族の建築技術のまとめもあるかもしれない。

 

「それに、あの目玉の魔物の正体も調べてもらいたい」

 

 無数の眼球を一つに固めたような頭らしい部分に、カタツムリやナメクジのような腹足を持つ魔物のことだ。

 

 その死骸は布袋に詰め、床穴の縁にぶら下げている。死骸で無害とは言え、見かけが気持ち悪くて家の中に入れたくないのだ。

 

 魔物の研究と鑑識も、魔術師ギルドで手掛けている。

 既存の魔物なら良し。名前や生態を知れる。未発見の新種なら、報奨金の出ることもある。

 

「そういう訳で、明日はギルドで調査だ」

 

 宣言するグレイに、うぇぇぇぇと嫌そうな声でキエラが答えた。

 

 




クルト。デニスと同じグループに所属。第一話でデニスがグレイと問答無用で殺し合ったため、これまで出番のなかった人物。
*Fate Questions
・クルトとキエラは知り合いか? Yes。
・クルトとグレイは知り合いか? No。
*クルトの手紙の内容
・Event Meaning: “Recruit(リクルート)”。”Balance(バランス)”。
 敵対勢力との戦力を拮抗させるための援助要請。無視された。
 後に来るかもしれない出番のため、Mythic Magazine #39の”NPC Evolving Motivation Rules”を使って行動は把握している。デニスの暴走に頭を抱えている。

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