→ダイス結果:Interrupted(妨害)。全くの別物に置き換え。
・Event Focus(イベント内容):Ambiguous(曖昧)。
・Meaning(意味):”Celebrate(祝い事)”、”Randomness(突発的)”。
魔術師の育成だけでなく、独り立ちした一人前にも、様々な便宜と協力を取り計らう職能組織だ。国境を越えて世界中の街に設立されていると言われるが、その規模と名声の割に持つ権力は小さい。あくまで魔術の知識と技術を扱うだけで、政治的野心は持っていないという姿勢だ。
グレイにしても、魔術師としての基礎的な知識と技術を得るまで、数年世話になった組織でもある。
「まあ知識と技術と言っても、実は魔術に限った話じゃない」
翌朝、吐く息が白い空気の冷たい中、グレイは道すがらキエラに『
「農学、工学、天文学、占星学、神学、薬学、医学、政治学、建築学、その他諸々の学問。全ての学問を網羅した書物を収めた大図書館、これもまたギルドがギルドたる証明でもある」
デニスの杖を持って隣を歩くキエラは、あくび混じりでほとんど聞いていない。もう何年も同じ話をされているので、復唱だってできそうだ。
今回、荒事は想定していないので、二人とも普通の町人の服装だ。
聞いていないのは分かっていても、グレイのお喋りは止まらない。
「肝心なのは、ヒト族の研究成果だけが収蔵されている訳ではないという点だ。ドワーフ族なら冶金に鍛造に鍛冶に建築。エルフ族なら彫金に木工に絵画に詩歌に哲学。何ならバルログ族のちょっと口にできないあれこれもある」
蔵書の豊富さは語っても、ギルドの人員に対する評価の出てこないのが、グレイと言うべきか。無自覚な人間嫌い――この場合、ヒト族以外の知性種族も含む――が滲み出している。
「ギルドの建物の面積の関係から、全ての分野の研究が行われている訳じゃない。残念だけどな」
一人で勝手に話し続けるグレイは嬉しそうだ。ただ元からの悪人面で浮かべる笑顔は、見つけた獲物をどう残虐に仕留めてやろうか、と舌なめずりしている風にも見える。すれ違う子供がいれば、泣き出すこと請け合いの形相だ。
「しかし、だ。魔物分類学、これは別格だ。ギルドの中でも別棟を宛がわれる程の成果と実績を、常に維持している」
グレイの脳裏には、魔物分類学の成果の一部である標本や、色鮮やかに描かれた本物そっくりの絵画、真鍮製・木製問わずの模型等、目を惹きつけて止まなかった諸々が思い出されていた。
生きている本物の魔物はご免だが、非売品・持ち出し禁止のあれらは、涙が零れてくる程、見ていて飽きないとても良い物だ。
ひょっとしたら今日持ってきた魔物の死骸は、新発見として飾られるかもしれない。そうなれば、発見者としての自分の名前が載るかもしれない。見かけが不気味過ぎて、敬遠されるかもしれないが、それはそれで。
でも希望を持つのは良いだろう。
止まらないグレイの話を斜め後ろに聞き流しながら、キエラは軽く溜め息を吐いた。
義兄がいつにも増して機嫌が良い理由は、正確に把握している。
「好きよねぇ、そういうの……」
あくまで好きなだけで、絵画や模型を集めようとしていないのだから、好きにさせている。本の収集癖と比べれば可愛いものだ。
幸い、模型では我慢できずに現物の一部を保管する、なんて趣味はないようだ。アルコール漬けにした手足や内臓を入れたビンを飾るようになったら、兄妹の縁を切る検討に入っている。
それなりに魔物に詳しいグレイでも、見たことも聞いたこともないひょっとしたら新発見。少々行き過ぎた感はあるものの、興奮するのは仕方ないのだろう。
気分良く話し続ける義兄に、余計な口出しをする気になれないまま角を曲がり、魔術師ギルドのある大通りに出る。
そして、足が止まる。
「……何かあったっけ、今日?」
呟き、小首を傾げる。
馬車を改造した露店が通りの左右に数台ずつ、合わせれば十数台になるだろう。ギルドの方角へと並んでいた。
◇◆◇
通りはちょっとした祭りになっていた。
年に数回行われる大規模なものではなく、
「……何の祭りだ?」
足を止めたキエラの隣で、グレイも足を止めた。
「さあ?」
冬が本格的になる前に、どこかの商人が在庫処理でも始めたのか、何の偉業を果たしたのか知れない偉人を称える祭りか、はたまた一山当てた冒険者を名乗るならず者がお宝を放出しているのか。
理由は知らなくても祭りは楽しめる。進む方角に祭りがあるのだから、歩きながら眺めるぐらいはできよう。
軽い気持ちで歩みを再開したキエラに続き、グレイも歩き出した。
乾燥させた果物やジャム、保存の効くソーセージや燻製肉、香草をビン詰にした油に、乾燥させた薬草の束など、冬に備えた食料の他、毛糸や毛皮といった素材に、暖かそうなマフラーに手袋といった服飾系の物も多く並べられている。
「……へえ……」
二人の住む区画ではまず見かけることのない品々に、キエラは感嘆の声を漏らした。
貧民街やスラムに近い区画のため、治安は余りよろしくない。馬車に荷物を積んで露店を開く物好きはまずやって来ない場所だ。
前回の仕事で懐に余裕があるので、ついつい足が遅くなるのは致し方ないだろう。
キエラが乾燥果物を物色しているのとは別の露店で、グレイはどの古書を買おうか悩んでいた。
『ミガシンの七不思議探訪録』『魔物を美味しく食べる百の調理法』『嫌いな上司との失敗しない付き合い方』『絶対儲かる富の法則』『伝説の海底神殿の謎』『自宅でできる家庭菜園』等々、一貫性なく興味を惹いて止まないタイトルが並んでいる。
できるなら全て買いたい。しかし置き場がない。今度こそ床が抜ける。いや、抜けていた。
我が家の惨状を思い返すと、買えるのはせいぜい一冊か二冊だろう。
買わない選択を取らないのがグレイだ。
断腸の思いで二冊を選び、店主の中年男に見せる。
「これいくら?」
「金貨で三十」
「高いよ。十」
店主と値切り交渉をしながら、先程から妙な視線を送ってくる方角を横目で見遣る。
露店の列に入る辺りから感じていた視線だ。敵意や殺意を感じる芸当はできないため、危険を避けて接触してくるまで放置していたのだ。
しかし近づく様子がなく、さりげなく確かめることにしたのだ。
「……ルッツか……」
ギャングというかマフィアというか、兄妹の住んでいる一帯を仕切る裏社会の顔役の手下だ。見かける時はいつも腰に剣を帯びていたから、剣士なのだろうと判断しているも、会話などほとんど交わしたことがない。名前だって別の手下が呼んでいるのを聞いて知ったぐらいだ。
ルッツの服装もグレイやキエラと同様、シャツとズボンの上から防寒用の厚手のコートという一般的な町人の身なりで、帯剣すらしていない。
「……関わったら面倒になるな」
グレイは確信した。
顔役の顔に泥を塗った記憶はない。昨日のデニスとの殺し合いも、死者を出さずに済ませている。自分の縄張りで自分の知らない殺しがあったと知れば、後々面倒になると思い控えたのだから、苦情を持ち込まれるいわれはない。
後思いつくのは、向こうから持ち込んでくる面倒事だけだ。
「……じゃあ、二冊合わせて十五でどうだ」
「買った」
気が付けば交渉は終わっていた。
財布の打撃は大きいが、何とか購入できた成果にニンマリと口が孤を描き、本の表紙を服の裾で拭う。
『神々と眷属の××××』『ドワーフ式建築の妙』がタイトルだ。神々の方は後ろの文字が掠れていて読めず、正確なタイトルは不明。どちらも角はボロボロに擦り切れ、何人もの手を渡ってきた歴史を感じさせる。
「終わった?」
複数の種類の乾燥果物を詰めて膨れ上がった布袋を持ったキエラが、いつの間にか合流していた。
見たところルッツの監視に気づいた様子はなく、ジッと見詰めるグレイに、不思議そうに首を傾げる。
「どうかした?」
「いや。……結構買ったな」
「頑張って値切った!」
口の両端を吊り上げて笑むキエラの表情は、血の繋がりはないのに、今し方本を買った時のグレイに似ていた。
「……そうか」
褒めようかどうか迷い、結局かける言葉が見つけられない。
「じゃ、行くか」
左手に杖、右手に魔物の死骸を入れた布袋、そして買ったばかりの本二冊を小脇に抱えていると、さすがに歩くのに苦労する。
何一つ落とすまいと魔術師ギルドへの道を歩いていく。
露店を抜けると通りは少し開け、楽器の演奏と踊りの公演をしているのに出くわす。
そのまま横を通り抜けて少し進めば、ギルドの正門前だ。
開け放たれた頑健な両開きの扉の前には、守衛が二人。杖を持っているところから、ギルドの魔術師だろう。
魔術師の杖を除けば、短剣一本帯びていない町人の恰好の二人を止める理由はない。
さり気なくグレイが背後を伺えば、人混みに紛れたルッツがこちらを様子見しているのが目に入った。さすがにギルドの中まで追ってくる様子はない。
守衛に軽く会釈をして、兄妹はギルドの中へと入っていった。
書き貯めここまで。